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2006年2月12日 - 2006年2月18日

『フルメタル・ジャケット』この映画を見て!

第42回『フルメタル・ジャケット』 スタンリー・キューブリック特集5
こんな人にお奨め!「戦争とは何か知りたい人、人間が狂気に陥っていく姿を見たい人」
フルメタル・ジャケット

 今回紹介する映画は戦争の本質を見事に抉りだしたキューブリックの傑作です。最近イラクでのイギリス軍や米軍の兵士によるイラク人への虐待や虐殺が問題となっています。なぜ兵士たちがあのような非人道的な行為をしてしまうのか、この映画はその答えを明解に教えてくれます。
 この映画は全編ドキュメンタリータッチで普通の若者が殺人マシーンの兵士となり、戦場で人を殺すまでを描いてます。キューブリックらしく、映像はどこまでもクールであり、ストーリーも主人公に感情移入をさせない作りになっており、観客は観察者として終始この物語を見ていくことになります。
 ストーリー「アメリカ南カロライナの海兵隊新兵訓練所に入隊したジョーカー、カウボーイ、レナードら若者たち。彼らは鬼教官ハートマンのもとで、毎日地獄のような猛訓練が行われる。しかし、一人落ちこぼれの若者レナードは訓練についていけず、仲間の足手まといになっていた。レナードは教官や仲間にいじめられ、次第に狂っていく。そして卒業前夜に教官をライフルで撃ち殺して自殺してしまう。訓練所を卒業したジョーカーやカウボーイは戦地ベトナムへと向かう。 そしてジョーカーは市街地で地獄のような戦場を目の当たりにすることになる。」
 この映画のストーリーは2部構成となっており、最初の45分間は訓練所の様子を描き、残りの1時間はベトナムでの様子を描いています。1部では若者が兵士となるまでの姿をシニカルに描きます。鬼教官による人間性を剥奪するような卑猥で差別的な罵詈雑言の嵐。聴くに堪えないような言葉の連続に圧倒されます。過酷な訓練と規律、言葉の暴力から、次第に殺人マシーンの兵士へと変わっていく若者たちの姿は見ていてぞっとします。2部では殺人マシーンと化した兵士たちの戦場での姿を描いていきます。特に印象的なのが廃墟の中で闘うシーンです。次々と倒れる仲間たちの姿、見えない敵への恐怖、そして思いがけない敵の正体。このシーンは戦争の狂気と虚しさが見事に表現されています。
 映画のラストは兵士たちが戦場を歩くシーンにミッキーマウスマーチが流れてくるのですが、戦争の狂気を見事に表現しています。
 この映画はベトナム戦争を扱っていますが、極めて普遍的なテーマを扱った映画であり、戦争と人間の狂気というものを見事に抉りだしています。キューブリック監督はどの映画でも狂気というテーマを扱っています。監督は常に人間の狂気がもつ力や恐怖、虚しさを映画のテーマとして取り上げます。この映画でも戦争という狂気に巻き込まれた人間の狂気の虚しさや愚かさを皮肉たっぷりに描いています。しかし私はこの映画を見て、キューブリック監督は人間の狂気に対してもはやどこか諦観しているのではないかと思ったりもしました。そして、監督は人間の狂気を滑稽で愚かな人間らしさの一つとして捉え、狂っていく人間にどこか愛おしさを感じていたのではないかとすら思います。
 『フルメタル・ジャケット』はとても優れた戦争映画であり、人間の狂気という本質を描いた映画でもあります。ぜひ皆さんも見てください!

製作年度 1987年
製作国・地域 アメリカ
上映時間 116分
監督 スタンリー・キューブリック 
製作総指揮 ヤン・ハーラン 
原作 グスタフ・ハスフォード 
脚本 スタンリー・キューブリック 、マイケル・ハー 、グスタフ・ハスフォード 
音楽 アビゲイル・ミード 
出演 マシュー・モディーン 、アダム・ボールドウィン 、ヴィンセント・ドノフリオ 、R・リー・アーメイ 、ドリアン・ヘアウッド 

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『シャイニング』この映画を見て!

第41回『シャイニング』 スタンリー・キューブリック特集4
お奨めの人!「本当に怖い映画が見たい人!」
シャイニング 特別版 コンチネンタル・バージョン 今回紹介する映画はキューブリック監督が手がけたホラー映画『シャイニング』です。この映画はただ怖いだけでなく、とても芸術的美しさに満ちたホラー映画です。
 私はキューブリック監督の映画の中でこの作品が一番のお気に入りです。わっと驚かすようなこけおどしな恐怖でなく、ホテルのデザインやカメラワークなど映像そのもので観客に不安感や恐怖感を煽り立てようとする演出。狂気とアイロニーに満ちたストーリー。観客の不安感を増大させる現代音楽。この映画はキューブリック作品の中でも比較的見やすく、それでいてキューブリック監督の魅力が存分に発揮されている映画です。
 この映画の一番の見所は映像です。映像は全体的にブルーがかっていて、とても冷たい印象を与えます。オープニングは空撮シーンから始まるのですが、主人公が乗った車をひたすら後ろからカメラで追いかける撮り方はとても不気味です。このオープニングはこれから始まる物語を予兆してとても見事です。またホテルの美術もシンメトリーな構図や赤を多用した独特の色遣いなど生理的に落ち着かないデザインになっていて、観客に不気味な印象を与えてくれます。私はホテルの絨毯の模様が見ていて、とても気持ち悪くなったのを覚えています。またホテルの廊下を三輪車で走り回るシーンも不気味です。後ろからじっと見つめられているようなローアングルのカメラアイ。誰かに常に見られているこの感覚は怖いです。このシーンのためにキューブリック監督は新開発のステディカムという方式を使い撮影したそうです。
 また効果音や音楽の使い方もとても効果的です。人の神経を逆なでするような現代音楽の起用は、映像の不気味さをさらに増大させます。また心臓の鼓動の効果音は物語の緊張感を高めますし、広いホールに響くタイプライターの音は主人公たちの孤独を見事に表現しています。
 もちろん、この映画はホラー映画だけあって怖いシーンもたくさんあります。惨殺された双児の少女の亡霊、エレベーターからあふれ出る血の洪水、お風呂場の幽霊など見ていて背筋がぞっとする映像です。しかし、一番怖いシーンは主人公ジャックがタイプライターでひたすら打っていた文章を妻が見つけるシーンです。このシーンは書かれた文章の内容もあって、見る者を凍りつかせます。どのような文章かはぜひ映画を見て確認してください。
ストーリー:「作家のジャックは家族と共に雪に閉ざされたロッキー山上の大ホテルに管理人としてやって来た。しかしそのホテルには、前任者が家族を殺し、自殺するという呪われた過去があった。ジャックの一人息子ダニーは超能力をもっており、過去や未来を見通す力があった。彼はホテルの邪悪な力に気づき、自分たち家族の未来に恐怖が襲いかかることを感じていた。そして始まるジャックとその妻ウェンディ、ダニー3人だけのホテルでの生活。彼らの生活はホテルがもつ邪悪な力によって徐々に蝕まれていく。ダニーの前に現れる幽霊たち。ウェンディはホテルに他の誰かが潜んでいるのではと次第に脅え始め、ジャックはホテルの力によって次第に狂い始めていく。」 
 原作は『グリーンマイル』や『キャリー』の原作も手がけたアメリカホラー小説界の巨匠スティーヴン・キング。彼はキューブリックが監督した『シャイニング』の仕上がりにとても不満をもっており、自分でテレビドラマとしてリメイクしたほどです。なぜキングが映画の出来に不満を持ったのかというと、キングが小説で大切にしていた部分を見事にカットしてしまったからです。原作は家族の微妙な人間関係や登場人物の心理の描写に焦点を置いて、話しが進んでいきます。読者は単なるホラー小説としてだけでなく、人間ドラマとしてもとても読み応えのある内容となっています。ラストは映画とは全く違い、家族とホテルとの対決が描かれます。ラストは怖いシーンの連続でもありますが、家族愛などもしっかり描かれており感動的ですらあります。
 それに対して映画は家族の人間関係や心理描写などはあまり描かれずに、ひたすらホテルによって狂わされていく家族の様子が描かれていきます。映画では家族よりもホテルそのものに焦点が当たっています。監督はホテルに来た家族の関係や心理描写よりも邪悪な力に満ちたホテルそのものを描いてます。登場人物たちはホテルに振り回される受け身な存在でしかありません。ここら辺が原作者のキングが気に入らなかった大きな理由だと思います。
 映画のラストは原作のラストに比べると曖昧な終わり方をしていますが、映画の方が不気味な余韻を残します。このラストシーンは時間が永遠に止まったままのホテルの魅力に取り憑かれた男の話しだったとも受け取れます。私はこの映画のラストはホテルとジャックにとってはある意味ハッピーエンドだったのかなと思っています。
 この映画の特徴として、怪奇現象が本当に起こったことなのか、登場人物たちの妄想なのか曖昧に描いているところがあります。この映画の怪奇現象は捉えようによっては、主人公たちの妄想の産物とも受け取ることができます。閉鎖的なホテルの中で次第に狂っていく人間たちの姿を描いたドラマとしても見ることが出来ます。
 また、もう一つの特徴として、この映画は恐怖と笑いを紙一重に捉えています。狂っていくジャックの姿は怖いと同時にどこか滑稽です。ジャックが斧を持って、ウェンディとダニーの逃げ込んだ洗面所を襲うシーンはとても怖いシーンにもかかわらず、その姿はどこかユーモア漂ってます。またラストにウェンディがホテルの中で出会う幽霊たちもどこかユーモアがあり、まるでウェンディをからかってるみたいです。極め付きはジャックの死に様。何回見ても間抜けで笑ってしまいます。キューブリックは恐怖と笑いの紙一重をよく分かった上でこの映画を作ったのだと思います。
 役者の演技もこの映画は最高です。ジャックを演じたジャック・ニコルソンの演技はすこし過剰すぎる所がありますが、狂っていく様子を本当に狂気迫る演技で見せてくれます。そしてウェンディと役のシェリー・デュヴァル。はっきり言って、彼女の表情は幽霊並みに怖いです。彼女の神経質でヒステリックな演技は、ジャックがウェンディにいらいらしてしまうのを納得させるリアリティがあります。。
 映画『シャイニング』はとても不気味で、恐ろしく、それでいて芸術的な価値をもった作品です。またキューブリックの作品の中で一番取っ付きやすい作品でもあります。始めてキューブリックの作品を見る人は、この映画から見ることをお奨めします。冬の寒い夜、皆さんもシャイニングを一度見てみてください。より冬の寒さが身にしみると思います。
 最後に一言。この映画はアメリカ公開版と海外公開版と二つのヴァージョンが存在します。アメリカ公開版の方が20分長く、ホテルでの家族の様子が詳細に描かれています。現在DVDで入手できるのは海外版のほうで、アメリカ公開版は絶版となっています。アメリカ公開版が見たい人はレンタルビデオ屋に行くと置いてあるかもしれません。

