人間ドラマ映画

『スカーフェイス』この映画を見て!

第309回『スカーフェイス』
Photo  今回紹介する作品はハワード・ホークスの『暗黒街の顔役』をアル・パチーノ主演、ブライアン・デ・パルマ監督でリメイクした『スカーフェイス』です。『プラトーン』のオリバー・ストーンが脚本を担当。音楽は『フラッシュダンス』のジョルジオ・モロダーが手がけています。

ストーリー:「1980年にキューバから反カストロ主義者として追放されマイアミへ逃げてきたトニー・モンタナはアメリカでの成功を夢見て、麻薬王フランクの下で麻薬の取り引きを行っていく。トニーは麻薬の取り引きで徐々に頭角を現していく。そんなトニーの姿にフランクは危険を感じるようになり、殺害を試みる。しかし、殺害は失敗して、逆にトニーにフランクは殺されてしまう。
 トニーはフランクの豪邸と愛人エルヴィラを手に入れ、マイアミの麻薬王として君臨して、巨万の富を手に入れる。しかし、警察による脱税の摘発をきっかけにトニーは次第に追い詰められていく。」

 本作品は3時間近い上映時間ですが、アル・パチーノのギラギラとした存在感と迫真の演技で最後まで飽きることなく見ることが出来ます。アル・パチーノは『ゴッドファーザー』を始めとして数多くの映画に出演していますが、個人的には本作品での演技が最高だと思います。本作品では乱暴で下品で傲慢だが極悪非道になりきれない弱さもある男を見事に演じきっています。

 デ・パルマ監督はアメリカの裏世界で成功して頂点を極めながらも破滅していく男の壮絶な生き様と死に様をストレートに描いています。デ・パルマ監督らしい凝ったカメラワーク等は見られませんが、過激な暴力描写が随所に盛り込まれています。特に前半の風呂場での電動のこぎりを使った拷問シーンは強烈なインパクトがあります。

 私は本作品で印象的だったのは何と言ってもラストの銃撃戦による主人公の壮絶な死に方です。破滅に向かって自ら突き進んでいく主人公の姿は哀れでもあり、潔くもあり、見ていて胸が締めつけられると同時に鳥肌が立ちました。

 本作品はマフィア映画の傑作であり、アル・パチーノの最高の演技を見ることが出来ます。

上映時間 170分
製作国    アメリカ
製作年度 1983年
監督:ブライアン・デ・パルマ   
製作:マーティン・ブレグマン   
脚本:オリバー・ストーン   
撮影:ジョン・A・アロンゾ   
編集:ジェラルド・B・グリーンバーグ   
音楽:ジョルジオ・モロダー   
出演:アル・パチーノ   
   スティーヴン・バウアー   
   ミシェル・ファイファー   
   ポール・シェナー   
   ロバート・ロジア   
   メアリー・エリザベス・マストラントニオ   
   F・マーレイ・エイブラハム   
   ミリアム・コロン   
   ラナ・クラークソン   
   ハリス・ユーリン   
   リチャード・ベルザー

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『ホーホケキョ となりの山田くん』映画鑑賞日記

Photo_2  いしいひさいちの四コマ漫画作品を20億円の制作費をかけて高畑勲監督が映画化した本作品。スタジオジブリとしては初のセル画制作アニメを用いないフルデジタル処理で制作されています。高畑監督は水彩画のような手描き調の画面にこだわり、通常のアニメ映画の約3倍17万枚もの作画を行っています。(ジブリ作品の中で一番の作画枚数だそうです。)

 私は公開と同時に劇場に足を運んで鑑賞したのですが、水彩画のような映像のクオリティは流石ジブリと思いましたが、ストーリーが起伏がなく淡々としており映画として1時間40分見るには辛かったです。
 一般庶民の何気ない日常生活を哀愁と笑いを交えて描いている点は悪くはないのですが、わざわざ映画館で見る必要が感じられず、『サザエさん』のようにテレビで毎週放映した方が楽しく見れるのではと思いました。

 ただ、矢野顕子の音楽はとても素晴らしく、聞いていて心が落ち着きます。

製作国    日本
上映時間 104分
製作年度 1999年
監督:高畑勲   
絵コンテ:田辺修、百瀬義行   
原作:いしいひさいち   
脚本:高畑勲   
作画監督:小西賢一   
音楽:矢野顕子   
声の出演:
    朝丘雪路   
    益岡徹   
    荒木雅子   
    五十畑迅人   
    宇野なおみ   
    矢野顕子

