2008年1月24日 (木)

『ブラックブック』この映画を見て!

第196回『ブラックブック』
Photo_2  今回紹介する作品は第2次世界大戦下のナチスに支配されたオランダを舞台にユダヤ人女性が必死に生き延びる姿を描いた作品『ブラックブック』です。
 本作品はハリウッドで『ロボコップ』や『氷の微笑』などの過激な作品を次々と発表したポール・ヴァーホーヴェンが母国オランダに戻って脚本と監督を担当しています。ヴァーホーヴェンはハリウッドでは過激な暴力描写と性描写ばかりが話題になっていましたが、人間の悪意やドロドロした欲望をサスペンスたっぷりに描くことに長けた監督です。そんな監督の持ち味が本作品では最大限活かされています。

ストーリー:「1944年、ナチス・ドイツ占領下のオランダ。美しいユダヤ人女性歌手・ラヘルは、ナチスから逃れるため一家で南部へ向かう。しかし、ドイツ軍の追跡により彼女を除く家族全員が射殺されてしまう。その後、ラヘルはレジスタンスに救われる。ラヘルはユダヤ人であることを隠し、名前をエリスと変えてレジスタンス活動に参加する。そしてナチス内部の情報を探るため、ナチス将校ムンツェに接近して、彼の愛人となることに成功するのだが…。」

 ナチスに追われるユダヤ人を描いた戦争映画というと『シンドラーのリスト』や『戦場のピアニスト』などユダヤ人迫害の苦難を重苦しく描いた作品が多いのですが、本作品は主人公が裏切り者を探すというサスペンスタッチで物語が展開していくので娯楽作品として手に汗握りながら楽しく見ることができます。
 
 また本作品の素晴らしいところはナチスを悪、レジスタンスやユダヤ人を善として単純に分けて描いていないところです。欲望のためにナチに協力するユダヤ人やレジスタンスがいたり、ナチの中にも主人公に協力する良い将校がいたりと人間の愚かさや弱さを人種や国籍で分けることなく冷徹に描いています。
 特に印象的だったのが敗戦後にオランダの民衆がナチ協力者を虐待するシーンです。ナチに虐げられた民衆が戦後ナチと同じような愚かな行為をする姿は人間という生き物の愚かさや弱さを見事に抉り出しています。ヴァーホーヴェン監督は下品な描写をする癖がありますが、本作品はそんな下品な描写が作品のテーマである戦争や人間の下品さを描くことと上手く結びついていたと思います。
 
 あと本作品を見て凄いと思ったのは主人公の女性を演じたカリス・ファン・ハウテンの体当たりの演技です。主人公は次から次へと屈辱を受けるのですが、それに屈することなく逞しく生き延びる姿は女性のしたたかさや力強さといったものを感じました。特に印象的だったのが主人公がブロンドに陰毛を染めるシーンと後半の糞尿を浴びるシーン。何が何でも生き延びようとする人間の気迫を感じました。

 もちろんヴァーホーヴェンらしくエロ・グロな描写も健在です。しかし、以前の作品に比べると少し控えめだったような気がします。
 
 本作品は久しぶりの戦争映画の傑作であり、ヴァーホーヴェンの傑作です。ぜひ一度見てください! 

上映時間 144分
製作国 オランダ/ドイツ/イギリス/ベルギー
製作年度 2006年
監督 ポール・ヴァーホーヴェン 
脚本 ジェラルド・ソエトマン  ポール・ヴァーホーヴェン 
撮影:カール・ウォルター・リンデンローブ 
音楽:アン・ダッドリー 
出演:カリス・ファン・ハウテン、トム・ホフマン、セバスチャン・コッホ、デレク・デ・リント
ハリナ・ライン、ワルデマー・コブス、ミヒル・ホイスマン、ドルフ・デ・ヴリーズ

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2007年10月28日 (日)

『ブラックホーク・ダウン』この映画を見て!

第184回『ブラックホーク・ダウン』
Photo  今回紹介する作品は1993年10月3日の米軍によるソマリア侵攻の失敗を描いた『ブラックホーク・ダウン』です。

 ソマリアはアフリカ大陸の東北端に位置し、「アフリカの角」と呼ばれる国で、イタリアとイギリスの植民地だったが、1960年に独立しました。ソマリアは6つの氏族、16の準氏族に分かれていて、独立後から権力争いが続いていました。そして90年代、ソマリア最大の武力を誇るアイディード将軍率いるUSC(統一ソマリア会議)が、大統領を追放して首都のモガディシオを制圧。しかし、USC内部でアイディード将軍派とマハディ暫定大統領派との抗争が起こり、ソマリアは無政府状態に突入。餓死者や難民が多数出てきて、国連は人道支援を行うが、武装勢力による援助物資の強盗・略奪、NGOへの襲撃・殺害によって、援助活動は停滞。国連はこのような状況に対して米国が主力となる国連平和維持軍(PKF)をソマリアに派遣することとなります。しかし、PKFによる武装解除は上手くいかず、PKFと武装勢力の間で泥沼の戦いが展開されるようになります。本作品はそんな泥沼状態の1993年に実際に起こったアメリカ軍の敵対するアディード政権の本拠地への奇襲作戦の悲惨な顛末を描いています。
 
 ストーリー:「1993年、泥沼化する内戦を鎮圧するためソマリアに兵士を派遣したアメリカ。なかなか収束しない内戦に焦り始めたクリントン政権は、10月3日、アディード政権の本拠地への奇襲作戦を決行する。作戦は当初は1時間足らずで終了するはずだったが、敵の攻撃により、大型輸送ヘリ“ブラックホーク”が撃墜されてしまう。敵の最前線で孤立する兵士たち。やがて、救助に向かった2機目も撃墜されてしまう。兵士たちは必死に応戦するが、敵に取り囲まれて苦戦を強いられることになる。」

 本作品を始めて見た時は上映時間の3分の2以上が生々しい戦闘シーンだったので、見終わって大変疲れたのを覚えています。スピルバーグが監督した『プライベート・ライアン』は戦闘シーンをリアルに描き、その後の戦争映画に大きな影響を与えましたが、本作品は『プライベート・ライアン』の戦闘シーンを拡大強化して延々と見せ続けるような仕上がりとなっています。『プライベートライアン』ですら兵士同士の友情など何らかのドラマが描かれていたのですが本作品はそのようなシーンはほとんどなく、ひたすら地獄のような戦場で何とか生き延びようとする兵士たちの姿のみが描かれます。

 本作品はアメリカ国防総省の全面協力下で撮影されており、役者に対する兵士としての指導や本物のブラックホーク等の軍用ヘリコプターを撮影のために貸与するなどしています。その為、公開答辞は好戦的な米軍のプロパガンダ映画となっているという辛辣な批評が多かったのですが、私は本作品を単なるアメリカ万歳の好戦的な映画だとは思いませんでした。
 確かにソマリア兵士をゾンビかエイリアンのように非人間的な存在として描いているところやアメリカ軍の圧倒的な軍事力を見せつけるようなところもあり、好戦的でアメリカ中心主義の映画だと一見思えてしまいます。
 しかし、本作品はソマリア紛争の実態を描くことをテーマにしているのではなく、異国の戦争に理不尽に巻き込まれたアメリカ兵の悲惨な実態を描くことをテーマにしていると思ってみれば印象がだいぶ変わってきます。平和のためという理由で派遣されたと思っている兵士たちを襲うソマリアの国民。一体自分たちは何のためにやって来たのか理由を見失い、ただひたすら敵に襲撃された仲間を助けることに理由を見出すしかない兵士たち。本作品でソマリアの兵士を非人間的に描いているのは、アメリカの兵士にとって彼らの平和に自分たちが介入している意味が見出せないことを表しているのだと思いました。
 また、本作品を好戦的だから駄目だと評価する人もいるようですが、私は本作品を見て戦争はカッコよくて面白そうなど全く思いませんでした。むしろ、あれだけの武器を持っていたアメリカ軍がソマリアの民兵にあんなに苦戦するとは驚きました。結局武力だけで平和を作ることも維持することも出来ないことをまざまざと痛感させられました。

