北野武映画

『その男、凶暴につき』この映画を見て!

第299回『その男、凶暴につき』
Photo  今回紹介する作品は北野武の初監督作品『その男、凶暴につき』です。本作品は当初の予定では深作欣二が監督することになっていたのですが、スケジュール調整が出来なかったために、主役のビートたけしが監督も務めることになりました。

ストーリー:「首都圏の警察署に勤務する我妻は捜査のためなら暴力も厭わない性格のため署内でも敬遠されていた。そんなある時、港で麻薬の売人が殺害される事件が発生。新人の菊池と捜査開始する。手荒な捜査で犯行グループの実態を暴いていくうちに、警察内部にも犯行に加担しているという事実が浮かび上がってくる。」

 北野監督は数多くのバイオレンス映画を撮っていますが、本作品は一番ドライかつクールで暴力の凄みが出ています。
 冒頭のホームレス狩りをしていた中学生の家にたけし演ずる刑事が突然のり込み暴力を振るうシーンから張り詰めた空気が漂っており、見る者を手に汗握らせます。主人公の過激な取調べシーンも迫力満点で見ていて背筋が凍ります。本作品の暴力は突発的かつ痛々しく観客に大きなインパクトを与えます。

 役者としてのビートたけしの演技は子どものような純粋さと他のものを寄せ付けない狂気のオーラを感じさせ、見ていて清々しくも怖いです。また、殺し屋を演じる白竜もたけしと同じくらい強烈な存在感のある演技を見せてくれます。この2人が対決する後半の展開は一瞬たりとも目を離すことができません。
 また、佐野史郎や岸辺一徳も人間の嫌らしさや醜さを前面に出した演技も映画に深みを与えています。

 本作品は暴力によって破滅していくことを選んだ男たちの狂気迫る姿を淡々とリアルに描いた傑作です。ただ、救いようのない映画であるので見る人を選ぶ作品でもあります。

上映時間 103分
製作国    日本
製作年度 1989年
監督:    北野武   
脚本:    野沢尚   
撮影:    佐々木原保志   
美術:    望月正照   
編集:    神谷信武   
音楽:    久米大作   
出演:    ビートたけし   
        白竜   
        川上麻衣子   
        佐野史郎   
        芦川誠   
        平泉成   
        音無美紀子   
        岸部一徳   

 

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『アウトレイジ』映画鑑賞日記

Photo  北野監督15作品目にして、久しぶりにバイオレンスを主題にした『アウトレイジ』。ここ最近の北野映画は実験的な作風で少しアート寄りになっていたので、久しぶりのヤクザ世界の抗争という北野監督得意のジャンルを扱った本作品の公開をとても楽しみにしていました。

 

公開初日の今日、北野武の大ファンの友人と映画館に見に行ったのですが、映画のタイトルどおり「極悪非道」なストーリーと目を背けたな くなるほど痛い暴力シーンの連続に最後まで飽きることなく見ることができました。

 

 本作品は北野映画初出演の豪華なキャストも大きな話題になっていますが、出演者全員とても迫力満点に悪い奴を演じていました。特に加瀬亮・三浦友和・小日向文世はいつもの役柄と180度違う計算高い悪人を見事に好演して印象に残りました。

 

 ストーリーに関しては義理人情など関係ない現代ヤクザ社会の激しい権力抗争を描いているのですが、今までの北野映画とは違い終始セリフが非常に多いです。その為か北野映画の特長であった静と動のコントラストが生み出す緊張感といったものは余り感じられませんでした。

また、いつもの北野映画なら追い詰められた主人公が男の美学を持って滅んでいくところを、本作品は敢えてそうさせない終わり方をしています。まさか武演じる主人公がラストあのような格好悪い行動を取るとは思いも寄りませんでした。

 

スプラッター映画一歩手前の過激な暴力描写は苦手な人は全く受け付けない作りだと思います。カンヌ映 画で賛否両論分かれ、評価が思った以上に低かったのもある意味分かるような気がしました。


 本作品はバイオレンスアクション映画としては非常に良く出来ていますが、過去の北野作品のように何度も見たいかと言われると1回見れば十分かなと思いました。

 

上映時間 109分

製作国 日本

製作年度 2010年

監督: 北野武

脚本: 北野武

撮影: 柳島克己

美術: 磯田典宏

衣装: 山本耀司(大友組組長衣装)