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『おもひでぽろぽろ』映画鑑賞日記

Photo  岡本螢と刀根夕子による同名原作コミックを高畑勲監督がアニメ化した本作品。原作は小学生時代のエピソードのみですが、高畑監督はそこに27歳の主人公が田舎の農村を訪ねるエピソードを独自に追加。現代から過去を回想する形で物語が展開します。

 私は本作品を中学校時代に初めて見たのですが、淡々とした展開が退屈で途中睡魔に襲われたほどでした。
 映像はジブリだけあって現代のパートは実写かと思えるほど緻密で素晴らしいのですが、主人公たちの顔の皺はやり過ぎで違和感がありました。
 また、高畑監督の田舎や有機農業を礼賛するメッセージも田舎育ちの私には都会から見た理想にしか見えず共感できませんでした。
 ただ、ベット・ミドラーの名曲「The Rose」を都はるみが歌った主題歌「愛は花、君はその種子」はとても素晴らしく、それを聞きたいがためにサントラを買ったほどでした。

 最近久しぶりに本作品をふと見返したのですが、中学校の時の比べると興味深く見ることができました。

 私は本作品を昔を懐かしむことが主題の映画だとずっと思っていました。しかし、改めて見ると、自分の過去と今の自分の繋がりを自覚することで主人公が成長する姿を描いた映画であることに気づきました。
 ラストシーンで主人公が結婚を決めて引き返すシーンは本作品のいわばクライマックスでありますが、小さい頃の自分や友だちが未来に向かう主人公を見送る姿は過去との繋がりや和解を見事に表現しています。
 過去のエピソードは時代は違うとは言え、どれも自分も経験したことがあるようなエピソードが多く共感できます。個人的には分数の割り算のエピソードが一番共感できました。
 本作品は子どもの時の見るより、社会人になってから見た方がいろいろ感じることが多い作品です。

 ただ、何度見ても登場人物の顔の皺と高畑監督の田舎賛美には共感できませんでした。

上映時間 118分
製作国    日本
製作年度 1991年
監督:    高畑勲   
原作:    岡本螢   
    刀根夕子   
脚本:    高畑勲   
作画監督:近藤喜文   
    近藤勝也   
    佐藤好春   
特殊効果:谷藤薫児   
美術監督:男鹿和雄   
撮影監督:白石久男   
編集:    瀬山武司   
    金子尚樹   
    木田伴子   
    毛利安孝   
音楽:    星勝   
場面設計・絵コンテ:百瀬義行   
声の出演:今井美樹   
    柳葉敏郎   
    本名陽子   
    寺田路恵   
    伊藤正博   
    北川智絵   
    山下容里枝   
    三野輪有紀   
    飯塚雅弓   
    押谷芽衣   
    小峰めぐみ   
    滝沢幸代   
    石川匡
    増田裕生   
    佐藤広純

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『東京ゴッドファーザーズ』この映画を見て!

第305回『東京ゴッドファーザーズ』
Photo_3  今回紹介する作品は先月惜しくも亡くなった今敏監督が現代の東京を舞台に描く奇跡の物語『東京ゴッドファーザーズ』です。声の出演に江守徹、梅垣義明、岡本綾が参加しています。

ストーリー:「元競輪選手のギンちゃん、元ドラッグ・クイーンのハナちゃん、家出少女のミユキの3人は、ホームレスとして新宿の公園でダンボールハウスにて共同生活をしていた。そんな彼らはクリスマスの夜にゴミ置き場の中からひとりの赤ん坊を見つける。ギンちゃんは警察に届けるべきだと主張するが、赤ん坊を欲しがっていたハナちゃんは、“清子”と勝手に命名して手放そうとしない。。ハナちゃんに押し切られる形で3人は自分たちで清子の親探しをすることにしたのだが・・・。」

 本作品を始めてみた時、まるで実写かと思うほど描きこまれた東京の街並みにまず驚きました。そんなリアルな風景の中で繰り広げられる赤ん坊をめぐる物語はあまりにも出来すぎた偶然の連続です。普通ここまでご都合主義な展開が続くとうそ臭くて白けてしまいますが、本作品はキャラクターの魅力とテンポの良いシナリオと演出で最後まで飽きることなく楽しむことができます。