製作年度 1980年
製作国・地域 イギリス
上映時間 119分 (米国公開版141分)
監督 スタンリー・キューブリック 
製作総指揮 ヤン・ハーラン 
原作 スティーヴン・キング 
脚本 スタンリー・キューブリック 、ダイアン・ジョンソン 
音楽 ウェンディ・カーロス 、ベラ・バートック 
出演 ジャック・ニコルソン 、シェリー・デュヴァル 、ダニー・ロイド 、スキャットマン・クローザース 、バリー・ネルソン 

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『バリーリンドン』この映画を見て!

第40回『バリー・リンドン』 スタンリー・キューブリック特集3
こんな人にお奨め!「18世紀ヨーロッパに興味のある人、コスチューム劇が好きな人、人生とは何か考えている人」
バリー リンドン

 今回紹介する映画は鬼才キューブリック監督が作った歴史映画『バリー・リンドン』です。この映画はキューブリックの作品の中では知名度は低いですが、隠れた名作です。日本を代表する黒澤明監督がこの映画を見て大変感激して、キューブリックに賞賛の手紙を書いたほどです。
 『バリー・リンドン』はもともとキューブリック監督が長年構想していたナポレオンを題材にした映画を撮ろうと準備していた矢先に制作中止となり、代わりに制作された映画です。
 この映画の一番の見所は徹底した18世紀ヨーロッパの再現です。文化、衣装、生活様式の細部に至るまで全てが緻密に再現されており、観客を18世紀にタイムスリップさせます。特に当時の室内の自然な光を再現にはこだわっており、蝋燭の光だけで撮影できるカメラレンズを開発したそうです。映像の美しさはまるで動く絵画を見ているかのようです。
 私がこの映画を始めて見たのは大学の時でしたが、その時はもうひとつピンときませんでした。映像の美しさにはため息が出ましたが、ストーリーは淡々と進んで、淡々と終わっていくのでもう一つストーリーに入り込んでいけませんでした。また主人公も他のキューブリック映画のように強烈な印象や魅力がありませんでした。この映画は私には合わないかなと思っていたのですが、最近DVDを買って見直すと昔見た時には気づかなかったこの映画の魅力に気づき、とてもはまってしまいました。
 ストーリー:「18世紀のアイルランド。バリーは貧しい農民の母子家庭に生まれた。ある日、恋愛のいざこざで決闘することになるが、何とか相手を射殺して逃げることができる。しかし逃げる途中にイギリス軍隊に入隊する。しかし、戦争に嫌気のさしたバリーはイギリス軍から逃亡するが、プロセイン軍に捕まってしまい、プロセイン軍のスパイをさせられることになる。しかし、スパイする
シュバリエがアイルランド人だったこともあり、バリーは彼の側につき、彼と共にヨーロッパ中でイカサマ賭博師として大儲けする。そんな中ベルギーの宮殿で名門リンドン家の夫人と出会い、彼女の心を射止めて、結婚することになる。そして莫大な冨と名声を得たバリーだったが、そこから彼の人生は大きく転落していくことになる。」
 この映画のストーリーは2部構成になっており、第1部はバリーが結婚して名声を得るまで、第2部はバリーが没落していくまでを描きます。この映画は他の映画と大きく違ってナレーションがバリーにこれから起こることを先に伝えます。観客はこの後、バリーの身に何が起こるのかをあらかじめ知った上で見てきます。
 それはキューブリック監督が観客に主人公へ感情移入させず、主人公を見つめる観察者として見るように仕向けているように思えます。この映画は主人公に感情移入する映画でなく、主人公の人生を覗き見する映画です。
 またこの映画の主人公は他の映画と違って魅力がありません。はっきり言って、とても嫌な奴です。明確な意志を持って人生を切り開いていくのでなく、ずる賢く日和見主義的に振る舞って人生をやり過ごしていくので、見ていてとても共感しにくいです。しかし考えてみたら、あの当時に現実的に農民が貴族まで上りつめようとしたら、バリーのごとく振る舞うしかないのだろうなとも思います。
 さらにこの映画はバリーの視点を通して戦争の愚かさ・虚しさや貴族の堕落した姿を痛烈に批判しています。横一列に並び銃を構えて敵に向かってゆっくり歩いていき、撃たれて死んでいく兵士たち。形式ばった戦争で無意味に死んでいく兵士たちの姿は戦争の本質を抉りだしています。また貴族の称号を得るために貴族のスタイルや生活習慣を身につけようとするバリーの姿はどこか虚しいです。この映画は貴族社会の習慣や風習をじっくりと描く中で、貴族社会の差別性、形式主義に対する痛烈な皮肉を訴えかけます。
 この映画は見終わった後、人生の栄枯盛衰や無常観を強く感じます。ラストシーンに出てくる「美しき者も、醜いものも今はあの世」という文章は、この映画のテーマを見事に語っていると思います。バリーはあまり共感できる主人公ではないのですが、見終わった後はなぜかバリーにとても悲哀を感じて共感しまいます。それはバリーの人生の栄枯盛衰に人生の無常観を感じてしまうからかもしれません。
 この映画は隠れた名作です。3時間以上の大作ですが、見終わった後に人生とは何か考えさせられると思いますよ。ぜひ見てみてください!

製作年度 1975年
製作国・地域 イギリス
上映時間 186分
監督 スタンリー・キューブリック 
製作総指揮 ヤン・ハーラン 
原作 ウィリアム・メイクピース・サッカレー 
脚本 スタンリー・キューブリック 
音楽 レナード・ローゼンマン 
出演 ライアン・オニール 、マリサ・ベレンソン 、パトリック・マギー 、スティーヴン・バーコフ 、マーレイ・メルヴィン 

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『時計じかけのオレンジ』この映画を見て!