衣装デザイン: 黒澤和子

編集: 北野武、太田義則

音楽: 鈴木慶一

音響効果: 柴崎憲治

メイク: 細川昌子

出演: ビートたけし

椎名桔平

加瀬亮

三浦友和

 國村隼

杉本哲太

塚本高史

中野英雄

石橋蓮司

小日向文世

 北村総一朗

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『BROTHER』映画鑑賞日記

『BROTHER』
Photo_5  6月に最新作『アウトレイジ』が公開される北野武監督がアメリカを舞台にヤクザとマフィアとの抗争を描いた本作品。北野監督らしい美しい映像や激しい暴力描写で北野ファンなら最後まで飽きることなく見ることが出来ます。

ストーリーはアメリカに逃亡した日本のヤクザ・山本とその一味がマフィアと抗争して敗北して自滅していくという内容で『ソナチネ』にかなり似ています。しかし、『ソナチネ』に比べると完成度はかなり落ちます。
 海外の客を意識した「指きり」や「切腹」のシーンは取ってつけたようで不必要だと思いますし、登場人物たちが饒舌すぎて北野監督らしい沈黙が生み出す緊張感が失われているような気がしました。話し自体も寺島進が自殺してからはパワーダウンして面白くなくなり、ラストのオマー・エップスの下りも蛇足のような気がしました。
 『ソナチネ』にあったギラギラした狂気みたいなものが本作品には感じられませんでした。

 ただ、山本耀司の衣装と寺島進と加藤雅也の演技は格好良かったですね。

上映時間 114分
製作国    日本/イギリス
製作年度 2000年
監督:    北野武   
脚本:    北野武   
撮影:    柳島克己   
美術:    磯田典宏   
衣装:    山本耀司   
編集:    北野武   
    太田義則   
音楽:    久石譲   
出演:    ビートたけし   
    オマー・エップス   
    真木蔵人   
    寺島進   
    大杉漣   
    加藤雅也   
    石橋凌   
    ジェームズ繁田   
    渡哲也

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『みんな~やってるか!』映画鑑賞日記

『みんな~やってるか!』
Photo  北野武がビートたけし名義で監督したコメディ作品『みんな~やってるか!』。公開当時はくだらなさ過ぎて大不評だった本作品。

 私もDVDで本作品を視聴したのですが、確かにナンセンスかつお下劣でしょうもない糞映画でした。

 ストーリーはセックス願望のある冴えない男が何とか夢を実現しようと奮闘しているうちに大騒動?に巻き込まれるという内容です。映画の前半は下ネタが多いもののそれなりに笑えるシーンも多いのですが、ハエ男が出てくる後半になってくると下らなさ過ぎて飽きてしまいました。この内容で2時間は長すぎますね。

 個人的にネタで一番面白かったのは銀行に強盗に押し入るシーンでした。あと、俳優の小林昭二さんが地球防衛軍の司令官で出演しているのに驚きました。

 この下らなさは北野監督は確信犯的にしている部分もあるのでしょうが、テレビのコント集の域を出ておらず、映画としてみるとバランスが悪く失敗しています。後年の『TAKESHIS'』『監督・ばんざい!』は本作品のリベンジだったんでしょうね。

 ただ、本能むき出しの男を主人公にこんなストレートかつベタな笑いをそのまま映画化しようとした北野監督はある意味凄いと思います。
 本作品は万人には全くお薦めできませんが、北野映画が好きな人なら一度は見て損はないと思います。 

上映時間 110分
製作国    日本
製作年度 1994年
監督:    ビートたけし   
脚本:    ビートたけし   
撮影:    柳嶋克己   
美術:    磯田典宏   
衣裳:    岩崎文男   
編集:    ビートたけし   
    太田義則   
出演:    ビートたけし   
    ダンカン   
    左時枝   
    小林昭二   
    山根伸介   
    結城哲也   
    前田竹千代   
    志茂山高也   
    南方英二   
    大杉漣   
    上田耕一   
    白竜   
    宮部昭夫   
    ガダルカナル・タカ   
    松金よね子   
    絵沢萠子   
    寺島進   
    芦川誠   
    不破万作   
    及川ヒロヲ   
    高木均

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『3-4x10月』この映画を見て!