 ラストに「米兵19人 ソマリア人1000人以上が死亡」というテロップが表示がされます。アメリカ兵とソマリア人の死者の数の違いをどう受け止めるかで本作品の評価は分かれると思います。アメリカ万歳の映画ならあえてソマリア人の死亡者数まで表示しなかったと思います。りドリー・スコット監督はあえて両者の死者数を表示して、アメリカ軍の武力介入の空しさを伝えたかったのだと思います。

製作年度 2001年
製作国・地域 アメリカ
上映時間 145分
監督 リドリー・スコット 
製作総指揮 ブランコ・ラスティグ 、チャド・オマン 、マイク・ステンソン 、サイモン・ウェスト 
原作 マーク・ボウデン 
脚本 ケン・ノーラン 、スティーヴン・ザイリアン 
音楽 リサ・ジェラード 、ハンス・ジマー 
出演 ジョシュ・ハートネット 、ユアン・マクレガー 、トム・サイズモア 、サム・シェパード 、エリック・バナ 、ジェイソン・アイザックス 、ジョニー・ストロング 、ウィリアム・フィクトナー 、ロン・エルダード 、ジェレミー・ピヴェン 、ヒュー・ダンシー 、ユエン・ブレムナー

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2007年5月16日 (水)

『地獄の黙示録』この映画を見て!

第158回『地獄の黙示録』
Apocalypse_now  今回紹介する作品はベトナム戦争を舞台に人間の狂気を描いた超大作『地獄の黙示録』です。
 『ゴッドファーザー』で富と名声を得たフランシス・フォード・コッポラ監督が、ジョゼフ・コンラッドの小説『闇の奥』を基に製作された本作品。コッポラ監督の完璧主義やフィリピンロケでの様々なトラブルなどで、完成までに4年の歳月と3,100万ドルの巨費がかかってしまいました。 完成した映画はフィリピンで撮影された映像の圧倒的な迫力と映像にぴったりあった選曲の素晴らしさは多くの人に支持されるものの、後半の抽象的なストーリー展開は難解で賛否両論を巻き起こしました。カンヌ映画祭ではグランプリ、アカデミー賞では2部門を受賞しました。
 ストーリー:「1960年代末のベトナム。ウィラード大尉は、ジャングルの奥地で現地の人を率いて王国を築いたとされるカーツ大佐を暗殺する命令を受け、4人部下を引き連れてナング河を溯っていく。その過程でウィラードが遭遇するさまざまな戦争の狂気。何とかジャングルの奥地の王国にたどり着いたウィラードはカーツと対峙するが・・・。 」

 私がこの作品を始めてみたのは高校生の時でしたが、当時はヴィットリオ・ストラーロの濃厚な映像とワーグナーやドアーズを引用した音楽の素晴らしさにとても感動したものでした。
 特に前半のハイライトとも言えるワーグナーの勇壮な音楽にのせて米軍のヘリコプター舞台がベトナムの村を爆撃するシーンはその圧倒的な迫力に鳥肌がたったものでした。
 また、その爆撃の理由がサーフィンをしたいというキルゴー中佐の個人的な理由に過ぎないところに戦争の狂気というものを強く感じたものでした。
 当時はジャングルの奥地にいるカーツ大佐を探してジャングルの奥地へと旅をする前半までは戦場の迫力と狂気に満ちており集中して見ることができました。
 しかし、王国に到着してカーツ大佐が出てきてから、映画のテンポが悪くなり、見ていて睡魔が襲ってきました。ただ生きた牛を切り刻むシーンだけは強烈なインパクトはありましたが・・。高校生の私には何が言いたいのかイマイチ分りませんでした。
 当時は何が言いたいのか良く分らないけど、凄い映画を見てしまったという印象が強く残ったものでした。その後も、この映画の強烈なインパクトが忘れられずLDを買っては何回も見直したものでした。

 2001年に50分の未公開映像が追加された特別完全版が公開され、私も劇場に足を運び見たのですが、その時に初めてこの映画の言いたかったことが何となく分ったものでした。
 完全版では細かな追加シーンのほかに、大きく3つの新しいフッテージが追加されています。
 1つ目が「プレイメートのその後」で、オリジナルではちらっとしか登場しなかったプレイメートがウィラードたちと交流する場面が追加されています。
 2つ目は「フランス人植民農園」のシーン。このシーンが撮影されていたことは以前から知っていましたが、オリジナル版でカットされたのが非常に惜しまれるシーンです。このシーンが加わることで、この映画のテーマの一つである「ベトナムでアメリカが戦うことの空しさや無意味さ」がより明確になっています。このシーンの幻想的な美しさは特筆もので、オリジナルにはない甘美さが与えられています。
 3つ目は「カーツ大佐のセリフ追加」シーン。オリジナルではよく分らなかったカーツ大佐の思想や狂気に至る理由が明確に分かりますし、この映画の持つ人間の狂気や反戦というメッセージ性がより分りやすく見る者に伝わるようになっています。
 特別完全版は監督の意図やメッセージがオリジナル版よりも分りやすくなっていますが、一つ欠点を挙げると3時間20分という上映時間は少し長く、オリジナル版よりもテンポが悪くなっています。

 この作品は「人間の内に潜む不条理さや狂気」というものを戦争という人間の本能がむき出しになる状況を舞台にして考察した作品だと思います。戦場という生と死の狭間で生きる人間たちが陥る狂気。道徳や倫理が通用しない戦場という場所で現れる人間の心の闇を生々しく描いています。
  
製作年度 1979年 (2001年・特別完全版公開)
製作国・地域 アメリカ
上映時間 153分 (特別完全版203分)
監督 フランシス・フォード・コッポラ 
原作 ジョセフ・コンラッド 
脚本 ジョン・ミリアス 、フランシス・フォード・コッポラ 
音楽 カーマイン・コッポラ 、フランシス・フォード・コッポラ 
出演 マーロン・ブランド 、マーティン・シーン 、デニス・ホッパー 、ロバート・デュヴァル 、フレデリック・フォレスト 、アルバート・ホール 、サム・ボトムズ 、ラリー・フィッシュバーン 、G・D・スプラドリン 、ハリソン・フォード 、スコット・グレン

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2007年4月17日 (火)

『男たちの大和 / YAMATO』映画鑑賞日記

Yamato  角川春樹が製作して昨年に大ヒットした戦争映画『男たちの大和 / YAMATO』。実物大の大和のセットを組んだり、長渕剛を主題歌に起用するなど数々の話題を提供した作品ではありました。戦争映画は好きなのですが、角川春樹製作の戦争映画というと派手なだけで中身は薄い作品ではないかと危惧し見る気が起きませんでした。しかし、テレビでたまたま放映されていたので鑑賞したのですが、予想通りの微妙な出来でした。
 戦後60年以上経過して、戦争の悲惨さを忘れかけている日本人にとって過去の悲惨な歴史を学ぶことは大切だと思います。このような映画が製作されること自体は良いことだと思います。 この映画も日本兵の祖国や家族に対する思い、戦争の悲惨さや平和の大切さなど今の日本人が考えさせられるテーマが数多く詰め込まれています。最近の日本映画でこのようなテーマの戦争映画は製作されていなかったので、あえてこの時代にこの映画を製作した心意気は悪くないと思います。