第39回『時計じかけのオレンジ』 スタンリー・キューブリック特集2
お奨めする人!「人間の暴力について考えてみたい人、クールでポップな映画が見たい人、パンクな映画が見たい人」
時計じかけのオレンジ

 今回紹介する映画はキューブリック映画で一番カルト的人気のある作品『時計じかけのオレンジ』です。この映画は近未来の若者の姿を通して人間の暴力性をテーマにした映画です。公開当時はポップでアナーキーな映像、シニカルなストーリーが絶賛されたものの、過激な暴力シーンから上映禁止になる国もあったほどでした。
 私がこの映画を最初に見たのは10年くらい前ですが、過激だと言われた暴力シーンは私は思ったほどではありませんでした。確かに冷酷残酷なシーンが多々ありますが、とても客観的に冷めた視点で撮られているので、見ている自分も暴力に陶酔するということはありませんでした。むしろ、ここ最近のハリウッド映画の暴力シーンの方が、見ている側を陶酔させるような描き方をして問題だと思います。暴力シーンはさておいて、映画自体はとても魅力的なもので、一気にはまってしまいました。ポップで大胆な芸術的映像、クラッシック音楽の大胆な使い方、シニカルなストーリーはさすがキューブリックと言えるものでしたし、人間の暴力性というテーマも考えさせられるものがありました。
 ストーリー:「 共産主義国になった近未来のイギリス。麻薬、暴力、盗み、暴行など、悪の限りを尽くす不良グループが存在した。リーダー格のアレックスは暴力とベートベンが好きな15歳。彼は超暴力の構想を日々練っていた。彼の暴力は日に日に過激になり、遂にある盗みの最中に仲間の裏切りで捕まった。その服役中に、悪人を善人に変える「ルドビコ式心理療法」の試験台となり、暴力を嫌悪する無抵抗な人間となって釈放される。しかし、そんな彼を待っていたのは、かつて自分が暴力の対象にしていた者たちからのすさまじい報復だった。
 この映画は全編さまざまな暴力を取り上げ、人間の中に潜む暴力性について考察していきます。前半は個人が個人に犯す暴力を取り上げ、人間が本能的にもつ暴力への衝動や誘惑について考察していきます。普段は道徳や倫理というオブラートで包み隠されている人間の暴力性というものを鋭く描いています。暴力はダメだという理性の下にある暴力への激しい衝動と誘惑。映画の主人公はたまたま暴力はダメだという理性を持ち合わせていなかっただけにすぎないのではないのかと激しく観客を挑発します。
 後半は国家権力が個人に犯す暴力を取り上げます。暴力を否定するために暴力を使う国家権力のおぞましさ。文明の下で行われる野蛮な行為。そこには正義や平和のために戦争をしてもよいという現代の文明化された野蛮な国々に対する痛烈な皮肉が込められています。また国家権力は社会の秩序維持の為にどこまで個人の人間性に介入することが許されているのかという倫理的な問題を観客に提起します。この問題提起はテロや犯罪の頻発する中、国家による個人への統制管理が進んでいる現代の方がむしろ論議されるべきことかもしれません。
 映画のラストは賛否両論分かれると思います。嫌悪感を抱く人もいるかもしれません。しかし、この映画のラストはとてもシニカルな形で個人の尊厳について訴えかけています。
 さて、この映画はストーリーだけでなく映像・音楽でも見るべきところは多いです。特に映像は今見てもとても斬新でユニークです。また映画に出てくる衣装や美術はどれも印象的です。山高帽に白のツナギに黒のブーツとステッキ。ミルクバーの猥褻な美術、広々としたレコードショップ、性器の形をした置物、ポップなデザインの建築物とその内装や家具。どれも強烈なインパクトがあります。また音楽の使い方も巧みで、暴力シーンにそぐわないような音楽を選曲して、映像のインパクトをさらに強烈にしています。
 この映画は見た目の過激さだけでなく、とても奥深いテーマを内包した作品であり、何回見ても考えさせられる作品であります。一見反社会的な内容でありながら、そこで語られるのは個人の人間性の尊厳と極めてまじめなテーマです。ぜひ、みなさんも一度この作品を見てみてください!

製作年度 1971年
製作国・地域 イギリス
上映時間 137分
監督 スタンリー・キューブリック
原作 アンソニー・バージェス 
脚本 スタンリー・キューブリック 
音楽 ウォルター・カーロス 
出演 マルコム・マクダウェル 、パトリック・マギー 、エイドリアン・コリ 、オーブリー・スミス 、マイケル・ベイツ 

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『2001年宇宙の旅』この映画を見て!

第38回『2001年宇宙の旅』 スタンリー・キューブリック特集1
こんな人にお奨め!「名作と呼ばれる映画を見たい人、SF映画大好きな人、人類の進化について考えたい人」
2001 今回はSF映画の金字塔とも言える『2001年宇宙の旅』を紹介します。
この映画は1968年に公開された映画ですが、今見ても、全然古くささをを感じさせません。ため息の出るほど美しい映像、クラッシック音楽の大胆で巧みな使い方、宇宙の広大さと静けさを表現した音響効果の素晴らしさ、人類の進化を扱った奥の深いストーリー、映像に隠された様々な暗喩。この映画は何度見ても新たなる発見のある映画です。
 私がこの映画を最初に見たのは高校の時でした。雑誌などの映画史に残る映画ベスト10に必ず登場する『2001年宇宙の旅』に、私は一体どんなSF映画なのかと期待が膨らんでいたものでした。しかし、LDを購入して家で見たところ、いきなり猿が争うシーンが延々と続き戸惑いました。その後、宇宙ステーションや月面のシーンを見ても、映像のリアルさ・美しさに感動したものの、淡々と進むストーリーに正直退屈したものでした。HALという人工知能コンピューターが出て、人間に反乱をする場面は手に汗握ったものの、ラストのスターゲート突入から一気に話しについていけなくなりました。この映画は私のSF映画への概念を見事に崩してくれました。私はSF映画というと思い浮かべるのは『エイリアン』や『スターウォーズ』でした。だから『2001年宇宙の旅』も宇宙を舞台に手に汗握る活劇が展開されると勝手に勘違いしてました。この映画を見て、映画は総合芸術だということを私は始めて認識しました。
 ストーリー:「400万年前の人類の夜明け。人類はまだ他の動物と大差ない生活を送っていた。そんな人類の前に現れる黒石板モノリス。人類はモノリスと接触することで道具を使えることを発見する。そして2001年。月面で黒石板モノリスが発見される。なぜモノリスは人類の前に再び現れたのか?この物体の謎を解明するため、5人の科学者を乗せた宇宙船ディスカバリー号が木星に旅立つ。しかし、宇宙船ディスカバリー号に搭載されていた人工知能コンピュターHALが人類に対して反乱を起こしてしまう。HALの反乱で4人死に、ボーマン船長一人が生き残る。なぜHALは反乱を起こしたのか、そしてモノリスはなぜ人類の前に現れたのか、謎を抱えたままディスカバリー号は木星に到着する。そこで ボーマン船長が体験したこととは・・・・。
 この映画はセリフが極端に少なく、140分の上映時間中で40分くらいしかありません。その為にストーリーの全体像を1回見ただけで把握するのはとても困難です。この映画はセリフでなく映像そのものに深い意味が込められています。観客は映像からこの映画のストーリーやテーマ性を解釈していかないといけません。そう言う意味ではこの映画は観客の想像力をとても刺激する映画であります。
 この映画はアーサー・C・クラーク が書いた原作本もあるのですが、そちらは映画でよく分からなかった部分もとても丁寧に解説されおります。原作は映画と違い作者の意図やメッセージが明確に記されており、とても分かりやく面白い小説に仕上がっています。もし映画を見て、ストーリーがもう一つ分からなかった方や映画では説明されなかった謎に対する詳細な理由が知りたい人はぜひ原作を読むことをお奨めします!
 私はこの映画を人類の進化と暴力について考察した作品だと思っています。人間は暴力によって常に争い、強者が弱者を支配して文明を進化させてきた過程をこの映画は描いています。映画の冒頭の人類の祖先が道具を使い動物を殺し、仲間と争い始める場面は人間の進化と暴力の関係を見事に描いてます。映画後半で展開されるHALの反乱とそれに対して人間がHALのスイッチを切る場面もとても暴力的です。人類の地球の支配者としての存在を脅かす新たなる支配者に対して争う姿を象徴的に描いています。この映画は人間(それも男性)が暴力によって地球の支配権を獲得していった過程を描いた作品であります。
 ラストはとても抽象的で一度見ただけでは、何が起こっているのか掴みにくいと思います。原作ではラストに関しても詳細に何が起こっているのか説明しているのですが、映画では全く説明されていません。映画のラストのスターゲート突入からスターチャイルド誕生までのシーンは人間と宇宙に存在する高度知的生命体との接触を描いています。そして、高度知的生命体はHALとの争いで勝ったボーマン船長を新たなる生命体として進化させます。それが映画のラストのスターチャイルドです。
 さて、この映画の見所は奥の深いストーリーだけではありません。映像・音楽・音響、どれも全てが考え抜かれており、この映画のテーマを見事に語っています。特に各場面の映像にはさまざなな意味が込められており、観客はこの映像は何を象徴しているのか考えながら見ていくことが出来ます。例えば、人類の祖先が投げた骨が、次のカットで宇宙船のショットへとつながり、それがさらに宇宙船内を浮かぶペンのショットへとつながる一連のシーンなどは文明の進化を見事に表したシーンだと思います。
 また音響も巧みです。映画の後半の宇宙船内で息づかいだけが聞こえてくるシーンは、緊張感と主人公の孤独と閉塞感が見事に表現されています。
 さらに映像と音楽のシンクロも最高で、クラッシック音楽と近未来の宇宙の映像が見事なくらいマッチしてます。最初はこの映画のために音楽が作られていたのですが、監督がそれを全部却下して、今のクラッシック音楽に変えたそうです。この選択はとても大成功だったと思います。映画の冒頭、「ツァラトゥストラはかく語りき」が流れる中、惑星が一直線に並ぶシーンなんて鳥肌が立ちます。
 この映画はとても30年以上前に作られた映画だとは思えないほど、今見ても素晴らしい作品です。現実の2001年は残念ながら映画で描かれる2001年ほど宇宙に人類は進出できませんでした。しかし、この映画はとてもリアルに人間の宇宙進出を描いてます。30年以上前のCGもない時代にこれほどの完成度の映像を作ったとは驚くべきものです。映画は決して技術だけではなく、監督のセンスや美意識が大切なことがよく分かります。
 ぜひ皆さんも映画史に残る名作『2001年宇宙の旅』をご覧になってください!

