『空気人形』この映画を見て!
第275回『空気人形』
今回紹介する作品は業田良家の短編コミックを基に心を持ってしまったダッチワイフと孤独な現代人の交流を描くラブ・ファンタジー『空気人形』です。
監督は『誰も知らない』の是枝裕和が担当。主演を『リンダ リンダ リンダ』で日本映画デビューした韓国の若手女優ペ・ドゥナが演じています。また共演者には、ARATAや板尾創路、オダギリジョー、富司純子など個性派が顔を揃えています。また、ホウ・シャオシェンの作品等で有名なアジアを股にかけて活躍するリー・ピンビンが撮影を担当しており、東京の街並みを情緒豊かな美しい風景として捉えています。
ストーリー:「ファミレス店員をしながら古びたアパートで暮らしていた秀雄のダッチワイフがある朝「心」を持ってしまった。秀雄が仕事に出かけると、彼女はメイド服を着て、街へと繰り出す。初めて見る外の世界で出会う様々な人々。そんなある日、彼女はレンタルビデオ店で働く純一と出会い、一目惚れする。彼女はその店でアルバイトをしながら、純一に近づいていく。」
前知識なく本作品を鑑賞したのですが、最近観た映画の中ではインパクトがありました。人形やロボットが心を持つという物語はピノキオを始めとして昔から良くあります。(最近の作品で言うならスピルバーグ監督が2001年に発表した『A.I』などが挙げられます。)
そんな中、本作品が面白いのは性欲処理の道具であるダッチワイフが心を持つという点です。昔のポルノ映画やエロ漫画にも良く似た設定や雰囲気の作品はありましたが、ここまで透明感があり文芸的な香りのする作品はなかなか見当たりません。
本作品は現代人の孤独や満たそうと思っても満たされない心の苦しみを描いてきます。その描き方は時に美しく、時に切なく、時に残酷です。
主人公のダッチワイフは空っぽ肉体に純粋な心を持った故に己の空虚な欠如を満たそうと他者に興味を持ち関わろうとします。その姿は微笑ましくもあれば、痛ましくもあります。
普通の人間よりも純粋な心を持ったが故に周囲の人間に振り回され傷ついていく主人公を見ていると、人間誰しもが持つエゴイズムを痛感させられます。自分を傷つけまいと守りながら己の孤独や欲望を満たそうとするエゴイズム。エゴイズムを満たすために他者とつながりたいのに上手くつながれない現代人の苦悩が本作品では生々しく描かれています。
また、本作品で私が印象的だったのが好きな男から息を吹き込まれるシーンとラストの主人公が好きな男に対して取った予想外な行為。
映画の中盤のレンタルビデオ店で誤って空気が抜けかけた主人公に対して好きな男が息を吹き込むシーンの官能的な美しさは息を呑みます。息を吹き込まれるたびに主人公が見せるエロティクな表情。好きな男の息によって空っぽな肉体が満たされていき、己の心の空虚さが満たされていく。主人公は空気を吹き込まれることで他者から満たされることの喜びを知り、そして喪失への恐れを抱くようになります。
映画のラストは満たされた主人公が好きな男を満たそうとした行為によって起きる悲劇が描かれます。傷つけるつもりはなかったのに純粋な心が故に傷つけてしまう悲しみと恐ろしさ、そして愛する者を失った喪失感。満たされた心も束の間、充足感は失われ空っぽになっていく。映画のラストはとても切なく哀しいです。
しかし、同時にかすかな希望も与えてくれます。それは主人公が知らぬ間に他者と交わる中で育んだ温もりと絆の種です。
それにしても本作品で主人公を演じたぺ・ドゥナの透明感と存在感は凄いです。彼女が主演でなければ本作品ははっきり言って失敗していたかもしれません。彼女に目を付けた監督も大したものです。
本作品はダッチワイフが主人公ということで嫌悪感を抱く人もいるかもしれませんが、悪趣味で見世物的な描写もなく、大変美しくも生々しく人間の心の本質を描いています。今年の邦画で押さえておいて損はない作品だと思います。
製作国 日本
製作年度 2009年
監督: 是枝裕和
原作: 業田良家
『空気人形』(小学館刊『ゴーダ哲学堂 空気人形』所収)
脚本: 是枝裕和
撮影: リー・ピンビン
美術: 金子宙生
美術監督: 種田陽平
編集: 是枝裕和
音楽: world's end girlfriend
衣裳デザイン: 伊藤佐智子
照明: 尾下栄治
造形: 原口智生
人形デザイン: 寒河江弘
出演: ペ・ドゥナ
ARATA
板尾創路
高橋昌也
余貴美子
岩松了
星野真里
丸山智己
奈良木未羽
柄本佑
寺島進
オダギリジョー
富司純子
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