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2007年7月

『インディアスの破壊についての簡潔な報告』街を捨て書を読もう!

『インディアスの破壊についての簡潔な報告』 著:ラス・カサス 岩波文庫
Indias  今回紹介する本はアメリカ大陸に侵入したスペイン人たちによるアメリカ先住民の虐殺が記録された書物『インディアスの破壊についての簡潔な報告』です。
 著者のラス・カサス(1484-1566)はスペインの聖職者で、<当時スペイン国家が進めていた新大陸における植民地政策に伴う、先住民に対する残虐行為を告発して物議を醸した人物です。
 私がこの記録を読んだのは大学生の時でしたが、その時は大変衝撃を受けました。
 コロンブスが1492年に新大陸を発見したことは世界史の中で有名な出来事ですが、その後に新大陸で起こった悲劇に関しては余り知られていません。
 コロンブスの新大陸発見後、多くの白人が利益を求めて侵入し、邪魔な先住民を大量虐殺していきました。
 またスペイン国王は新大陸を自国の植民地にすべく、生き残った先住民たちに強制的にキリスト教化する義務を負わせると同時に、侵略者たちに労働力として一定数のインディオを使役する許可を公式に与えました。これが奴隷制を合法化してしまい更なる悲劇を生むことになりました。

 この本は目を背けたくなるようなスペイン人たちによる先住民虐殺の様子が淡々と描かれています。男、女、子ども関係なく、無慈悲かつ残酷に虐殺していく様は読んでいて吐き気を催すほど惨たらしいです。先住民を同じ人間とは思わず。劣ったモノとしか見ないスペイン人たち。その姿は人間という生き物が内に秘める凶暴性の恐ろしさを読む者に印象づけます。別にこの本で描かれているスペイン人たちだけが非人間的なわけでなく、ナチスのホロコーストや日本の東アジア侵略、アメリカの原爆投下など人間の歴史を振りかえると、どの時代、どの国の人間も争いの中で非人間的な行為をしており、人間の持つ深い闇であり、乗り越えていくべき業であるとも言えます。

 私はこの本を読み、歴史を学ぶ時には様々な視点から見つめていく必要があることを痛感しました。ヨーロッパ側から見たら新大陸発見も、元々そこに住んでいた人々から見たら侵略にしか過ぎないということに気付かせてくれました。

 また、この本で記録されていることは今から500年以上前の出来事ですが、決して遠い過去の話ではなく今も続いている話しです。武力や文明の力を持って、力のない国や民族を侵略する悲劇は現代も世界のあちこちで続いています。この本は現代を生きる私たちにも重い問いかけを投げかけます。

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『きらきら』

お気に入りのCD NO.19『きらきら.』 Cocco
Coccokirakira  Coccoの6枚目のオリジナルアルバムが今日発売されました。今回は「沖縄・日常・光・陽だまり・生活・手作り・世界」をテーマにアルバムを制作したそうで、今までの作品の雰囲気と違って、優しさと穏やかさに満ちた仕上がりとなっています。
 人間の心の中にあるドロドロした闇を力強く歌い上げてきたCoccoですが、本作は一転してきらきらとした命の輝きを軽やかに歌い上げています。
 今回の作品はアコースティックなサウンドに統一されており、耳に心地よく、リラックスして聞くことができます。
 現在8歳になる子どもがいるというCocco。子どもが生まれたことにより、彼女の生き方や考え方も変わったことがこの作品を聞くと伝わってきます。
 きらきらと輝く歌の数々を皆さんも聞いてください! 

1. 燦 
2. あしたのこと 
3. In the Garden 
4. 甘い香り 
5. お菓子と娘 
6. An apple a day 
7. 秋雨前線 
8. Baby,after you 
9. 君がいれば 
10. 花うた 
11. Tokyo Happy Girl 
12. 小さな町 
13. 雨水色 
14. ハレヒレホ 
15. タイムボッカーン! 
16. 10years 
17. チョッチョイ子守唄 
18. Never ending journey

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『ブルーベルベット』この映画を見て!