製作年度 1968年
製作国・地域 アメリカ/イギリス
上映時間 139分
監督 スタンリー・キューブリック 
原作 アーサー・C・クラーク 
脚本 スタンリー・キューブリック 、アーサー・C・クラーク 
出演 ケア・デュリア 、ゲイリー・ロックウッド 、ウィリアム・シルヴェスター 、ダニエル・リクター 、レナード・ロシター 

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「スタンリー・キューブリック」私の愛する映画監督3

第3回「スタンリー・キューブリック」
kubrick_head2 皆さん、スタンリー・キューブリックという映画監督をご存じでしょうか?彼が監督した映画はどれも芸術作品であり、映画史に残る名作であります。また彼の映画は常に革命的な映像表現と卓越した音楽センスで、後の多くの映画人に影響を与えています。
 私がキューブリック監督に出会ったのは高校生の時でした。その頃は映画ファンの間で名作と言われる作品を片っ端から見えていた時期でした。そして私が読んでいた映画の解説本で、SF映画の代表として『2001年宇宙の旅』が高く評価されていました。私は小さいときからSF大好きな人間だったので、SF映画の代表作と呼ばれるくらいなら一度は見ておかないということで、LDで購入しました。家の小さなテレビでの鑑賞だったのですが、私の予想を遙かに超えた作品でした。『スターウォーズ』や『未知との遭遇』などが好きだったので、この作品も宇宙を舞台にした娯楽映画だと勘違いしてました。それがいきなり猿のシーンが延々と続きなんだこの映画はと驚いたものです。そしてこの映画はただ者でないと気づき、姿勢を正して見入りました。宇宙船の映像美、クラッシック音楽の大胆な使い方、難解なストーリーに見終わった後は圧倒されてしまいました。この映画を作った人は天才に違いないと確信した私は、その後キューブリック監督の映画を片っ端から買い集め、鑑賞していきました。大学生の頃にはキューブリック信者になっており、月に一度は彼の映画を見ないと気がすまいようになってました。
 彼の映画には他の映画にはない幾つかの特徴があります。その特徴が彼の映画の魅力であり、名作と呼ばれる所以だとも思います。

①圧倒的な映像美
 彼はもともと写真家だったこともあって、映像にはとてもこだわっています。彼の映画はどのシーンも、絵画か芸術写真のように美しいです。効果的な照明の使い方、完璧な画面の構図、映画美術に対するこだわりなど、自分がイメージする映像を完成させるためへの追求心は半端ではありません。彼はいいショットが撮れるまで同じシーンを何回も撮り直したそうです。『アイズ ワイド シャット』でトム・クルーズは50回以上同じシーンを撮り直したそうです。また彼は毎回作品のテーマや雰囲気にあった映像を生み出すために新しい撮影技術も積極的に取り入れています。『バリー・リンドン』では蝋燭の光だけで撮影できるようにレンズを開発し、『シャイニング』ではステディカムという装置を使い、スムーズな移動撮影を行っています。言葉で説明するのは難しいですが、彼の映像美は一見の価値があります。
②シンメトリーな構図の空間
 彼の映画を私が見るときにいつも注目するのがシンメトリーな構図の空間設計です。シンメトリーな構図とは左右対称な構図のことをいうのですが、彼の映画はシンメトリーな構図のシーンが多いです。シンメトリーな構図は整然とした秩序ある美しさを感じる反面、どこか居心地の悪さを感じてしまいます。だから彼の映画で左右対称な構図の空間が出てくると、気になると同時にとても生理的違和感を覚えるんですよね。
③卓越した音楽センス
 彼の音楽の使い方はとても巧みです。どの作品においても、映画のテーマや映像の魅力をさらに引き立たせる音楽の使い方がされています。彼は時として普通の人なら考えもしないような選曲をします。このシーンにこの音楽をもってくるのかと観客を驚かせます。特に『2001年宇宙の旅』と『時計じかけのオレンジ』のクラッシック音楽の使い方は巧みでした。近未来宇宙の映像と古典的なクラッシックの融合、バイオレンス映像とベートーヴェンの融合などは新たなるクラッシック音楽の可能性を切り開いたと思います。また映画で歌が挿入されることが多いのですが、アイロニカルな使い方をしています。映像のもつ意味と相反する歌を流すことで、そのシーンが持つ意味を引き立たせています。彼の映画において音楽とは映像の従属物ではなく、映像の可能性を切り開くための大切な役割を担っています。   
④主人公への冷めた視点
 彼の映画はどの作品も主人公に感情移入できないような作りになっています。観客は神のような視点で客観的に主人公の姿を捉えて判断することを要請されます。彼は主人公の行動は描いても感情というものはあまり描きません。彼は常に観察者として主人公を見つめて追っています。彼は一人の人間の感情や人生を追う作家ではなく、彼は“ある人間”をサンプルとして取り上げ、人間とはどういう存在かをより大きな視点で捉えようとします。彼は普遍的人間性を追求した作家だと思います。
⑤深いテーマ性
 彼の映画はどれもジャンルが違います。戦争映画、SF映画、ホラー映画、歴史映画といろいろなジャンルの映画を監督しています。しかし、どの映画も共通したテーマがあります。それは「人間と暴力」、「人間と狂気」というテーマです。(『アイズ ワイド シャット』は少しテーマが違っていましたが) 彼の映画はどれも暴力に満ちています。戦争という暴力はもちろんのこと、人間が本質的に持っている暴力性というものを、どの映画でも追求しています。 また人間がもつ狂気というものにもとても興味があるようで、主人公である人間が狂っていく様子をいつも淡々と描いています。彼にとって人間とは暴力的存在であり、狂った存在であると映っていたのでしょうか。

 彼の映画は他の映画には魅力があります。そしてその魅力に一度はまってしまうと、何度でも彼の映画を見たくなります。彼が『アイズ ワイド シャット』撮影後に亡くなったのが残念です。
 是非、みなさんも一度ご覧ください。また「この映画を見て!」でも彼の各映画について取り上げていこうと思っているので、お楽しみに!

