戦争映画

『イングロリアス・バスターズ』この映画を見て!

第276回『イングロリアス・バスターズ』
Photo  『パルプ・フィクション』のクエンティン・タランティーノ監督が第二次大戦下のフランスを舞台にナチスに家族を殺されたユダヤ人女性の復讐とナチ狩りを行うアメリカのユダヤ人部隊の活躍を描いた戦争映画『イングロリアス・バスターズ』です。
 タランティーノ監督は約10年前に1976年のイタリア映画『地獄のバスターズ』を下敷きに脚本を書き始め、昨年についに完成。5つの章に分かれたストーリーは虚実を織り交ぜながら随所に監督の映画愛が感じられる内容となっており、ラストは現実の歴史をも塗り替える大胆なものとなっています。また、戦争映画でありながら戦場でのシーンはほとんどなく、基本的にはタランティーの監督の他の作品と同様に会話劇となっています。一見無駄ともさえ思える延々と続く会話の中にある何ともいえない緊張感。そして、その後に起こる激しい暴力。緊迫感とメリハリのある演出に152分という長い上映時間があっという間に過ぎていきます。暴力描写もタランティーノ監督らしく過激で、苦手な人は思わず目を背けてしまうかもしれません。
 音楽もタランティーノ監督のこだわりとセンスの良さが感じられる選曲となっています。ジョン・ウェインの『アラモ』のテーマ曲に始まり、エンニオ・モリコーネの名曲の数々、そしてデヴィッド・ボーイが歌う『キャット・ピープル』の主題歌と様々な映画で使われた曲が本作品の各シーンに見事にはまっています。
 ハリウッドの第一線で活躍するブラッド・ピットを主演に迎え、共演にはタランティーノ監督の友人にして自らもホラー映画の監督として有名なイーライ・ロスを抜擢。さらにアメリカ映画としては珍しく映画の登場人物と同じ出身国である役者を起用。劇中では英語、フランス語、ドイツ語、そしてイタリア語と4カ国の言語が入り乱れるインターナショナルな作品に仕上がっています。また、敵役のランダ大佐を演じたオーストリア出身の男優・クリストフ・ヴァルツはみごと今年度のカンヌ映画祭最優秀男優賞を受賞しています。

 ストーリー:「第二次世界大戦中のナチス・ドイツ占領下のフランス。農家に匿われていたユダヤ人のショシャナは「ユダヤ・ハンター」の異名をとるランダ大佐の追跡を家族の中で唯一逃れることができる。一方、レイン中尉率いるユダヤ人で構成された「イングロリアス・バスターズ」と呼ばれる連合軍の特殊部隊はナチス占領下のフランスに潜入しナチス兵を血祭りにあげていた。そして1944年のフランス・パリ。映画館主となったショシャナは偶然知り合ったドイツ兵の計らいでナチスのプロパガンダ映画「国民の誇り」のプレミア上映の会場として決まる。ショシャナは上映会でのナチスへの復讐を計画する。その頃、“イングロリアス・バスターズ”もナチス抹殺の作戦を計画していた。」

 今まで数多くの戦争映画を見てきましたが、これほど荒唐無稽でありながら面白い作品は見たことありません。戦場での激しい戦闘シーンや戦争の悲惨さを訴える反戦映画を期待して見ると肩透かしを食うかもしれませんが、タランティーノの映画としては最高傑作だと思います。ラストの劇場での映画を使ったナチスへの復讐及び作戦なんて映画史に残るド派手かつ痛快なクライマックスです。本作品は戦争映画でなく、戦時下を舞台にしたタランティーノ流のマカロニウェスタン風のおとぎ話です。そう思ってみると非情に楽しく良く出来た作品です。
 映画のタイトルが『イングロリアス・バスターズ』だったので、バスターズとナチの戦いが中心の話しと思っていたのですが、ユダヤ人女性の復讐劇の方が見終わって印象に残りました。
 ストーリーで特に良かったのは1章と4章。どちらも会話劇がメインの章ですが、何気ない会話に漂う緊張感がたまりません。
 役者で一番印象的だったのはカンヌで主演男優賞を獲得したクリストフ・ヴァルツの演技。嫌味で憎たらしくて、抜け目のないナチスの将校役を見事に演じきっていました。またブラピもアメリカの片田舎出身の単細胞なレイン中尉を嬉々として演じていました。またメラニー・ロランの美しさも素晴らしく、特に5章での赤いドレス姿は目に焼きつきました。
 あと、監督の足フェチが堪能できるカットが今回もいくつかありました。本当に女性の生足が好きなんですねえ。

 本作品は世界中では大ヒットしたそうですが、日本ではどうでしょうね。私が劇場に行った時は週末にも関わらず自分を入れて4人しかいませんでした。映画好きには大変面白い作品だと思うのですが、確かに一般受けはしないんでしょうねぇ。
 個人的には一押しの作品です。

上映時間 152分
製作国 アメリカ
制作年度 2009年
監督:    クエンティン・タランティーノ   
脚本:    クエンティン・タランティーノ   
撮影:    ロバート・リチャードソン   
プロダクションデザイン: デヴィッド・ワスコ   
衣装デザイン: アンナ・B・シェパード   
編集: サリー・メンケ   
視覚効果デザイン: ジョン・ダイクストラ   
特殊効果メイク: グレゴリー・ニコテロ   
舞台装飾: サンディ・レイノルズ・ワスコ   
ナレーション: サミュエル・L・ジャクソン       
出演:    ブラッド・ピット   
    マイク・マイヤーズ   
    ダイアン・クルーガー   
    クリストフ・ヴァルツ   
    メラニー・ロラン   
    ミヒャエル・ファスベンダー   
    イーライ・ロス   
    ダニエル・ブリュール   
    ティル・シュヴァイガー
    B・J・ノヴァク   
    サム・レヴァイン   
    ポール・ラスト   
    ギデオン・ブルクハルト   
    オマー・ドゥーム   
    マイケル・バコール   
    アウグスト・ディール   

