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2009年11月

『BS熱中夜話 中島みゆき後編』

 NHKBS2で金曜日の夜に放送されている『BS熱中夜話』で先週に続いて放映された中島みゆき特集。前回はみゆきさんの歌が取り上げられていましたが、今回はみゆきさんが1989年から始めたコンサートでもミュージカルでもない「夜会」の魅力についてファンたちによる熱いトークが展開されていました。
 今まで上演された夜会の中から『2/2』、『花の色はうつりにけりないたづらにわが身世にふるながめせし間に』、『24時着 0時発』が取り上げられていました。私も夜会の中から好きな作品を3つ選べと言われていたら、この3作品を選んでいたと思うので、このセレクトは正解だと思いました。ただ、トークの内容自体は前回の歌編より面白くなかったような気がします。もっと時間をかけて各作品にこめられたテーマや裏話に踏み込んで欲しかったです。ただ、あれ以上長く濃くなるとディープなファン以外付いて来られなくなるから、あれくらいでよかったのかもしれませんが。
 夜会はストーリーは様々ですが、その根底にはどれも「生と死、そして再生」が描かれています。生と死の中で嘆き格闘する主人公たちが再生し救済される夜会のクライマックスは見ている側の魂を激しく揺さぶります。。
 私は今まで4回生の夜会を見ていますが、毎回みゆきさんの放つオーラに圧倒されます。夜会にはみゆきさんの歌い手としての魅力、表現者としての意欲が詰まっており、一度見たら虜になります。今年の夜会は日程があわず行けなかったのがとても悔やまれます。

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『イングロリアス・バスターズ』この映画を見て!

第276回『イングロリアス・バスターズ』
Photo  『パルプ・フィクション』のクエンティン・タランティーノ監督が第二次大戦下のフランスを舞台にナチスに家族を殺されたユダヤ人女性の復讐とナチ狩りを行うアメリカのユダヤ人部隊の活躍を描いた戦争映画『イングロリアス・バスターズ』です。
 タランティーノ監督は約10年前に1976年のイタリア映画『地獄のバスターズ』を下敷きに脚本を書き始め、昨年についに完成。5つの章に分かれたストーリーは虚実を織り交ぜながら随所に監督の映画愛が感じられる内容となっており、ラストは現実の歴史をも塗り替える大胆なものとなっています。また、戦争映画でありながら戦場でのシーンはほとんどなく、基本的にはタランティーの監督の他の作品と同様に会話劇となっています。一見無駄ともさえ思える延々と続く会話の中にある何ともいえない緊張感。そして、その後に起こる激しい暴力。緊迫感とメリハリのある演出に152分という長い上映時間があっという間に過ぎていきます。暴力描写もタランティーノ監督らしく過激で、苦手な人は思わず目を背けてしまうかもしれません。
 音楽もタランティーノ監督のこだわりとセンスの良さが感じられる選曲となっています。ジョン・ウェインの『アラモ』のテーマ曲に始まり、エンニオ・モリコーネの名曲の数々、そしてデヴィッド・ボーイが歌う『キャット・ピープル』の主題歌と様々な映画で使われた曲が本作品の各シーンに見事にはまっています。
 ハリウッドの第一線で活躍するブラッド・ピットを主演に迎え、共演にはタランティーノ監督の友人にして自らもホラー映画の監督として有名なイーライ・ロスを抜擢。さらにアメリカ映画としては珍しく映画の登場人物と同じ出身国である役者を起用。劇中では英語、フランス語、ドイツ語、そしてイタリア語と4カ国の言語が入り乱れるインターナショナルな作品に仕上がっています。また、敵役のランダ大佐を演じたオーストリア出身の男優・クリストフ・ヴァルツはみごと今年度のカンヌ映画祭最優秀男優賞を受賞しています。

 ストーリー:「第二次世界大戦中のナチス・ドイツ占領下のフランス。農家に匿われていたユダヤ人のショシャナは「ユダヤ・ハンター」の異名をとるランダ大佐の追跡を家族の中で唯一逃れることができる。一方、レイン中尉率いるユダヤ人で構成された「イングロリアス・バスターズ」と呼ばれる連合軍の特殊部隊はナチス占領下のフランスに潜入しナチス兵を血祭りにあげていた。そして1944年のフランス・パリ。映画館主となったショシャナは偶然知り合ったドイツ兵の計らいでナチスのプロパガンダ映画「国民の誇り」のプレミア上映の会場として決まる。ショシャナは上映会でのナチスへの復讐を計画する。その頃、“イングロリアス・バスターズ”もナチス抹殺の作戦を計画していた。」

