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2007年2月

『ドリームガールズ』この映画を見て!

第147回『ドリームガールズ』
Dream_girls  今回紹介する映画は先日行われた第79回アカデミー賞で映画初出演となるジェニファー・ハドソンが最優秀助演女優賞に輝いた『ドリームガールズ』です。
 『ドリームガールズ』は1981年にブロードウェイで初公演され大ヒットを飛ばし、翌年のトニー賞で6部門を受賞した伝説のミュージカルです。ストーリーはシュープリームスとダイアナ・ロスの実話を基にしており、仲の良い友人3人で作った黒人コーラスグループの栄光と挫折、そして再生までを60年代のアフリカ系アメリカ人の音楽の歴史と共に描いていきます。
 監督はアカデミー作品賞を受賞したミュージカル映画『シカゴ』の脚本家ビル・コンドンが担当。彼は今回監督だけなく脚本も手がけており、華やかなショービジネス界で生きる人間たちの夢や苦悩そして哀しみといったものをエンターテイメントとして見事に描いています。
 出演者も大変豪華で、主人公ディーナ役にグラミー賞歌手ビヨンセ、脇役の男性陣にジェイミー・フォックス 、エディ・マーフィ 、ダニー・グローヴァーといった芸達者の役者が出演しています。
 そして、今回の映画で何といっても光り輝いていたのがアカデミー賞で最優秀助演女優賞に輝いたジェニファー・ハドソン!。新人とは思えない演技力と歌唱力があり、映画を見ている間は主演のビヨンセより彼女の存在感に目が釘付けになってしまいます。私は途中までこの映画の主演はジェニファー・ハドソンかと思ってしまったほどでした。
 もちろんビヨンセやジェイミー・フォックスも素晴らしい演技を見せてくれますし、エディ・マーフィはここ最近の映画で最高の演技を見せてくれます。
 
 ストーリーはショービジネス界の裏側の嫉妬や裏切りといったドロドロした世界で何とか生き残っていこうとする人間たちの奮闘が描かれていきます。また大ヒットを目指せば目指すほど自分たちが求めていた音楽と離れたものになっていく矛盾や葛藤が描かれていきます。白人中心のアメリカ社会の中で黒人たちが何とか這いあがろうと、自分たちの音楽を白人に売り込んでいく中で自分たちの音楽の文化や魂が変質し失われていく悲しみ。ただこの映画で売り上げばかりにこだわるプロデューサー・カーティスが悪い奴かといえば、そういう訳でもなく、彼は彼なりに自分の理想とする大衆が望む音楽を追求していただけですしね。また彼のような.プロデューサーがいたおかげで、無名の歌手たちが注目を浴びるわけですしね。ショービジネスの世界でアートとエンターテイメントの狭間で上手く生きていくことの葛藤や難しさというものが見ていて伝わってきました。

 もちろんミュージカル映画であるので、歌の素晴らしさは折り紙つきです。R&Bの魅力が余すところなく詰め込まれています。特に私の好きな歌は『family』です。私はなぜアカデミー賞で歌曲賞をこの映画が取れなかったのか未だ持って不思議です。

 ミュージカル好きな人はもちろんの事、そうでない人もきっと満足できる映画だと思います。ぜひ良い音響の映画館でこの映画を堪能してください。歌の持つ力に感動すると思います。 

製作年度 2006年 
製作国・地域 アメリカ
上映時間 130分
監督 ビル・コンドン 
製作総指揮 パトリシア・ウィッチャー 
原作 トム・アイン 
脚本 ビル・コンドン 
音楽 ヘンリー・クリーガー 
出演 ジェイミー・フォックス 、ビヨンセ・ノウルズ 、エディ・マーフィ 、ジェニファー・ハドソン 、アニカ・ノニ・ローズ 、ダニー・グローヴァー 、キース・ロビンソン

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『クラッシュ』この映画を見て!

第146回『クラッシュ』
Crash  今回紹介する映画は昨年のアカデミー賞で作品賞を始め3部門を受賞した群像ドラマ『クラッシュ』です。
 この映画の監督と脚本を手がけたのは『ミリオンダラー・ベイビー』や『父親たちの星条旗』などイーストウッド監督の最近の映画の脚本を手がけたポール・ハギス。彼は今アメリカで一番注目されている脚本家です。彼の脚本の特長してアメリカの社会の闇やマイノリティの哀しみを真正面から描く点と、人間の多面的な部分や人生の陰影といったものを巧みに描く点が挙げられます。そんな彼が始めてメガホンを取った『クラッシュ』。この映画も彼の特長がよく表れています。
 クリスマス間近のロスのハイウェイで起きた交通事故。それをきっかけに、さまざまな人種、階層、職業の人々が織り成す2日間の人間ドラマが描かれます。
 一見何のつながりもない7組14人の登場人物たち。白人の地方検事とその妻、黒人刑事と同僚でスペイン系の恋人、黒人のTVディレクター夫妻、自動車強盗の黒人の若者2人、雑貨店を営むアラブ系の家族、黒人の鍵の修理屋、差別主義者の警官とそんな彼の態度に反感を持つ若い白人の警官。それぞれの人物が持つ憎悪や哀しみ、そして苦悩。そんな彼らがふとしたことをきっかけに結ぶつき、ぶつかり合い、お互いの抑えていた感情をむき出しにしていきます。
 この映画はアメリカという様々な人種の人たちが生活していく中でどうしてもおきてくる摩擦や差別の生々しい実態を描くと同時に、そんな中でも人と人が結びつきあうことの大切さや温かさといったもののを描きます。