 主人公の3人はそれぞれ辛い事情があって家族と別れてホームレスになっているのですが、そんな彼らが赤ん坊のために奔走する中で自分たちの人生を見つめなおしていきます。その展開はベタなのですが、なぜか感動してしまいます。

 赤ん坊の両親を探す話しも終盤に思わぬ展開となり、主人公たちがアクション映画並みの活躍をするのですが、ラストに起こる本作品最大の奇跡はアニメだから表現ができる素晴らしい締めくくり方だったと思います。

 あとオープニングのスタッフロールも東京の街並みに溶け込むよう工夫が凝らしてあって面白い試みだと思いました。

 本作品はアニメ好きでない方でも十分楽しめる作品に仕上がっています。心温まる奇跡のストーリーを是非一度ご覧になってください。  

上映時間 90分
製作国    日本
製作年度 2003年
監督:今敏   
企画:丸山正雄   
脚本:今敏、信本敬子   
キャラクターデザイン:今敏、小西賢一   
作画監督:小西賢一   
美術監督:池信孝   
色彩設計:橋本賢   
撮影監督:須貝克俊   
音楽:鈴木慶一   
音響監督:三間雅文   
声の出演:江守徹   
    梅垣義明   
    岡本綾   
    飯塚昭三   
    加藤精三   
    石丸博也   
    槐柳二   
    屋良有作   
    寺瀬今日子   
    大塚明夫   
    小山力也   
    こおろぎさとみ   
    柴田理恵   
    矢原加奈子   
    犬山犬子   
    山寺宏一   

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『千年女優』この映画を観て!

第304回『千年女優』
Photo_2  今回紹介する作品は先日惜しくも亡くなった今敏監督の代表作『千年女優』です。公開されるや否や世界各国の映画祭で高い評価を受け、国内でも『千と千尋の神隠し』と同時に第5回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門大賞を受賞しています。

ストーリー:「芸能界を引退した伝説の大女優・藤原千代子は自分がかつて撮影していた撮影所の取り壊しに伴うインタビューの依頼に応じて30年ぶりにカメラの前に姿を現した。以前から千代子のファンだった立花源也とカメラマンの井田恭二は千代子の自宅を訪れて、インタビューを開始。千代子は女学生の頃に恋した名も知らぬ男性を追って映画女優になった半生を映画の記憶と交錯しながら語っていく…。」

 ストーリーは主人公の女優の人生と彼女が出演した映画を重ね合わせて描いており、どこまでが現実でどこからが空想か分からない虚実入り乱れた構成となっています。始めてみた時は次々と場面が展開していくので最初戸惑いましたが、慣れてくると平沢進の音楽の効果もあってか非常に心地よく感じるようになりました。

 本作品の構成で私が印象的だったのが、二人のインタビュアーが主人公の回想シーンに突如入る込むところです。一人が主人公の長年の大ファンで女優の回想の中で重要な役どころとして振る舞い、もう一人が主人公のことをあまり知らず傍観者としてカメラを回し続ける。この2人が本作品の狂言回しの役割を見事に果たしていたと思います。

 戦国時代から激動の戦前戦後そして宇宙船が飛ぶ未来という壮大な時間の流れを90分という短い時間に詰め込み、一人の女優の情熱的で一途な生き様を疾走感と躍動感に満ちた演出で描き切る今敏監督の手腕は大変素晴らしいです。
 また、『蜘蛛巣城』や『無法松の一生』など日本映画の名作にオマージュを捧げたシーンや昭和の大女優たちを彷彿さえるエピソードの数々も邦画ファンにはたまりません。

 ラストの主人公の台詞に関しては賛否両論あるかと思いますが、個人的には賛同できます。私は本作品は一途な純愛の素晴らしさを単に描いた作品でなく、好きな男をひたすら追い続ける自分の姿に恋する女性のエゴイズムをポジティブに描いた作品だと思っていますので。

上映時間 87分
製作国    日本
製作年度 2002年
監督:    今敏   
企画:    丸山正雄   
原案:    今敏   
脚本:    今敏   
    村井さだゆき   
作画監督:本田雄   
    井上俊之   
    濱洲英喜   
    小西賢一   
    古屋勝悟   
美術監督:池信孝   
色彩設計:橋本賢   
撮影監督:白井久男   
音楽:平沢進   
音響監督:三間雅文   
声の出演:折笠富美子   
    小山茉美   
    荘司美代子   
    飯塚昭三   
    佐藤政道   
    小野坂昌也   
    津田匠子   
    鈴置洋孝   
    片岡富枝   
    徳丸完   
    京田尚子   
    山寺宏一   
    津嘉山正種   

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『がんばっていきまっしょい』この映画を見て!

