『トゥモロー・ワールド』この映画を見て!
第286回『トゥモロー・ワールド』
今回紹介する作品は、子供が誕生しなくなった近未来のイギリスを舞台に人類の希望をめぐる戦いに巻き込まれる主人公の姿を描いた『トゥモロー・ワールド』です。イギリスを代表するミステリー作家であるP.D.ジェイムズの『人類の子供たち』を原作にした本作品。『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』のアルフォンソ・キュアロンが監督を務め、長回しを多用したドキュメンタリータッチの映像で終始緊張感のある作品に仕上げています。
ストーリー:「人類が原因も分からないまま子どもを産むことができなくなって18年経った2027年。世界各国が絶望から混乱に陥っていた。イギリス政府も治安の維持のために不法入国者の徹底した取締りを行っていた。
そんなある日、セオは元妻ジュリアンが参加していた反政府組織“FISH”に拉致される。ジュリアンは妊娠した移民の少女を“ヒューマン・プロジェクト”という組織に引き渡すために必要な通行証を手に入れるためにセオに協力を求める。セオは最初は拒否したものの、最終的にジュリアンに協力して通行証を手に入れる。セオはジュリアンや移民の少女と車に乗り込み検問所に向かおうとするが、途中で銃撃にあってしまう。」
私は本作品を何気なくレンタルして鑑賞したのですが、硬派なストーリーと映像の完成度の高さに驚きました。私は近未来のディストピア(管理社会)を舞台にした映画を数多く見ていますが、これほどリアルで現代社会を反映した作品は滅多にないと思いました。
近未来と言いながら今と見た目は大きく変わらない景色の中で繰り広げられる差別や殺戮。貧困が広がり、移民が排斥され、テロが頻発する近未来のイギリスはまさしく現代の延長の世界。絶望が広がる世界の中で主人公が子どもを何としても守ろうと奮闘する姿は見ていて胸が熱くなりました。
私は本作品を見て、子どもが持つ命の輝きや希望といったものに改めて気づかされました。クライマックスの市街地での戦闘シーンで武装した兵士たちが生まれたての子どもを見て銃を下ろすシーンは見ていて涙が出てきました。命が次々と奪われていく戦場の中で命を与えられ何とか生きようと声を上げる子ども。そのシーンを見て戦争の愚かさや命の価値や尊厳といったものを考えさせられました。 また、同時に主人公やその仲間が自分を犠牲にしても子どもを守ろうとする姿に、生きるということの意味や大人の役割や責任とは何かも考えさせれました。
本作品の特長として主人公の視点で終始話しが進んでいく点があります。普通の映画なら「なぜ子どもが生まれなくなったのか?」、「ヒューマンプロジェクトとは何か?」など説明するところもあえて省略しています。それが不満な人もいるかもしれませんが、個人的には見る側に想像できる余地があって良かったと思います。また、あえて状況説明せず主人公の姿だけを追うことで、見ている側に主人公と一緒に体験しているかのような臨場感がありました。
あと、私が本作品で凄いと思ったのは長回しのような映像面での演出です。クライマックスの8分近い戦闘シーンを始めとして、冒頭のテロのシーンや主人公が乗った車が襲撃されるシーン。どれもワンカットで緊張感たっぷりに見せているのですが、一体どう撮影したのかと見終わって考え込んでしまいました。特にクライマックスの戦闘シーンはまるで主人公の後ろ姿を従軍カメラマンが手持ちカメラで撮影しているかのような映像で迫力がありました。メイキングを見ると単なる長回しでなくCG処理もされているようですが、見ている限りつなぎ目が分かりません。この長回しの映像を見るだけでも本作品は価値があります。
また、音楽にも大変こだわっており、クラッシックからプログレやロックなど様々な曲が効果的に選曲されています。劇中歌としてディープ・パープルやレディオヘッド、キング・クリムゾンの作品が使用され、エンドロールではジョン・レノンの楽曲『ブリング・オン・ザ・ルーシー』が使われています。
本作品は単なる近未来のアクション映画でなく、命の尊厳や価値といったものをテーマにした非常に考えさせられる映画です。映像も大変迫力ありますし、一度は見て損のない映画だと思います。
上映時間 109分
製作国 アメリカ/イギリス
製作年度 2006年
監督: アルフォンソ・キュアロン
原作: P・D・ジェイムズ
『人類の子供たち』/『トゥモロー・ワールド』(早川書房刊)
脚本: アルフォンソ・キュアロン
ティモシー・J・セクストン
撮影: エマニュエル・ルベツキ
美術: ジェフリー・カークランド
ジム・クレイ
衣装: ジェイニー・ティーマイム
編集: アルフォンソ・キュアロン
アレックス・ロドリゲス
音楽: ジョン・タヴナー
出演: クライヴ・オーウェン
ジュリアン・ムーア
マイケル・ケイン
キウェテル・イジョフォー
チャーリー・ハナム
クレア=ホープ・アシティ
パム・フェリス
ダニー・ヒューストン
ピーター・ミュラン
ワーナ・ペリーア
ポール・シャーマ
ジャセック・コーマン
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