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「戦争について考えさせられる映画」私の映画遍歴16

 終戦記念日の8月はテレビ等で先の太平洋戦争にまつわる番組がよく放映されます。どんな目的であれ戦争は多くの人を巻き込み不幸にします。人類の歴史の中で戦争は幾度となく起こり、多くの人が犠牲になっています。平和を望みながらも今も世界のどこかで続いている戦争。
 映画においても戦争は幾度となく描かれてきました。『プラトーン』や『プライベート・ライアン』のように戦場の兵士たちを描いた作品。『シンドラーのリスト』や『戦場のピアニスト』のように戦争に巻きこまれた市民を描いた作品。また、『渚にて』や『黒い雨』のように核戦争の恐怖を描いた作品。そして『7月4日に生まれて』や『ジョニーは戦場へ行った』のように帰還兵の苦悩を描いた作品。映画においても色々な切り口から戦争については語られています。
 そこで今回は私が戦争について考えさせられた映画を5作品紹介します。

『ゴジラ』
Photo  日本を代表する怪獣ゴジラ。記念すべき1作目は1954年に公開され大ヒットしましたが、単なる怪獣映画を超えた反戦・反核映画に仕上がっています。まだ戦後の傷跡が残る時代に製作されただけあって、ゴジラの襲撃シーンは東京大空襲を思い起こしますし、随所に核の脅威と恐怖が描かれいます。
『スターシップ・トゥルーパーズ』
Starship_troopers   ロバート・A・ハインラインのSF小説『宇宙の戦士』を鬼才ポール・バーホーベン監督が映画化した本作品。昆虫型エイリアンと人間の壮絶な戦いを描いたSFアクション大作ですが、随所に軍国主義のプロパガンダを皮肉ったシーンがあります。また、戦争の残酷さや愚かさもしっかりと描かれていす。

『フルメタル・ジャケット』
Photo_2  普通の若者が以下にして殺人兵器へと生まれ変わり戦場で戦っていくのかを巨匠キューブリック監督が冷徹に描いた本作品。ベトナム戦争を題材に前半は海兵隊員の訓練所での若者たちの過酷な訓練を描き、後半はベトナム戦地での若者たちの激しい戦闘を描いていきます。見所は何と言っても前半の海兵隊員の訓練所の描写。若者たちが訓練を経て非人間的になっていく姿は背筋が凍ります。
・『パンズ・ラビリンス』
Photo_3  1944年のスペイン内戦下を舞台に現実とファンタジーの間で生きる少女の姿を描いた本作品。奇怪なクリーチャーたちが登場するダークなファンタジー映画でありますが、そこで描かれるテーマは戦争に巻き込まれた子どもの悲劇です。

『父親たちの星条旗』『硫黄島からの手紙』
Flags_of_our_fathers  太平洋戦争における硫黄島の戦いを日米双方の視点から描いた本作品。クリント・イーストウッドが両作品とも監督していますが、日米それぞれの兵士たちの苦悩を丁寧に描いていきます。戦争で対立している両者の姿を均等に描くことで、敵味方や国を超えた戦争の愚かさや悲しみが見る者に伝わってきます。

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『ゴジラ』(1954年版)この映画を見て!

第264回『ゴジラ』
Photo_2  今回紹介する作品は日本人なら誰もが知っている怪獣映画『ゴジラ』の記念すべき1作目です。公開当時は観客動員数961万人を誇り、単純計算で日本人の10人に1人が見たほどの大ヒットを記録しました。

ストーリー:「太平洋上で貨物船「栄光丸」が原因不明の沈没事故を起こした。その後、救出に向かった貨物船や大戸島の漁船も沈没。生き残った船員は怪物に襲われたと証言する。そのことを聞いた大戸島の老人は伝説の怪物「ゴジラ」ではないかと周囲に話す。その後、大戸島をゴジラが襲撃して多大な被害をもたらす。政府は事態を究明するため、生物学者の山根恭平博士を団長とした調査チームを結成して、大戸島での調査を行う。その際に調査団はゴジラと遭遇。その姿を見た山根博士は核実験によってジュラ紀の恐竜が甦ったのではないかと推測する。それから数日後、ついに東京にもゴジラが上陸。街は壊滅状態となる。」

 私は初めて本作品を見たとき、その完成度の高さに驚きました。確かに特撮は今見ると明らかにミニチュアと分かる箇所が多いですが、それを補って余りあるほどの臨場感と迫力があります。
 本作品の特長はゴジラを強調せず、あくまでゴジラに襲撃される人間に焦点を当てているところです。2作目以降のゴジラは人間にとって親しみやすいキャラクターになりますが、1作目は巨大な力を持つ怖い存在として終始描かれています。ゴジラによって東京が破壊するシーンは明らかに東京大空襲をイメージして描かれており、被災者たちの描写は生々しく見ていて恐ろしく痛ましいです。
 また、本作品は当時の日本人の核に対する恐怖と脅威をゴジラという怪獣に象徴させて表現しているところが巧みで、娯楽映画でありながら製作者たちの反戦・反核のメッセージが見ていてひしひしと伝わってきます。特にラストのゴジラが死んでいくシーンはハッピーエンドというには後味が重く、ゴジラも実は核による犠牲者であり、核の脅威は決して終わっていないことを観客に強烈アピールして締めくくっています。