第301回『がんばっていきまっしょい』
Photo  今回紹介する作品は愛媛県松山市の高校を舞台にボート部の活動に打ち込む5人の女子高校生たちの姿を描いた『がんばっていきまっしょい』です。第4回坊ちゃん文学賞を受賞した敷村良子の同名小説を映画化した本作品は派手な宣伝等はしなかったにも関わらず公開当時口コミで人気が広がりロングランヒットしました。田中麗奈の初主演作品でもあり、本作品で女優としてブレイクしました。

ストーリー:「1976年の春。伊予東高校に入学した篠村悦子はボート部に憧れて入部を希望するが、女子ボート部がなかった。そこで自ら女子ボート部を創設するため仲間を4人集める。しかし、ボートの経験ない彼女たちは手探りで練習を始める。先輩に教えられながら何とかボートを操ることが出来るようになる彼女たち。しかし、新人戦では見事に完敗。悔しがる彼女たちの前に顧問教官がコーチ・入江晶子を紹介する。」

 私は愛媛県出身ということもあり、本作品には映画の内容云々とは別にとても愛着があります。本作品のロケ地は私もなじみの場所ばかりなので、他県で就職して生活している今見ると懐かしさがこみあげてきます。特に映画の中で主人公たちが鍋焼きうどんを食べるお店は私が小さいときから行きつけの店(「ことり」という店名で、松山の商店街である銀天街という所から少し路地に入ったところにあります。)だったので、本作品を見ると懐かしくて無性に食べたくなります。愛媛県でロケされた映画はいろいろありますが、私の中では本作品が一番愛媛を美しく捉えているような気がします。

 映画のストーリーは何の捻りもないストレートな青春スポーツドラマでありますが、見終わって爽やかな気持ちになります。ボートに打ち込む思春期の少女たちの瑞々しい姿を描いているだけにも関わらず、ノスタルジックな雰囲気が全編に溢れており見ていて自然と涙がこみ上げてきます。あの時代だからこそできたことや感じられたことを本作品は思い出させてくれます。

 本作品は派手な演出やドラマチックな展開はなく、終始淡々とした作りであるのですが、その分だけ主人公たちの繊細な心情が見ているこちら側にも伝わってきて、映画のクライマックスのボートシーンは思わず自分も手に汗握って応援してしまいます。

 郷愁を誘う映像やリーチェの音楽も大変素晴らしく、何度見ても心が洗われます。また、磯村監督の間を大切にしたゆったりとした演出も本作品に合っていたと思います。

 本作品は青春時代の輝きを見事に描き出した傑作です。ぜひご覧ください。

上映時間 120分
製作国 日本
製作年度 1998年
監督:    磯村一路   
原作:    敷村良子   
    (マガジンハウス)
脚本:    磯村一路   
撮影:    長田勇市   
美術:    磯田典宏   
編集:    菊池純一   
音楽:    リーチェwithペンギンズ   
出演:    田中麗奈   
    清水真実   
    葵若菜   
    真野きりな   
    久積絵夢   
    中嶋朋子   
    松尾政寿   
    本田大輔   
    森山良子   
    白竜   
    ベンガル   
    小日向文世   

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『告白』この映画を見て!