第169回『ブルーベルベット』
Blue_velbet  今回紹介する作品は鬼才デイヴィッド・リンチ監督が描く日常の裏に潜む狂気と暴力の世界『ブルーベルベット』です。
 ストーリー:「アメリカの典型的な田舎町ランバートン。都会の大学に通っていたジェフリーは病院に父を見舞った帰り道の野原で切り落とされた人間の片耳を見つける。ジェフリーは父の知り合いのウィリアムズ刑事に耳を届ける。切り取られた耳の謎に興味を持つジェフリー。そんな彼はウィリアム刑事の娘サンディから街のアパートに住む歌手ドロシーが耳に関係しているという話を聞く。彼は真相に近づきたく、サンディの協力を得て、ドロシーの自宅に忍び込む。そこで彼は静かな街の裏に潜むSEXとSMのアブノーマルな世界を覗いてしまう。そして、彼自身もアブノーマルな裏世界に巻き込まれてしまう。」
 
 デヴィッド・リンチ監督の作品というと悪夢のような非日常的な世界を舞台にアブノーマルな登場人物たちが織り成すシュールなストーリーが特長ですが、本作品はそんなリンチワールドが確立された記念すべき作品です。
 
 オープニングのボビー・ビントンの歌う同名ヒット曲をバックに映し出される、赤い薔薇・白いフェンス・青い空という明るく牧歌的な風景。そこから一転して映し出される草の下の蠢く虫たち。非常にインパクトのあるオープニングシーンですが、この作品のテーマである日常の中の非日常性を見事に打ち出しています。
 
 草むらに落ちていた耳を拾ったために、今まで知らなかった裏世界に足を踏みいれる主人公。そんな主人公が悪夢のような体験をして、この世界に存在する闇を知り大人として成長していく過程を描いた本作品。ストーリーは最近のリンチ作品と比べると破綻しておらず、分かりやすいです。また、ラストもカタルシスがあり、後味も悪くありません。

 もちろん、リンチ作品特有の異様な世界観もしっかりと体感できる仕上がりとなっています。主人公がクローゼットの隙間から垣間見る狂気の世界。酸素吸入機を吸いながら、放送禁止用語を連発する男が妖しい雰囲気を漂わせる女とSMプレイをする姿は強烈なインパクトを見る者に与えます。こんな世界を覗いてしまった主人公はさぞ驚いたことでしょう。その後も主人公は狂気と暴力と官能が入り混じった異様な世界を次々と体験していくのですが、監督のダークなイマジーネーションの豊かさには感心してしまいます。
 この作品の異様な世界を作り出すのに当たって一番貢献しているのは何と言ってもイザベラ・ロッセリーニとデニス・ホッパーの演技です。イザベラ・ロッセリーニの艶かしい雰囲気は見る者を惹きつけます。特に全裸での登場は強烈です!またデニス・ホッパーのエキセントリックな演技は圧巻の一言です。

 彼らの異様な演技と対照的なカイル・マクラクランやローラ・ダーンの清純な演技も印象的で、この作品の光と闇のコントラストを見事に表現していたと思います。

 この作品は誰が見ても楽しい作品とは言えませんが、好きな人ははまると思います。日常の中の非日常性を求めている人はぜひ見てください! 

製作年度 1986年
製作国・地域 アメリカ
上映時間 121分
監督 デヴィッド・リンチ 
製作総指揮 リチャード・ロス 
脚本 デヴィッド・リンチ 
音楽 アンジェロ・バダラメンティ 
出演 、イザベラ・ロッセリーニ 、デニス・ホッパー 、ローラ・ダーン 、ホープ・ラング 、プリシラ・ポインター 、ディーン・ストックウェル 、ジョージ・ディッカーソン 、ブラッド・ドゥーリフ 、ジャック・ナンス 

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私の映画遍歴9「シリーズ化された映画たち」

 今年の夏は『スパイダーマン3』、『ダイハード4.0』、『ハリーポッター 不死鳥の騎士団』など大ヒットを記録した作品の続編が数多く公開されています。
 「007」や「男はつらいよ」など1作目がヒットして人気が出た作品は大体シリーズ化されます。一度ヒットした作品は多くの人に認知されており、誰も知らない全くの新作よりも確実にヒットが見込めます。その為、今まで数多くの作品がシリーズ化されました。
 シリーズ化された作品の多くはどれもある程度のヒットを収めていますが、映画の質自体は1作目より低下していく傾向にあります。
 もちろん1作目より2作目の方が素晴らしい作品やシリーズ通して完成度の高い作品もあります。しかし、そんな作品は稀で。多くはシリーズ化するごとに完成度が落ちつまらなくなっていきます。
 そこで今回は私がお薦めするシリーズ化された作品とシリーズ化しないほうがよかったのではと思う作品を併せて紹介します。

・シリーズ化された全ての作品が面白かった作品

Lord_of_the_rings 『ロード・オブ・ザ・リング』
 世界中で大ヒットした本シリーズ。1作目よりも2作目、2作目よりも3作目の方が人気・評価共に高くなった稀なシリーズです。
 最初から3部作として制作されたこともあって、シリーズを通して一定した質を保ったことが成功につながったと思います。
 この作品はシリーズ化されたというよりは、3本併せて1本の作品と思ったほうが良いかもしれません。