 しかし、映画の出来はかなり低いです。『タイタニック』や『プライベート・ライアン』を意識したシーンが数多く見られましたが、出来は遠く及びません。ストーリー、映像、音楽、演技の全てがテレビの2時間ドラマのような薄っぺらい出来です。
 ストーリーはありきたりなお涙頂戴ものに過ぎず、テンポも悪いです。一兵士の視点から描くという発想自体は良いと思うのですが、登場人物が多すぎて感情移入が出来ません。
 
映像は原寸大のセットで撮影した割にはリアリティが感じられませんでした。いかにもセット丸出しであり、大和の巨大さが感じられませんでした。CGもいかにもCGといった映像で安っぽく感じてしまいました。
戦闘シーンも『プライベート・ライアン』を意識しているようですが遠く及びません。アップの映像ばかりで引きの映像がないので迫力に欠けますし、戦闘シーンでの死の描写も綺麗過ぎてリアリティに欠けます。沈没のシーンも何が原因で、どう沈没したのかがいまいち分かりませんでした。
 
音楽も私の好きな久石譲さんが担当しているので期待したのですが、終始鳴りっぱなしでウルサク感じてしまいました。角川春樹が音楽プロデューサーとして、かなり久石さんに指示をしたそうですが、それが裏目に出たと思います。また主題歌も映画とあってなく最悪でした。長渕を起用するセンスも悪いと思いますし、この映画に主題歌は不要だったと思います。
 
演技に関しては、反町隆史と中村獅童を主役に起用していますが、彼らの演技はテンションが高いだけで鬱陶しかったです。もっと静と動のコントラストのある演技をしたほうが良かったと思います。
脇役も演技が下手で、リアリティに欠けています。特に長嶋一茂は最悪でした。なぜ彼を起用したのでしょう。逆に蒼井優は素晴らしかったです!
 兵士たちを演じた役者たちの演技も格好良さばかりが目立ち、死を目前にした恐怖や悲しみといったものがもう一つ伝わってきませんでした。
 あと気になったのが兵士たちが余りにも健康的かつ綺麗すぎて嘘っぽく感じてしまいました。

 「戦艦大和」といういい素材を扱ったにも関わらず、スタッフやキャストの力量の低さから、今ひとつの出来にしかならなかったのが残念です。

製作年度 2005年
製作国・地域 日本
上映時間 145分
監督 佐藤純彌 
製作総指揮 高岩淡 、広瀬道貞 
原作 辺見じゅん 
脚本 佐藤純彌 
音楽 久石譲 
出演 反町隆史 、中村獅童 、鈴木京香 、松山ケンイチ 、渡辺大 、内野謙太 、崎本大海 、橋爪遼 、山田純大 、高岡建治 、高知東生 、平山広行 、森宮隆 、金児憲史 、長嶋一茂 、蒼井優 、高畑淳子 、余貴美子 、池松壮亮 、井川比佐志 、勝野洋 、野崎海太郎 、春田純一 、本田博太郎 、林隆三 、寺島しのぶ 、白石加代子 、奥田瑛二 、渡哲也 、仲代達矢 

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2007年3月 5日 (月)

『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』この映画を見て!

第149回『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』
スタンリー・キューブリック特集7
Drstrangelove  今回紹介する作品は米ソ冷戦下における核戦争の恐怖を鬼才キューブリック監督が徹底的に皮肉ったブラックコメディの傑作『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』です
 私がこの作品を出会ったのはキューブリック作品に熱中していた高校生の時でした。その時は核戦争という重いテーマを扱いながら、これだけ観客を笑わせ考えさせる映画を作れるキューブリック監督にとても尊敬したものでした。

 一人の狂った軍人によるソ連への核攻撃命令。それを何とか食い止めようとする米ソ首脳や軍人たち。しかし、混乱した状況の中で、結局世界の破滅は食い止められず、地球は放射能の灰で包まれるという悲惨なオチで幕を閉じます。
 この作品でキューブリックは情報が遮断された状況で冷静に判断できなくなる人間の脆さや人間が作り出したテクノロジーを人間が制御できなくなる滑稽さをクールに描きます。
その描き方はとてもデフォルメされているにも関わらず、どこか現実的な生々しさがあります。
 どんなに巨大で完璧なシステムを作っても、そのシステムを扱う人間のミスにより、人間に逆に多大なダメージを与えてしまうという悲劇。
 システムが巨大になればなるほど、各部門ごとの動きが分からず、自分は正しいことをしていると思っていたのに実は間違ったことをしてしまっているという恐怖。
 この映画で描かれていることは今現在でも起こりうる悲劇であり恐怖であると思います。 

 またこの作品はセックスを暗示させる映像やエピソードが随所に挿入されています。
 オープニングの空中給油シーンは男女のセックスをイメージさせますし、ラストのコング少佐がまたがる核爆弾はもろペニスを連想させます。
 出てくる登場人部もセックスに強い感心をもっており、ソ連に核攻撃の命令を出した軍人は自分の性欲の衰えがソ連による陰謀が原因だと思い込んでいますし、マッドサイエンティストのDr.ストレンジラブは地下のシェルターを男たちのハーレムにしようと提案します。
 ラストのDr.ストレンジラブ立って「歩けます」と言って終わるシーンの意味が分からないという人もいますが、あのシーンは男として俺はまだまだセックスができるということをアピールしているのです。
 だからタイトルにもあるように博士は心配するのを止めて水爆を愛するようになったのです。
 そのシーンの後に水爆が爆発するシーンが延々と流れますが、それは人類の滅亡を示唆しているだけでなく、戦争によって欲情した男たちの射精を意味しているのです。
 キューブリックはこの作品で男性の性的衝動と戦争の密接な関係を巧みに描いています。

 この作品の大きな見所はストーリーはもちろんのこと、ピーター・セラーズの一人三役の演技とキューブリックのクールな映像と演出です。
 ピーター・セラーズは『ピンク・パンサー』シリーズが有名な俳優ですが、ここでは英国大佐、大統領、マッド・サイエンティストという全くタイプの違う役を一人で見事にこなしています。特にドイツから来たマッド・サイエンティスト・Dr.ストレンジラブの演技は最高に面白いです。
 またキューブリックの演出はドキュメンタリータッチで淡々としているのですが、戦闘シーンはニュース映像を見ているかのような迫力がありますし、国防省作戦室のシーンは独特なセットが印象に残ります。音楽のセンスも素晴らしく、映画のエンディングに甘美な女性の声による「またお会いしましょう」という歌を流すという痛烈さ。さすがキューブリックだなと思える選曲です。

 ここまで完成度の高いブラックコメディの作品はなかなかお目にかかれないと思いますので、ぜひ多くの人に見て欲しいです! 

製作年度 1964年 
製作国・地域 イギリス/アメリカ
上映時間 93分
監督 スタンリー・キューブリック 
原作 ピーター・ジョージ 
脚本 スタンリー・キューブリック 、ピーター・ジョージ 、テリー・サザーン 
音楽 ローリー・ジョンソン 
出演 ピーター・セラーズ 、ジョージ・C・スコット 、スターリング・ヘイドン 、キーナン・ウィン 、スリム・ピケンズ 、ピーター・ブル 、トレイシー・リード 、ジェームズ・アール・ジョーンズ 

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2006年12月28日 (木)

『硫黄島からの手紙』この映画を見て!

