『東京物語』この映画を見て!
第195回『東京物語』 今回紹介する作品は日本映画の最高傑作の一つであり、小津安二郎監督の代表作である『東京物語』です。
私は今回初めて本作品を鑑賞したのですが、映画としての完成度の高さと小津監督の人間を見つめる視点の厳しさと優しさに圧倒されました。
ローアングルの固定したカメラによって捉えられた映像の凛とした美しさと小津監督独特の間合いを取った編集が生み出す侘び寂び。笠智衆を始めとして、東山千栄子、原節子、杉村春子など芸達者な役者たちの絶妙な演技。淡々としたテンポで描かれる親子関係の隔たりや老いて時代から取り残されていく悲哀や諦観、そして生きていくことの孤独。
戦後間もない日本でこのような素晴らしい作品が製作されていたとは驚きました。ラストの妻に先立たれた主人公がひとり佇むシーンは生きていくことの無常さが感じられ、自然と涙がこぼれてきました。
ストーリー:「東京で独立して住む子どもたちに出会うために尾道から上京してきた老夫婦。しかし、子どもたちはそれぞれの生活に追われており、老夫婦の相手をしてくれない。そんな中で親身になって相手してくれるのは戦死した息子の未亡人だけだった。子どもにも会い、東京観光もした老夫婦は故郷に帰っていくのだが・・・。 」
本作品は子どもが独立して生活を営む中で、親子の絆が薄れていく無常さが描かれていますが、老いた両親から離れて生活している私としては見ていて胸が痛むシーンが数多くありました。
東京で仕事を営み生活をしている子どもたちが忙しくて田舎から出てきた両親の相手がゆっくりできない場面は見ていて切ないものがありました。また親を嫌いではないけど疎ましく思う子どもたちの心情も痛いほど分かりました。杉村春子演じる次女が老夫婦を冷たくあしらう場面を最初見た時は何て嫌な娘だなと思いながら見ていたのですが、何度か見返すうちにこの女性も決して心底悪い女性ではなく、慌しい時代の中で生きていく中であのような態度を取っているだけなのだと思うようになりました。
子育てや仕事を終え余生を過ごす親と子育てや仕事の真っ最中にいる子ども、今という時代の真っ只中で生きる者と今という時代から一歩離れた中で生きる者の生きるテンポの差が生み出す悲しみや孤独というものを見ていて感じました。
また本作品を語る上で外せないのが、原節子演じる戦死した次男の妻の存在です。彼女は血の繋がった子どもたちよりもはるかに優しく老夫婦に接します。血縁の人間よりもそれ以外の人間の方が血の通ったもてなしをしてくれるという皮肉と悲哀。
そんな心優しい次男の妻がラスト近くに主人公に向かって告白するシーンは人間の複雑な心の内を見事に描いており、見ていて心が震えました。老夫婦を通して何とか亡くなった夫とのつながりを見出そうとする妻、しかし時が経つにつれて次第に夫のことを忘れていく無常という名の哀しみ。
私は本作品はこの世の無常の悲しみを受け入れて生きていこうとする主人公の孤高な姿を描いた作品ではないかと思っています。
本作品は時代を超えた輝きを持つ作品です。見たことのない人はぜひ一度ご覧ください。
上映時間 136分
製作国 日本
製作年度 1953年
監督 小津安二郎
製作 山本武
脚本 野田高梧小津安二郎
撮影 厚田雄春
美術 浜田辰雄
音楽 斎藤高順
出演 笠智衆、東山千栄子、原節子、杉村春子、山村聡、三宅邦子、香川京子、東野英治郎、中村伸郎
大坂志郎、十朱久雄、 長岡輝子
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コメント
TB、感謝です♪♪♪
小津作品は、ブログを書くようになってから、固め打ちで次々と観るようになったですが、
やっぱりこの作品は群を抜く傑作ですね。
映画の筆致が冷静かつ冷厳なんですが、
根底にあるのが仁恕なので、
手の付けられぬ悪人も完璧な善人も出て来ない。
赦す事の哀しみと重さ、孤高の姿には哀愁と優しみが混在していて、
観ているこっちも思わず粛然として来ます。
品格という意味で、これに対抗し得る作品はそう多くはないですね。
投稿: カゴメ | 2008年3月 2日 (日) 18時24分
コメントありがとうございます。
核家族化に伴う親子関係の希薄化及び個人主義化。戦後日本の復興に伴う家族制度の変化と崩壊を先見的に描いた作品でもありますよね。
核家族化や家族の孤立化が進んだ現代。天国の小津監督はどう思っているでしょうね。
投稿: とろとろ | 2008年1月27日 (日) 22時38分
TB有難うございました。
弊記事で戦後における小津のテーマが「家の崩壊」であり、本作はその代表作と述べましたら、家庭崩壊と誤解されてしまいましたが、家という日本古来の制度・伝統の崩壊、つまりは核家族や個人主義の台頭を意味しております。
どちらが良いというわけではありませんが、実は親不孝者という意識があったらしい小津監督にとっては肉親の絆が薄くなっていくことに将来の日本への危機感を抱いていたようです。
当時の政治家にその思いがあれば、今起きている問題の一部(或いは大半?)は起きていなかったかもしれないと思ったりも致します。
投稿: オカピー | 2008年1月24日 (木) 03時24分