Star_wars_trilogy『スターウォーズ旧3部作』
 1作目が公開されてから今年30周年を迎えた「スターウォーズ」シリーズ。このシリーズほど世界中に熱狂的なファンのいる作品はないと思います。
 ルーク・スカイウォーカーを主人公とした旧3部作とアナキン・スカイウォーカー(ダース・ベイダー)を主人公とした新3部作と、併せて全6部作として制作された本作品。新3部作は旧3部作と比べると映像の迫力は凄いものの、ストーリー自体はイマイチ盛り上がりに欠けていました。
 旧3部作は映像は新3部作に劣りますが、ロマンと冒険に満ち溢れており、今見てもワクワクする作品です。

 
Indiana_jones 『インディー・ジョーンズ3部作』
 18年ぶりに現在4作目がアメリカで制作されている本シリーズ。ジョージ・ルーカスとスティーブン・スピルバーグというハリウッドきってのヒットメーカーがタッグを組み、息つく暇もない冒険活劇の世界を作り上げました。
 ハリソン・フォード演じるインディー・ジョーンズ博士のカッコよさ、次々と繰りひろげられる派手なアクションの数々、考古学の神秘とロマン。このシリーズほど面白い冒険映画はないと思います。


Back_to_the_future『バック・トゥ・ザ・フューチャー3部作』
  スティーヴン・スピルバーグが総指揮、ロバート・ゼメキス監督によるタイムトラベルを題材に大ヒットした本作品。自動車型タイムマシーン「デロリアン」に乗り込み、時空を超えてヒル・バレーの街を行き来するマーティ。このシリーズの面白さは何といってもストーリーの面白さ。1作目から3作目まで随所に張り巡らされた伏線の数々は何回見ても新しい発見があります。また主役のマイケル・J・フォックスのコミカルな演技も見てて楽しいものがあります。

・2作目まで面白かった作品

Alienquadrilogy 『エイリアン4部作』
 キャメロン監督が1作目と全く違った作風で制作した2作目までは最高に面白いのですが、それ以降の作品はどれもイマイチです。特に4作目は雰囲気は良いのですが、無理ありすぎの設定でついていけませんでした。



Terminator_toritology 『ターミネーター3部作』
 これもキャメロン監督が制作した2作目までは最高に面白いのですが、3作目は最悪でした。アクションは良いものの、主人公のジョン・コナーのかっこ悪さとラストの後味の悪さでイマイチでした。

Godfather_3 『ゴッドファーザー3部作』
 コッポラ監督の代表作である本シリーズ。2作目までは演技・ストーリー・演出全てにおいて完成度が高く見ごたえがありましたが、3作目は詰めが甘いというか、2作目までにあった緊張感や登場人物の葛藤などといったものがあまり感じられず残念でした。


・1作目だけにしておけばよかった作品

Matrixtgy『マトリックス3部作』
 1作目を見たときは凄い作品が登場したものだと感心したものですが、2作目以降はストーリーを広げすぎて収集がつかなくなった感じがしました。アクションに関しても2作目以降は肉体性が感じられず他人が操作するゲームを見ているかのようでした。


Jaws 『ジョーズ4部作』
 スティーブン・スピルバーグ監督が手がけた第1作目はスリルとパニック満載で今見て十分見ごたえがあります。しかし、その後に作られた続編はどれももうひとつの出来です。なぜブロディ一家ばかりサメに狙われるのか必然性がないですし、サメの襲撃シーンも1作目ほどのインパクトが感じられませんでした。



Omen 『オーメン3部作』
 6月6日午前6時に誕生した悪魔の子ダミアンを巡るオカルトホラー『オーメン』シリーズ。昨年にリメイクもされましたが、本シリーズは30年前に制作された1作目が何といっても傑作です。ショッキングな描写の数々、キリスト教の予言をベースにした不気味なストーリー、後味の悪い結末。全てがホラー映画としての面白さに満ち溢れてました。2作目以降はショッキングな描写は過激なものの、単調なストーリー展開や主人公のダミアン役の俳優にインパクトがなく退屈でした。

Jurassic_park_trilogy 『ジュラシック・パーク』3部作
 リアルな恐竜の描写で世界中に衝撃を与えた本シリーズ。1作目が公開された時のまるで現実に生きているかのような恐竜の姿に大変感動したものでした、ストーリーもサイエンス・フィクションとしての面白さに満ちていました、2作目以降は登場する恐竜の数は増えたものの、1作目ほどの緊張感や面白さはありませんでした。特に2作目は恐竜が怪獣として描かれており、幻滅でした。

 

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『旅立ちの時』この映画を見て!