第135回『硫黄島からの手紙』

Letters_from_iow_jima  今回紹介する映画はクリント・イーストウッドが日米双方の視点から“硫黄島の戦い”を描く“硫黄島プロジェクト”第2弾作品『硫黄島からの手紙』です。
 1作目の『父親たちの星条旗』は硫黄島の擂鉢山に星条旗を掲げたアメリカ軍兵士たちが国家によって翻弄される姿を描いた作品でした。戦争で生き残った兵士たちの苦悩や戸惑いに焦点を当てた人間ドラマと硫黄島での激しい戦闘シーンが非常に印象に残る作品でした。
 2作目の『硫黄島からの手紙』は1作目では見えない敵として描かれていた日本兵に焦点を当て、彼らがどのようにしてアメリカ軍を相手に36日間も戦い抜いたのかを描きます。イーストウッド監督は1作目同様にテーマを前面に押し出したり、変に感情に流されることなく、淡々とした語り口で戦争の真実を描き出していきます。
 
 私はこの映画を見たとき、ハリウッド制作のアメリカ映画がここまで違和感なく戦時中の日本人の姿を描いたことに驚きました。今までも日本を舞台にしたアメリカ映画は数多く制作されてきましたが、どの作品も日本人の私から見ると違和感のある描写があったものでした。 しかし、この作品はまるで日本人のスタッフが制作したのかと思えるほど、日本の描写に違和感がありませんでした。監督を始め、制作スタッフたちの日本側に対する敬意が非常に感じられました。
 この映画のストーリーはアメリカ留学の経験を持ち、精神論でなく合理的に戦おうとする指揮官・栗林忠道中将と妻と娘に思いを寄せる兵士・西郷という二人の人物の視点から硫黄島の過酷な戦いが描かれていきます。ストーリー自体は『「玉砕総指揮官」の絵手紙』(小学館文庫)をベースに日系アメリカ人のアイリス・ヤマシタが脚本を手がけたフィクションです。しかし、登場人物の子孫や硫黄島協会にも取材をして、信憑性のある物語を創り上げていったそうです。その甲斐もあって、当時の日本人の天皇制軍国主義に支配された独特な精神性や、その中で葛藤する複雑な心情を見事に描いています。
 
 硫黄島2部作、1作目が生き残った兵士のその後の人生や国家に翻弄される個人を描いた作品なら、2作目である本作は戦争中の兵士の生と死の葛藤、そして家族に寄せる思いを描いた作品となっています。生きることより死ぬことに価値がおかれていた時代。そんな時代の兵士たちの生への欲求とそれを自己否定して死へと自分を追い込まないといけない哀しみ。私は実際に戦争を体験したわけではありませんが、この映画を見ている間、兵士たちの生と死の狭間での葛藤が伝わってきて胸が苦しくなりました。
 
 私がこの映画で特に印象的だったのでは、洞窟内で兵士たちが自決するシーンとアメリカ兵の捕虜の書いた手紙を読むシーンでした。
 洞窟内で手榴弾によって自決するシーンは、あまりにも悲惨で目を背けたくなると同時に、死のあっけなさというものを感じてしまいました。
 またアメリカ兵の捕虜の書いた手紙を読むシーンは、敵味方関わらず、戦場の兵士たちが持っている故郷や家族への思いというものが伝わってきました。手紙を読んでいる最中に座り込んでいる日本兵が立ち上がるシーンは、鬼畜だと思っていたアメリカ兵も実は同じ人間だったことに気付いた兵士たちの葛藤や戸惑いといったものが感じられました。
  
 監督は硫黄島2部作を撮るに当たって、正義や悪という単純な図式で戦争を描くのでなく、「あの戦争が人間にどんな影響を与えたか、そして戦争がなければもっと長く生きられたであろう人々のことを描いている」とコメントしています。そんな監督の制作動機がしっかりと作品にも反映されており、映画を見た多くの人は戦争の哀しみや虚しさ、そして家族や祖国の為に死んでいった兵士たちへの敬意といったものを感じることが出来ると思います。できれば、今回の作品と併せて、前作『父親たちの星条旗』を見てもらうと、より監督のコメントや制作動機が理解できると思います。

  この映画はお正月映画としては重い映画ですが、ぜひ多くの人に見てもらいたい作品です。

製作年度 2006年 
製作国・地域 アメリカ
上映時間 141分
監督 クリント・イーストウッド 
製作総指揮 ポール・ハギス 
原作 栗林忠道 、吉田津由子 
脚本 アイリス・ヤマシタ 
音楽 クリント・イーストウッド 
出演 渡辺謙 、二宮和也 、伊原剛志 、加瀬亮 、松崎悠希 、中村獅童 、裕木奈江 

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2006年11月24日 (金)

『トンマッコルへようこそ』この映画を見て!

第131回『トンマッコルへようこそ』
Welcome_to_dongmakgol  今回紹介する作品は昨年に韓国で800万人という記録的観客を動員した反戦ファンタジー映画『トンマッコルへようこそ』です。この作品は元々舞台劇として発表されていたものを映画化したものです。 

 ストーリー:「朝鮮戦争の最中、『トンマッコル』という桃源郷のような村に迷い込んだ3組6人の兵士たち。北の人民兵3人に、南の韓国軍兵士2人、そしてアメリカの連合国軍兵士1人。最初は村の中で敵同士憎みあっていた北と南の兵士たち。しかし、戦争など知らないトンマッコルの純粋な村人たちの姿に影響を受け、いつしかお互いに憎みあうことを止め心の絆を結ぶまでになる。村での牧歌的な生活は戦闘で疲れ果てた兵士たちの心と体を癒し、失われていた人間性を回復させる。しかし、村にも次第に朝鮮戦争の危機が迫ってきていた。そのことを知った6人の兵士たちは村を守るために力を合わせて大きな敵と戦うことを決める。」

 この作品に関しては私の好きな久石譲が音楽を担当していると言うことで、昨年からずっと注目をしていました。日本での公開を楽しみにしながら、韓国で先行発売されたサントラだけは事前に購入して聞いていたものでした。(このサントラは音が悪いです。買うなら今発売されている日本版を買ってくださいね。)久石さんの音楽はまるで宮崎作品を彷彿させるような音楽で、幻想的で心温まる旋律が耳に心地よく、何度も聴いたものでした。音楽を聞けば聞くほど一体この音楽がどのような映像に付いているのかとても気になったものでした。
 韓国公開から1年後、やっと日本でも公開され、私もすぐに劇場に駆けつけ鑑賞しました。最初見たときは久石さんの音楽がどのように使われているかに目が行ってしまったのですが、ファンタジックな映像に久石さんのファンタジックな音楽が見事に融合されていました。なぜ監督が久石さんに音楽を頼んだのかよく分かりました。(監督は昔から久石さんのファンだったようで、自分の作品で久石さんに音楽を担当してもらうのが夢だったようです。)

 私がこの作品で一番印象的なシーンは、農作業や狩りを通していがみ合う兵士たちが仲良くなっていくところです。特に猪の肉を食べるうちに険しい表情だった兵士たちの顔に笑みがこぼれるシーンは、人間の幸せとは何かをハッと気付かされました。美味しいものを食べるという当たり前のことが人間を幸せにしてくれるということをこの映画は教えてくれます。
 
 また私がこの映画で一番ほろっと泣いたシーンは北と南の兵士たちが村の中で初めて出会い、雨の中でいがみ合っているところに村の少女ヨイルが現れ、兵士の顔を布でそっと拭うところです。なぜか見ていて、切なさで胸がいっぱいになってしまいました。

 前半の銃や爆弾など戦争を知らないトンマッコルの村人と兵士たちのちぐはぐなやり取りは、見ていてとても可笑しく、それでいて戦争の愚かさがよく伝わってくる名シーンでした。
 