 私がこの作品を見て一番印象に残ったのは登場人物に悪人がいないと言うことです。この映画は黒人を蔑視する嫌な白人にも抱えている苦悩があったり、人間らしい一面があったりすることを描くことで、アメリカが抱えている差別の根深さや哀しみといったものを浮き彫りにしていたと思います。
 差別とは悪い人間がする行為でなく、誰もが差別の被害者にも加害者にもなりうる存在であるというところが悲しく恐ろしいところだとこの映画を見て改めて思いました。
 
 差別は人間がいる限りなくならないかもしれません。でも差別があったとしても、この世界は生きるに値しますし、人と人はぶつかりあいながらもつながりあうこともできる。映画のラストはかすかな希望を見る者に与えます。それは過酷な現実の中にも生きていく人々に対する監督からのエールなのだと思います。
 
 差別はいけない、そう分かっていても差別してしまう私たち。そんな私たちがどう生きていくべきか、そんなことを考えさせてくれる傑作です。
 
制作年度 2004年 
製作国・地域 アメリカ
上映時間 112分
監督 ポール・ハギス 
脚本 ポール・ハギス 、ボビー・モレスコ 
音楽 マーク・アイシャム 
出演 サンドラ・ブロック 、ドン・チードル 、マット・ディロン 、ジェニファー・エスポジート 、ウィリアム・フィクトナー 、ブレンダン・フレイザー 、テレンス・ハワード 、クリス・“リュダクリス”・ブリッジス 、タンディ・ニュートン 、ライアン・フィリップ 

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エン二オ・モリコーネの魅力

Ennio_morricone  第79回アカデミー賞の授賞式が今日行われましたが、私が今回一番感動したのは何と言っても、私が一番好きな映画音楽作曲家エンニオ・モリコーネが名誉賞を受賞したことでした。
 クリント・イーストウッドがプレゼンターを務めモリコーネの紹介をした時点で個人的にはとても胸が熱くなりました。
 なぜなら無名だったイーストウッドが初主演して世界的に有名になった『荒野の用心棒』『夕陽のガンマン』などのマカロニ・ウェスタンシリーズの音楽を手がけたのが、エンニオ・モリコーネだったからです。
 当時テレビや舞台の音楽を手がけていたモリコーネにとってもマカロニ・ウェスタンシリーズは映画音楽の世界に進出する大きな足がかりとなった作品でした。このシリーズ以降イーストウッドもモリコーネも映画史に名を残す数多くの作品を手がけることになりました。

 モリコーネは現在何と450本以上の映画音楽に携わり、アカデミー賞にも5回ノミネートされるほどの実力を持った映画作曲家です。代表作としては『ニュー・シネマ・パラダイス』、『ミッション』、『海の上のピアニスト』、『アンタッチャブル』、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』などがあります。
 モリコーネの音楽の魅力は甘美で感傷的なメロディー、さまざまな楽器を取り入れた音美しい音色、ミニマムミュージックなどを取り入れた実験的な作風等にあります。

 私がはじめてモリコーネの音楽を聞いたのは幼稚園の時でした。私の両親が映画音楽好きだったので、小さい時から自宅でよく映画音楽を聞いていたものでした。そんな中でも私が特にお気に入りだったのがマカロニウェスタンのレコードでした。特に『荒野の用心棒』の口笛や男性コーラスによる独特なサウンドは子どもながらに強烈なインパクトとカッコよさを感じ、よく両親に聞かせてくれとせがんだものでした。
 中学生くらいになり、映画を積極的に見るようになってからも好きになる映画の多くの音楽をモリコーネが手がけていることに気づき、それからモリコーネの手がけた映画サントラを集めるようになりました。
 私にとってモリコーネの曲は心の清涼剤であり、元気になりたい時、心落ち着かせたい時、ロマンティックな気分に浸りたい時には欠かせないアイテムとなっています。

 モリコーネには今後も数多くの素晴らしいスコアーを作ってほしいです。

☆私のお薦めアルバムBEST3

・3位『ニュー・シネマ・パラダイス』
Ennio_morricone_3  世界中の映画ファンを虜にしたイタリア映画の傑作『ニュー・シネマ・パラダイス』。監督のジュゼッペ・トルナトーレは映画に対する愛情を敗戦後のシチリア島を舞台に少年と映画技師との友情を通して見事に描いていました。
 モリコーネがこの映画に提供したスコアーは見事としか言いようのないほど素晴らしい完成度を誇っています。ノスタルジー溢れるメインテーマやロマンティックな愛のテーマ(この曲はモリコーネの息子が作曲してます)と聴いていて自然と涙がこぼれてくる名サントラです。

    
Ennio_morricone_1 ・2位『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』
 マカロニ・ウェスタンシリーズでモリコーネとコンビを組んだセルジオ・レオーネの遺作である『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』。この作品は1920年代から60年代のニューヨークを舞台にユダヤ移民の子どもたちが自衛のためギャング団を組織し、やがて崩壊していくさまを4時間近い上映時間を費やして描いた大作です。
 この映画においてモリコーネはノスタルジックな映像をさらに盛り上げる音楽を数多く提供しています。名曲「アマポーラ」を取り入れたり、パンフルート奏者ザンフィルの演奏を取り入れるなどして映画の持つ哀愁の雰囲気を見事に表現しています。特にデボラのテーマの甘美なメロディーは鳥肌ものです。

Ennio_morricone_2 ・1位『ミッション』
 17世紀の南米を舞台に宣教師と先住民の交流と白人による植民地化の悲劇を美しい自然を背景に描いた『ミッション』。1986年カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞しました。モリコーネの民族音楽と18世紀ローマ・カトリック教会音楽を融合させた美しい音楽は高く評価され、アカデミー賞にもノミネートされましたが、なぜか受賞を逃しました。(このスコアーに賞を与えなかったこの年のアカデミー会員は大変なミスを犯したと私は思います。)
 モリコーネの生み出したスコアーは聴いていて心が洗われるほど美しいです。私はこの音楽を聴いた時、涙が自然とこぼれて、神に祈りを捧げたい衝動にかられました。
 このスコアーを聴かずしてモリコーネは語れません! 
 