第168回『旅立ちの時』
Running_on_empty  今回紹介する作品は『セルピコ』などの社会派作品で知られる名匠シドニー・ルメットと若くして亡くなったリバー・フェニックスが組んだ青春ドラマの傑作『旅立ちの時』です。
 
 ストーリー:「ベトナム戦争当時に反戦活動家としてナパーム工場を爆破した罪でFBIに指名手配中の両親を持つ17歳の青年ダニー。彼は2歳のときからアメリカ各地を転々としていた。彼は家族と共に新しい生活の場としてニュージャージーに引っ越してくる。そこでダニーは高校の音楽教師にピアノの才能を見出され、有名な音楽大学への進学を薦められる。また音楽教師の娘ローナに恋もするようになるが、両親のことを考えて進学も恋も躊躇していた。」

 私がこの作品に出会ったのは高校生の時でした。自分の親からの自立や将来について悶々と考えていた時期だったので、この作品を見た時は大変共感したものでした。
 この作品の主人公のダニーは家族を大切にしたいという思いと自分の人生を歩みたいという思いの中での激しい葛藤に苛まされます。その葛藤が当時高校生だった私には痛いほど伝わってきたものでした。
 映画のラスト、ダニーは家族から旅立つのですが、子の旅立ちに際して両親が贈るメッセージが大変素晴らしく、自然と涙が溢れたものでした。子どもの自立に対してあのようなメッセージを贈れる両親に深い感銘を受けたものでした。(どのようなメッセージかは皆さんも映画を見て確認してください。)
 私はこの映画に出会ってから、大学受験や就職、一人暮らしなど人生の岐路に立った時には必ず見返して、ラストシーンの両親のメッセージを聞いて自分を奮い立たせたものでした。

 最近久しぶりにこの作品を見返す機会があったですが、やはりラストは泣いてしまいました。ただ、高校の時と違って主人公のダニーの自立よりも、ダニーを温かく見守ろうとする両親の姿に共感してしまいました。子が親元を離れて別の道を歩む時、それは親にとって嬉しくもあり、切なくもあり、不安でもあるでしょう。そんな親の複雑な気持ちが痛いほど伝わってきました。
 子どもとずっといることを望む父親。そんな父親の子どもを手放すことに対する激しい葛藤。そんな父親が最後の最後に子どもの自立を後押しする。高校生の時は主人公が親から旅立つ作品だと思っていたのですが、それだけではなくて、親が子どもから旅立つ子離れの作品でもあったことに今回気づきました。

 また今回久しぶりに見返して、主役のダニーを演じたリヴァー・フェニックスが若くして亡くなった事が返す返す残念に思いました。当時は『スタンド・バイ・ミー』や『インディー・ジョーンズ最後の聖戦』などに出演して大変人気があったものでした。この作品ではアカデミー主演男優賞にもノミネートされ、役者としての将来を期待されていたものでした。彼が今生きていたらどんな役者になっていたのか想像してしまいました。
 それにしても本作品のリヴァーの抑えた演技は素晴らしく、思春期の複雑な心境を見事に表現していたと思います。リヴァーの境遇自体も親がカルト教団に入っていたこともあり各地を転々としていたそうで、映画の主人公と境遇が被っていたようです。そんなこともあり、主人公にすっと感情移入して演技が出来たんだろうなと思います。

 監督のシドニー・ポラックの演出は地味で淡々としていますが、その静かで抑えた演出方法が登場人物たちの微妙な心情の揺れを捉えるにあたって成功しています。
 また映画の中の挿入歌であるジェームズ・テイラーの「FIRE AND RAIN」が映画の内容とマッチしており、観客の耳と心に深い印象を与えます。
 
 この作品はとても地味な青春映画でありますが、涙なしでは見られない傑作です。ぜひ皆さんもご覧ください!

製作年度 1988年
製作国・地域 アメリカ
上映時間 116分
監督 シドニー・ルメット 
原作 ナオミ・フォナー 
脚本 ナオミ・フォナー 
音楽 トニー・モットーラ 
出演 リヴァー・フェニックス 、クリスティーン・ラーチ 、マーサ・プリンプトン 、ジャド・ハーシュ 、アリス・ドラモンド 

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『Vフォー・ヴェンデッタ』この映画を見て!