 ゴジラはその後シリーズ化され、日本だけでも2004年までに28作品が製作されました。また、ハリウッドでもローランド・エメリッヒ監督が『GODZILLA』というタイトルで製作されました。しかし、1作目と比較すると質はどれも低いです。
 私は以前から本作品を当時の設定のまま現代の技術でリメイクしたら面白い作品になるのではと思っていましたが、最近はリメイクしてもつまらない作品になるだろうなと思うようになりました。敗戦から10年後という時代だからこそ生まれた作品であり、戦争を経験した人間が製作したからこそ単なる怪獣映画を超えた格調高い反戦映画に仕上がったのだと思います。二度と本作品を越える怪獣映画が製作されることはないでしょう。

上映時間 97分
製作国    日本
製作年度 1954年
監督:    本多猪四郎   
製作:    田中友幸   
原作:    香山滋   
脚本:    村田武雄   
    本多猪四郎   
撮影:    玉井正夫   
美術:    中古智   
美術監督: 北猛夫   
編集:    平泰陳   
音楽:    伊福部昭   
音響効果:    三繩一郎   
特技・合成:    向山宏   
特技・美術:    渡辺明   
特殊技術:    円谷英二   
出演:    志村喬   
    河内桃子   
    宝田明   
    平田昭彦   
    堺左千夫   
    村上冬樹   
    山本廉   
    鈴木豊明   
    馬野都留子   
    岡部正   
    小川虎之助   
    手塚勝己   
    中島春雄   
    林幹   
    恩田清二郎   
    菅井きん   

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『大脱走』この映画を見て!

第238回『大脱走』
Photo  今回紹介する作品は第二次大戦中にドイツの捕虜収容所から連合軍の捕虜が大量脱走したという実話をオールスターキャストで映画化した『大脱走』です。

ストーリー:「第2次大戦も末期を迎えた頃、ドイツ北部の第3捕虜収容所に、連合軍の捕虜が移送されてくる。彼らは過去に何度も脱走を試みた強者どもで、その処遇にドイツ軍は手を焼いていた。
 彼らは収容所に入るやいなや、脱走を企てようとする。しかし、ドイツ軍の強固な監視体制の前に敢えなく失敗してしまう。
 そんな中、過去に何度も脱走計画を指揮したビックXことバートレットが収監されてくる。パートレットはトンネルを掘って250人の脱走を図る計画を立て、脱走のプロたち共に準備を始める。」

 本作品は第2次大戦の捕虜収容所を舞台にした映画でありますが、重苦しくなく、誰が見ても楽しめる娯楽映画に仕上がっています。
 上映時間は3時間近くありますが、最後まで飽きることなく手に汗握って見ることができます。
 前半は捕虜たちが看守の目を盗んでトンネルを掘って脱走するまでの過程を時にユーモアを挟みながらスリリングに描いています。それぞれの捕虜が役割を担い一致団結して脱走に取り組む姿は、見ていてチームプレイのあり方の勉強になります。また要所要所で描かれる捕虜たちの人間ドラマも印象的でした。

 後半は収容所から脱走に成功した者たちがドイツから無事脱出できるかどうかが緊張感たっぷりに描かれますが、予想以上にシビアな展開が待ち受けており、成功した人間が3人という悲しい結末を迎えます。
 しかし、ラストはスティーヴ・マックィーンの力強いショットで終わるので、見終わって清々しい気持ちになれます。
 私は本作品を見るたびに、どんな状況におかれても不屈の精神で立ち向かっていこうという気持ちにさせられます。

 また、本作品はスティーヴ・マックィーンを始めとして、ジェームズ・ガーナー、リチャード・アッテンボロー、ジェームズ・コバーン、チャールズ・ブロンソンと当時の人気若手俳優を一堂に集めて撮影しており、一人一人に映画の中で見せ場があります。
 しかし、その中でもスティーヴ・マックィーンが断トツに光り輝いています。前半の何度失敗しても諦めずに逃亡を図るシーン、後半のバイクでの逃走シーン、彼が出るシーンは全て格好良く、同じ男として憧れます。

 あと、本作品はエルマー・バーンスタインが手がけた音楽が大変すばらしいです。マーチ調のテーマ曲は明るく軽快で聞いていて心地良く、つい口ずさみたくなってしまいます。このテーマ曲のおかげで映画の雰囲気がさわやかになったところが大きいと思います。

 本作品で描かれる自由を求めて闘う男たちの姿は何度見ても格好良く痛快です。本作品をまだ見たことない方は一度ご覧になってください。その面白さにはまると思います。 

上映時間 168分
製作国 アメリカ
制作年度 1963年
監督: ジョン・スタージェス 
製作: ジョン・スタージェス 
原作: ポール・ブリックヒル 
脚本: ジェームズ・クラヴェル 
W・R・バーネット 
撮影: ダニエル・ファップ 
編集: フェリス・ウェブスター 
音楽: エルマー・バーンスタイン 
出演:
 スティーヴ・マックィーン
  ジェームズ・ガーナー 
  リチャード・アッテンボロー 
  ジェームズ・コバーン
  チャールズ・ブロンソン
  デヴィッド・マッカラム 
  ハンネス・メッセマー 
  ドナルド・プレザンス 
  トム・アダムス 
  ジェームズ・ドナルド 
  ジョン・レイトン 
  ゴードン・ジャクソン 
  ナイジェル・ストック 
  アンガス・レニー 
  ロバート・グラフ 
  ジャド・テイラー

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『ブラックブック』この映画を見て!