第297回『告白』
Photo 今回紹介する作品は湊かなえの同名ベストセラーを『嫌われ松子の一生』の中島哲也監督が完全映画化した『告白』です。主演に松たか子、共演に岡田将生や木村佳乃を起用。生徒に子どもを殺された教師の復讐と子どもを殺した生徒の顛末を、ダークな映像と演出で描いていきます。

ストーリー:「ある中学校の1年B組、終業式後のホームルームで担任の森口先生が突然「わたしの娘が死にました。警察は事故死と判断しましたが、娘は事故で死んだのではなくこのクラスの生徒に殺されたのです」と静かに語り始める。担任の衝撃的な告白に騒然とする生徒たち。担任は娘を殺した犯人Aと犯人Bに対して、命の重さを知らしめるための制裁を加えて学校を辞める。その後、事情を知らない熱血教師が新担任としてクラスにやってくる。そんな中、以前と変らぬ様子の犯人Aはクラスでイジメの標的となり、一方の犯人Bはひきこもりとなってしまう。」

 私は原作未読で話しの内容も良くを知らないまま、中島哲也監督の最新作ということで見に行ったのですが、衝撃的な内容と映画としての完成度の高さにスクリーンに釘付けになりました。中島監督の前作『パコと魔法の絵本』はいまいちでしたが、人間の心の闇と命の重さを描ききった本作品はストーリー・演技・演出全てがパーフェクトでした。
 先生の衝撃的な告白から始まる本作品は少年犯罪・殺人・いじめ・学級崩壊・差別・歪んだ親子関係と現代の日本の病みをこれでもかと盛り込み、人間の醜いエゴイズムや悪意そして脆さを真正面から描いています。メジャー系の作品でこのような暗く重い内容を取り上げ、エンターテイメントしても満足のいく作品に作り上げた中島監督は凄いと思いました。
 色彩を抑えた冷たく美しい映像、スローモーションを多用した演出、レディオヘッドやBorisを選曲する音楽センス、子どもたちのリアルな演技、ラストのカタルシスと絶望。中島監督の才能を堪能できる作品です。

 また、主人公の担任教師を演じた松たか子の演技が大変素晴らしく、感情を抑えた演技と爆発させる演技のコントラストが大変印象に残りました。また過保護な母親役を演じる木村佳乃の演技も大変リアルで、真に迫るものがありました。

 私は本作品を主人公が犯人を探す話しだと最初思っていました。しかし、犯人は前半の担任の告白ですぐに分かり、途中からは主人公以外の主要登場人物たちによる告白が次々と描かれていきます。あくまで登場人物たちの主観による告白なので、その告白はどこまでは真実で、どこからが嘘や思い込みか分かりません。客観的な事実はあったとしても、それぞれの人間の主観によって事実は大きく変容する。本作品は悲劇的な事件に関わった人間が事実をどう受け止めて自分なりに処理しようとしたのかを重層的に描き、人間の心の危さや脆さそして繊細さを見る者に痛感させます。

 あと、私は本作品を見て、岩井俊二監督の傑作『リリィ・シュシュのすべて』を思い起こしました。思春期の少年・少女の繊細で不安定な心情をどちらの作品もリアルに描き、見ていて心が痛くなります。

 人の命は軽いのか重たいのか?復讐の連鎖は断ち切れるのか?罪を償うとはどういうことなのか?本作品は見る者に重い問いを投げかけて終わります。私も見終わって悶々とした気持ちの中、答えの簡単に出ない問いをしばらく考え込んでしまいました。

 まだ早いですが、私の中では今年一番の邦画だと思います。ぜひ多くの人に劇場で本作品を鑑賞して、命の重さと人の心の闇について感じて欲しいです。

上映時間 106分
製作国 日本
製作年度 2010年
監督:    中島哲也   
原作:    湊かなえ   
    『告白』(双葉社刊)
脚本:    中島哲也   
CGディレクター:    増尾隆幸   
撮影:    阿藤正一   
    尾澤篤史   
美術:    桑島十和子   
編集:    小池義幸   
主題歌:    レディオヘッド   
    『Last Flowers』
出演:    松たか子   
    木村佳乃   
    岡田将生   
    西井幸人   
    藤原薫   
    橋本愛   
    天見樹力   
    一井直樹   
    伊藤優衣   
    井之脇海   
    岩田宇   
    大倉裕真   
    大迫葵   
    沖高美結   
    加川ゆり   
    柿原未友   
    加藤果林   
    奏音   
    樺澤力也   
    佳代   
    刈谷友衣子   
    草川拓弥   
    倉田伊織   
    栗城亜衣   
    近藤真彩   
    斉藤みのり   
    清水元揮   
    清水尚弥   
    田中雄土   
    中島広稀   
    根本一輝   
    能年玲奈   
    野本ほたる   
    知花   
    古橋美菜   
    前田輝   
    三村和敬   
    三吉彩花   
    山谷花純   
    吉永あゆり   
    新井浩文   
    山口馬木也   
    黒田育世   
    芦田愛菜   
    山田キヌヲ   

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『インビクタス/負けざる者たち』この映画を見て!