第167回『Vフォー・ヴェンデッタ』
V_for_vendetta  今回紹介する作品は全体主義国家となった近未来のイギリスを舞台に革命を目指す孤高のテロリスト"V"と彼に協力するヒロイン"イヴィー"の活躍を描く『Vフォー・ヴェンデッタ』です。
 ストーリー:「第三次世界大戦後、独裁者アダム・サトラーにより全体主義国家と化した英国。国営放送BTNに勤務する女性イヴィーは外出禁止時刻に外出してしまい秘密警察ザ・フィンガーの警備員に捕まる。そこに現れた仮面を被る謎の男“V”に助けられる。Vは自分の人生を狂わせた国家への復讐から転覆を企むテロリストだった。イヴィーはVのテロ計画に巻き込まれ、国家から追われる破目に陥る。」

 この作品は『マトリックス』シリーズのウォシャウスキー兄弟が担当しているので、大掛かりなアクションシーンが連続する映画と思って鑑賞すると肩透かしをくらうと思います。私も当初は爽快なアクション映画と思って鑑賞していたので、自分の予想していなかった方向に話しが進んでいき、ある意味期待を裏切られた作品でした。しかし、それは面白くなかったかというと、そんなことはなく個人的にかなりツボにはまった作品でした。管理社会によって独裁体制を敷いている国家に個人が闘いを挑むという作品は昔から数多くありますが、この作品は登場人物の魅力と現代の欧米の保守的な政治体制に対する痛烈な皮肉と批判が込められた内容の濃さで大変見ごたえがあります。
 映画の中では生物テロに怯えた国民が安全を求めて自由を捨て強権的な政治指導者を選びますが、それは911テロ後のアメリカやイギリスの政治状況を見事に反映していると思います。

 Vの仮面はモデルがあり、1605年11月5日に英国国会議事堂の爆破未遂事件を起こし、翌年処刑されたガイ・フォークスという人物がモデルになっています。今でもイギリスでは11月5日を「ガイ・フォークス・デー」として記念し、その夜は花火が打ち上げられています。
 そんなV役を演じたのが『マトリックス』でエージェント・スミス役を演じたヒューゴ・ウィーヴィング。彼は映画の中では一切素顔を現さず、声と体をつかった演技だけで主人公を演じています。演技において役者の表情は非常に大切な要素だと思うのですが、それを封じいられた中で、あれだけの存在感のある演技を見せたヒューゴ・ウィーヴィング恐るべしです。彼が流暢なクイーンズイングリッシュで語る時に哲学的、時に文学的なセリフの数々は耳に心地よく、その言葉の深遠さは胸に大変残りました。

イヴィーを演じたナタリー・ポートマンも映画の中でスキンヘッドにして熱演していますが、一番衝撃的だったのは映画の中のロリコン姿。20歳を超えてあのような姿をするとは凄いです。

 この映画は政治的な色合いの強い作品ですが、とてもロマンティックな作品でもあります。映画後半で徐々に変化するVとイヴィーのお互いに対する思い。ラストは不覚にも涙が出そうになりました。

 またラストで無数のVが登場するシーンは鳥肌が立ちました。Vが一人の超人的な人間を指すわけでなく、多くの人間が希求する自由を象徴した存在であることを見事に映像で表現していたと思います。

 この作品は決して万人受けする作品とは思いませんが、現代のアメリカ政府に不信感を持つ映画好きなら見て損はないと思いますよ。

製作年度 2005年
製作国・地域 イギリス/ドイツ
上映時間 132分
監督 ジェームズ・マクティーグ 
製作総指揮 ベンジャミン・ウェイスブレン 
脚本 アンディ・ウォシャウスキー 、ラリー・ウォシャウスキー 
音楽 ダリオ・マリアネッリ 
出演 ナタリー・ポートマン 、ヒューゴ・ウィーヴィング 、スティーヴン・レイ 、スティーヴン・フライ 、ジョン・ハート 

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『出発点―1979~1996』街を捨て書を読もう!

『出発点―1979~1996』 著:宮崎駿 徳間書店
Syutupatuten  今回紹介する本は日本を代表するアニメ監督・宮崎駿の1979年から1996年までの企画書・演出覚書・エッセイ、講演・対談等を90本以上収録した『出発点―1979~1996』です。
 この本には宮崎駿のアニメや仕事そして人生に対する考え方から、好きな本や興味のあること、そして自分のアニメに込めた思い等がぎっしり詰まっており、非常に読み応えがあります。

 私がこの本に出会ったのは大学生の時でしたが、この本を読んで私は宮崎アニメに対する見方が大きく変わりました。宮崎監督がそれぞれの映画に込めた熱い思いや細かい裏設定。それを知った上で映画を見ると、今まで以上に味わい深いものがありました。

 またそれと同時にこの本の中で語られる宮崎駿監督の仕事に対する姿勢や自然や子ども対する熱い思い、そして人間や歴史に対する独自の視点は学ぶべきことが多く、自分の人生観や生き方に大きく影響を与えてくれました。

 宮崎アニメが好きな人にぜひ読んで欲しい一冊です。
 

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『日本沈没』この映画を見て!