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『男たちの挽歌2』この映画を見て!

第145回『男たちの挽歌2』
A_better_tomorrow2  今回紹介する映画は私をジョン・ウーの虜にさせた香港ノワールの傑作『男たちの挽歌2』です。この映画は1作目からの正統な続編です。多くのファンは完成度の高さから1作目を推しますが、私は中学校の時に2作目を先に見てしまい、その強烈な印象から、2作目の方が1作目より愛着があります。

 私が初めてこの映画を見たのはテレビの深夜放送だったと思うのですが、その時は主人公たちのカッコよさにしびれたものでした。
 チュン・ユンファ演じるマークの双子の弟ケン(その設定の強引さはさて置き)のカッコよさは半端ではなく、ニューヨークのレストランでの米を粗末にするイタリアマフィアとの対決シーンや中盤の階段を滑りながら2丁拳銃をぶっ放すシーンなどは思わず拍手したくなるほどでした。
 また娘や友人が殺され気が狂う元極道の親分のルン。この人の演技自体は下手と言うか過剰と言うか時々笑ってしまいそうになりますが、次から次からへと名セリフを放ち、見る者の心を鷲づかみにします。
 もちろん前作から出ているホー兄貴も大活躍で、ラストの刀を使って拳銃を持った敵を倒していくシーンは何とも爽快でした。
 今は亡きレスリー・チャン演じるキッド。この映画では彼がおいしいシーンを全て持っていきます。特に中盤のホー兄貴に打たれるシーンと後半の電話ボックスでのシーンは涙なしでは見られませんよ。

 またガンアクションも前作を遥かに超える迫力があります。特にラストの敵の本拠地での銃撃戦は爽快の一言です。このシーンだけでも一見の価値がありますよ。

 この映画のストーリー自体はとても強引で無理がありますが、ジョン・ウーの男の美学が詰まっています。男同士の友情や兄弟愛に酔いしれたいときはこの作品をお薦めします!

製作年度 1987年 
製作国・地域 香港
上映時間 104分
監督 ジョン・ウー 
脚本 ツイ・ハーク 、ジョン・ウー 
音楽 ジョセフ・クー 
出演 ディーン・セキ 、ティ・ロン 、チョウ・ユンファ 、レスリー・チャン 、クァン・サン 、エミリー・チュウ 

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『羊たちの沈黙』この映画を見て!

第144回『羊たちの沈黙』
The_silence_of_the_lambs  今回紹介する映画はサイコスリラーの傑作『羊たちの沈黙』です。この作品は公開当時にこの手の映画としては珍しく絶賛され、アカデミー賞でも主要5部門(作品賞/主演男優賞/主演女優賞/監督賞/脚色賞) を受賞しました。
 女性の皮を剥ぐ猟奇殺人事件の犯人を追う新人FBI捜査官クラリスの姿と彼女に事件解決の糸口を示唆する天才精神科医にして人肉愛好者レクター博士の姿を対比して描いたこの作品。
 見所は何といっても主演二人の演技です。クラリスを演じたジョディ・フォスターの知的で意志が強いものの、どこか危うさを感じさせる演技。レクター博士を演じたアンソニー・ほプキンスの高貴さと狂気を感じさせる演技。この2人が監獄で出会うシーンの張り詰めた緊張感は見る者を画面に釘付けにします。
 
 私がこの映画を始めて見たときは、メインのストーリーである猟奇殺人の犯人探しよりもレクター博士の存在感ばかりが印象に残ったものでした。
 レクター博士が初めて登場するシーン。一見しただけでこいつはただ者ではないと思わせるだけのオーラが感じられたものでした。特に相手の心を射抜くような鋭い目線は見る者を震え上がらせるだけの力がありました。
 そんなレクターがクラリスの内面に入り込み彼女のトラウマを救済していく展開は何ともいえないエロティシズムが漂い、レクターのクラリスに対する秘めた愛が強く感じられました。
(続編の『ハンニバル』はレクターのクラリスへの愛が前面に出されていましたが、映画の出来としては今ひとつでした)
 また中盤のレクター博士の脱獄シーンも残虐でありながら、その手口の鮮やかさと美しさは知的かつ芸術的で、見ていて鳥肌が立ったものでした。レクターという男がいかに危険な人物であるのかが見る者に伝わってくる名シーンだと思います。

 ただ、この映画のメインのストーリーである猟奇殺人事件自体は、そんなに目新しいものでなく、この手の映画ではありがちなストーリーです。女性の皮を剥ぐバッファロービルも単なる変質者のような描き方であり、今ひとつインパクトに欠けます。(と言うか、レクターに食われています。)最後の展開もカットバックで緊張感を高めるものの、思ったよりあっさりと解決してします。
 ただ皮を剥がれた女性の死体の口から蛾の繭が見つかるシーンは背筋がぞくっとしましたが・・・。

 はっきり言って、この映画が高く評価されたのは全てアンソニー・ポプキンス演じるレクター博士という魅力的な悪役のおかげだと思います。
 彼が登場しなかったら、この作品はアカデミー賞を取れなかったでしょう。
 
 この映画は猟奇殺人をテーマにしていますが、思ったよりえぐいシーンは少なく、その手の映画が苦手な人でも安心して見ることができると思います。
 アンソニー・ポプキンスの演技をぜひ堪能してください!

製作年度 1990年 
製作国・地域 アメリカ
上映時間 118分
監督 ジョナサン・デミ 
製作総指揮 ゲイリー・ゲッツマン 
原作 トマス・ハリス 
脚本 テッド・タリー 
音楽 ハワード・ショア 
出演 ジョディ・フォスター 、アンソニー・ホプキンス 、スコット・グレン 、テッド・レヴィン 、アンソニー・ヒールド 、ケイシー・レモンズ 、

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『童夢』街を捨て書を読もう!