 今まで数多くの戦争映画を見てきましたが、これほど荒唐無稽でありながら面白い作品は見たことありません。戦場での激しい戦闘シーンや戦争の悲惨さを訴える反戦映画を期待して見ると肩透かしを食うかもしれませんが、タランティーノの映画としては最高傑作だと思います。ラストの劇場での映画を使ったナチスへの復讐及び作戦なんて映画史に残るド派手かつ痛快なクライマックスです。本作品は戦争映画でなく、戦時下を舞台にしたタランティーノ流のマカロニウェスタン風のおとぎ話です。そう思ってみると非情に楽しく良く出来た作品です。
 映画のタイトルが『イングロリアス・バスターズ』だったので、バスターズとナチの戦いが中心の話しと思っていたのですが、ユダヤ人女性の復讐劇の方が見終わって印象に残りました。
 ストーリーで特に良かったのは1章と4章。どちらも会話劇がメインの章ですが、何気ない会話に漂う緊張感がたまりません。
 役者で一番印象的だったのはカンヌで主演男優賞を獲得したクリストフ・ヴァルツの演技。嫌味で憎たらしくて、抜け目のないナチスの将校役を見事に演じきっていました。またブラピもアメリカの片田舎出身の単細胞なレイン中尉を嬉々として演じていました。またメラニー・ロランの美しさも素晴らしく、特に5章での赤いドレス姿は目に焼きつきました。
 あと、監督の足フェチが堪能できるカットが今回もいくつかありました。本当に女性の生足が好きなんですねえ。

 本作品は世界中では大ヒットしたそうですが、日本ではどうでしょうね。私が劇場に行った時は週末にも関わらず自分を入れて4人しかいませんでした。映画好きには大変面白い作品だと思うのですが、確かに一般受けはしないんでしょうねぇ。
 個人的には一押しの作品です。

上映時間 152分
製作国 アメリカ
制作年度 2009年
監督:    クエンティン・タランティーノ   
脚本:    クエンティン・タランティーノ   
撮影:    ロバート・リチャードソン   
プロダクションデザイン: デヴィッド・ワスコ   
衣装デザイン: アンナ・B・シェパード   
編集: サリー・メンケ   
視覚効果デザイン: ジョン・ダイクストラ   
特殊効果メイク: グレゴリー・ニコテロ   
舞台装飾: サンディ・レイノルズ・ワスコ   
ナレーション: サミュエル・L・ジャクソン       
出演:    ブラッド・ピット   
    マイク・マイヤーズ   
    ダイアン・クルーガー   
    クリストフ・ヴァルツ   
    メラニー・ロラン   
    ミヒャエル・ファスベンダー   
    イーライ・ロス   
    ダニエル・ブリュール   
    ティル・シュヴァイガー
    B・J・ノヴァク   
    サム・レヴァイン   
    ポール・ラスト   
    ギデオン・ブルクハルト   
    オマー・ドゥーム   
    マイケル・バコール   
    アウグスト・ディール   

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『BS熱中夜話 中島みゆき前編』

 NHKBS2で金曜日の夜に放送されている『BS熱中夜話』。毎回1つのテーマをファンが熱く語る番組ですが、11月20日と27日と2回にわたって中島みゆきがテーマとして取り上げられています。
 私は2ヶ月くらい前にみゆきさんが取り上げられることを知って、ファンの間からどんなディープな話しが出てくるのか非常に楽しみにしていました.