第166回『日本沈没』(1973年版)
Nihon_tinbotu  今回紹介する作品は小松左京の傑作SF小説を映画化した『日本沈没』です。2005年に『ローレライ』の橋口真嗣監督が草薙剛と柴崎コウを主演に迎えてリメイクもされましたが、今回紹介するのは1973年に制作された方です。
 1973年版『日本沈没』は4ヶ月という短期間で制作されていますが、その完成度の高さは2005年のリメイク版を遥かに上回ります。特撮に関してはCGなどない時代だけあって、全てミニチュアで撮影されているのですが、意外にも迫力ある映像となっています。
 特に中盤の東京を襲う大地震のシーンはこの映画最大の見せ場であり、見る者を圧倒します。もちろんミニチュア丸分かりのシーンもあるのですが、火災の中を逃げ惑う人々やビルのガラスが突き刺さった人々、洪水に押し流される人々等の迫真の演技がリアリティーを醸し出しており、地震の恐怖といったものを見る者に強く感じさせる仕上がりとなっています。

 リメイク版はCGを多用して災害のスケールの大きさは表現できていたと思うのですが人間の演技が薄っぺらで逆に緊迫感があまり感じられませんでした。それに比べて、1973年版は映像こそ古臭さはあるものの、それを補って余りある重厚さと緊迫感がありました。
 1973年版の素晴らしいところは役者たちの熱演により人間ドラマが非常にしっかりと描かれているところです。特に小林桂樹演じる田所博士の狂気迫る演技、丹波哲郎演じる山本総理の祖国滅亡に対する葛藤を滲ませる演技は映画に非常にリアリティを与えています。
 
 私が印象的だったシーンが山本総理が日本が沈んだ場合の日本民族の将来をどうすべきか、渡老人と話し合う場面。渡老人が総理に『なにもせんほうがえぇ。このまま日本とともに海に沈むことが 日本及び日本民族にとって一番いいことじゃ。』と語り、首相が目頭を熱くして沈黙するシーン。日本国の首相である山本総理の絶望と哀しみ、そしてそれを認めたくない葛藤といったものが強く感じられ、私も涙が自然とあふれてきました。

 映画の後半は一億人の日本国民をどうやって世界各国に避難させるかが描かれていきますが、世界各国の対応や国連での話し合いなど非常にリアリティのある展開で、日本国民がどうなっていくのか見ごたえがありました。
 
 この作品は日本国民が祖国を失うことになったらどうなるかを映像面だけでなく、政治的、思想的に見事にシュミレーションした作品だと私は思います。
  
 ただ残念なのは上映時間の関係からか全体的に駆け足の展開となってしまい、ストーリーのつながりが強引で違和感を感じたところです。噂によると最初は3時間半近い作品だったところを1時間近くカットしたそうです。できれば3時間半バージョンも見てみたいものです。

 リメイク版を見て感動した人も、いまいちだった人もぜひ1973年版『日本沈没』を見てみてください!30年近く前にこのような重厚なパニック映画が制作されていたことに感動すると思います。 

製作年度 1973年
製作国・地域 日本
上映時間 140分
監督 森谷司郎 
原作 小松左京 
脚本 橋本忍 
音楽 佐藤勝 
出演 藤岡弘 、いしだあゆみ 、小林桂樹 、滝田裕介 、二谷英明 、中丸忠雄 、村井国夫 、夏八木勲 、丹波哲郎 、伊東光一 、松下達雄 、河村弘二 、山本武[俳優] 、森幹太 、鈴木瑞穂 、垂水悟郎 、細川俊夫 、加藤和夫[俳優] 、中村伸郎 、島田正吾 、角ゆり子 、梶哲也 、稲垣昭二 、内田稔 、大木史朗 、吉永慶 、宮島誠 、大杉雄二 、神山繁 、高橋昌也 、近藤準 、竹内均 、石井宏明 、今井和雄 、早川雄三 、中條静夫 、名古屋章 、斉藤美和 、大久保正信 、アンドリュウ・ヒューズ 、ロジャー・ウッド 、大類正照 、小松左京 

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『一期一会&昔から雨が降ってくる』

Itigoitie  お気に入りのCD NO.18 『一期一会&昔から雨が降ってくる』 中島みゆき

 7月11日に発売された中島みゆきの40枚目のシングル『一期一会』。現在TBS系列で放映されている「世界ウルルン滞在記ルネサンス」の主題歌『一期一会』とエンディングテーマ『昔から雨が降っている』の2作品が収録されています。
  今回の作品もみゆきさんらしいシンプルで力強い言葉と優しいメロディーで聞く者の心に潤いを与えてくれます。

 私も発売初日に購入して、毎日何十回とリピートして聞き込んでいますが飽きることがありません。
 
 人生という旅の途中での出会いと別れをテーマにした『一期一会』。この作品で私が感銘を受けたのは歌詞のサビの部分です。別れのとき普通なら相手に自分のことを覚えておいてほしいと願うところを、そんなことよりも相手のこれからの幸せを願うような意味の歌詞を書いており、相手への深い優しさと労わりといったものが感じられる仕上がりとなっています。

『昔から雨が降っている』は遥か昔から繋がっている自分というものを振り返るような作品となっています。いま自分が生きているということは、地球に命が初めて生まれて日から今日まで断ち切れることなく続いてきたからであるという当たり前のことを気づかせてくれます。

 今回のシングルもみゆきさんでなければ生み出せない広く深い世界観が感じられる作品となっています。

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『300 <スリーハンドレッド>』この映画を見て!