Doumu 『童夢』 著:大友克洋 双葉社
 今回は『AKIRA』の大友克洋のもう一つの代表作『童夢』を紹介したいと思います。この作品は1983年に発表されたのですが、今見てもその完成度の高さに圧倒されます。
 ストーリー:「どこにでもあるような団地で起こる住人の変死。その裏んには超能力を持った老人の存在があった。そんな団地に超能力を持つ少女が引っ越してくる。少女は変死が老人の仕業であることを見抜き、老人に戦いを挑む。」
 『AKIRA』に比べるとスケールも小さく、短い話しです。しかし、起承転結がしっかりしており、前半の団地の変死を巡るサスペンスから、後半の団地を舞台にした老人と少女のドハでな超能力バトルまで一気に読ませてくれます。
 
 この作品の最大の面白さは、団地という日常見慣れた場所を舞台に、非日常的な話しが展開するところにあります。特にありふれた団地の上空を老人と少女が縦横無尽に飛び回る絵は強烈なインパクトがありました。
 私はこの作品を見てから、近くの集合団地を見るたびに、ここで『童夢』みたいな話しが展開したらどうなるかを空想してしまう癖がついたくらいです。

 大友作品の特長として緻密な描きこみと映画のような構図などが挙げられますが、この作品も団地の写実的な描写や後半の超能力バトルの躍動感と緊張感溢れる描写など、大友さんの才能がひしひしと感じられます。

私はこの作品を読み返すたびに、一度実写で見てみたいという欲望に駆られます。実際にハリウッドでの制作も検討されていたようです。しかし、この原作自体があまりにも映画的すぎるので逆に映画化するのは難しいかなとも思ってしまいます。

 日本のマンガを語る上でこの作品は外すことができません。ぜひマンガ好きな方は一度読んでみてください!

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『AKIRA』街を捨て書を読もう!

『AKIRA』 著:大友克洋 講談社
Akiramanga  今回紹介する本は日本の漫画史に名を残す近未来SF青春漫画『AKIRA』です。1982年から1990年にかけてヤングマガジンで発表された『AKIRA』は連載当時から大変話題になりました。今までの日本の漫画には見られない緻密な背景描写、スケールの大きなストーリー展開、個性的な登場人物たちの活き活きとした姿など、他の漫画を遥かに凌駕する完成度を誇っています。特に東京の街が崩壊していく様子の緻密な描写は圧巻で、まるで映画を見ているような迫力があります。

 私は漫画より先に映画から『AKIRA』の世界に入ったのですが、映画版『AKIRA』を見たときは今までのアニメにはなかった緻密な作画と背景に圧倒されたものでした。映画を見た後、原作が気になり単行本を買い揃えて読んだのですが、あまりの面白さに1日で読破したものでした。
 
 映画では駆け足だったストーリー展開もじっくりと語られており、映画では端役だった登場人物が実は重要な人物だったりして読み応え満点でした。映画は1巻から3巻までと6巻をつなぎ合わせたようなストーリーですが、原作はさらに崩壊した東京の街でのAKIRAを巡る激しい争いが描かれており、映画よりもスリリングかつパワフルなストーリーが展開していきます。
 『AKIRA』は日本のマンガを語る上で外せない作品です。ぜひ一度読んでみてください!
 
 

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『街の灯』この映画を見て!

第143回『街の灯』
City_light  今回紹介する作品はチャップリンの映画の中で最もロマンティックかつ深い余韻を残す恋愛映画『街の灯』です。
 盲目の花売りの少女に恋をした浮浪者の主人公。何とか彼女を救おうと一人奮闘する姿をユーモラスに描きます。

 私がこの作品を始めてみた時、ラストシーンはハッピーエンドだと思っていましたが、何回か見るたびにラストシーンは決してハッピーエンドだとは言えず、むしろとても残酷なラストであるのではないかと思うようになりました。
 ラストは主人公のおかげで目が治った女性が、初めて恩人である主人公の姿を始めて見るのですが、その時の女性の表情。そこには恩人に対する感謝と言うより失望が感じ取れます。自分を救ってくれた恩人は金持ちの紳士だと思っていたのに、目の前に現れたのは小汚い浮浪者だったという真実。チャップリン演じる主人公も女性のリアクションを見て何とも困惑した笑顔を見せて映画は終わります。
 私はこのラストシーンを見るたびに現実の残酷さに胸が締め付けられます。別に女性がひどい人間というわけではありません。女性が恩人に対して理想を抱くことは仕方のないことです。人間は決して外見だけで判断できるものではありません、しかし人間は理想を抱く時どうしても外見をも美化してしまうところがります。この映画はそんな人間の悲しい業を真正面から描いています。だからこそラストシーンは単なる感動を超えた深い余韻を見る者に与えます。

 またこの作品は貧富の問題に対するチャップリンの怒りや悲しみといったものが強く感じられます。映画の冒頭の除幕式のシーンの痛烈な皮肉、酔っ払っているときといないときで態度を豹変させる身勝手な金持ちの男。貧困層の富裕層に対する憧れ。この作品は富める者の愚かさと貧しい者の哀しみが見事に描かれています。

 チャップリンのコメディアンとしてのセンスも冴え渡っており、中盤のボクシングシーンはその計算されつくした演技に腹を抱えて笑ってしまいます。
 サイレント映画はトーキー映画と違い動きと表情だけで全てを表現するので、役者の演技力が問われます。この映画を見るとチャップリンを始めとする登場人物たちの演技の上手さに改めて感心します。

 映画史に残るこの傑作をぜひ多くの人に見て欲しいです。 

製作年度 1931年 
製作国・地域 アメリカ
上映時間 86分
監督 チャールズ・チャップリン 
脚本 チャールズ・チャップリン 
音楽 アルフレッド・ニューマン 
出演 チャールズ・チャップリン 、ヴァージニア・チェリル 、フローレンス・リー 、ハリー・マイアーズ 、アラン・ガルシア 、ハンク・マン 、ジョン・ランド 、ヘンリー・バーグマン 、アルバート・オースチン 

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『モダン・タイムス』この映画を見て!