 この作品は心温まるファンタジー映画のように宣伝されていますが、実際はかなり強いメッセージ性を持った反戦・反米映画です。私も途中まではほのぼのとした癒し系の作品だと思って見ていたのですが、後半から徐々にシリアスな展開となっていきます。あまりにも辛い展開に私も胸が何度も締めつけられました。
 ラストもある意味とても哀しい結末なのですが、なぜか清々しく希望に満ちた仕上がりになっています。兵士たちのラストシーンの笑顔。それは未来への希望が託されていると思います。

 この映画は朝鮮戦争による南北分断の悲劇と南北統合への祈りが込められています。この作品を見ると、大国の思惑や思想に翻弄され、同じ民族が憎みあい、武器を持ち殺し合うことの滑稽さや哀しみが身にしみて分かります。この映画が韓国でなぜ大ヒットしたのか、そこには韓国の人たちの平和と民族統一の願いが背景にあるのでしょう。それに関しては日本人にはピンとこないところがありますが、南北分断には日本の戦前の植民地政策も影響していたりして、決して関係ないわけではありません。それに日本の経済復興は朝鮮戦争のおかげでもあるわけで、日本人も間接的にあの戦争には関わっています。そう考えるとこの映画は日本人にとっても胸の痛む映画です。
 
 私の中でこの映画は今年の映画Best5に入るほど傑作だと思っています。笑って、泣いて、いろいろ考えさせてくれる作品『トンマッコルへようこそ』。ぜひ多くの人に見て欲しいです。
 
製作年度 2005年 
製作国・地域 韓国
上映時間 132分
監督 パク・クァンヒョン 
原作 チャン・ジン 
脚本 チャン・ジン 、パク・クァンヒョン 、キム・ジュン 
音楽 久石譲 
出演 シン・ハギュン 、チョン・ジェヨン 、カン・ヘジョン 、イム・ハリョン 、ソ・ジェギョン 、スティーヴ・テシュラー 、リュ・ドックァン 、チョン・ジェジン 、チョ・ドッキョン 、クォン・オミン 

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2006年11月 7日 (火)

『父親たちの星条旗』この映画を見て!

第125回『父親たちの星条旗』
「戦争を終わらせた一枚の写真。その真実。」
Flags_of_our_fathers  今回紹介する映画は太平洋戦争においてアメリカにとって最大の激戦地だった硫黄島の戦いを描いた『父親たちの星条旗』です。この映画はハリウッドの戦争映画にはしては珍しく日米双方の視点から硫黄島の戦いを描く2部構成の作品となっており、その第一部として公開されました。第一部はアメリカ軍の兵士の視点から描いています。硫黄島の擂鉢山に星条旗を掲げる6名の兵士を写した有名な戦争写真。その裏側に秘められた無名の兵士たちの人間ドラマと硫黄島の激戦の様子が生々しく描かれます。
 
 この映画の大きな特徴として、他のハリウッドの戦争映画のように戦争を単なる美談として扱っていないところがあります。この映画は戦争で生き残り、国家に英雄として祭り上げられた兵士たちの苦悩や戸惑いといったものを淡々と描き出します。そして国家や戦争という大きな舞台の中で翻弄される兵士たちの哀しみや虚しさといったものを観客に訴えかけます。監督であるクリント・イーストウッドは硫黄島2部作を撮るに当たって次のようなコメントを発表しています。
「自分がこれまで観てきた戦争映画はどちらかが正義でどちらかが悪だと描いていた。しかし、人生も戦争もそういうものではないのだ。」
 このコメントが表すとおり、この映画は戦争が如何に兵士たちの人生に影響を与えるかを淡々と綴った作品です。

 イーストウッド監督は無駄のない簡潔さと感情を押さえた演出に定評があります。この映画でもテーマを前面に押し出したり、変に感情に流されることなく、淡々とした語り口が非常に印象的です。
 話しの展開も巧みで、現在のアメリカ、激戦の硫黄島、戦中戦後のアメリカの3つの時代を縦横無尽に往き来する展開なのですが、時代が移り変わっても兵士たちの心の傷は癒えないということを見事に表現していています。
 
 また彼の映画は現実の嫌な面を真正面から描いたものが多いのです。この映画でもネイティブアメリカンへの差別や戦場で味方によって撃たれる兵士、兵士たちを利用する政治家や経営者、彼氏が英雄となったことで自分もセレブ気取りになった恋人の登場など見たくないシビアな現実がこれでもかと描かれて、気が滅入ってしまいました。
 
 この映画は制作にスピルバーグが関わっており、戦闘シーンは『プライベートライアン』並に生々しく迫力に満ちた仕上がりになっています。湾を埋めつくす何百もの艦船シーンは見ていて壮観ですし、硫黄島に向けて何千発もの砲弾が打ち込まれる場面はその迫力に圧倒されてしまいます。また目も背けたくなるほど結構エグイ描写も多いのですが、その描写が戦争の虚しさや悲しさというものを際だたせていました。どこからともなく飛んでくる銃弾や砲弾。さっきまで喋っていた仲間が次の瞬間には死体となってしまうあっけなさ。死と隣り合わせの兵士の緊張感や恐怖といったものが見ているだけで伝わってきます。この映画を見ると戦争というものが如何に悲惨なものかよく分かると思います。

 私はこの映画を見て、一番印象に残ったのはネイティブアメリカンであるヘイズの人生がとても印象的でした。かつて自分たちを征服した白人の為に兵士として戦いながらも、本国では白人に差別される彼の姿を見るとつらくて胸が締めつけられそうでした。

 映画のラストは涙なしでは見られないほど感動的で美しい場面です。またエンドロールも席を立たずじっつ見ていて欲しいです。この映画は戦争で死んでいった兵士たちへの哀悼の意を讃えた鎮魂歌です。

 12月には硫黄島2部作目の日本側から描いた『硫黄島からの手紙』が公開されます。イーストウッド監督がどのように日本兵を描くのか今から楽しみです。

製作年度 2006年 
製作国・地域 アメリカ
上映時間 132分
監督 クリント・イーストウッド 
原作 ジェームズ・ブラッドリー 、ロン・パワーズ 
脚本 ポール・ハギス 、ウィリアム・ブロイルズ・Jr 
音楽 クリント・イーストウッド 
出演 ライアン・フィリップ 、ジェシー・ブラッドフォード 、アダム・ビーチ 、ジェイミー・ベル 、バリー・ペッパー 、ポール・ウォーカー 、ジョン・ベンジャミン・ヒッキー 、ジョン・スラッテリー 、ロバート・パトリック

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2006年8月20日 (日)

『機動警察パトレイバー2 the Movie』この映画を見て!