第165回『300 <スリーハンドレッド>』
300  今回紹介する作品はスパルタの兵士300人がペルシアの巨大軍と戦う姿を描いたアクション映画『300 <スリーハンドレッド>』です。この作品はペルシア戦争のテルモピュライの戦いをアメリカで人気のフランク・ミラーがコミックノベルとして描いた原作を基に制作されています。その為に歴史的事実とは違う部分も多く、ペルシアの血を引くイランの人々からは数多くの批判が挙がっています。確かに中近東やアジアの人を暴力的な野蛮人として誇張して描いている箇所が多く、批判が出るのも仕方ないかと思います。この作品を見るときは歴史映画として見るのでなく、歴史にインスパイアされた架空の世界のファンタジー映画として見る必要があるかと思います。
 
 ストーリー:「紀元前480年。スパルタ王レオニダスのもとに、圧倒的な軍力を誇るペルシア帝国・クセルクセス王の遣いがやって来た。ペルシアの支配国にならないと国を滅ぼすという申し出に対して、レオニダスは遣いを殺して、ペルシア軍と戦う道を選ぶ。テルモピュライでの決戦に挑むスパルタの300人の兵士たち。ペルシアの100万の大軍を相手に想像を絶する闘いを繰り広げる。」

 この作品はストーリーを楽しむというより、グラフィックノベルをそのまま実写にしたかのような独特な映像美を楽しむ作品です。ストーリー自体は人間ドラマとしては物足りないところも多く、闘う兵士たちの複雑な感情といったものはあまり感じられません。普通こういう作品だと悲壮感が漂っていることが多いのですが、この作品はそういった所はなく終始兵士たちが闘いを楽しんでいる雰囲気があり、ポジティブな勢いが感じられました。
 ストーリーに関して私が残念だったのは主人公たちの政治的な発言の数々です。自由や正義をあまりにも声高々に叫ぶ場面はアメリカの独善性みたいなものが感じられ興ざめでした。
 
 この作品の最大の魅力は先ほども言ったように映像の美しさです。私が今年見た映画の中では映像的には一番インパクトのある作品でした。「映画でグラフィック・ノベルを作る」という決意を持って監督は制作したそうで、全編にわたって視覚効果を施した映像はまるで絵画を見ているかのようです。
 戦闘シーンは血しぶきが飛び散り、兵士たちの手足や首が飛ぶなど結構残酷な描写が多いのですが彩度を落としたセピア調の画質が生々しさを緩和しています。
 またスローモーションを多用した戦闘シーンは臨場感を削ぐものの、躍動感に溢れており、闘う男たちの美しさやカッコよさを見事に表現していたかと思います。
 
 敵のスパルタ軍の描写は巨人に、巨大なサイやゾウ、忍者っぽい敵と現実離れしており、まるでファンタジー映画に登場する敵のような印象を受けました。ただ残念なのが敵の大将であるクセルクセス王の描写です。威厳と言うものが感じられず、変態っぽくて迫力に欠けていたかと思います。
 
 出演している俳優たちは有名でない人ばかりですが、鍛え上げられた肉体と低く渋い声は魅力的でした。個人的にはロード・オブ・ザ・リングでファラミア役を演じたデヴィッド・ウェンハムが美味しい役どころになっており嬉しかったです。
 
 この作品はマッチョな男たちの肉体美やケレン味あふれる戦闘シーンを楽しみたい人にはお薦めです。しかし残酷な描写も多いので、その手の描写が苦手な人はご注意してください! 

製作年度 2007年
製作国・地域 アメリカ
上映時間 117分
監督 ザック・スナイダー 
製作総指揮 フランク・ミラー 、デボラ・スナイダー 、クレイグ・J・フローレス 、トーマス・タル 、ウィリアム・フェイ 、スコット・メドニック 、ベンジャミン・ウェイスブレン 
原作 フランク・ミラー 、リン・ヴァーリー 
脚本 ザック・スナイダー 、マイケル・B・ゴードン 、カート・ジョンスタッド 
音楽 タイラー・ベイツ 
出演 ジェラルド・バトラー 、レナ・ヘディ 、デヴィッド・ウェンハム 、ドミニク・ウェスト 、ミヒャエル・ファスベンダー 、ヴィンセント・リーガン 、トム・ウィズダム 、アンドリュー・プレヴィン 、アンドリュー・ティアナン 、ロドリゴ・サントロ 、

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『かもめ食堂』この映画を見て!