*スタンリー・キューブリック監督作品
1955年 非常の罠 
1956年 現金に体を張れ 
1957年 突撃  
1960年 スパルタカス 
1962年 ロリータ  
1964年 博士の異常な愛情  
1968年 2001年宇宙の旅   
1971年 時計じかけのオレンジ   
1975年 バリー・リンドン  
1980年 シャイニング 
1987年 フルメタル・ジャケット  
1999年 アイズ ワイド シャット 

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『エクソシスト』この映画を見て!

第37回『エクソシスト』
こんな人にお奨め!「怖い映画が見たい人、オカルトに興味がある人、神の存在について考えてみたい人、人間の弱さについて考えている人」
exo25r2  この映画は映画史に残るホラー映画の傑作であり、知っている人も多いと思います。この映画は確かにホラー映画の代表作というだけあってショッキングなシーンも数多くあります。屋根裏の謎の音、ポルターガイスト現象、悪魔に取り憑かれ苦しむ容姿が変貌する少女、首が180度回るシーン。
 しかし数多くのホラー映画が作られている今見るとそんなに怖い映画ではありません。むしろ悪魔払いを中心にした奥深い人間ドラマが展開される映画です。
 この映画は悪魔払いを扱った映画でありますが、悪魔払いのシーンは最後の30分ほどです。最初の1時間はある日突然に悪魔に取り憑かれた少女とその母親の悪魔に脅える姿と自分の母を見捨てた若い神父カラスの苦悩する姿とを平行して描いていきます。そして中盤過ぎかかった頃、ようやく家族とカラス神父は出会い、悪魔の存在を確認し、悪魔払いに挑んでいきます。
 映画の前半は突然原因も分からず様子がおかしくなった少女に戸惑う母親の孤独と苦悩がじっくりと描かれています。病院に行ってありとあらゆる所を診察しても異状の見つからず、どんどん様子の変わっていく娘に精神的に追いつめられていく母親の姿がとてもリアルに描かれています。救いたくても救えない苛立ちや焦り、未来に対する不安と絶望、何としても子どもを守りたい母親としての愛情。この映画は母の子に対する愛情を描いたドラマとしても1級品です。
 またこの映画は人間の弱さを描いた映画でもあります。悪魔に取り憑かれた少女と並んで、この映画の主役とも言えるカラス神父は人間の弱さの象徴として描かれています。独り身の母親を見殺しにしたという苦悩にずっと苛まされるカラス神父。神父でありながら人を救うことが出来ない無力感。彼は神父としての自分にどこかコンプッレックスを持って生きています。しかし最後に悪魔と直接対決する中で、自分の弱さを悲劇的な形ではありますが克服します。この映画は自分の内面の弱さと向き合い克服するドラマとしても胸に残るものがあります。
 映画のクライマックスの悪魔払いのシーンは圧巻です。描かれる時間は短いのですが、今までのドラマの積み重ねがある分、とても見入ってしまいます。映画の冒頭で出てきたメリン神父が登場し、悪魔との一騎打ちが始まります。このシーンの緊張感は凄いです。そして思いがけない形で突然打たれる終止符。それは見ているものに深い余韻を与えてくれます。
 この映画が単なるホラー映画を超えた格調高い仕上がりになっているのは、ストーリーの奥深さもありますが、演出面での巧みさもあります。
 暗く冷たい印象を与える映像、巧みなカメラワーク、編集の巧みさ、ドキュメンタリータッチの演出、効果的な音楽の使い方と、どれも映画の仕上がりを高めています。特にメリン神父がタクシーでやってくるシーンと何とも言えない後味を残す映画のラストシーンは印象的です。
エクソシスト ディレクターズカット版
 この映画は2000年に再編集され、10分程のシーンが追加されたディレクターズ・カット版が公開されています。こちらはリーガンが蜘蛛歩きをするシーンやラストシーンに変更が加わっています。またCGによるサブリミナル映像も各所に付け加えられています。しかし、完成度で言うとオリジナルの方が優れています。30年前にこれらのシーンを付け加えなかったのは正解だったと思います。
 続編も何本か制作されていますが、これらも1作目には及びません。

皆さんも是非この恐ろしくも哀しい映画を見てみてください。深い余韻が残ると思います。

製作年度 1973年
製作国・地域 アメリカ
上映時間 122分
監督 ウィリアム・フリードキン 
製作総指揮 ノエル・マーシャル 
原作 ウィリアム・ピーター・ブラッティ 
脚本 ウィリアム・ピーター・ブラッティ 
音楽 マイク・オールドフィールド 、ジャック・ニッチェ 
出演 エレン・バースティン 、マックス・フォン・シドー 、リー・J・コッブ 、ジェイソン・ミラー 、リンダ・ブレア 

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『アマデウス』(ディレクターズカット版)この映画を見て!

第36回『アマデウス』(ディレクターズカット版)
こんな人にお奨め!「モーツァルトが大好きな人、天才と秀才の違いを知りたい人、才能のない自分に不満を持つ人」
アマデウス ― ディレクターズカット スペシャル・エディション 今年はモーツァルト生誕250年ということで、今回はモーツァルトを主人公にした『アマデウス』を紹介したいと思います。この映画は1984年に公開されたのですが、公開当時に大変高い評価を受け、アカデミー賞でも8部門受賞という輝かしい成績を収めています。
 この映画はイギリスの劇作家ピーター・シェーファーによって著された戯曲『アマデウス』を基に作られた映画です。戯曲『アマデウス』は1979年にロンドンで公演され人気を博し、日本でも松本幸四郎主演で制作されています。
 ストーリー:「1825年、オーストリアのウィーン。1人の老人が自殺を図る。彼の名はアントニオ・サリエリ。かつて宮廷にその名をはせた音楽家であった。そのサリエリが天才モーツァルトと出会う。モーツァルトは下品でいい加減な男だったが、音楽の才能に関しては天才だった。サリエリは彼の才能に激しく嫉妬する。そして次第になぜあのような下品な男に才能を与えたのか、神にも不信を抱くようになる。そしてサリエリはついにモーツァルトに対して恐るべき陰謀を謀る。」
 『アマデウス』のストーリーの面白さはモーツァルトの才能に嫉妬するサリエリという男の存在にあります。自分よりも遙かに優れた才能を持つものへの羨望と嫉妬。自分の方が才能を持つのに相応しい人間のはずなのに、自分よりも下品な人間に才能を与えた神への不満。サリエリの中に渦巻く感情は決して特別なものでなく、誰しもが持つ感情です。「なぜ自分にはこれだけの才能しか与えられなかったのか?なぜあいつにあれだけの才能が与えられたのか?」人生においてこんなことを一度は考えたことある人は多いと思います。そう言う人はこの作品を見るとサリエリに共感できると思います。この映画のテーマは誰しもが持つ天才への羨望と嫉妬そして妬みです。
 さて映画『アマデウス』の見所ですが、ストーリーはもちろんのこと、映像・音楽・役者の演技と全てにおいて見所満載です。まずプラハで撮影された映像はとても素晴らしく、18世紀のウィーンの雰囲気を見事に再現しています。豪華絢爛な衣装、18世紀の舞台の再現、18世紀の市民の生活の様子など映像的に見て楽しめる作品となっています。音楽は全編モーツァルトの名曲が流れており、この映画を見ると彼の代表作が一通り聴けます。
 そして役者の演技。サリエリを演じた
F・マーレイ・エイブラハムの演技は最高です。彼はモーツァルトへの嫉妬とねたみを見事に表現しています。そしてモーツァルトを演じたトム・ハルス。今までイメージしていたモーツァルト像を見事に壊してくれました。
 映画のクライマックスシーン、死にかけたモーツァルトが作曲するのをサリエリが手伝うシーンの2人の演技合戦は凄いです。死期が近づき最後の力を出して作曲モーツァルトと嫉妬や妬みを超えて天才の才能に少しでも近づこうとする秀才サリエリの姿が緊張感たっぷりに描かれ、見入ったものです。
 この映画は劇場公開版とディレクターズカット版と2バージョンあります。私はどちらも見たのですが、20分追加シーンのあるディレクターズカット版の方がストーリーが分かりやすく、深みが増したと思います。特にサリエリとモーツァルトの妻コンスタンツェが出会うシーンはラストの妻のサリエリへの態度の伏線となっており、ここが劇場版でカットされたのは惜しいなと思いました。
 あと私がこの映画で気になったのはサリエリが食べるお菓子です。サリエリは映画の中でやたらお菓子を食べるシーンが出てきます。そのお菓子が美味しそうなのですが、いったいどんな味なのでしょうね。ちなみにサリエリがお菓子を食べるシーンには彼の抑圧された欲望というものが暗示されているような気がします。格式や伝統を重んじ、気品高い人間でいようとするサリエリの押さえつけられた欲望のはけ口がお菓子を食べることでなかったのではと思います。

 モーツァルトの曲は頭を良くすると紹介されて以来、ちょっとしたモーツァルトブームが起こっています。是非、少しでもモーツァルトの曲を聴いたことある人ならこの映画はきっと楽しめると思います。また全くモーツァルトの曲を知らなくても、この映画は才能と嫉妬という極めて普遍的なテーマが描かれいるのでとても面白くご覧になれると思います。是非みなさんもこの映画を見てみてください!