 20日に放映された前編は中島みゆきの歌をテーマに恋歌と応援歌の2つに分けて、ファンの方たちが熱く語っていました。恋歌では「うらみ・ます」・「わかれうた」・「悪女」などみゆきさんの代表的な失恋ソングや「糸」が取り上げられていました。
 また応援歌では「地上の星」のファンによる歌詞の分析に始まり、「銀の龍の背に乗って」・「ファイト!」・「誕生」が取り上げられていました。
 ファンの方たちによるみゆきさんの歌に対する様々な解釈は「なるほど、そういう解釈もあるのか!」と勉強になりました。また、聞く人によって様々な受け取り方ができるみゆきさんの歌の奥深さや懐の大きさを改めて認識しました。

 また、みゆきさんの歌がどれだけ多くの人の支えとなり、励ましとなっているのかが良く分かりました。「誕生」の時のファンの方のエピソードには見ていて、私も泣きそうになりました。

 ただ、欲を言えば45分ではみゆきさんの歌を語るには時間が足りなかったような気がします。もっと多くの歌を取り上げて欲しかったです。
 あと、ゲストは安達祐実とエド・はるみでは物足りなく、できれば糸井重里や研ナオコや三代目魚武濱田成夫あたりに出演してほしかったです。

 27日の後編では夜会が取り上げられるそうですが、どんなディープな話しがファンから語られるのか楽しみです。

・「BS熱中夜話 中島みゆき特設サイト」:http://www.nhk.or.jp/nettyu/2009/miyuki/index.html

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『DRAMA!』中島みゆきのアルバム紹介

中島みゆきのアルバム紹介No.9『DRAMA!』

Drama  今回紹介するアルバムは中島みゆき通算36枚目のアルバム『DRAMA!』です。本アルバムは吉川晃司主演で昨年公演されたミュージカル『SEMPO』と『夜会VOL.15~夜物語~元祖・今晩屋』の楽曲が収録されています。

 『SEMPO』は第2次世界大戦中にナチスに追われていたユダヤ人に対してビザを発行して救った外交官・杉原千畝の姿をミュージカルにしたものです。吉川晃司が主演することやみゆきさんがミュージカルに始めて楽曲を提供することで話題になりました。
 杉原千畝は第二次世界大戦勃発時、リトアニアの日本領事代理を務めていた時に、ソ連より領事館閉鎖命令が出たにもかかわらず、ユダヤ人のビザを発給を不眠不休で行い、6000人近いユダヤ人の命を救ったそうです。当時、人々が千畝をチウネと発音できないため、杉原は“SEMPO”と呼ばせており、海外では東洋のシンドラーと高く評価されています。
 みゆきさんはユダヤ人迫害という重いテーマの劇中歌を制作するにあたって、制作発表の際に以下のようなコメントをしています。
 「現代の民族紛争にも通ずるデリケートな作品ですが、私はただ1点、『人間として』という立場を貫いたSEMPO氏への敬意に基づいてのみ詞曲を書かせていただきました。この素晴らしい機会を与えていただいたことに感謝しています。」
 本アルバムでは前半に公演で歌われた6曲が収録されていますが、どの歌もみゆきさんらしい繊細で力強い言葉遣いとメロディーの美しさがとても印象に残ります。
 1曲目の「翼をあげて」は少し「銀の龍の背に乗って」に似た部分がありますが、サビの部分でグッと盛り上がるところが大好きです。
 2曲目の「こどもの宝」は子ども時代を振り返り今を見つめる内容の歌詞ですが、みゆきさんの優しい歌声とバイオリンソロの部分の美しい音色が印象に残ります。
 3曲目の「夜の色」は故郷に対する思いを歌っています。中村哲さんのアルト・サックスの音色が良いですね。
 4曲目の「掌」も2曲目同様に子ども時代を振り返り、今の自分の非力さに苦悩する心情を歌っています。
 5曲目の「愛が私に命ずること」は他者を労わり守ろうとする愛の大切さをみゆきさんらしい力強い言葉で表現した歌です。
 6曲目の「NOW」は前半のクライマックスとも言えるスケールの大きな歌です。男性コーラスから始まるので最初聞いた時はびっくりしましたが、みゆきさんの全身全霊を込めた歌い方は鳥肌が立ちます。

15  本アルバムの後半は昨年から今年の冬にかけて公演された『夜会VOL.15~夜物語~元祖・今晩屋』と今年の11月から東京で公演される『夜会VOL.16~夜物語~本家・今晩屋』で歌われる7曲が収録されています。

 夜会『今晩屋』は森鴎外の小説でも有名な「山椒大夫」をモチーフにしており、主人公である安寿と厨子王と母の来生での苦悩と魂の救済を描いていきます。今までの夜会の中では一番難解であり、ファンの間でも賛否両論ある作品です。