第164回『かもめ食堂』
Kamome  今回紹介する作品はオールフィンランドロケで撮影された日本映画『かもめ食堂』です。群ようこが本作品のために書き下ろした原作を元に制作されたこの作品。最初は2館だけの上映でしたが、口コミで人気が広がり、多くの単館映画館でロングラン上映を記録しました。(私が住んでいる滋賀では7月から滋賀会館でリバイバル上映されます。)

 ストーリー:「フィンランドの日本食堂を経営しているサチエ。お客は、日本おたくの青年1人。そんな青年から聞かれた質問に答えられなかったサチエは図書館で偶然知り合ったミドリに答えを教えてもらう。そのことをきっかけにミドリも食堂の手伝いをすることになる。次第に人が集まるようになるかもめ食堂。悩みをかかえたフィンランド人や荷物が出てこなくなって困っている日本人なども集まってきて、サチエたちの温かな手料理に心が解きほぐされていく。」

 この作品は映像もストーリーも決して派手ではなく、淡々とした作品です。しかし、この淡々とした作りがとても心地よく、見た後にほっこりと幸せな気分に浸ることができます。

 主人公は3人の日本女性なのですが、なぜフィンランドにやって来たのかの説明は最小限しかありません。きっと過去にいろいろな事があったのだろうと匂わせながら、その事はほとんど語らず、主人公たちの今ここでの生活だけに焦点をあてた描き方は観客の想像力を刺激すると共に深い余韻を与えてくれます。
 普通の作品だと主人公たちの人生や感情を描こうとするのですが、この作品は生活にだけ焦点を当て、その生活の中で微妙に変化していく人たちの姿を描いていきます。何気ない日常の生活を丁寧に楽しむことが生きていくうえで如何に大切なことか、この作品は気づかせてくれます。

 この作品の大きな魅力として、小林聡美さん演じる主人公のさりげない優しさや凛とした力強さがあると私は思います。
 かもめ食堂の店主であるサチエさんは決して自分のことも多く語らず、他人のことも深く詮索はしません。余計なことはせず適度な距離感を持って、相手のペースを尊重しながら付き合っていく姿勢はとても好感が持てました。
 また自分の生活に対するこだわりや信念といったものを大切にして、自分のペースを常に乱さず生きていく姿はとても清々しいものがありました。

 もちろん片桐はいりさん演じるミドリさんやもたいまさこが演じるマサコさんも個性的で味のある演技をしています。片桐はいりさんの独特な表情や目の動き、もたいまさこさんの酸いも甘いも経験した大人の女性としての風格。3人の個性派女優の醸し出す独特な雰囲気がこの作品を成功に導いたと言っても過言でないと思います。

 あと、この作品の大きな魅力として忘れてはいけないのは美味しそうなな食べ物の数々です。淹れたてのコーヒー、鮭・梅・おかかのおにぎり、焼きたてのシナモンロール、トンカツにしょうが焼き。出てくる食べ物全てが美味しそうで、観客の胃袋を刺激します。湯気の立ち方とか食べ物をこんなに美味しそうに撮影した作品は邦画では久々だと思います。
 またかもめ食堂のインテリアも無駄がなくシンプルでありながら、とてもおしゃれであり、見ていて心落ち着くものがありました。

 私はこの作品を見て、おにぎりは日本人にとってのソウルフードであることを再認識しました。ノリのぱりっとした食感、程よい塩加減のご飯、そして中に入った鮭・おかか・梅干とご飯の相性の素晴らしさ。映画の中で「おにぎりは人に握ってもらうのが良い」というセリフがありますが、その通りだと思いました。

 日々の生活や仕事に追われてゆとりをなくしている時、この作品を見ると肩の力が抜けてほっと出来ますよ。ただお腹が空いたときに見ると、無性に和食とコーヒーが欲しくなると思うので、あらかじめ腹ごしらえをしておくか、おにぎりとコーヒーを用意しておいたほうが良いですよ。 

製作年度 2005年
製作国・地域 日本
上映時間 102分
監督 荻上直子 
原作 群ようこ 
脚本 荻上直子 
音楽 近藤達郎 
出演 小林聡美 、片桐はいり 、もたいまさこ 、ヤルッコ・ニエミ 、タリア・マルクス 、マルック・ペルトラ 

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