製作年度 1984年
製作国・地域 アメリカ
上映時間 180分
監督 ミロス・フォアマン 
製作総指揮 マイケル・ハウスマン 、ベルティル・オルソン 
原作 ピーター・シェイファー 
脚本 ピーター・シェイファー 
音楽 ジョン・ストラウス 
出演 F・マーレイ・エイブラハム 、トム・ハルス 、エリザベス・ベリッジ 、ロイ・ドートリス 、サイモン・キャロウ 

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『サウンド・オブ・ミュージック』この映画を見て!

第35回『サウンド・オブ・ミュージック』
こんな人にお奨め!「ミュージカル映画大好きな人、音楽を愛する人、明るい気持ちになりたい人」
サウンド・オブ・ミュージック プレミアム・エディション 今回紹介する映画は映画史においても燦然と輝きつづける名作『サウンド・オブ・ミュージック』の紹介です。この映画の一番の魅力は名ナンバー揃いの「歌」です。「サウンド・オブ・ミュージック」「ドレミの歌」「エーデルワイス」「私のお気に入り」と誰もが一度は聞いたこと、又は歌ったことある曲が使われています。その為、ミュージカルはちょっと苦手な人でも、この映画はすんなり見られると思います。この映画で使われている歌は聴いていて、どれも楽しく美しい曲ばかりです。この映画を見終わると「歌」がもつ魅力や力というものがとてもよく分かります。
 私がこの映画を始めてみたのは小学生の時で、私の母がミュージカル好きだったので、一緒に見た記憶があります。子どもながらに、映画で流れる歌に感動し、はらはらどきどきのストーリーに夢中になったのを覚えています。
 ストーリー:「修道女見習いのマリアは、修道院では問題児だった。そこで院長は、マリアをトラップ大佐の家に送りこむ。そこには母のいない7人のひねくれた子供たちがいた。家庭教師として7人の子どもたちの面倒を見るマリア。トラップ家に受け入れられたマリアは、やがて大佐への恋心に気づく。そしてマリアは大佐と結婚する。しかし、第2次大戦が始まり、大佐はナチに追われる身となる。」
 この映画のストーリーはマリア・フォン・トラップによって書かれた自叙伝「トラップ・ファミリー合唱団物語」の前編を基に作られています。戦争の影がちらつくオーストリアを舞台に、ドラマチックなストーリーが展開されるのですが、映画は前半と後半で色合いがだいぶ違っています。前半はマリアと子どもたちの友情やマリアと大佐の恋などが描かれ、見ていて楽しいのです。しかし、後半は戦争の影が色濃くなり、ナチの支配下のオーストリアから脱出しようとする一家の姿を描き、とてもスリリングな展開になります。
 私がこの映画で一番印象的なのは映画のクライマックス、音楽祭に一家が出場するシーンです。ナチの支配が進み、祖国が失われようとしている今、大佐が祖国への愛を込めて「エーデルワイス」を歌うシーンは胸にぐっと来るものがありました。このシーンでこの映画は単なるミュージカル映画にはない深いメッセージをもつ映画になったと思います。
 この映画は歌・ストーリー以外にも見所は満載です。オープニングのアルプスからザルツブルクまでの空中撮影の雄大さ、後半のスリリングな脱出劇の展開などは映画ならではの醍醐味を味わえます。またキャスティングもとても素晴らしく、マリアを演じたジュリー・アンドリュース始め、大佐役のクリストファー・プラマーや子役の演技もとても上手です。
 この映画は3時間と長い映画でありますが、歌の素晴らしさとストーリーの面白さで飽きることなく見させてくれます。ぜひこの映画史に残る名作を皆さんも見てみてください。

製作年度 1964年
製作国・地域 アメリカ
上映時間 174分
監督 ロバート・ワイズ 
脚本 アーネスト・レーマン 
音楽 アーウィン・コスタル 、リチャード・ロジャース 、オスカー・ハマースタイン二世 
出演 ジュリー・アンドリュース 、クリストファー・プラマー 、エリノア・パーカー 、リチャード・ヘイドン 、ペギー・ウッド 

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『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊 』この映画を見て!

第34回目『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』
こんな人にお奨め!「『マトリックス』、『ブレードランナー』に夢中になった人、サイバーパンクが好きな人」
GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊 前回まで3回にわたり私の好きな近未来SF映画を紹介しましたが、もう1本私の大好きな映画を紹介するのを忘れていたので、今回させてもらいます。
 今回紹介する『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』は前回紹介した『マトリックス』にも多大な影響を与えた日本アニメの傑作です。日本のアニメ映画というとスタジオジブリのイメージが強いですが、海外では他にも人気を博しているアニメが数多くあります。今回紹介する映画もアメリカでビデオ発売され、大ヒットした作品です。
 
この映画は1995年に制作された映画ですが、クオリティの高い映像と時代を先取りしたストーリーで今見ても見所の多い映画です。2004年には続編の『イノセンス』も公開されています。
 ストーリー:「
ネットが世界を覆い、人間の可能性は大きく広がった近未来。 人間の身体は一部またはほとんど義体化され、脳も電脳化されてネットと直接アクセスできるようになった社会。しかし電脳化が進むにつれ、電脳犯罪も頻発していた。草薙素子は公安9課に所属するサイボーグ。ある時、公安9課に人形使いと呼ばれる1人のサイボーグが拘束される。人形使いと呼ばれるクラッカー(パソコンの不正利用者)は他人の脳をハッキングして、記憶をすり替え操り、犯罪を起こさせていた。人形使いとは一体何者なのか?それを問いつめようとした時、公安6課が強引にも彼を連れ去ってしまう。人形使いは公安6課が対ネット犯罪者用に開発したプログラムが、偶然にもゴースト(魂)に近い自我を持つことにより生まれた、擬似生命体だった。公安6課との激しい攻防の末、彼を取り返した素子は、彼から思いもかけない申し出を受ける。
 ストーリーを長々と書いてしまいましたが、この映画はある程度サイバーパンクやパソコンに詳しくないと、最初見たときどういう話しなのか掴みにくいと思います。今まで聞いたことないような言葉(「電脳」「義体」「ネット」)が次々と出てくるので、始めてそのような言葉を聞く人は何のことかとまどうと思います。また人間の脳がネットと直接アクセスでき、さまざまな情報を収集したり、他人の脳をハッキングできると聞いてもぴんとこない人もいると思います。
 しかし、一度そこら辺のことを理解して、この映画を見ると非常に面白い作品です。まず映画の世界では取り替え可能になった身体や脳は自我(アイデンティティ)にとって何の意味も持ちません。自分の記憶ですらねつ造されてしまいます。そんな世界では今ここにいる自分が本当の自分かどうかさえあやふやで、不確定なものになってしまいます。ここにいる自分が本当に自分なのか、もしかしたら記憶も誰かにねつ造されているのではという不安・恐怖。また身体も脳も入れ替え可能なら、一体自分を自分たらしめるものは何なのか?何を根拠に今ここにいる自分が唯一無二の自分だと言えるのか?そして身体や脳が自我(アイデンティティ)にとって何の意味も持たないのなら、もともと身体や脳をもっていなくても自我(アイデンティティ)を持てばそれは人間と同じものと言えるのではないか?では人間と非人間との境界線は何なのか?この映画は非常に哲学的な深い問いかけを私たちに投げかけてきます。
 この映画は最後に人間とネットの融合という形で、新たなる進化?の形が描かれます。それは人間を超えた人間の誕生であり、魂を持ったテクノロジーの誕生です。そして人間と非人間との境界線がなくなります。
 この融合シーンを見ながら私は生命とは何かについて考えてしまいました。多様性とゆらぎが欲しいと融合を持ちかける人形使い。コピーは所詮コピーに過ぎないという言葉が何とも印象的です。生命は自己を保存するためにあえて他者と交わろうとする。時にはそれが変異などを起こし、新たな種が誕生し、生命に多様性が生じる。生命とは維持のための安定と変化のための不安定と両方を求める生き物なのでしょうね。
 この映画は80分と短い映画ですが、何回も見て楽しめる映画だと思います。興味のある人は是非見てください。
GHOST IN THE SHELL 2 INNOCENCE INTERNATIONAL VER.