第97回『機動警察パトレイバー2 the Movie』
Patlabor2  今回紹介する映画はカルト的人気を誇るアニメ映画監督・押井守の代表作であり、現代日本における戦争状態を緻密にシュミレーションした衝撃作『機動警察パトレイバー2 the Movie』です。この映画は1993年と10年以上前に制作されていますが、2006年の今見ても映画で語られていることは決して古くなく、むしろ今日本がおかれている状況を見事に浮き彫りにしています。
 私がこの映画を始めてみたのは10年くらい前ですが、当時は東京という都市のリアルな描写と自衛隊が東京の都市を行き交う映像に強烈なインパクトを受けました。またストーリーも自衛隊が平和ボケした日本にクーデターを起こし、戦争状態を作り出すという衝撃的な内容にいろいろと考えさせられたものでした。
 ストーリー:「2002年冬。横浜ベイブリッジに謎のミサイル投下…。報道はそれが自衛隊機であることを告げるが、該当する機体は存在しなかった。これを機に続発する事件は警察と自衛隊の対立を招き、事態を重く見た政府は実戦部隊を治安出動させる。東京に戦争を再現した恐るべきテロリストを追って、第2小隊最後の出撃が始まる!」
 この映画はパトレイバーの映画というよりは、パトレイバーの設定を借りた日本の有事の際のシュミレーション映画です。現代日本でテロなどの有事の状態になった時、政府・警察・自衛隊はどのように動くのか?この映画は今の日本の防衛体制について鋭い問題提起を投げかけます。警察と自衛隊の覇権争いの醜さ、組織における上層部と現場の対立、最小限な攻撃による都市機能の混乱。この映画は戦後日本の平和の脆弱さや虚構性を暴いていきます。戦後日本人にとって当たり前の平和な状況、しかしその平和な状況とは一体何なのか?映画の中でも平和と戦争の境目の曖昧さが語られますが、テロが頻発する現代は平和と戦争状況の区別が曖昧な時代になってきています。危機意識のないままいつの間にかテロという戦争に巻き込まれる現代という時代をこの映画は見事に表現しています。
 また、この映画は平和を望みながら、閉塞した日本の状況をどこかで破壊したいという歪んだ私たちの願望をどこか刺激します。
 彼の作品では現実と虚構の曖昧さが常にテーマとして描かれますが、この作品でも情報化社会における虚構のリアルさ、戦争という現実の日本における非リアルさが伝わってきます。
 さらに、この映画は人間ドラマとしても非常に見ごたえがあります。組織の対立や権力争いに巻き込まれる個人の葛藤や苛立ち、かつては不倫関係だった柘植と南雲の苦く切ないラブストーリーなどドラマとしての完成度の高さが印象に残る作品です。
 それと、この映画を語るときに忘れてはいけないのが、緻密でリアルな東京という都市の描写です。無機質なビル街、生活臭の漂う下町やコンビニなどこの映画のもう一つの主役とも言える東京という都市を見事にアニメで再現しています。そして都市をリアルに描けば描くほど、そこに生きる人が自分の存在を非リアルに感じてしまうというアイロニー。この映画は都市という幻想の世界に生きる人々の思いを描いた作品だと思います。
 ここまで重厚で大人が見て楽しめ考えさせられるアニメ映画はなかなかありません。ぜひ多くの人に見て欲しい傑作アニメです。  

製作年度 1993年
製作国・地域 日本
上映時間 113分
監督 押井守 
原作 ヘッドギア 
脚本 伊藤和典 
音楽 川井憲次 
出演 大林隆之介 、榊原良子 、冨永みーな 、古川登志夫 、池水通洋 

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2006年6月24日 (土)

『シンドラーのリスト』この映画を見て!

第74回『シンドラーのリスト』
Schndlerslist  今回紹介する映画はスティーブン・スピルバーグの渾身の作品『シンドラーのリスト』です。スピルバーグは82年に原作の映画化権を手にいれ、10年近く構想を練った後、この映画の制作に着手しました。ホロコーストを扱った白黒映画で25億円という莫大な制作費をかけた映画ということで映画会社は撮影をかなり渋ったようですが、監督は自らのギャラを返上してこの映画の制作に挑んだようです。第2次世界大戦におけるホロコーストの実態をセミドキュメンタリータッチで描いた『シンドラーのリスト』は公開されると大反響を呼びました。手持ちカメラを利用した緊迫感あふれる映像、生々しい殺戮シーンは観客にとてもインパクトを与えました。スピルバーグは今まで賞は取れない監督と言われていたのですが、この映画で念願のアカデミー賞を初めて獲ることができました。
 ストーリー:「第二次大戦下のドイツ。実業家シンドラーは軍用ホーロー器工場の経営に乗り出し、ゲットーのユダヤ人たちを働かせた。やがて彼は、ユダヤ人に対する迫害に心を動かされ、彼らを強制収容所送りから救うのだった。」
 私がこの映画を見たのは高校1年生のときでしたが、見たときは大変な衝撃を受けました。人が虫けらのようにあっけなく死んでいくシーンの連続に、人間の命というものが状況しだいで如何に軽くなるかということが分かりショックを受けました。人の命は重いと言われながら、人類の歴史の中でいかに軽く扱われてきたか(そして現在も扱われているか)という現実をこの映画を見て再認識させられました。私はこの映画を見て一番強く感じたのは命の尊さとか戦争の愚かさなどではなく、人間の狂気や暴力性というものでした。人間という生き物が持つ狂気と暴力性が剥き出しになったときの悲劇というものを強く思いました。
 この映画は映像のインパクトが強烈です。陰影のあるモノクロの映像は、当時のドキュメンタリー映像を見ているかのようです。また一部パートカラーのシーンもあるのですが、とても印象的な使われ方をされています。撮影はポーランド出身のヤヌス・カミンスキーが担当しているのですが、この映画の後、監督は彼とコンビを組み、陰影のある独特な映像スタイルを作り上げていきます。(ただ、カミンスキーの映像は娯楽映画には合わないような気がしますが。)
 ストーリーはオスカー・シンドラーが完全無欠のヒューマニストとして描かれるのでなく、酒と女とお金が好きな胡散臭い人間として描かれているところが逆に好感が持てます。根っからの善人でなく、善と悪と両方を持ち合わせた人間が葛藤しながら善に向かおうとする姿に人間の希望が描かれていると思います。ただ映画のラストはあまりにもあざとく、ヒューマニズム色が強くて、個人的にあまり好きではありません。ドキュメンタリータッチで最後まで通して欲しかったです。
 この映画はユダヤ人であるスピルバーグにとっては、自分の同胞たちの苦難の歴史を記すという非常に大きな意味があったと思います。スピルバーグにとって自分がユダヤ人であるということは大きなアイデンティティであり、映画を制作する際も常に意識しているところがあります。スピルバーグの最新作『ミュンヘン』も戦後のユダヤ民族の悲劇を描いた作品でした。
 この映画の描写に関して事実を捏造しているという批判もあります。しかし私はこの映画が描こうとしているテーマや内容に関しては見るべきものが多いと思います。残酷なシーンが数多くあり、気分が重くなる映画ではありますが、人間の狂気や暴力の悲劇というものを考えさせられます。ぜひ一度見てみてください。

製作年度 1993年
製作国・地域 アメリカ
上映時間 195分
監督 スティーヴン・スピルバーグ 
製作総指揮 キャスリーン・ケネディ 
原作 トーマス・キニーリー 
脚本 スティーヴン・ザイリアン 
音楽 ジョン・ウィリアムズ 
出演 リーアム・ニーソン 、ベン・キングズレー 、レイフ・ファインズ 、キャロライン・グッドオール 、ジョナサン・サガール 

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2006年3月12日 (日)

『プライベート・ライアン』この映画を見て!