第196回『ブラックブック』
Photo_2  今回紹介する作品は第2次世界大戦下のナチスに支配されたオランダを舞台にユダヤ人女性が必死に生き延びる姿を描いた作品『ブラックブック』です。
 本作品はハリウッドで『ロボコップ』や『氷の微笑』などの過激な作品を次々と発表したポール・ヴァーホーヴェンが母国オランダに戻って脚本と監督を担当しています。ヴァーホーヴェンはハリウッドでは過激な暴力描写と性描写ばかりが話題になっていましたが、人間の悪意やドロドロした欲望をサスペンスたっぷりに描くことに長けた監督です。そんな監督の持ち味が本作品では最大限活かされています。

ストーリー:「1944年、ナチス・ドイツ占領下のオランダ。美しいユダヤ人女性歌手・ラヘルは、ナチスから逃れるため一家で南部へ向かう。しかし、ドイツ軍の追跡により彼女を除く家族全員が射殺されてしまう。その後、ラヘルはレジスタンスに救われる。ラヘルはユダヤ人であることを隠し、名前をエリスと変えてレジスタンス活動に参加する。そしてナチス内部の情報を探るため、ナチス将校ムンツェに接近して、彼の愛人となることに成功するのだが…。」

 ナチスに追われるユダヤ人を描いた戦争映画というと『シンドラーのリスト』や『戦場のピアニスト』などユダヤ人迫害の苦難を重苦しく描いた作品が多いのですが、本作品は主人公が裏切り者を探すというサスペンスタッチで物語が展開していくので娯楽作品として手に汗握りながら楽しく見ることができます。
 
 また本作品の素晴らしいところはナチスを悪、レジスタンスやユダヤ人を善として単純に分けて描いていないところです。欲望のためにナチに協力するユダヤ人やレジスタンスがいたり、ナチの中にも主人公に協力する良い将校がいたりと人間の愚かさや弱さを人種や国籍で分けることなく冷徹に描いています。
 特に印象的だったのが敗戦後にオランダの民衆がナチ協力者を虐待するシーンです。ナチに虐げられた民衆が戦後ナチと同じような愚かな行為をする姿は人間という生き物の愚かさや弱さを見事に抉り出しています。ヴァーホーヴェン監督は下品な描写をする癖がありますが、本作品はそんな下品な描写が作品のテーマである戦争や人間の下品さを描くことと上手く結びついていたと思います。
 
 あと本作品を見て凄いと思ったのは主人公の女性を演じたカリス・ファン・ハウテンの体当たりの演技です。主人公は次から次へと屈辱を受けるのですが、それに屈することなく逞しく生き延びる姿は女性のしたたかさや力強さといったものを感じました。特に印象的だったのが主人公がブロンドに陰毛を染めるシーンと後半の糞尿を浴びるシーン。何が何でも生き延びようとする人間の気迫を感じました。

 もちろんヴァーホーヴェンらしくエロ・グロな描写も健在です。しかし、以前の作品に比べると少し控えめだったような気がします。
 
 本作品は久しぶりの戦争映画の傑作であり、ヴァーホーヴェンの傑作です。ぜひ一度見てください! 

上映時間 144分
製作国 オランダ/ドイツ/イギリス/ベルギー
製作年度 2006年
監督 ポール・ヴァーホーヴェン 
脚本 ジェラルド・ソエトマン  ポール・ヴァーホーヴェン 
撮影:カール・ウォルター・リンデンローブ 
音楽:アン・ダッドリー 
出演:カリス・ファン・ハウテン、トム・ホフマン、セバスチャン・コッホ、デレク・デ・リント
ハリナ・ライン、ワルデマー・コブス、ミヒル・ホイスマン、ドルフ・デ・ヴリーズ

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『ブラックホーク・ダウン』この映画を見て!

第184回『ブラックホーク・ダウン』
Photo  今回紹介する作品は1993年10月3日の米軍によるソマリア侵攻の失敗を描いた『ブラックホーク・ダウン』です。

 ソマリアはアフリカ大陸の東北端に位置し、「アフリカの角」と呼ばれる国で、イタリアとイギリスの植民地だったが、1960年に独立しました。ソマリアは6つの氏族、16の準氏族に分かれていて、独立後から権力争いが続いていました。そして90年代、ソマリア最大の武力を誇るアイディード将軍率いるUSC(統一ソマリア会議)が、大統領を追放して首都のモガディシオを制圧。しかし、USC内部でアイディード将軍派とマハディ暫定大統領派との抗争が起こり、ソマリアは無政府状態に突入。餓死者や難民が多数出てきて、国連は人道支援を行うが、武装勢力による援助物資の強盗・略奪、NGOへの襲撃・殺害によって、援助活動は停滞。国連はこのような状況に対して米国が主力となる国連平和維持軍(PKF)をソマリアに派遣することとなります。しかし、PKFによる武装解除は上手くいかず、PKFと武装勢力の間で泥沼の戦いが展開されるようになります。本作品はそんな泥沼状態の1993年に実際に起こったアメリカ軍の敵対するアディード政権の本拠地への奇襲作戦の悲惨な顛末を描いています。
 