第142回『モダン・タイムス』
Modern_times  今回紹介する映画は喜劇王チャールズ・チャップリンが機械化が進む資本主義社会の労働者の悲哀をコミカルに描いた『モダン・タイムス』です。
 私がこの作品を始めてみたのは小学生の時でした。当時はこの作品に込められたテーマなどは知る由もなく、ただ単にチャップリンのコミカルな演技に笑っていたものでした。ベルトコンベアーでのやり取りや自動食事装置のシーンなどは特に大笑いして見ていました。
 この作品を最近見返す機会があったのですが、今見る小さいとき笑ってみていたシーンも労働者の悲哀が感じられ素直に笑うことができませんでした。過労で精神を壊し、リストラされて、刑務所に入れられ、出所後もなかなか仕事にありつけない主人公。そんな主人公の姿は現代を生きる私たちにとっても無縁ではないですよね。
 
 私はこの作品を改めて見返して、チャップリンの作家としての社会を捉える鋭さとコメディアンとしての笑いのセンスの素晴らしさに感心してしまいました。社会風刺とヒューマニズムと笑いの絶妙なバランス感覚。私の中ではこの作品がチャップリンの映画の中で一番完成度は高いと思います。

 映画の前半は労働者の悲惨な実態を風刺たっぷりに描き、後半は一転好きな女性と共に懸命に生きようとする姿を力強く描くことで、「人間らしさとは何か」、「幸せ」とは何かを見る者に訴えかけます。
 貧しさの中でも人間らしく希望を持って生きようとする主人公の姿は見る者に生きる力を与えてくれます。
 この映画の中で主人公が「人生は願望だ、意味じゃない。」という台詞を言うのですが、この映画のテーマを見事に表現した台詞です。生きることに背一杯で意味など求める暇などない労働者たち、そんな労働者にとって大切なのは意味などでなく希望であるということをこの映画は見る者に語りかけます。
 映画のラストに一本道を手をつないで歩いていく二人。その先にある未来は決して明るいものでないかもしれません。しかし、二人は未来を信じて歩いていきます。その姿は見る者に勇気を与えてくれます。

 後、この作品を語るときに忘れてはいけない名シーンとして後半のチャップリンが歌うシーンがあります。トーキー映画が主流になってもサイレント映画を撮っていたチャップリンが始めて声を出す瞬間。それがどこの国の言語でもないデタラメ語による歌「ティティナ」であったところにチャップリンのサイレントへのこだわりと笑いのセンスが感じられました。 

製作年度 1936年 
製作国・地域 アメリカ
上映時間 87分
監督 チャールズ・チャップリン 
原作 チャールズ・チャップリン 
脚本 チャールズ・チャップリン 
音楽 チャールズ・チャップリン 
出演 チャールズ・チャップリン 、ポーレット・ゴダード 、チェスター・コンクリン 、ヘンリー・バーグマン 

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ビョークの魅力2 

Bjork_video  今回はビョークのビデオクリップの紹介をしたいと思います。ビョークのビデオクリップは歌同様にとても独創的で魅力的です。
 ビョークにとってビデオクリップは単なるプロモーションでなく、自分の世界を表現をするための重要なアイテムです。ビョークは今までに20本近いビデオクリップを制作していますが、どの作品も映像作品としてイマジネーションに溢れ見ごたえがあります。
 
 私が特にビョークのビデオクリップでお気に入りなのは『ヨーガ』、『イッツ・オー・ソー・クワイエット』、『オール・イズ・フル・オブ・ラヴ』の3本です。
 
 『ヨーガ』はサード・アルバム『ホモジェニック』に収録されている歌でビョークのアイスランドへの思いが詰まっています。この曲をビデオクリップではアイスランドの大自然を取り入れてスケールの大きな映像で見事に表現しています。ビョークのメッセージをストレートに表現した映像は見る者の心にもダイレクトに響いてきます。
 このビデオクリップを手がけた監督のミシェル・ゴンドリーはビョークのビデオクリップを数多く手がけており、ビョークの世界を映像で最も巧みに表現できる監督です。最近では『ヒューマン・ネイチャー』など映画の監督も務めています。
 
 『イッツ・オー・ソー・クワイエット』はセカンドアルバムに収録されている歌です。ビデオクリップはこの曲の特長であるビック・バンド・サウンドを活かしてミュージカル仕立てに撮影されいます。楽しそうに歌い踊るビョークの姿は見ていて、とても楽しいです。監督は『マルコビッチの穴』で映画デビューしたスパイク・ジョーンズが手がけています。彼の映像へのこだわりがこの作品でも見事に発揮されています。

 『オール・イズ・フル・オブ・ラヴ』は発表当時大変話題になったビデオクリップです。2体の無機質なアンドロイドがキスを交わす映像は何ともいえない美しさとエロスが漂っており、愛とは何かを見る者に訴えかけてくるだけの力がありました。この作品は単なるビデオクリップを超えた芸術的価値のある作品です。

 ビョークのビデオクリップは一度見ると虜になります。ポップでキッチュでアナーキーな映像はビョークの表現者としてのこだわりを感じます。

*ビョークのビデオクリップが収録されているDVD
Bjork_video1_1『コンプリート・ヴォリューメン 1993-2003 グレイテスト・ヒッツ』
  ビョークのソロ・デビューから03年までの全ビデオ・クリップを集めた作品で、00年に出た『ヴォリューメン』を全21曲に拡大させた完全版。