 私は今年2月の大阪公演を鑑賞したのですが、みゆきさんの力強い歌声とオーラに圧倒され、そして未練を残したまま輪廻転生する主人公たちの苦悩に胸が締め付けられ、クライマックスの魂の救済に鳥肌が立つほど感動しました。歌詞が難解な部分があり、一度聴いただけでは分からないところも多かったので今回のCD化はうれしい限りです。ただ、個人的に好きだった「有機体は過去を喰らう」、「十文字」、「紅蓮は目を醒ます」、「赦され河、渡れ」が収録されなかったのが残念です。前回か今回の公演がDVD化され、全曲聴けるようになると言いのですが・・。

 7曲目の「十二天」は仏教の護法神である「天」の諸尊12種を組み合わせたものを言います。東西南北と東北・東南・西北・西南の八方を護る諸天に、天・地・日・月にかかわる神を加えて十二天としています。東北は伊舎那天、東は 帝釈天、東南は 火天、南は 閻魔天、西南は 羅刹天、西は水天、西北は風天、北は毘沙門天、天は梵天、地は地天、 日は日天、月は月天となっています。
 夜会の中でも印象的だった十二天。本アルバムでもは2番でみゆきさんが十二天の名を讃えるかのごとく力強く歌い上げ、聴いていて魂が揺さぶられます。
 8曲目の「らいしょらいしょ」は前世・現世・来世の関係について日本の伝統的な手まり歌にあわせて歌った曲です。「前生から今生見れば来生」というフレーズがとても印象に残ります。
 9曲目の「暦売りの歌」は時間の流れの中で生きる人間の姿を暦に喩えて歌っています。軽快なメロディーで聴きやすい歌ですが、歌詞をじっくり読むと「今」とは何かについて考えさせられます。
 10曲目の「百九番目の除夜の鐘」は『今晩屋』のテーマ曲ともいえる歌です。百八の煩悩を大晦日の除夜の鐘で払い落として新しい年を迎えたいのに百九番目の除夜の鐘が鳴る。百九番目の煩悩とは何か?前世の未練を残し引きずった魂が、来世に行けず今生を彷徨う哀しみ、苦しみ。非情にインパクトの強い歌です。
 11曲目の「幽霊交差点」は簡単に過去から逃れることはできず、浮かばれない魂が今の自分を呼んでいることを歌っています。
 12曲目の「海に絵を描く」は前回の夜会ではコーラスの宮下文一さんが歌っていたのですがメロディーと歌詞が痺れるほど格好良かったので、本アルバムでみゆきさん本人が歌ってくれたのはうれしい限りです。サビの「海に絵を描く 絵の具は涙」の部分が何度聴いても良いですね。
 13曲目の「天鏡」は前回の夜会でもラストに本物の水の流れる舞台の上でみゆきさんが熱唱して鳥肌が立ったのを今でも覚えています。本アルバムでも最後を締めくくっていますが、人の愚かさや悲しみを壮大なスケールで歌っており、聴いていて心が浄化される名曲です。

 本アルバムはみゆきさんの力強く繊細な歌詞と歌声が十二分に堪能でき、舞台を見ていない人でも十分に聴き応えがあります。

1,翼をあげて
2,こどもの宝
3,夜の色
4,掌
5,愛が私に命ずること
6,NOW
7,十二天
8,らいしょらいしょ
9,暦売りの歌
10,百九番目の除夜の鐘
11,幽霊交差点
12,海に絵を描く
13,天鏡

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『空気人形』この映画を見て!