第291回『3-4x10月』
10  今回紹介する作品は北野武監督の第2作目のバイオレンスドラマ『3-4x10月』です。本作品から脚本も自ら手がけるようになり、北野監督の色がより濃く反映された仕上がりとなっています。

ストーリー:「草野球チームに所属している雅樹はガソリンスタンドで働いている最中にヤクザと揉め事を起こす。雅樹は草野球のコーチであり、以前に組長と兄弟分であったスナックのマスターに相談する。マスターは組に出向き仲裁に入ろうとするが上手くいかず、逆に組員に暴行を受けて重傷を負う。雅樹はマスターの復讐に協力するために草野球のメンバーと共に沖縄へ拳銃を買うため旅立つ。」

 本作品は個人的に北野武の演技が一番怖いと思った作品でした。映画に登場するのは中盤以降ですが、死の願望を持ちながら衝動的に暴力を振るう姿は狂気迫るものがありました。

 本作品の構成はとてもミニマムで、BGMもなければ、セリフや状況説明も必要最低限に抑えられています。ストーリー自体も行き当たりばったりと言うか、あってないようなものです。淡々とした展開の中で突如繰り広げられる刹那的な暴力の数々。その強烈なインパクトと日常の裏に潜む非日常を味わうのが本作品の正しい鑑賞法です。

 ラストのオチは予想外で賛否両論あるかと思いますが、個人的には納得できました。冴えない主人公の人生一発逆転の願望と妄想を巧みに描いた作品だと思いました。

 北野監督らしい独特な構図や青を基調にした美しい映像も非常に印象に残りましたし、時折挿入されるコミカルなシーンも良いアクセントになっていたと思います。

 役者に関して言うと、柳ユーレイも狂気を内に秘めた冴えない男の役がはまっていましたし、ベンガルやガダルカナルタカも良い味を出しています。あと、若い頃の豊川悦司もヤクザの親分としてちょい役ですが出演しています。

 本作品はまとまりはなくストーリーに一貫性はありませんが、北野監督しか作り出せない独特な雰囲気は一度はまると何度も見たくなる不思議な魅力があります。

 余談ですが、私は中島みゆきのファンなので、ダンカンがカラオケで『悪女』を歌うシーンはとてもツボにはまりました。

上映時間 96分
製作国    日本
製作年度 1990年
監督:    北野武   
脚本:    北野武   
撮影:    柳島克己   
美術:    佐々木修   
編集:    谷口登司夫   
出演:    柳ユーレイ   
    ビートたけし   
    石田ゆり子   
    井口薫仁   
    飯塚実   
    布施絵里   
    芦川誠   
    豊川悦司   
    鶴田忍   
    小沢仁志   
    井川比佐志   
    ベンガル   
    ジョニー大倉   
    渡嘉敷勝男

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『アキレスと亀』この映画を見て!

第263回『アキレスと亀』

Photo  今回紹介する作品は北野武監督が芸術を追い求める男の人生を描いた『アキレスと亀』です。前作、前々作と実験色が強く難解な作品が続きましたが、今回は比較的分かりやすい作品となっています。

 

ストーリー:「裕福な家庭に生まれた真知寿は絵を描くことが大好きで、将来は画家になるつもりだった。しかし、父の会社が倒産したことで状況は一変。貧しい叔父の家に預けられ、辛い生活を送る。

 青年になってからも画家を目指す真知寿は昼間働きながら芸術学校に通う。仲間と芸術に取り組む毎日。職場の幸子は絵を描くことしか知らない純朴な真知寿に惹かれていく。やがて2人は結婚。真知寿は幸子の支えの下、画家として成功を掴むため様々なアートに挑戦していくが芽が出ない日々が続く。」

 

本作品は少年時代、青年時代、中年時代と3つのパートに分かれています。

少年時代は主人公とその家族が転落していく姿が描かれていくのですが、抑制の効いた静謐な演出が主人公を襲う悲劇を際出せています。また、主人公が仲良くなる山下清のような絵を描く知的障害の男性も深く印象に残りました。

 青年時代は芸術学校で仲間と芸術を追い求める姿が淡々と描かれていきます。このパートで一番印象的だったのが本筋とは全く関係ない電撃ネットワークの登場シーン。彼らのアバンギャルドな芸風はある種芸術の域に達しています。