第292回『インビクタス/負けざる者たち』
Photo_2  今回紹介する作品はマンデラ大統領就任後の南アフリカで開催されたラグビーワールドカップを巡る実話をクリント・イーストウッド監督が映画化した『インビクタス/負けざる者たち』です。主演のモーガン・フリーマンとマット・デイモンはそれぞれ2009年度アカデミー主演男優賞と助演男優賞にノミネートされています。

ストーリー:「南アフリカ共和国では1994年にアパルトヘイト撤廃後初の全国民が参加した総選挙を実施。そしてアパルトヘイトに反対して27年間投獄されたネルソン・マンデラが初の黒人大統領に就任する。しかし、白人と黒人間の人種差別や経済格差は以前と残り続け、国家自体が非常に不安定な状況だった。そんな中、マンデラ大統領は95年に南アフリカで開催されるラグビーのワールドカップを国民の和解と融和の機会にしようと南アフリカ代表のラグビーチーム「スプリングボクス」に目をつける。負け続けで国民からも不人気だったスプリングボクスの主将フランソワ・ピナールをマンデラ大統領は官邸に招き、ラグビーで国民をまとめたいという思いを語る。マンデラの思いに感銘を受けたピナールはW杯優勝を目指してチームを強化しようと励み始める。」

 ここ最近公開される作品全て傑作のクリント・イーストウッド監督。今回もまたまた傑作を生み出してくれました。実話でスポーツものという下手すると安っぽいお涙頂戴のドラマになりがちな素材ですが、そこはイーストウッド監督。抑制された手堅い演出で見事にまとめあげ、希望に満ちた爽やかな感動作に仕上げてくれました。マンデラ大統領のことは南アフリカ初の黒人大統領でノーベル平和賞をとった人くらいの知識しかなかった私にとって、本作品は彼の偉大さを知る貴重な機会でした。自分を監獄に送った白人を寛容に許し、スポーツを通して分断した国民を一つにまとめ上げようと奮闘する姿に政治家として、そして人間として感銘を受けました。権力を取ったからといって今までの敵を排斥せず、自らの中に取り込み共に歩もうとする姿に政治家としての器の大きさを感じると共に人や国をまとめるとはどういうことかを教えられます。日本の政治家にもマンデラ大統領を見習って欲しいものです。

 私は正直スポーツにはあまり興味ない人間でありますが、本作品を見てスポーツが持つ力や役割といったものを再認識しました。最初はいがみあっていた黒人と白人がラグビーを通して次第に打ち解けあう姿に私は見ていて自然と涙がこみあげてきました。スポーツは政治に非常に利用されやすく危うい面もありますが、マンデラ大統領はスポーツの力を最大限活用して良い方向に国を持っていったと思います。

 本作品の一番の見せ場は何と言ってもラストのワールドカップ優勝戦ですが、白熱の試合シーンと国民の観戦シーンを交互に見せる正攻法な演出でありながら、見ていて胸があつくなります。特にスローモーションで見せるシーンはラグビーというスポーツの躍動感と重量感を見事に表現していたと思います。

 現実はもっと複雑でドロドロした面もあったのでしょうが、そういう部分は敢えて描かず、ラグビーを通して国がまとまる姿だけを簡潔に描いたことが本作品の完成度を高めたと思います。また、マンデラ大統領役のモーガン・フリーマンの堂々とした演技はとても素晴らしく、本物の大統領みたいな風格がありました。

 70歳を超えて毎年ハイクオリティな作品を撮り続けるクリント・イーストウッド監督は本当に凄いです。本作品もまだ早いですが今年のベスト5に入る傑作だと思います。まだ劇場公開されていますのでぜひ興味ある方はご覧ください!