 ストーリー:「1993年、泥沼化する内戦を鎮圧するためソマリアに兵士を派遣したアメリカ。なかなか収束しない内戦に焦り始めたクリントン政権は、10月3日、アディード政権の本拠地への奇襲作戦を決行する。作戦は当初は1時間足らずで終了するはずだったが、敵の攻撃により、大型輸送ヘリ“ブラックホーク”が撃墜されてしまう。敵の最前線で孤立する兵士たち。やがて、救助に向かった2機目も撃墜されてしまう。兵士たちは必死に応戦するが、敵に取り囲まれて苦戦を強いられることになる。」

 本作品を始めて見た時は上映時間の3分の2以上が生々しい戦闘シーンだったので、見終わって大変疲れたのを覚えています。スピルバーグが監督した『プライベート・ライアン』は戦闘シーンをリアルに描き、その後の戦争映画に大きな影響を与えましたが、本作品は『プライベート・ライアン』の戦闘シーンを拡大強化して延々と見せ続けるような仕上がりとなっています。『プライベートライアン』ですら兵士同士の友情など何らかのドラマが描かれていたのですが本作品はそのようなシーンはほとんどなく、ひたすら地獄のような戦場で何とか生き延びようとする兵士たちの姿のみが描かれます。

 本作品はアメリカ国防総省の全面協力下で撮影されており、役者に対する兵士としての指導や本物のブラックホーク等の軍用ヘリコプターを撮影のために貸与するなどしています。その為、公開答辞は好戦的な米軍のプロパガンダ映画となっているという辛辣な批評が多かったのですが、私は本作品を単なるアメリカ万歳の好戦的な映画だとは思いませんでした。
 確かにソマリア兵士をゾンビかエイリアンのように非人間的な存在として描いているところやアメリカ軍の圧倒的な軍事力を見せつけるようなところもあり、好戦的でアメリカ中心主義の映画だと一見思えてしまいます。
 しかし、本作品はソマリア紛争の実態を描くことをテーマにしているのではなく、異国の戦争に理不尽に巻き込まれたアメリカ兵の悲惨な実態を描くことをテーマにしていると思ってみれば印象がだいぶ変わってきます。平和のためという理由で派遣されたと思っている兵士たちを襲うソマリアの国民。一体自分たちは何のためにやって来たのか理由を見失い、ただひたすら敵に襲撃された仲間を助けることに理由を見出すしかない兵士たち。本作品でソマリアの兵士を非人間的に描いているのは、アメリカの兵士にとって彼らの平和に自分たちが介入している意味が見出せないことを表しているのだと思いました。
 また、本作品を好戦的だから駄目だと評価する人もいるようですが、私は本作品を見て戦争はカッコよくて面白そうなど全く思いませんでした。むしろ、あれだけの武器を持っていたアメリカ軍がソマリアの民兵にあんなに苦戦するとは驚きました。結局武力だけで平和を作ることも維持することも出来ないことをまざまざと痛感させられました。

 ラストに「米兵19人 ソマリア人1000人以上が死亡」というテロップが表示がされます。アメリカ兵とソマリア人の死者の数の違いをどう受け止めるかで本作品の評価は分かれると思います。アメリカ万歳の映画ならあえてソマリア人の死亡者数まで表示しなかったと思います。りドリー・スコット監督はあえて両者の死者数を表示して、アメリカ軍の武力介入の空しさを伝えたかったのだと思います。

製作年度 2001年
製作国・地域 アメリカ
上映時間 145分
監督 リドリー・スコット 
製作総指揮 ブランコ・ラスティグ 、チャド・オマン 、マイク・ステンソン 、サイモン・ウェスト 
原作 マーク・ボウデン 
脚本 ケン・ノーラン 、スティーヴン・ザイリアン 
音楽 リサ・ジェラード 、ハンス・ジマー 
出演 ジョシュ・ハートネット 、ユアン・マクレガー 、トム・サイズモア 、サム・シェパード 、エリック・バナ 、ジェイソン・アイザックス 、ジョニー・ストロング 、ウィリアム・フィクトナー 、ロン・エルダード 、ジェレミー・ピヴェン 、ヒュー・ダンシー 、ユエン・ブレムナー

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『地獄の黙示録』この映画を見て!

第158回『地獄の黙示録』
Apocalypse_now  今回紹介する作品はベトナム戦争を舞台に人間の狂気を描いた超大作『地獄の黙示録』です。
 『ゴッドファーザー』で富と名声を得たフランシス・フォード・コッポラ監督が、ジョゼフ・コンラッドの小説『闇の奥』を基に製作された本作品。コッポラ監督の完璧主義やフィリピンロケでの様々なトラブルなどで、完成までに4年の歳月と3,100万ドルの巨費がかかってしまいました。 完成した映画はフィリピンで撮影された映像の圧倒的な迫力と映像にぴったりあった選曲の素晴らしさは多くの人に支持されるものの、後半の抽象的なストーリー展開は難解で賛否両論を巻き起こしました。カンヌ映画祭ではグランプリ、アカデミー賞では2部門を受賞しました。
 ストーリー:「1960年代末のベトナム。ウィラード大尉は、ジャングルの奥地で現地の人を率いて王国を築いたとされるカーツ大佐を暗殺する命令を受け、4人部下を引き連れてナング河を溯っていく。その過程でウィラードが遭遇するさまざまな戦争の狂気。何とかジャングルの奥地の王国にたどり着いたウィラードはカーツと対峙するが・・・。 」