 ちなみに昨年に続編の『イノセンス』が公開されましたが、こちらは1作目に比べると衝撃度や完成度は落ちます。主役は1作目の脇役だったバトーに交代してます。もちろん草薙素子も思わぬ形で出てきます。
 この映画、
映像はとても精密で美しいのですが、少しセル画とCGがかみあっていないかなと思いました。ストーリーは1作目に比べるとインパクトがなく、普通のSFハードボイルド映画でした。

製作年度 1995年
製作国・地域 日本
上映時間 80分
監督 押井守 
原作 士郎正宗 
音楽 川井憲次 
出演 田中敦子 、大塚明夫 、山寺宏一 、仲野裕 、大木民夫 

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『マトリックス』この映画を見て!

第33回『マトリックス』
こんな人にお奨め!「今ある世界は現実ではないのではと疑ったことのある人、スカッとしたい人、サイバーパンク大好きな人」
マトリックス 特別版 いよいよ私がお奨めする3回連続近未来SF映画の紹介も最後になりました。今回紹介する映画は世界中で大ヒットした『マトリックス』。ご覧になった方も多いと思います。この映画は3部作まで作られましたが、一番面白いのは1作目です。あとの2作は設定的にはとても面白いと私は思うのですが、見せ方や話しの進め方が下手です。映像が凄いだけで、主人公に感情移入できないのが一番大きなミスだと思います。
 さて1作目ですけど、公開されたのは1999年で、『スターウォーズ・エピソード1』と同時期の公開でした。『エピソード1』は観客の期待も高く、ふんだんなし資金を投入して制作されましたが、映画の出来はたいしたありませんでした。『スターウォーズ』好きの私も出来の悪さにショックを受けました。ちょうど『エピソード1』に失望していた時に現れたのが、この映画『マトリックス』。SFファンを喜ばせるようなサイバーパンク(電脳空間)な設定に、斬新な映像表現(アニメでは以前から見られた表現ですがね)、カンフーと銃による豪快でスカッとしたアクションと見所の多い映画でした。私もこの映画にはまり、何回も映画館に見に行きました。
 わたしがこの映画に惹かれた理由は、「自分がいま生きているこの世界がもし現実でなかったら」という設定でした。私自身、小さいときから、「もしかしたら、この世界は誰かの夢の中で、私は夢の中の登場人物に過ぎず、夢が覚めたら私もいなくなるのでは」とか「この世界は神のような存在が操っていて、私たちはその人形に過ぎないのでは」とか考えたりしたものでした。この現実が本当に現実であるのかどうか、現実の中に生きる私たちがなかなか証明できないですよね。もしかしたら、この現実が架空な世界かもしれないわけで、ただ気づいてないだけかもしれませんしね。この話を続けていくと、哲学的な話しになってくるのですが、この映画はそういう私の思いに見事に応えた映画でした。
 この映画では殆どの人間はマトリックスという電脳空間を現実だと思いこみ生活しています。一部それに気づいた人たちが人間が機械の奴隷になっている本当の現実を教え、本当の現実世界を人間の手に戻そうと闘いを機械に挑みます。この映画では主体性を剥奪された人間たちが主体性を取り戻そうと機械との争いに挑みます。そこには現代社会がシステムによって縛られ、個人の主体性が剥奪されいる現状に対する見事なアンチテーゼになっていると思います。
 しかし私はこの映画を見ながら「なぜマトリックスの中で生きていくことがだめなのか?」という問いが私の中で生まれてきました。「虚構の空間とはいえ、そこで人間らしく生活することもできるのに、なぜ現実にこだわるのか?」「マトリックスは機械が作り出した世界に過ぎないから人間は許せないのか?」「もしこの世界が神によって作られたマトリックスであるならば人はそれを受け入れるのか?。」ここら辺のことを考え出すと、この映画のテーマそのものを否定してしまうのですが・・・。
 話しが少し脱線しましたが、この映画は『キル・ビル』のようにいろいろな映画・漫画・本からの引用がなされています。特に日本アニメの傑作『攻殻機動隊』の影響が強く、設定や画面の構図などとてもよく似ています。よく似ているとは言え、日本では実写で出来ない映像表現をみごとやってのけたのは素晴らしいと思います。

マトリックス リローデッド 特別版 この映画は『リローデッド』『レボリューション』と続編が2作作られましたが、この続編は蛇足でしたね。主人公が1作目で最強になってしまい、続編では全く感情移入できませんでした。あと脇役のトリニティーとモーフィアス2人の魅力が続編では半減されており、脇の又脇役の人たちの方が魅力的に見えてしまい、イマイチでした。 
 映像も凄いですけど、どこかCG臭さが抜けず、人間離れしすぎてノレないんですよね。CG物量作戦といった感じで、ドラマとかみ合ってなくて、映像ばかり先行してましたね。
 ただ設定自体はとても面白かったです。『リローデッド』のラストに語られた「救世主は今までもいたこと、マトリックスが6回フォーマットされたこと、ザイオン自体もマトリックスのシステムに組み込まれていること」が説明されるシーンは1作目の話しを根底から覆し、一体どういう展開になるのかと期待しました。この発言で1作目で語られていた主体性の復権が見事に否定され、全てはシステムの意のままだという設定は刺激的でした。
マトリックス レボリューションズ しかし3作目は話しがスケールダウンしましたね。監督自身話しをどう収集していいのか分からなかったんでしょうね。 結局、スミスというマトリックス上のウィルスを駆除する話しになってしまい残念でした。
 ただラストに機械と人間がお互いに譲歩するという結末はハリウッド映画らしくなくて好きです。それと同時に人間中心主義からの脱却も感じられ、「人間と非人間との違い」や「主体性の定義」などの問題提起も含まれていて決して失敗作とは言えないなとは思います。
 ちなみに2作目のラストでネオが現実世界でも機械を倒せたのは、超能力ではなく、ネオの体が無線LANとなり、直接本体にアクセスして機械を止めたというだけです。彼は人間でもありながら、機械とも交信できる巫女さんのような存在になったのでしょうね。
 『マトリックス』はとても知的に刺激的な映画でもありますし、感覚的にも楽しめる映画です。私のお薦めのSF映画です。

製作年度 1999年
製作国・地域 アメリカ
上映時間 136分
監督 アンディ・ウォシャウスキー 、ラリー・ウォシャウスキー 
製作総指揮 バリー・M・オズボーン 、アンドリュー・メイソン 、アンディ・ウォシャウスキー 、ラリー・ウォシャウスキー 、アーウィン・ストフ 、ブルース・バーマン 
脚本 アンディ・ウォシャウスキー 、ラリー・ウォシャウスキー 
音楽 ドン・デイヴィス 
出演 キアヌ・リーヴス 、ローレンス・フィッシュバーン 、キャリー=アン・モス 、ヒューゴ・ウィーヴィング 、グロリア・フォスター

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『未来世紀ブラジル』この映画を見て!