上映時間 134分
製作国    アメリカ
製作年度 2009年
監督:    クリント・イーストウッド   
原作:    ジョン・カーリン   
脚本:    アンソニー・ペッカム   
撮影:    トム・スターン   
プロダクションデザイン:    ジェームズ・J・ムラカミ   
衣装デザイン:    デボラ・ホッパー   
編集:    ジョエル・コックス   
    ゲイリー・D・ローチ   
音楽:    カイル・イーストウッド   
    マイケル・スティーヴンス   
出演:    モーガン・フリーマン   
    マット・デイモン   
    トニー・キゴロギ   
    パトリック・モフォケン   
    マット・スターン   
    ジュリアン・ルイス・ジョーンズ   
    アッジョア・アンドー   
    マルグリット・ウィートリー   
    レレティ・クマロ   
    パトリック・リスター   
    ペニー・ダウニー

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『神田川淫乱戦争』この映画を見て!

第288回『神田川淫乱戦争』
Photo_3  今回紹介する作品はJホラーの第一人者である黒沢清監督のデビュー作『神田川淫乱戦争』です。

ストーリー:「神田川沿いのアパートに住む明子と雅子は川向こうのマンションに住む母親と息子が全裸で抱きあう姿を発見。二人はマザコン男を正しい性の道に導くため母親からの救出作戦を計画する。」

 本作品は題名の通りポルノ映画ですが、どちらかというとシュールなコメディ映画といった感じです。ポルノ映画なのでセックスシーンやオナニーシーンも随所にもちろんあるのですが、乾いたタッチで撮られているのでいやらしさは余りありません。題名だけ見ると暗くドロドロした話しに思うかもしれませんが、若者たちが主人公の明るくポジティブな内容です。

 個人的には印象に残ったのは主人公の2人の若い女性が、マザコン男を救出するためマンションに潜入する場面。母親と格闘する場面はコントを見ているで笑ってしまいました。

 また、ゴダールを意識した実験的な演出が随所にあるのも斬新で面白かったですし、ラストの長回し撮影も構図や演出が決まっており素晴らしい出来栄えでした。

 黒沢監督やゴダールが好きな人は一度見ても損はないと思います。

上映時間 60分
製作国    日本
製作年度 1983年
監督: 黒沢清   
脚本: 黒沢清   
撮影: 瓜生敏彦   
ナレーター: 黒沢清   
出演:    麻生うさぎ   
    美野真琴   
    岸野萌圓   
    沢木ミミ   
    森太津也
    周防正行

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『変態家族 兄貴の嫁さん』この映画を見て!

第287回『変態家族 兄貴の嫁さん』

Photo  今回紹介する作品は『Shall we ダンス?』の周防正行監督のデビュー作にして小津安二郎監督作品にオマージュを捧げたピンク映画『変態家族 兄貴の嫁さん』です。

 タイトルが過激なだけに人によってはギョッとするかもしれませんが、周防監督の小津作品への熱い思いが伝わってくる見応えのある作品です。

ストーリー:「間宮家の長男・幸一が結婚して嫁・百合子が家にやってくる。長男夫婦に父・周吉と長女・秋子そして次男・和夫が同居する生活が始まる。しかし、幸一は他の女のもとに走り、秋子は事務職を辞めて風俗に勤め、次男・和夫は万引きして警察に捕まる。そんな間宮家を百合子は嫁として受け止め、支えていこうと励むのだった。」

 私が本作品を見て一番印象に残ったのは笠智衆の役に扮した大杉漣の演技です。大杉さんは当時まだ30代にあったにも関わらず、笠智衆に負けず劣らない味のある演技を見せてくれます。

 周防監督は本作品を『晩春』の続編として描いたそうですが、最後に『晩春』の嫁入り前の名セリフを引用するシーンは思わずジーンときました。

 本作品は小津作品の特徴であるカメラアングルや役者の淡々とした芝居を踏襲しており、小津作品が好きな人なら非常に楽しんで見ることができます。

 逆にピンク映画として見ると絡みのシーンがあっさりとしていて物足りないかもしれません。

上映時間 62分
製作国    日本
製作年度 1984年
監督:    周防正行   
企画:    朝倉大介   
脚本:    周防正行   
撮影:    長田勇市、 滝影志   
美術:    種田陽平、 矢島周平   
編集:    菊池純一   
音楽:    周防義和   
出演:    風かおる   
        山地美貴   
           大杉漣   
          下元史朗   
          首藤啓   
          深野晴彦   
          麻生うさぎ

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