第275回『空気人形』
Photo  今回紹介する作品は業田良家の短編コミックを基に心を持ってしまったダッチワイフと孤独な現代人の交流を描くラブ・ファンタジー『空気人形』です。
監督は『誰も知らない』の是枝裕和が担当。主演を『リンダ リンダ リンダ』で日本映画デビューした韓国の若手女優ペ・ドゥナが演じています。また共演者には、ARATAや板尾創路、オダギリジョー、富司純子など個性派が顔を揃えています。また、ホウ・シャオシェンの作品等で有名なアジアを股にかけて活躍するリー・ピンビンが撮影を担当しており、東京の街並みを情緒豊かな美しい風景として捉えています。

ストーリー:「ファミレス店員をしながら古びたアパートで暮らしていた秀雄のダッチワイフがある朝「心」を持ってしまった。秀雄が仕事に出かけると、彼女はメイド服を着て、街へと繰り出す。初めて見る外の世界で出会う様々な人々。そんなある日、彼女はレンタルビデオ店で働く純一と出会い、一目惚れする。彼女はその店でアルバイトをしながら、純一に近づいていく。」

前知識なく本作品を鑑賞したのですが、最近観た映画の中ではインパクトがありました。人形やロボットが心を持つという物語はピノキオを始めとして昔から良くあります。(最近の作品で言うならスピルバーグ監督が2001年に発表した『A.I』などが挙げられます。)
 そんな中、本作品が面白いのは性欲処理の道具であるダッチワイフが心を持つという点です。昔のポルノ映画やエロ漫画にも良く似た設定や雰囲気の作品はありましたが、ここまで透明感があり文芸的な香りのする作品はなかなか見当たりません。
 本作品は現代人の孤独や満たそうと思っても満たされない心の苦しみを描いてきます。その描き方は時に美しく、時に切なく、時に残酷です。
 主人公のダッチワイフは空っぽ肉体に純粋な心を持った故に己の空虚な欠如を満たそうと他者に興味を持ち関わろうとします。その姿は微笑ましくもあれば、痛ましくもあります。
 普通の人間よりも純粋な心を持ったが故に周囲の人間に振り回され傷ついていく主人公を見ていると、人間誰しもが持つエゴイズムを痛感させられます。自分を傷つけまいと守りながら己の孤独や欲望を満たそうとするエゴイズム。エゴイズムを満たすために他者とつながりたいのに上手くつながれない現代人の苦悩が本作品では生々しく描かれています。

 また、本作品で私が印象的だったのが好きな男から息を吹き込まれるシーンとラストの主人公が好きな男に対して取った予想外な行為。
 映画の中盤のレンタルビデオ店で誤って空気が抜けかけた主人公に対して好きな男が息を吹き込むシーンの官能的な美しさは息を呑みます。息を吹き込まれるたびに主人公が見せるエロティクな表情。好きな男の息によって空っぽな肉体が満たされていき、己の心の空虚さが満たされていく。主人公は空気を吹き込まれることで他者から満たされることの喜びを知り、そして喪失への恐れを抱くようになります。
 映画のラストは満たされた主人公が好きな男を満たそうとした行為によって起きる悲劇が描かれます。傷つけるつもりはなかったのに純粋な心が故に傷つけてしまう悲しみと恐ろしさ、そして愛する者を失った喪失感。満たされた心も束の間、充足感は失われ空っぽになっていく。映画のラストはとても切なく哀しいです。
 しかし、同時にかすかな希望も与えてくれます。それは主人公が知らぬ間に他者と交わる中で育んだ温もりと絆の種です。

 それにしても本作品で主人公を演じたぺ・ドゥナの透明感と存在感は凄いです。彼女が主演でなければ本作品ははっきり言って失敗していたかもしれません。彼女に目を付けた監督も大したものです。

 本作品はダッチワイフが主人公ということで嫌悪感を抱く人もいるかもしれませんが、悪趣味で見世物的な描写もなく、大変美しくも生々しく人間の心の本質を描いています。今年の邦画で押さえておいて損はない作品だと思います。

製作国    日本
製作年度 2009年
監督:    是枝裕和   
原作:    業田良家   
    『空気人形』(小学館刊『ゴーダ哲学堂 空気人形』所収)
脚本:    是枝裕和   
撮影:    リー・ピンビン   
美術:    金子宙生   
美術監督: 種田陽平   
編集:    是枝裕和   
音楽:    world's end girlfriend   
衣裳デザイン:    伊藤佐智子   
照明:    尾下栄治   
造形:    原口智生   
人形デザイン:    寒河江弘   
出演:    ペ・ドゥナ   
    ARATA   
    板尾創路   
    高橋昌也   
    余貴美子   
    岩松了   
    星野真里   
    丸山智己   
    奈良木未羽   
    柄本佑   
    寺島進   
    オダギリジョー   
    富司純子   

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