 私がこの作品を始めてみたのは高校生の時でしたが、当時はヴィットリオ・ストラーロの濃厚な映像とワーグナーやドアーズを引用した音楽の素晴らしさにとても感動したものでした。
 特に前半のハイライトとも言えるワーグナーの勇壮な音楽にのせて米軍のヘリコプター舞台がベトナムの村を爆撃するシーンはその圧倒的な迫力に鳥肌がたったものでした。
 また、その爆撃の理由がサーフィンをしたいというキルゴー中佐の個人的な理由に過ぎないところに戦争の狂気というものを強く感じたものでした。
 当時はジャングルの奥地にいるカーツ大佐を探してジャングルの奥地へと旅をする前半までは戦場の迫力と狂気に満ちており集中して見ることができました。
 しかし、王国に到着してカーツ大佐が出てきてから、映画のテンポが悪くなり、見ていて睡魔が襲ってきました。ただ生きた牛を切り刻むシーンだけは強烈なインパクトはありましたが・・。高校生の私には何が言いたいのかイマイチ分りませんでした。
 当時は何が言いたいのか良く分らないけど、凄い映画を見てしまったという印象が強く残ったものでした。その後も、この映画の強烈なインパクトが忘れられずLDを買っては何回も見直したものでした。

 2001年に50分の未公開映像が追加された特別完全版が公開され、私も劇場に足を運び見たのですが、その時に初めてこの映画の言いたかったことが何となく分ったものでした。
 完全版では細かな追加シーンのほかに、大きく3つの新しいフッテージが追加されています。
 1つ目が「プレイメートのその後」で、オリジナルではちらっとしか登場しなかったプレイメートがウィラードたちと交流する場面が追加されています。
 2つ目は「フランス人植民農園」のシーン。このシーンが撮影されていたことは以前から知っていましたが、オリジナル版でカットされたのが非常に惜しまれるシーンです。このシーンが加わることで、この映画のテーマの一つである「ベトナムでアメリカが戦うことの空しさや無意味さ」がより明確になっています。このシーンの幻想的な美しさは特筆もので、オリジナルにはない甘美さが与えられています。
 3つ目は「カーツ大佐のセリフ追加」シーン。オリジナルではよく分らなかったカーツ大佐の思想や狂気に至る理由が明確に分かりますし、この映画の持つ人間の狂気や反戦というメッセージ性がより分りやすく見る者に伝わるようになっています。
 特別完全版は監督の意図やメッセージがオリジナル版よりも分りやすくなっていますが、一つ欠点を挙げると3時間20分という上映時間は少し長く、オリジナル版よりもテンポが悪くなっています。

 この作品は「人間の内に潜む不条理さや狂気」というものを戦争という人間の本能がむき出しになる状況を舞台にして考察した作品だと思います。戦場という生と死の狭間で生きる人間たちが陥る狂気。道徳や倫理が通用しない戦場という場所で現れる人間の心の闇を生々しく描いています。
  
製作年度 1979年 (2001年・特別完全版公開)
製作国・地域 アメリカ
上映時間 153分 (特別完全版203分)
監督 フランシス・フォード・コッポラ 
原作 ジョセフ・コンラッド 
脚本 ジョン・ミリアス 、フランシス・フォード・コッポラ 
音楽 カーマイン・コッポラ 、フランシス・フォード・コッポラ 
出演 マーロン・ブランド 、マーティン・シーン 、デニス・ホッパー 、ロバート・デュヴァル 、フレデリック・フォレスト 、アルバート・ホール 、サム・ボトムズ 、ラリー・フィッシュバーン 、G・D・スプラドリン 、ハリソン・フォード 、スコット・グレン

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『男たちの大和 / YAMATO』映画鑑賞日記

Yamato  角川春樹が製作して昨年に大ヒットした戦争映画『男たちの大和 / YAMATO』。実物大の大和のセットを組んだり、長渕剛を主題歌に起用するなど数々の話題を提供した作品ではありました。戦争映画は好きなのですが、角川春樹製作の戦争映画というと派手なだけで中身は薄い作品ではないかと危惧し見る気が起きませんでした。しかし、テレビでたまたま放映されていたので鑑賞したのですが、予想通りの微妙な出来でした。
 戦後60年以上経過して、戦争の悲惨さを忘れかけている日本人にとって過去の悲惨な歴史を学ぶことは大切だと思います。このような映画が製作されること自体は良いことだと思います。 この映画も日本兵の祖国や家族に対する思い、戦争の悲惨さや平和の大切さなど今の日本人が考えさせられるテーマが数多く詰め込まれています。最近の日本映画でこのようなテーマの戦争映画は製作されていなかったので、あえてこの時代にこの映画を製作した心意気は悪くないと思います。

 しかし、映画の出来はかなり低いです。『タイタニック』や『プライベート・ライアン』を意識したシーンが数多く見られましたが、出来は遠く及びません。ストーリー、映像、音楽、演技の全てがテレビの2時間ドラマのような薄っぺらい出来です。
 ストーリーはありきたりなお涙頂戴ものに過ぎず、テンポも悪いです。一兵士の視点から描くという発想自体は良いと思うのですが、登場人物が多すぎて感情移入が出来ません。
 
映像は原寸大のセットで撮影した割にはリアリティが感じられませんでした。いかにもセット丸出しであり、大和の巨大さが感じられませんでした。CGもいかにもCGといった映像で安っぽく感じてしまいました。
戦闘シーンも『プライベート・ライアン』を意識しているようですが遠く及びません。アップの映像ばかりで引きの映像がないので迫力に欠けますし、戦闘シーンでの死の描写も綺麗過ぎてリアリティに欠けます。沈没のシーンも何が原因で、どう沈没したのかがいまいち分かりませんでした。
 