 中年時代は北野監督が主人公としても出演するパートですが、それまでの落ち着いた雰囲気から一転してコミカルかつ哀愁漂う雰囲気が前面に押し出されます。このパートは北野監督のコメディアンとしての色が大変強く出ており、樋口可南子とのコントのような芸術活動は見ていて大変面白かったです。また同時に芸術を追い求めていくにつれて、社会から逸脱していく主人公の姿は真剣であるが故に滑稽でした。

本人は芸術に身を捧げられて幸せな一生なのかもしれませんが、社会的に評価されない限り周囲からは哀れな変人にしか見られない芸術の世界の残酷さというものを感じました。

 

 また、本作品で印象的だったのが主人公の周囲で次々に起こる死です。北野作品はどれも死が描かれることが多いですが、本作品はそれが特に際立っていました。生のすぐ裏に潜む死。淡々と描かれる死の数々は芸術や人生の無常さを見事に表現していたと思います。

 

 映画のラストは今までの北野作品なら死で終わるところですが、今回は生で終わるところが良かったです。あのラストシーンを見て、今回の映画のタイトルがなぜ『アキレスと亀』なのか分かりました。

 

 芸術なんて本来は自己の表現欲を満足させるための行為であり、本当は自分が納得すればそれで良い筈なのに、そこに社会的評価や成功を求めるために追い詰められていく。本作品は芸術家になりたかった男の悲劇を喜劇的に描いた傑作です。 

 

上映時間 119

製作国 日本

製作年度 2008

監督: 北野武

脚本: 北野武

撮影: 柳島克己

美術: 磯田典宏

編集: 北野武

太田義則

音楽: 梶浦由記

音響効果: 柴崎憲治

記録: 谷恵子

照明: 高屋齋

挿入画: 北野武

録音: 堀内戦治

助監督: 松川嵩史

出演: ビートたけし

 樋口可南子

柳憂怜

麻生久美子

中尾彬

伊武雅刀

大杉漣

 筒井真理子

吉岡澪皇

円城寺あや

徳永えり

大森南朋

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『菊次郎の夏』この映画を見て!

第218回『菊次郎の夏』
Photo  今回紹介する作品は北野武監督による一夏のロードムービー『菊次郎の夏』です。
 本作品はそれまでの北野映画の特長であった「死」や「暴力」を排して、『母を訪ねて三千里』のような古典的な人間ドラマとなっています。

ストーリー:「祖母と2人で暮らす小学3年生の正男は今日から夏休み。友達は親に宿題を見てもらったり、良好に連れて行ってもらう中、正男は1人でさびしく過ごしていた。そこで写真でしか見たことのない母に会いにゆく事を決意。豊橋で仕事をしているという母の元に1人で向かおうとする。そんな正男を心配した近所のおばちゃんは無職でブラブラしている自分の連れの菊次郎を同行させる。渋々引き受けた菊次郎は出発するなり競輪場で旅費を使い果たしてしまう。こうして2人の一夏の旅が始まるのだった。」

 私は本作品を劇場で公開されている時に見たのですが、その時の評価は今一つでした。緑を基調にした映像と透明感溢れる久石譲の音楽の美しさは素敵なのですが、映画の後半の主人公たちが野外で遊ぶシーンが延々と続くところが当時の私には退屈に感じました。

 しかし、最近になって深夜にテレビで放映されていたので、劇場以来久しぶりに見直したのですが、後半のまったりとした展開こそが本作品の核である事に気づきました。
 映画の中盤に正男が一生心の傷になるようなショックを受ける出来事があります。その出来事を機に二人の距離感は縮まり始めます。傷ついた正男に対して菊次郎は何とか励まし慰めようと、野外で大人たちを巻き込んで延々馬鹿騒ぎをする。そんな菊次郎の不器用な優しさが映画の後半で描かれていたのだと気づいた時、本作品の私の中での評価が変わりました。傷ついた心なんて簡単に癒せるものではない。それだったら気晴らしに馬鹿騒ぎして笑っていたほうが幾分か救われるだろうという北野監督らしいメッセージが後半のシーンには込められているような気がしました。