1. ヒューマン・ビヘイヴィアー 
2. 少年ヴィーナス 
3. プレイ・デッド 
4. ビッグ・タイム・センシュアリティ 
5. ヴァイオレントリー・ハッピー 
6. アーミー・オブ・ミー 
7. イゾベル 
8. イッツ・オー・ソー・クワイエット 
9. ハイパーバラッド 
10. ポッシブリー・メイビー 
11. アイ・ミス・ユー 
12. ヨーガ 
13. バチェラレット 
14. ハンター 
15. アラーム・コール 
16. オール・イズ・フル・オブ・ラヴ 
17. ヒドゥン・プレイス 
18. ペイガン・ポエトリー 
19. コクーン 
20. イッツ・イン・アワ・ハンズ   

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ビョークの魅力

Bjork  私が一番好きな洋楽アーティストと言えばアイスランド出身の歌姫ビョークです。ビョークは1977年に12歳でデビュー、その後バンド「ザ・シュガーキューブス」を結成して注目され、1993年ソロデビューアルバム『デビュー』が世界中で大ヒットを収めます。現在ソロで5枚のアルバムを発表していますが、どのアルバムも常に独創的で完成度も高く、聞く人の心を捉えて離せません。
 私がビョークを知ったのは2000年に公開され賛否両論を巻き起こしたミュージカル映画『ダンサー・イン・ザ・ダーク』でした。この映画は理不尽で重苦しいストーリーで、見るのがとてもつらい作品ではありましたが、主演のビョークの歌と演技の素晴らしさから最後まで画面に釘付けにさせられた作品でした。この作品を見て、私は力強いビョークの歌の虜になってしまい、ビョークのCDを買い揃えたものでした。
 
 ビョークの作り出す歌の最大の魅力はその歌唱力です。ある時は獣のように、ある時は無邪気な子どものように、ある時は慈愛に満ちた女神のように、曲によってさまざまな声を使い分けるビョークの歌声。そんな彼女の歌声は聞く者の心を揺さぶります。
 また音へのこだわりも彼女の歌の魅力です。日常の音からストリングス、さらにシンセによる打ち込みの音まで幅広い音を使い表現される彼女の歌。音によってビョークは自分の世界をカラフルに描き出します。
 ビョークの歌は聞く者を心地よくさせるだけに止まらない力があります。彼女の紡ぎだす言葉や音は聞く者の感情を解きほぐし、生きる力を与えてくれます。

 ビョークは歌でしか表現できない世界、伝えられない思いを見事に表現できる芸術家でありエンターテナーであると私は思います。
 
*ビョークお薦めCDベスト3

3位『ダンサー・インザ・ダーク』
Bjork3  映画の内容はさておき、音楽の完成度の高さは文句のつけようがありません。工場のプレス音など日常の音から始まる歌の数々は現実と幻想の世界を違和感なくつなげていました。どの曲も名曲ばかりですが、レディオヘッドのトム・ヨークとのデュエット「I've Seen It All」は鳥肌が立つほどの名曲です。


2位『ヴェスパタイン』
Bjork2  『ダンサー・イン・ザ・ダーク』の後、2001年に発表されたこのアルバムは、今までのアルバムと打って変わって内省的で静かな仕上がりとなっています。ビョークの内に内にと潜り込むような音楽世界は聞く者の魂を優しく癒します。私のお薦めは12曲目の「ユニゾン」です。私はこの曲を聴くと歌詞の美しさとビョークの優しい歌声に涙が溢れます。

1位「ホモジェニック」 
Bjork1  このアルバムにビョークの魅力が詰まっているといっても過言ではありません。CGを利用した独特はジャケットデザインも印象的ですが、収録された曲も印象的なものばかりです。特に2曲目の「Joga 」と10曲目の「All is full of love 」は聞く者の魂を揺さぶります。このアルバムを聞かずしてビョークは語れません! 
 

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『ブッダの人と思想』街を捨て書を読もう!

『ブッダの人と思想』 著:中村元・田辺祥二・大村次郎(写真) NHKブックス
Budda  ブッダの人生と思想を分かりやすい言葉で説明した『ブッダの人と思想』。この本は仏教に興味のある人にとってはお薦めのテキストです。
 約2500年前にインドで生まれた仏教。開祖であるブッダは裕福な家庭で生まれたものの、25歳で出家し、35歳で悟りを開きました。その後は、常に怠りなく一生努め続けて「法の道」を歩みました。
 ブッダの思想は人間の持つ欲望と苦悩に焦点を当て、如何に欲望や苦悩から自由になるかを説きます。人間と言う存在に巣くう「無明煩悩」(人生の事物の真相や固定的なものはなにもない(無我)という事実に無知が故に、心身を乱し悩ませ、正しい判断をさまたげる心のはたらき。)を如何に克服し、平安を得るか。ブッダは一生をかけて、その課題に真摯に挑みました。
 
 ブッダの教えは欲望を追及する現代社会の歪みや閉塞を正すたのヒントが示されており、現代人にとっても学ぶべきことが数多くあります。
 欲望に振り回されず、穏やかに生きるために、ぜひ多くの人にこの本を読んで欲しいです。

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北野武新作『監督・ばんざい!』について

 昨日、北野武の新作映画『監督・ばんざい!』の6月公開が発表されました。2年ぶり13作品目となる今回の作品『監督・ばんざい!』は小津安二郎監督風、ラブストーリー、昭和30年代の郷愁感、ホラー、忍者時代劇、SF等さまざまなジャンルの映画を取り込んだお笑い映画ということです。
 ストーリーは今分かっている範囲では、北野武扮する映画監督が新作の構想を練る苦悩から始まり、さまざまなジャンルの新作を映画化するも途中で頓挫し、ラストは予想外のオチが待っているとの事です。
 キャストも江守徹、松坂慶子、岸本加世子、吉行和子、宝田明、藤田弓子、内田有紀、木村佳乃、鈴木杏と大変豪華であり、北野映画でどのような演技をするのか大変興味深いです。
 また、さまざまなジャンルの作品が劇中映画として登場するそうですが、SFやホラーなどの作品をどのように北野監督が仕上げているのか今から楽しみです。
 
 前作『TAKESHIS’』で今までの作品の総括を行った北野監督がどのような新境地を見せるのか、公開が待ち遠しいです。

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『ありがとう』街を捨て書を読もう!

