『アキレスと亀』この映画を見て!
第263回『アキレスと亀』
今回紹介する作品は北野武監督が芸術を追い求める男の人生を描いた『アキレスと亀』です。前作、前々作と実験色が強く難解な作品が続きましたが、今回は比較的分かりやすい作品となっています。
ストーリー:「裕福な家庭に生まれた真知寿は絵を描くことが大好きで、将来は画家になるつもりだった。しかし、父の会社が倒産したことで状況は一変。貧しい叔父の家に預けられ、辛い生活を送る。
青年になってからも画家を目指す真知寿は昼間働きながら芸術学校に通う。仲間と芸術に取り組む毎日。職場の幸子は絵を描くことしか知らない純朴な真知寿に惹かれていく。やがて2人は結婚。真知寿は幸子の支えの下、画家として成功を掴むため様々なアートに挑戦していくが芽が出ない日々が続く。」
本作品は少年時代、青年時代、中年時代と3つのパートに分かれています。
少年時代は主人公とその家族が転落していく姿が描かれていくのですが、抑制の効いた静謐な演出が主人公を襲う悲劇を際出せています。また、主人公が仲良くなる山下清のような絵を描く知的障害の男性も深く印象に残りました。
青年時代は芸術学校で仲間と芸術を追い求める姿が淡々と描かれていきます。このパートで一番印象的だったのが本筋とは全く関係ない電撃ネットワークの登場シーン。彼らのアバンギャルドな芸風はある種芸術の域に達しています。
中年時代は北野監督が主人公としても出演するパートですが、それまでの落ち着いた雰囲気から一転してコミカルかつ哀愁漂う雰囲気が前面に押し出されます。このパートは北野監督のコメディアンとしての色が大変強く出ており、樋口可南子とのコントのような芸術活動は見ていて大変面白かったです。また同時に芸術を追い求めていくにつれて、社会から逸脱していく主人公の姿は真剣であるが故に滑稽でした。
本人は芸術に身を捧げられて幸せな一生なのかもしれませんが、社会的に評価されない限り周囲からは哀れな変人にしか見られない芸術の世界の残酷さというものを感じました。
また、本作品で印象的だったのが主人公の周囲で次々に起こる死です。北野作品はどれも死が描かれることが多いですが、本作品はそれが特に際立っていました。生のすぐ裏に潜む死。淡々と描かれる死の数々は芸術や人生の無常さを見事に表現していたと思います。
映画のラストは今までの北野作品なら死で終わるところですが、今回は生で終わるところが良かったです。あのラストシーンを見て、今回の映画のタイトルがなぜ『アキレスと亀』なのか分かりました。
芸術なんて本来は自己の表現欲を満足させるための行為であり、本当は自分が納得すればそれで良い筈なのに、そこに社会的評価や成功を求めるために追い詰められていく。本作品は芸術家になりたかった男の悲劇を喜劇的に描いた傑作です。
上映時間 119分
製作国 日本
製作年度 2008年
監督: 北野武
脚本: 北野武
撮影: 柳島克己
美術: 磯田典宏
編集: 北野武
太田義則
音楽: 梶浦由記
音響効果: 柴崎憲治
記録: 谷恵子
照明: 高屋齋
挿入画: 北野武
録音: 堀内戦治
助監督: 松川嵩史
出演: ビートたけし
樋口可南子
柳憂怜
麻生久美子
中尾彬
伊武雅刀
大杉漣
筒井真理子
吉岡澪皇
円城寺あや
徳永えり
大森南朋
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