 主人公の菊次郎は一見すると破天荒で無責任でどうしようもない男ですが、そんな男がふと見せる優しさや寂しさ。不器用さと照れからストレートには表現できないところが何とも意地らしく切なくて、見ていてほろりとさせられます。
 特に老人ホームで生活している自分の母を遠くからそっと眺める場面は菊次郎の近づきたいけど近づけられない不器用さが見ていて伝わってくる切ないシーンです。

 旅を終えて2人が地元に戻ってくる映画のラスト。そこでの二人のやり取りは旅を通してお互いがお互いを理解して堅く結ばれた絆が強く感じられて、自然と涙が出てきます。

 本作品は北野作品の中では一番爽やかな仕上がりとなっており、北野映画はちょっと苦手という人でも安心して楽しめると思います。

 あと、本作品は久石譲の音楽がとても素晴らしいです。一時期トヨタカローラのCMでも使われていたので聞いたことある方も多いと思いますが、音楽が映像ととてもマッチしており、見ている人間の感情を揺さぶります。はっきり言って本作品は久石譲の音楽がなければ魅力は半減していたと思います。それくらい音楽が映画を支えています。ぜひ映画を見られた方は久石さんのサントラも購入してください。聞いていて心が落ち着く名盤です。

上映時間 121分
製作国 日本
製作年度 1999年
監督: 北野武 
脚本: 北野武 
撮影: 柳島克己 
美術: 磯田典宏 
編集: 北野武 
音楽: 久石譲 
照明: 高屋齋 
出演: ビートたけし、関口雄介、岸本加世子、吉行和子
細川ふみえ、大家由祐子、麿赤兒、グレート義太夫 、井手らっきょ

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『監督・ばんざい!』この映画を見て!

第161回『監督・ばんざい!』
Kanntokubannzai  今回紹介する作品は北野武監督が恋愛映画、ホラー映画、人情ドラマ、SF映画と様々なジャンルを網羅したウルトラ・バラエティ・ムービー『監督・ばんざい!』です。
 前作『TAKESHIS'』で芸能界で成功した自らの内面をシニカルに描いた北野武。本作はその延長線上にある作品であり、前作を拡大発展したような内容となっています。

 脱暴力映画を宣言した監督が何とかヒット作品を作ろうと、さまざまなジャンルの映画に取り組み苦悩する姿を描く本作品。映画の前半は6つのジャンルのショートムービーが登場します。
 最初に北野監督お得意の暴力映画が登場。北野作品ではお馴染みのメンバーが登場して迫力ある芝居を見せてくれます。
 続いて登場するのが恋愛映画『追憶の扉』。監督は観客の涙を誘う作品を作ろうと悪戦奮闘します。記憶をなくした男と彼を支える女性の話や盲目の画家と彼を支える女性の話し、お嬢様に恋するお抱え運転手など、いかにも日本人が好きそうなベタな設定ばかりですが、シナリオや設定の破綻からあえなく挫折します。
 3つ目に登場するのが小津作品をパロディにした『定年』というタイトルの作品。定年を迎えた男性と妻のやり取りを描くというストーリーですが、今の観客にゆっくりとしたペースで展開でされる人情ドラマなど誰も見ないだろうという理由で敢え無くボツになります。この作品は小津作品に雰囲気は似ていますが、小津作品の特長であるローアングルな構図や長回しなどは使われていません。そこに北野監督の単なる模倣にはしないこだわりを感じました。このシークエンスでは松坂慶子や木村佳乃など北野作品らしくない役者が出演しており印象的でした。
 4つ目に登場するのが昭和30年代を舞台にした『コールタールの力道山』というタイトルの作品。『ALWAYS 三丁目の夕陽』など近年流行している昭和30年代を舞台にしたノスタルジックな映画。そんな映画に昭和30年代に幼少期を過ごした北野監督も挑戦するのですが、単なるノスタルジー漂う作品に終わらないところが面白いところです。昭和30年代の下町の貧困層の生活の厳しさを生々しく描き出します。また人間の良い面だけでなく愚かな面やずる賢い面もきちんと描いているところも好感が持てました。個人的にはこのエピソードを独立させて長編映画として見せて欲しいと思ってしまいました。このシークエンスでは
 この後もジャパニーズホラーのブームに便乗してホラー映画を撮ろうとしたり、忍者を主人公にした時代劇を撮ろうとしたりするのですが、どれも上手くいきません。
 そして、最後には隕石が地球に墜落するSF映画『約束の日』を撮ろうとするのですが、ここから話しの展開は大きく脱線していきます。