第60回『プライベート・ライアン』
見所:「冒頭30分の壮絶な上陸作戦の戦闘シーン!」
プライベート・ライアン

 私がこの映画を映画館で最初に見たときは大変衝撃を受けました。今まで見てきた戦争映画の中でこの映画ほど生々しい戦闘シーンはなかったです。まるで自分が戦場の中に放り込まれたような気分に陥りました。特に冒頭30分に及ぶオハマビーチ上陸作戦のシーンはすざましく正視出来ないほどでした。闘う準備もする間もなく撃たれて死んでいく兵士、なくなった自分の手を探す兵士、内蔵が飛び出し泣け叫ぶ兵士、そして海岸を埋め尽くす死体。この映画ほど戦争の現場の実態をリアルに描いた映画はないと思います。
  この映画の最大の見所は映像と音響です。映像の彩度を落として、まるで当時の従軍記者が撮影したような映像を見ているような雰囲気、ハンディ・カメラを使用して、ドキュメンタリータッチで撮影された映像は当時の戦闘現場を見ているような感覚を観客に与えます。また音響も素晴らしく、ドルビーデジタルサラウンドの性能を最大限に生かしています。冒頭の上陸作戦での360度さまざまな方向から飛んでくる銃弾の音、後半の市街地の闘いでの戦車の迫り来る重低音など音響も戦場のリアリズムが追求されています。この映画を見るときは是非ホームシアターをそろえて液晶やプラズマなどの大画面テレビで見ることをお奨めします。
 ストーリー:「戦闘で3人の兄を亡くしたライアン2等兵。軍上層部は兄弟全部を死なすわけにはいかないとライアンを故郷に戻すことを決める。そこでオハマビーチで過酷な闘いを生き延びたミラー大尉をリーダーに8人の特命隊が組まれる。軍上層部のこの命令に疑問をもちながらも、8人は過酷な戦況をくぐり抜けてライアンを探す。」
 ストーリーの方ですが映像や音響に比べるとあまり魅力はありません。戦地から兵士を連れ戻す任務に就いた兵士たち葛藤というドラマも生々しい戦闘シーンの前ではかすんでしまいます。また任務の途中で描かれる兵士たちのエピソードも戦争映画ではありきたりな内容です。またどこか第2次世界大戦におけるアメリカ賛美や偽善的なヒューマニズムの匂いが感じられる映画でもあります。私はこの映画のストーリー自体はあまり評価できません。
 この映画はストーリーや人間ドラマをじっくりと味あう映画でも、戦争の本質を描く映画でもなく、第2次世界大戦の生々しい戦闘シーンを疑似体験する映画です。そういう意味ではスピルバーグらしいテーマパークのアトラクション型タイプの映画です。(しかし、楽しく面白いアトラクションではありませんが・・・)この映画は戦争の悲劇を伝える反戦映画でも国の為に闘った兵士たちを哀悼し、愛国心を煽る映画でもないと私は思います。この映画はスピルバーグが今まで撮ってきた『ジュラシックパーク』や『ジョーズ』などのアトラクション型映画の延長にあり、観客が生々しい戦闘シーンを追体験することに主眼が置かれています。そういう意味ではこの映画は成功だったと思います。
 この映画以降、戦争映画における戦闘シーンの描き方は大きく変わりました。どの映画も、生々しく残酷な戦闘現場を前面に見せる手法を取るようになりました。それがいいかどうかは評価の分かれる所だと思います。しかし、この映画は戦争映画において記念碑的、また革命的な作品です。興味のある方はぜひ一度見てみてください!


製作年度 1998年
製作国・地域 アメリカ
上映時間 170分
監督 スティーヴン・スピルバーグ 
脚本 ロバート・ロダット 、フランク・ダラボン 
音楽 ジョン・ウィリアムズ 
出演 トム・ハンクス 、トム・サイズモア 、エドワード・バーンズ 、バリー・ペッパー 、アダム・ゴールドバーグ 

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2006年3月 4日 (土)

『ミュンヘン』この映画を見て!

第58回『ミュンヘン』
見所:「暴力の連鎖の哀しみと虚しさ、そして暗殺者たちの苦悩。」
myunhen  つい先日トリノで冬季オリンピックが行われ、各国の選手が世界一を目指して競っていました。オリンピックは古代ギリシアの神ゼウスを祝う祭典としてギリシャ全土をあげて行われ、ギリシャ各地の都市国家群はたとえ戦争中であっても休戦して参加しなければなりませんでした。しかしそんなオリンピックも古代ローマ帝国にギリシアが併合されてから393年の第293回オリンピックを最後に一度幕を閉じました。しかし、1892年、フランスのピエール・ド・クーベルタン男爵が古代オリンピックの概念を生かし、各国から選手が集まり競技をする中で友好と平和を世界に広める祭典を行おうと呼びかけ、1896年アテネで1500年ぶり年ぶりにオリンピックが復活しました。しかし戦争や国家間の政治問題などの影響を受けて、平和との祭典というオリンピックの理念は脅かされてきました。今回紹介する映画『ミュンヘン』はオリンピックという平和の祭典がテロにより殺戮と悲劇の舞台になった事件を取りあげた実話の作品です。
 1972年ドイツのミュンヘンで行われたオリンピック。各国の選手が世界一を目指して競っている中、イスラエルの選手村にパレスチナのテロリスト黒い9月のメンバーが乱入して、人質11人取り占拠しました。黒い9月のメンバーはイスラエルに収監されているパレスチナ人の解放を求めたがイスラエルは拒否。イスラエルは事態解決にのりだそうとするが、ドイツから拒否されます。交渉の末、エジプトのカイロに脱出することで合意するのですが、これは表向きの約束で、ドイツ政府は空港でテロリストを狙撃し、人質を奪還する作戦を立てていました。しかし、テロリストの狙撃に失敗、人質は全員死亡という最悪の結末を迎えてしまいます。映画『ミュンヘン』はこの最悪の結末から物語が始まります。
 ストーリー:「1972年のミュンヘンオリンピックでのユダヤ人に対するテロ行為に対して、イスラエル政府は犠牲者数と同じ11名のパレスチナ幹部の暗殺を決定。作戦のリーダーに抜擢されたアヴナーは祖国と愛する家族のために任務を受ける。しかし、任務は過酷なもので、イスラエル政府は表向き一切関与せず、自分でターゲットを見つけ出し殺さなければいけなかった。妊娠7ヶ月の妻を残しヨーロッパに旅立つアヴナー。車輌のスペシャリストスティーヴ、後処理専門のカール、爆弾製造のロバート、文書偽造を務めるハンスの4人の仲間と合流して、ヨーロッパにいるターゲットを一人また一人と暗殺をしていく。しかし、いつしか彼らも暗殺する側だけでなく、暗殺される標的にもなっていく。次々と仲間を失うアヴナー。いつしか彼自身も暗殺の恐怖に脅えるようになる。」
 この映画は『標的は11人──モサド暗殺チームの記録』という原作を基に制作されており、 映画で描かれる暗殺事件は全て実話です。またこの映画で描かれる暗殺チーム以外にも多くのチームが結成され、テロに関わった黒い9月の関係者をイスラエル政府とその対外諜報機関「モサド」は暗殺していったそうです。しかし、このモサドによる暗殺は黒い9月側からの報復を受けることにもなり、果てしない報復という名の暴力が2者の間で繰り広げられていくことになります。
 この映画を理解するにはイスラエルとパレスチナの問題をある程度知っておいていたほうがよいと思います。日本人にとっては、パレスチナ問題は遠い国の出来事であまりピンとこないかもしれません。しかし、この問題は国際的に非常に重要なものであり、中東そして世界の平和にも現在暗い影を落としています。長い間、自国を持てず流浪の民族だったユダヤ人にとってイスラエル建国は悲願でありました。しかし、イスラエル建国の為に、長い間その土地に住んでいたアラブ人は追い出されることになりました。そして、イスラエル建国に反対する周辺アラブ諸国とイスラエルはパレスチナの土地をめぐって戦争を開始します。イスラエルは武力を持って、パレスチナ全土を征服。もともとパレスチナにすんでいたイスラム教徒やキリスト教徒は難民となってしまい、ガザや西岸地区に追いやられてしまいます。追いやられたパレスチナ人もPLO(パレスチナ解放機構)を設立。当初はイスラエル抹殺の立場をとり、武力闘争を展開してましたが、途中からパレスチナ人の民族自決権を求めるようになりました。しかし、イスラエル側の入植地拡大やパレスチナ自治区の隔離政策、テロ撲滅の名による無差別虐殺などがパレスチナ人側の反感を買い、パレスチナ側のテロも頻発して、現在も不安定な情勢下であります。
 この映画はイスラエルーパレスチナ問題という非常に複雑で深刻な政治問題を題材にしており、暴力の連鎖の虚しさと哀しみを描きます。暴力に対して暴力で応酬しても、生み出されるものは平和でなく多くの死者だけという事実をこの映画は観客に突きつけます。テロリストを殺しても殺しても次々と新たなテロリストが生み出されるという虚しい構図。この映画は911のテロ後のアメリカの報復戦争に対して痛烈な批判が込められています。それは映画のラストシーンにスピルバーグがあの建物を登場させたことからも如実です。
 またこの映画は主人公たちの暗殺に対する苦悩や葛藤が随所に描かれており、国家と個人の関係性を観客に改めて問いかけます。愛する国、民族のために暗殺を重ねる主人公たち。しかし、果てしない暴力の連鎖の中で、いつしか自分たちがやっていることが正しいことなのかどうなのか迷い始め、主人公は国家から距離を置き始めます。国家を守るための崇高な任務が実は相手側のテロ行為と何ら変わらないという虚しさに苛まされる主人公。この映画は国家の為に自分を犠牲にすることの虚しさを描きます。
 ユダヤ人であるスピルバーグは今までも『シンドラーのリスト』などユダヤ人の悲劇にまつわる映画を撮ってきてました。今回の映画もイスラエル(ユダヤ人)の悲劇を描く作品であることにかわりありませんが、イスラエル側の対応にも疑問を投げかける作品となっています。暴力の応酬は死以外何の悲劇も生まないという事実を示し、和平の道はないかと訴えかけます。そこにはユダヤという民族を愛するが故にあえて苦言を呈すスピルバーグの姿があります。
 この映画の見所は政治的なメッセージだけではありません。ざらついた画質の中で70年代の風景や雰囲気を上手く捉えた映像、暗殺シーンにおけるサスペンスタッチの演出、生々しいバイオレンス描写など見所は多く、3時間ちかい上映時間ながら一瞬足りとも退屈させません。とくに、この映画のバイオレンス描写は陰惨で生々しく見る者に嫌悪感を与えます。肉体を貫通する銃弾、飛び散る肉片、噴き出す血とスプラッターホラーも真っ青の描写が何度も出てきます。徹底したバイオレンス描写はもちろん監督の趣味が大きいと私は思うのですが、テロや暗殺という行為の残酷さと陰惨さを観客に伝えます。
 もちろん、この映画は問題点もあります。この映画はあくまでイスラエエル側の視線で語られた作品であり、イスラエルーパレスチナ問題に関して両者を公平に描いているわけではありません。この映画ではイスラエル側は悲劇の被害者であるのに対して、パレスチナ側はあくまで加害者として描かれます。現実にはイスラエル側もパレスチナ人に対して残虐なことをしてきた加害者でもあります。なぜパレスチナ人がイスラエルを攻撃するのかが、この映画ではそのことに関してはほとんど触れられません。この映画はあくまで暴力の連鎖の悲劇を描くに過ぎず、なぜ暴力の引き金が引かれたのかが描かれていないのはマイナスだと思います。
 この映画は日本人から見るとピンとこない映画化もしれませんが、アメリカの報復戦争に積極的に参加し、日本もテロの標的とされている今、この映画が問いかけるテーマは決して他人事ではないと思います、ぜひ、ご覧になってください!
 