音楽も私の好きな久石譲さんが担当しているので期待したのですが、終始鳴りっぱなしでウルサク感じてしまいました。角川春樹が音楽プロデューサーとして、かなり久石さんに指示をしたそうですが、それが裏目に出たと思います。また主題歌も映画とあってなく最悪でした。長渕を起用するセンスも悪いと思いますし、この映画に主題歌は不要だったと思います。
 
演技に関しては、反町隆史と中村獅童を主役に起用していますが、彼らの演技はテンションが高いだけで鬱陶しかったです。もっと静と動のコントラストのある演技をしたほうが良かったと思います。
脇役も演技が下手で、リアリティに欠けています。特に長嶋一茂は最悪でした。なぜ彼を起用したのでしょう。逆に蒼井優は素晴らしかったです!
 兵士たちを演じた役者たちの演技も格好良さばかりが目立ち、死を目前にした恐怖や悲しみといったものがもう一つ伝わってきませんでした。
 あと気になったのが兵士たちが余りにも健康的かつ綺麗すぎて嘘っぽく感じてしまいました。

 「戦艦大和」といういい素材を扱ったにも関わらず、スタッフやキャストの力量の低さから、今ひとつの出来にしかならなかったのが残念です。

製作年度 2005年
製作国・地域 日本
上映時間 145分
監督 佐藤純彌 
製作総指揮 高岩淡 、広瀬道貞 
原作 辺見じゅん 
脚本 佐藤純彌 
音楽 久石譲 
出演 反町隆史 、中村獅童 、鈴木京香 、松山ケンイチ 、渡辺大 、内野謙太 、崎本大海 、橋爪遼 、山田純大 、高岡建治 、高知東生 、平山広行 、森宮隆 、金児憲史 、長嶋一茂 、蒼井優 、高畑淳子 、余貴美子 、池松壮亮 、井川比佐志 、勝野洋 、野崎海太郎 、春田純一 、本田博太郎 、林隆三 、寺島しのぶ 、白石加代子 、奥田瑛二 、渡哲也 、仲代達矢 

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『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』この映画を見て!

第149回『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』
スタンリー・キューブリック特集7
Drstrangelove  今回紹介する作品は米ソ冷戦下における核戦争の恐怖を鬼才キューブリック監督が徹底的に皮肉ったブラックコメディの傑作『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』です
 私がこの作品を出会ったのはキューブリック作品に熱中していた高校生の時でした。その時は核戦争という重いテーマを扱いながら、これだけ観客を笑わせ考えさせる映画を作れるキューブリック監督にとても尊敬したものでした。

 一人の狂った軍人によるソ連への核攻撃命令。それを何とか食い止めようとする米ソ首脳や軍人たち。しかし、混乱した状況の中で、結局世界の破滅は食い止められず、地球は放射能の灰で包まれるという悲惨なオチで幕を閉じます。
 この作品でキューブリックは情報が遮断された状況で冷静に判断できなくなる人間の脆さや人間が作り出したテクノロジーを人間が制御できなくなる滑稽さをクールに描きます。
その描き方はとてもデフォルメされているにも関わらず、どこか現実的な生々しさがあります。
 どんなに巨大で完璧なシステムを作っても、そのシステムを扱う人間のミスにより、人間に逆に多大なダメージを与えてしまうという悲劇。
 システムが巨大になればなるほど、各部門ごとの動きが分からず、自分は正しいことをしていると思っていたのに実は間違ったことをしてしまっているという恐怖。
 この映画で描かれていることは今現在でも起こりうる悲劇であり恐怖であると思います。 

 またこの作品はセックスを暗示させる映像やエピソードが随所に挿入されています。
 オープニングの空中給油シーンは男女のセックスをイメージさせますし、ラストのコング少佐がまたがる核爆弾はもろペニスを連想させます。
 出てくる登場人部もセックスに強い感心をもっており、ソ連に核攻撃の命令を出した軍人は自分の性欲の衰えがソ連による陰謀が原因だと思い込んでいますし、マッドサイエンティストのDr.ストレンジラブは地下のシェルターを男たちのハーレムにしようと提案します。
 ラストのDr.ストレンジラブ立って「歩けます」と言って終わるシーンの意味が分からないという人もいますが、あのシーンは男として俺はまだまだセックスができるということをアピールしているのです。
 だからタイトルにもあるように博士は心配するのを止めて水爆を愛するようになったのです。
 そのシーンの後に水爆が爆発するシーンが延々と流れますが、それは人類の滅亡を示唆しているだけでなく、戦争によって欲情した男たちの射精を意味しているのです。
 キューブリックはこの作品で男性の性的衝動と戦争の密接な関係を巧みに描いています。

 この作品の大きな見所はストーリーはもちろんのこと、ピーター・セラーズの一人三役の演技とキューブリックのクールな映像と演出です。
 ピーター・セラーズは『ピンク・パンサー』シリーズが有名な俳優ですが、ここでは英国大佐、大統領、マッド・サイエンティストという全くタイプの違う役を一人で見事にこなしています。特にドイツから来たマッド・サイエンティスト・Dr.ストレンジラブの演技は最高に面白いです。
 またキューブリックの演出はドキュメンタリータッチで淡々としているのですが、戦闘シーンはニュース映像を見ているかのような迫力がありますし、国防省作戦室のシーンは独特なセットが印象に残ります。音楽のセンスも素晴らしく、映画のエンディングに甘美な女性の声による「またお会いしましょう」という歌を流すという痛烈さ。さすがキューブリックだなと思える選曲です。

 ここまで完成度の高いブラックコメディの作品はなかなかお目にかかれないと思いますので、ぜひ多くの人に見て欲しいです! 