 映画の前半は北野監督の現在の日本映画に対する痛烈な皮肉が感じられました。北野監督は現在の日本映画の現状に苦言を呈するような発言を本作品の完成披露試写会でもしています。発言の内容は以下の通りです。
 「ここんとこ病気みたいに、感動します、泣けますって、そういうバカみたいな映画ばっかり。そういう時代になっちゃった。」(5月25日、完成披露試写会にて)
 
 映画の後半は前半と打って変わって、北野監督がかつて制作したお笑い映画『みんな~やってるか!』のような下らないギャグ満載のはちゃめちゃな展開になっていきます。財界の大物とその秘書に詐欺師の母娘が近づこうとする話なのですが、格闘家が経営?するラーメン屋が出てきたり、おかしな発明家が絡んくるなど不条理な世界が展開されていきます。後半の展開は好きな人はとても楽しめますが、嫌いな人や合わない人にとっては苦痛かつ退屈に感じるかと思います。私はこういうシュールな展開が好きなので笑って楽しめましたが、ダメな人は生理的にダメでしょうね。
 私が後半部分で特に印象的だったのが江守徹と井手らっきょの登場と農村のシーンです。江守徹は財界の大物を演じているのですが、そのぶっ飛んだ演技は笑わずにはいられません。あんな大物俳優がこんな役をよく引き受けたものだと思います。また変な発明家を演じる井出らっきょも、普段の芸風そのままに登場して、しょうもないギャグを次から次へと連発して見る者を不条理ギャグワールドに引き込みます。
 また北野扮する秘書の田舎である農村のシーンはつげ義春のマンガを彷彿させるようなノスタルジックかつシュールな展開となっており味わい深いものがありました。
 あと言い忘れましたが、詐欺師親子に扮する岸本加世子と鈴木杏の演技も面白かったです。特に鈴木杏が常に片手に持つアヒルパペットは個人的に笑いのツボでした。

映画のラストは構築したもの全てが破壊されて終わります。その破壊の潔さは見ていて清清しいほどです。
 この作品は監督が映画界で築き上げてきたものの破壊であり、新しい映画に向かうための地ならしだと思います。監督もこの映画に関して以下のようなコメントをしています。「総ざらえしたかな。キャンバスを白く塗り直して、これから新しい絵が描けるっていうかね。実は3部作の真ん中のつもり。前の『TAKESHIS’』で役者やタレント、これは監督を見直して自己批判してる。3作目では映画を壊す。頭を使う映画をやってみたいと思って」
 
 私はこの映画の後、一体北野武監督がどのような映画を撮るのか楽しみでなりません。

製作年度 2007年
製作国・地域 日本
上映時間 104分
監督 北野武 
脚本 北野武 
音楽 池辺晋一郎 
出演 ビートたけし 、江守徹 、岸本加世子 、鈴木杏 、吉行和子 、宝田明 、藤田弓子 、内田有紀 、木村佳乃 、松坂慶子 、大杉漣 、寺島進 、六平直政 、渡辺哲 、井手らっきょ 、モロ師岡 、菅田俊 、石橋保 、蝶野正洋 、天山広吉 

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北野武新作『監督・ばんざい!』について

 昨日、北野武の新作映画『監督・ばんざい!』の6月公開が発表されました。2年ぶり13作品目となる今回の作品『監督・ばんざい!』は小津安二郎監督風、ラブストーリー、昭和30年代の郷愁感、ホラー、忍者時代劇、SF等さまざまなジャンルの映画を取り込んだお笑い映画ということです。
 ストーリーは今分かっている範囲では、北野武扮する映画監督が新作の構想を練る苦悩から始まり、さまざまなジャンルの新作を映画化するも途中で頓挫し、ラストは予想外のオチが待っているとの事です。
 キャストも江守徹、松坂慶子、岸本加世子、吉行和子、宝田明、藤田弓子、内田有紀、木村佳乃、鈴木杏と大変豪華であり、北野映画でどのような演技をするのか大変興味深いです。
 また、さまざまなジャンルの作品が劇中映画として登場するそうですが、SFやホラーなどの作品をどのように北野監督が仕上げているのか今から楽しみです。
 
 前作『TAKESHIS’』で今までの作品の総括を行った北野監督がどのような新境地を見せるのか、公開が待ち遠しいです。

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『TAKESHIS'』この映画を見て!