『ありがとう』 著:山本直樹 小学館
Arigatou  家族とは何かを真正面から描いた傑作マンガ『ありがとう』を今回は紹介します。
 この作品の原作者である山本直樹は成人向け漫画でデビューして、一躍人気が出ました。山本作品の大きな特徴として露骨な性描写と人間の弱さや脆さに焦点をあてたストーリー展開があります。彼の作品は居場所を見失った人間たちが居場所を探し彷徨う展開の作品が多いです。
 彼の作品は完成度の高さの割りに、過激な描写が多いために有害指定を受けている作品も多く、認知度や売り上げは今ひとつです。
 そんな彼の代表作である『ありがとう』はイジメ・ドラッグ・新興宗教・監禁・若者たちの非行など現代日本社会を取り巻く問題を上手く取り込みながら、「父親の役割とは?」、「家族の役割とは?」を読者に問いかけます。
 
 私がこの作品をはじめて読んだときは、前半部分のあまりにも過激な性描写と暴力描写に圧倒されてしまいました。しかし、読み進めば進むほど、この作品が単なる過激な描写を売りにしている作品でなく、現代の家族の問題について真面目に考察した作品であることが分かり、ラストにいたっては爽やかな感動させ覚えました。
 崩壊した家庭を何とか立て直そうと孤立奮闘する父親。しかし、父親が頑張れば頑張るほど崩壊していく家族。その描写には近代家族の家父長制の敗北が感じ取れました。
 また家族と言う集団が所詮他人の集まりであり、そんな集団を家族の絆や愛と言う幻想で何とかつなぎとめようとして限界があることをシニカルに描きます。家庭は家族にとって安住の居場所になるとは限らず、むしろ苦痛すら与えてしまう場所であることをこの作品は訴えます。

 家族について考えたい人、家族に嫌気がさしている人、家族に幻想を抱いている人はぜひこの作品を読んでみてください。価値観が変わると思いますよ。

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『空中庭園』この映画を見て!

第141回『空中庭園』
Garden_of_sky  今回紹介する作品は小泉今日子の熱演が大変話題になった角田光代の同名小説の映画化『空中庭園』です。
 ストーリー:「家族の間で秘密は作らないというルールを定め、一見幸せに暮らす京橋家。しかし、家族それぞれが誰にも言えない秘密を抱えていた。理想的な家庭を築くことを夢見ていた主人公の絵里子は何とか幸せな家庭を保とうとする。しかし、家族の歪みは徐々に広がっていく。」

 この作品を見て、久しぶりに素晴らしい日本映画に出会えたと私は思いました。美しくも切ない映像と音楽。役者の演技の上手さ、そして家族の闇を抉り出す脚本と演出。全てにおいて完成度の高い作品です。

 この作品を見て、まず印象に残るのは独特なカメラワークです。ふわふわと不安定に揺れたり、ぐるぐると回転するカメラワークが頻繁に使われているのですが、この映画の不安定で出口のない家族関係というテーマや雰囲気を見事に表現しています。(ただ酔いやすい人は注意してください。)
 また色彩的感覚も素晴らしく、空の透き通った青さやラブホテルの毒々しい赤、そしてラストシーンの白と赤のコントラストがとても印象に残ります。

 映画の前半はブラックユーモアを交えながら、幸せな家族を演じる息苦しさと、家族と言えども他人であり言いたくない秘密を持ってしまうものであるという当たり前の事実を鋭く描きだします。映画の中盤で、幸せな家庭を懸命に演じる家族の姿に「これは学芸会だ」と家庭教師の女性が言うのですが、現代家族の本質を見事に突いたセリフだと感心しました。
 映画の後半は主人公の過去のトラウマに焦点が当たっていきます。子どものときに母に愛されなかったという思い込みから、幸せな家庭を築くことを誓う主人公。しかし、幸せな家庭を築かないといけないという思い込みが、逆に彼女の精神を追い詰めていきます。主人公と母親がバースデイケーキをはさんで向き合うシーンは張り詰めた緊張感が漂い息が詰まりそうでした。

 私はこの映画を初めて見たときは中盤まできっと後味の悪いラストになると思い込んでいたのですが、予想外にもほっと心温まる終わり方に仕上がっています。崩壊寸前の家族の再生。思い込みが生み出す呪縛からの解放。
 たとえ秘密を抱えていたとしても、たとえ幸せが虚構の上で成り立っているとしても、家族は保っていくことができる。ある種の諦めと希望が入り交ざった見事な終わり方です
映画のラストに夫が子どもたちに語るセリフは家族と言うものを考えさせられました。「幸せな家族を演じるということは、家族を大切にしている事であり、嫌だったら演じることも出来ないだろう。」

 役者の演技に関しては、小泉今日子さんの予想外に上手い演技に感心するものの、やはり主人公の母親を演じる大楠道代の演技に圧倒されました。死を目前に自由奔放に生きる母親。娘から「死ね」と言われても動じない母親。それでいて、娘のことを気にかけて電話する母親。時に笑わせ、時に緊張感を漂わせ、そしてほろりと泣かせる彼女の演技がこの作品を見事に締めています。

 「くりかえし、やりなおし、くりかえし、やりなおし、・・・・」
 家庭を築くとは、生きるとは、何度も過ちを繰り返し、そしてやり直しつづけるということ。
人は絶えず生まれ変わる存在であることをこの映画は教えてくれます。
 
制作年度 2005年 
製作国・地域 日本
上映時間 114分
監督 豊田利晃 
原作 角田光代 
脚本 豊田利晃 
出演 小泉今日子 、鈴木杏 、板尾創路 、広田雅裕 、國村隼 、瑛太 、今宿麻美 、勝地涼 、ソニン 、永作博美 、大楠道代 

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『迷宮物語』この映画を見て!