製作年度 1964年 
製作国・地域 イギリス/アメリカ
上映時間 93分
監督 スタンリー・キューブリック 
原作 ピーター・ジョージ 
脚本 スタンリー・キューブリック 、ピーター・ジョージ 、テリー・サザーン 
音楽 ローリー・ジョンソン 
出演 ピーター・セラーズ 、ジョージ・C・スコット 、スターリング・ヘイドン 、キーナン・ウィン 、スリム・ピケンズ 、ピーター・ブル 、トレイシー・リード 、ジェームズ・アール・ジョーンズ 

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『硫黄島からの手紙』この映画を見て!

第135回『硫黄島からの手紙』

Letters_from_iow_jima  今回紹介する映画はクリント・イーストウッドが日米双方の視点から“硫黄島の戦い”を描く“硫黄島プロジェクト”第2弾作品『硫黄島からの手紙』です。
 1作目の『父親たちの星条旗』は硫黄島の擂鉢山に星条旗を掲げたアメリカ軍兵士たちが国家によって翻弄される姿を描いた作品でした。戦争で生き残った兵士たちの苦悩や戸惑いに焦点を当てた人間ドラマと硫黄島での激しい戦闘シーンが非常に印象に残る作品でした。
 2作目の『硫黄島からの手紙』は1作目では見えない敵として描かれていた日本兵に焦点を当て、彼らがどのようにしてアメリカ軍を相手に36日間も戦い抜いたのかを描きます。イーストウッド監督は1作目同様にテーマを前面に押し出したり、変に感情に流されることなく、淡々とした語り口で戦争の真実を描き出していきます。
 
 私はこの映画を見たとき、ハリウッド制作のアメリカ映画がここまで違和感なく戦時中の日本人の姿を描いたことに驚きました。今までも日本を舞台にしたアメリカ映画は数多く制作されてきましたが、どの作品も日本人の私から見ると違和感のある描写があったものでした。 しかし、この作品はまるで日本人のスタッフが制作したのかと思えるほど、日本の描写に違和感がありませんでした。監督を始め、制作スタッフたちの日本側に対する敬意が非常に感じられました。
 この映画のストーリーはアメリカ留学の経験を持ち、精神論でなく合理的に戦おうとする指揮官・栗林忠道中将と妻と娘に思いを寄せる兵士・西郷という二人の人物の視点から硫黄島の過酷な戦いが描かれていきます。ストーリー自体は『「玉砕総指揮官」の絵手紙』(小学館文庫)をベースに日系アメリカ人のアイリス・ヤマシタが脚本を手がけたフィクションです。しかし、登場人物の子孫や硫黄島協会にも取材をして、信憑性のある物語を創り上げていったそうです。その甲斐もあって、当時の日本人の天皇制軍国主義に支配された独特な精神性や、その中で葛藤する複雑な心情を見事に描いています。
 
 硫黄島2部作、1作目が生き残った兵士のその後の人生や国家に翻弄される個人を描いた作品なら、2作目である本作は戦争中の兵士の生と死の葛藤、そして家族に寄せる思いを描いた作品となっています。生きることより死ぬことに価値がおかれていた時代。そんな時代の兵士たちの生への欲求とそれを自己否定して死へと自分を追い込まないといけない哀しみ。私は実際に戦争を体験したわけではありませんが、この映画を見ている間、兵士たちの生と死の狭間での葛藤が伝わってきて胸が苦しくなりました。
 
 私がこの映画で特に印象的だったのでは、洞窟内で兵士たちが自決するシーンとアメリカ兵の捕虜の書いた手紙を読むシーンでした。
 洞窟内で手榴弾によって自決するシーンは、あまりにも悲惨で目を背けたくなると同時に、死のあっけなさというものを感じてしまいました。
 またアメリカ兵の捕虜の書いた手紙を読むシーンは、敵味方関わらず、戦場の兵士たちが持っている故郷や家族への思いというものが伝わってきました。手紙を読んでいる最中に座り込んでいる日本兵が立ち上がるシーンは、鬼畜だと思っていたアメリカ兵も実は同じ人間だったことに気付いた兵士たちの葛藤や戸惑いといったものが感じられました。
  
 監督は硫黄島2部作を撮るに当たって、正義や悪という単純な図式で戦争を描くのでなく、「あの戦争が人間にどんな影響を与えたか、そして戦争がなければもっと長く生きられたであろう人々のことを描いている」とコメントしています。そんな監督の制作動機がしっかりと作品にも反映されており、映画を見た多くの人は戦争の哀しみや虚しさ、そして家族や祖国の為に死んでいった兵士たちへの敬意といったものを感じることが出来ると思います。できれば、今回の作品と併せて、前作『父親たちの星条旗』を見てもらうと、より監督のコメントや制作動機が理解できると思います。

  この映画はお正月映画としては重い映画ですが、ぜひ多くの人に見てもらいたい作品です。

製作年度 2006年 
製作国・地域 アメリカ
上映時間 141分
監督 クリント・イーストウッド 
製作総指揮 ポール・ハギス 
原作 栗林忠道 、吉田津由子 
脚本 アイリス・ヤマシタ 
音楽 クリント・イーストウッド 
出演 渡辺謙 、二宮和也 、伊原剛志 、加瀬亮 、松崎悠希 、中村獅童 、裕木奈江 

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