第94回『TAKESHIS'』北野武特集7
Takeshis  今回紹介する映画は昨年の秋に公開された北野武監督の最新作『TAKESHIS'』です。この映画は誰が見ても楽しめた前作の『座頭市』と打って変わって、難解で見る人を選ぶ作品に仕上がっています。
私は昨年公開されたと同時に北野武が大好きな職場の先輩と一緒に見に行ったのですが、北野ワールド全開の展開に2人とも大変はまったものでした。この映画は北野武=ビートたけしという人間をどれだけ知っているかどうかで、かなり印象が変わってきます。この映画は北野監督の内面や自伝的要素がストーリーからキャスティングそして映像に至るまで大きく反映されています。この映画はストーリーだけを追っても何の意味もなく退屈なだけです。この映画は北野武が日々感じているものを体感する映画であり、北野武=ビートたけしという人間を知るための作品です。だから北野武に興味がない人や彼の経歴をしらない人がみるとイマイチ意味が分からなかったり、面白くなかったりすると思います。
 芸能界の大スターとして多忙でリッチな生活を送っているビートたけしと、ビートたけしとそっくりなしがないコンビニ店員・北野。彼らがテレビ局で出会うところから話しは始まります。夢とも現実とも区別がつかない世界の中を彷徨う北野武=ビートたけしの姿を時系列を無視した醒めることのない夢のような展開で描き出していきます。
この映画はテレビや映画で成功した北野武=ビートたけしという存在に対する、本人なりの今までの人生の総括であり、成功したが故に持つ自己への破壊願望を投影した映画です。
 この映画は主役の北野武だけでなく、登場するほとんどの役者が何役もこなします。この映画は繰り返し同じ人を登場させることで、夢を見ているような感覚を演出すると同時に、独特な反復のリズムを映画につけようとしたのだと思います。特に岸本加世子は何回も役を変えては登場して、主人公の足を引っ張り続けるのですが、その姿は見ていてとてもイライラさせられます。きっと岸本加世子は北野武が頭が上がらない本妻や母親というような女性に対する思いが描かれているのだろうなと思いました。
 あとこの作品では美輪明宏さんを始め、タップダンサー、女形の子役など様々な芸をもった人が出てきて、芸を披露します。これらの芸人の登場シーンは北野監督の芸と芸術に対するリスペクトが伝わってきました。特にタップは実際に武自身が何年も習っており、将来的にはワンマンショーも開きたいと思っているそうです。その熱い思いがこの映画にも投影されています。
 北野作品では過激な暴力描写が有名ですが、今回も数多くの暴力描写があります。ただ他の北野作品と違って、この映画の暴力シーンは生々しさに欠けており、とても軽い感じがしました。この映画では銃撃シーンが数多くあるのですが、ラストの浜辺での撃ち合いのシーンは見ていて、なぜか痛烈なもの悲しさを感じてしまい、泣いてしまいました。ストーリー的には全く意味のない銃撃シーンでありながら、ものすごく美しく撮影されており、そのあまりの美しさが人生や死というものに対する虚しさというものを感じさせてしまい、胸にくるものがありました。
また北野監督らしく色彩にもこだわっており、この映画は赤と青を基調にした色彩がとても美しく目を引きました。古びたアパートの枠が赤や青で塗られているシーン、ピンク色のタクシー、沖縄の青い海、コンビニの緑とピンクの服。これらは映画の持つ非現実的な雰囲気をみごとに演出していました。
 この映画は意味を求める映画でなく、北野武を体感する映画です。それ故に、北野武に興味がない人にはこの映画はお奨めできません。しかし、北野武や彼の映画が好きな人ならぜひこの映画を見てください。

製作年度 2005年
製作国・地域 日本
上映時間 107分
監督 北野武 
脚本 北野武 
音楽 NAGI 
出演 ビートたけし 、京野ことみ 、岸本加世子 、大杉漣 、寺島進  、美輪明宏、六平直政、ビートきよし、津田寛治、石橋 保、國本鍾建、上田耕一、高木淳也、芦川 誠、松村邦洋、内山信二、武重 勉、木村彰吾、ゾマホン

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