第140回『迷宮物語』
Labilince  今回紹介する作品は眉村卓の原作を日本を代表する3人のアニメ監督がそれぞれ独自の作風で作り上げたオムニバスアニメーション『迷宮物語』です。
 この作品はっきり言って話しは面白くはありません。しかし、映像が圧倒的に緻密で美しく、芸術の域まで達しています。この作品はストーリーを楽しむ人には全く持って退屈でしょうが、映像表現を楽しむ人にはたまらない作品となっています。

  まず1話目のりんたろう監督の「ラビリンス・ラビリントス」。この作品は少女が猫とともに大正から昭和初期モダニズム風な異次元世界へと入り込むというストーリーです。この作品はとにかく全編不気味さが漂っており、悪夢を見ているかのような印象を受けます。
 2話目の川尻善昭監督の「走る男」。あまりにも過酷なレースに臨み続けていたために身体だけでなく精神までも破壊されていくレーサーを描いていますが、人物の表情の描き方が強烈です。ただストーリーは何の印象も残っていません。
 3話目の大友克洋監督の「工事中止命令」。ジャングルの奥地でロボットたちにより延々続けられている工事を中止させるために赴いた男の苦悩を描いています。この作品は3作品の中でストーリーは一番面白いです。大友監督らしいブラックユーモア溢れるストーリーや演出がたまりません。また緻密な年の描写も『AKIRA』を彷彿させます。

この作品は誰もが楽しめる作品ではありませんが、映像の美しさは日本アニメの最高峰だと思います。ぜひアニメ好きな人は一度は見てください!

製作年度 1987年 
製作国・地域 日本
上映時間 50分
監督 大友克洋 、川尻善昭 、りんたろう 
原作 眉村卓 
脚本 大友克洋 、川尻善昭 、りんたろう 
音楽 ミッキー吉野 
出演もしくは声の出演 吉田日出子 、津嘉山正種 、水島裕 、家弓家正 、八奈見乗児 、大竹宏 、銀河万丈 、屋良有作 、田中和実 

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『悪魔の手毬唄』この映画を見て!

第139回『悪魔の手毬唄』
Temariuta  今回紹介する作品は市川崑監督が石坂浩二を主演に据えて制作した金田一耕助シリーズ第2弾『悪魔の手毬唄』です。この作品は前作『犬神家の一族』の大ヒットを受けて、東宝が短期間(約6ヶ月)で制作したのですが、前作を凌ぐ完成度を誇っています。ストーリー、演技、映像全てが重厚で大変見応えがあります。

 私の中では市川版金田一シリーズの中で一番好きな作品です。 私がこの作品を初めて見たのは小学生の時ですが、その時は複雑なストーリーはあまり理解できなかったものの、ラストシーンは切なさで胸がいっぱいになったものでした。
 また手毬唄に見立てた殺人シーンもおぞましくも美しく、強烈なインパクトがありました。
 5年前に田舎の映画館でこの作品が偶然にもリバイバル上映されていて、懐かしさから思わず鑑賞したのですが、その時に改めてこの作品の素晴らしさを再確認したものでした。 
 
 まず何と言っても映像が美しいです。日本の山村の冬の寒々とした景色を陰影深く捉えた映像はこの作品の持つ深い哀しみを見事に映像で表現しています。
 さらに市川監督のカット割りや独特の編集も素晴らしく、役者の会話シーンのリズミカルな編集の仕方や途中で入るインサート映像は見る者を映画の世界に引き込みます。

 役者の演技も素晴らしく、最近の映画に登場する役者とは比べものにならないほど演技が巧みです。特に若山富三郎演じる磯川警部の演技は枯れた男の魅力を感じさせてくれます。もちろん犯人役の役者の演技も素晴らしく、ラストの事件の真相を語るシーンは深い悲しみが見る者にも深く伝わってくるような演技でした。
 また市川版金田一作品に欠かせない三木のり平、加藤武、大滝秀治などのコミカルな演技も映画に良いアクセントを与えています。
 
 あとストーリーも素晴らしく、人間の醜さや愚かさ、そして哀しみといったものが強く感じられます。また、この映画には切ない愛も描かれており、ラストシーンに深い余韻を与えています。
 ただ映画のトリックや動機などはよくよく考えると無理もあるような気がしますが、映画を見ている間はそんなことは忘れてしまうだけの魅力がつまった作品です。

 30年前の作品にもかかわらず今見ても全く遜色のない作品です。日本ミステリー映画を代表するこの傑作をぜひ見てください!

製作年度 1977年 
製作国・地域 日本
上映時間 144分
監督 市川崑 
原作 横溝正史 
脚本 久里子亭 
音楽 村井邦彦 
出演 石坂浩二 、岸恵子 、若山富三郎 、仁科明子 、北公次 、永島暎子 、渡辺美佐子 、草笛光子 、頭師孝雄 、高橋洋子 、原ひさ子 、川口節子 、辰巳柳太郎 、大羽五朗 、潮哲也 、加藤武 、中村伸郎 、大滝秀治 、三木のり平 、山岡久乃 、林美智子 、白石加代子 、岡本信人 、常田富士男 、小林昭二 、辻萬長 、大和田獏 

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