 「ミュンヘン」公式サイト http://munich.jp/
  

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2006年2月16日 (木)

『フルメタル・ジャケット』この映画を見て!

第42回『フルメタル・ジャケット』 スタンリー・キューブリック特集5
こんな人にお奨め!「戦争とは何か知りたい人、人間が狂気に陥っていく姿を見たい人」
フルメタル・ジャケット

 今回紹介する映画は戦争の本質を見事に抉りだしたキューブリックの傑作です。最近イラクでのイギリス軍や米軍の兵士によるイラク人への虐待や虐殺が問題となっています。なぜ兵士たちがあのような非人道的な行為をしてしまうのか、この映画はその答えを明解に教えてくれます。
 この映画は全編ドキュメンタリータッチで普通の若者が殺人マシーンの兵士となり、戦場で人を殺すまでを描いてます。キューブリックらしく、映像はどこまでもクールであり、ストーリーも主人公に感情移入をさせない作りになっており、観客は観察者として終始この物語を見ていくことになります。
 ストーリー「アメリカ南カロライナの海兵隊新兵訓練所に入隊したジョーカー、カウボーイ、レナードら若者たち。彼らは鬼教官ハートマンのもとで、毎日地獄のような猛訓練が行われる。しかし、一人落ちこぼれの若者レナードは訓練についていけず、仲間の足手まといになっていた。レナードは教官や仲間にいじめられ、次第に狂っていく。そして卒業前夜に教官をライフルで撃ち殺して自殺してしまう。訓練所を卒業したジョーカーやカウボーイは戦地ベトナムへと向かう。 そしてジョーカーは市街地で地獄のような戦場を目の当たりにすることになる。」
 この映画のストーリーは2部構成となっており、最初の45分間は訓練所の様子を描き、残りの1時間はベトナムでの様子を描いています。1部では若者が兵士となるまでの姿をシニカルに描きます。鬼教官による人間性を剥奪するような卑猥で差別的な罵詈雑言の嵐。聴くに堪えないような言葉の連続に圧倒されます。過酷な訓練と規律、言葉の暴力から、次第に殺人マシーンの兵士へと変わっていく若者たちの姿は見ていてぞっとします。2部では殺人マシーンと化した兵士たちの戦場での姿を描いていきます。特に印象的なのが廃墟の中で闘うシーンです。次々と倒れる仲間たちの姿、見えない敵への恐怖、そして思いがけない敵の正体。このシーンは戦争の狂気と虚しさが見事に表現されています。
 映画のラストは兵士たちが戦場を歩くシーンにミッキーマウスマーチが流れてくるのですが、戦争の狂気を見事に表現しています。
 この映画はベトナム戦争を扱っていますが、極めて普遍的なテーマを扱った映画であり、戦争と人間の狂気というものを見事に抉りだしています。キューブリック監督はどの映画でも狂気というテーマを扱っています。監督は常に人間の狂気がもつ力や恐怖、虚しさを映画のテーマとして取り上げます。この映画でも戦争という狂気に巻き込まれた人間の狂気の虚しさや愚かさを皮肉たっぷりに描いています。しかし私はこの映画を見て、キューブリック監督は人間の狂気に対してもはやどこか諦観しているのではないかと思ったりもしました。そして、監督は人間の狂気を滑稽で愚かな人間らしさの一つとして捉え、狂っていく人間にどこか愛おしさを感じていたのではないかとすら思います。
 『フルメタル・ジャケット』はとても優れた戦争映画であり、人間の狂気という本質を描いた映画でもあります。ぜひ皆さんも見てください!

製作年度 1987年
製作国・地域 アメリカ
上映時間 116分
監督 スタンリー・キューブリック 
製作総指揮 ヤン・ハーラン 
原作 グスタフ・ハスフォード 
脚本 スタンリー・キューブリック 、マイケル・ハー 、グスタフ・ハスフォード 
音楽 アビゲイル・ミード 
出演 マシュー・モディーン 、アダム・ボールドウィン 、ヴィンセント・ドノフリオ 、R・リー・アーメイ 、ドリアン・ヘアウッド 

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