第32回『未来世紀ブラジル』
こんな人にお奨め!「情報管理社会に抵抗を感じる人、ブラックユーモア大好きな人、近未来SF映画大好きな人」
未来世紀ブラジル スペシャルエディション 前回の『ブレードランナー』に引き続き、私の好きな近未来SF映画2本目の紹介です。
 今回の作品も80年代を代表する近未来映画の傑作です。監督は『12モンキーズ』や『フィッシャーキング』で有名なテリー・ギリアム。『ブレードランナー』とはまた別の意味で強烈な映像、皮肉たっぷりのストーリー、ラスト15分のどんでん返しなど見所の多い映画です。
 私がこの映画を最初に見たのは小学生の時でテレビの深夜放送で見た記憶があります。私はその頃、喘息持ちで夜も眠れない日がありました。そんな眠れないある日、テレビをつけると放映されていたのが『未来世紀ブラジル』。最初はボーと見ていたのですが、強烈な映像とよく分からないけど怖いストーリー、そしてラストの予想外のオチに子どもながらに凄い映画を見たという満足感を覚えたものでした。
 その後、レンタルビデオを借りては見ていたのですが、一昨年にDVDが発売されたので購入して何回も見たものです。
 ストーリー:「20世紀のどこかの国。そこは徹底的に情報が管理された社会だった。情報局に勤めるサムはいつも天使のような女性と大空を飛ぶ夢を見ていた。そんなある日、情報局の書類ミスで、一般市民がテロリストと間違われ処刑されてしまう。後処理に追われるサム。そんな彼女の前に夢で出会った女性と同じ顔の女性ジルに出会ってしまう。しかし、ジルとの出会いがサムの人生を大きく狂わしていくことになる。」
 この映画の一番の見所はやはり映像です。近未来でありながらどこかレトロで懐かしさを感じる映像。それでいて、どこかファシズム時代のイタリアやドイツの官僚主義的雰囲気を彷彿とさせます。その映像と対比するかのような、サムが見る夢の奇妙奇天烈なイマジネーション溢れる映像。天使が舞い、鎧武者が現れるその映像は一度見ると脳裏から離れられないと思います。
 またストーリーもとても皮肉が効いており、官僚主義の愚かさや、管理社会の恐怖が見事に描かれています。書類がないと何も動けず、問題があっても責任を取らない官僚たち。情報が国家によって管理され、官僚の情報管理ミスで人生を左右される市民たち。閉塞的で息の詰まるような社会の姿が見事に描かれています。そして、そんな社会の中でほんの一時の自由を求めようとしたサムがいつの間にか社会を敵に回し悲劇に陥っていく姿が、悪夢のように描かれいます。 そしてラスト15分のどんでん返しは見ているものを圧倒します。悪夢か現実か分からないような映像の連続と衝撃のラストシーンは見る者を凍りつかせると思います。ラストはあれはあれで主人公は幸せなのかもしれませんが。
  またこの映画が描く悪夢のような世界は決して他人事ではないなと最近思い始めました。この映画では爆弾テロのシーンが何回も挿入されるのですが、現実爆弾テロは頻発してます。映画ではテロに対抗するために情報を管理し、街にテロ対策の警備を増強して対応しているわけですが、現実も街にカメラが設置され、警官が立ち、交通機関では手荷物チェックが強化されてきてます。情報管理も情報技術が進むにつれて巧妙に行われてきています。官僚主義の愚かさは今の行政を見れば分かるとおりです。現実がどんどん映画の世界に近づいているような気がして、なんとも薄ら寒いです。
 是非、皆さんもこの悪夢のような世界を見てみてください。決して映画の中の話しだとは思えませんよ。

製作年度 1985年
製作国・地域 イギリス/アメリカ
上映時間 143分
監督 テリー・ギリアム 
脚本 テリー・ギリアム 、トム・ストッパード 、チャールズ・マッケオン 
音楽 マイケル・ケイメン 
出演 ジョナサン・プライス 、キム・グライスト 、ロバート・デ・ニーロ 、イアン・ホルム 、キャサリン・ヘルモンド 

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『ブレードランナー』(最終版)この映画を見て!

第31回『ブレードランナー』(最終版)
こんな人にお奨め!「『マトリックス』や『攻殻機動隊』・『A.I』などのSFが好きな人、人間とは何か考えたい人。」
ディレクターズカット ブレードランナー 最終版 今回から連続3回にわたり、私の好きな近未来SF映画を紹介します。まず第1作目として紹介するのが『ブレード・ランナー』(最終版)です。この映画は、80年代を代表するSF映画であり、今でも熱狂的な人気を誇る作品です。
 私が始めてこの映画を見たのは高校の時でLDで買った『ブレード・ランナー』(最終版)でした。始めて見たときはその退廃的で美しい近未来映像に圧倒されたのを覚えています。そして何回か見るにつれて、この映画に込められた「人間とは何か?」というテーマについて自分なりによく考えたものです。

 ストーリー「2019年のロサンゼルス。街は酸性雨が終始降り注ぎ、太陽の光に照らされることは殆どなかった。この時代、レプリカントという見た目も知能も感情も人間と変わらないアンドロイドが他の惑星で人間の為に過酷な労働を強いられていた。そんなある日、4体のレプリカントが地球に逃亡。彼らの捕獲を命じられた「ブレードランナー」デッカードが、潜入したレプリカントたちを追い、L.Aの街を彷徨う。
 この映画の一番の見所は何と言っても、何と言っても2019年の近未来ロサンゼルスの暗く退廃的な描写です。酸性雨降り注ぎ、終始薄暗い空。乱立するビルとその合間を飛び交う車。ビルに設置された巨大スクリーンに映し出される強力ワカモトの広告。まるで香港のような無国籍な街並みを行き交う東洋人の姿。街そのものがこの映画の主役のようなものです。とても映像にこだわっており、一度見たら目に焼き付くような光景が次から次へと出てきます。
 そのような街の中で展開されるストーリーはハードボイルドタッチで、淡々と潜入したレプリカントたちを追うデッカードの姿が描かれていきます
 しかし、この映画では主人公のデッカードの話しよりも、追われる側のレプリカントたちの話しの方がとても印象に残ります。4年で死ぬように設定されたレプリカントが何とか延命してもらおうと、自分たちを作った設計者に会いに行くシーンは胸が詰まります。知能も感情も人間と同じく持っているのに人間が作ったアンドロイドであるが故に、奴隷のように扱われ、命の期限まで設定されてしまっているという哀しみ。
 
この映画はストーリーが進むにつれて、非人間的な人間たちと人間的な非人間と「どちらがより人間らしいのか」という問いかけを主人公にも見ている観客にも投げかけてきます。  そして何とも哀しい映画のラストは「人間とは一体何か?」という難しい問題を名が観客に問いかけてきます。
 生きる美しさと哀しみを説き、死んでいったレプリカントの姿をみると、人間と非人間との境界線はどこで引くべきなのかとても悩んでしまいます。知能も感情も人間と全く同じだった場合、ただ肉体の構成が違うという理由から非人間的に扱うことが許されるのか?そして、人間が人間と同等の知能と感情を持つ存在を作り上げたとき、人間はその存在に対して神のように振る舞うことが許されるのか?科学が進む現代、この問題は差し迫った問題だとも言えます。
 さて、この映画の映像・ストーリーの魅力は紹介しましたが、もう一つ音楽もとても魅力的です。きっと皆さんもエンド・タイトルに流れる曲はテレビで聴いたことがあると思います。(報道番組でとてもよく使われていました。)
 音楽を作ったのはギリシャのヴァンゲリスという作曲家で、シンセサイザーを使って魅力的な音楽を数々生み出しています。代表作としては『炎のランナー』が有名です。この作曲家がこの映画の為に作った曲(1部違うアルバムの曲を挿入していますが。)は近未来の退廃的な映像にとても合っており、映画のハードボイルドな雰囲気をより高めています。ここまで映像にぴったり寄り添う音楽はそうないと思います。映画のサントラも名盤なので、是非映画を見てはまった方は購入して聞いてみてください。
 この映画はその後のSF映画やSF漫画にも多大な影響を与えている名作です。ぜひ一度は見て損はしないと思いますよ。
 最後に。この映画は劇場公開版・完全版・最終版の3つのバージョンがあります。それぞれの違いを説明します。まず劇場公開版は全編に主人公のモノローグが入り、ラストも取って付けたようなハッピーエンドのシーンが挿入さています。完全版は劇場公開版に残酷なシーンが追加されています。そして最終盤は監督自らが再編集しており、劇場公開版で会社に無理に付け加えられて、気に入らなかった主人公のモノローグとラストのハッピーエンドのシーンが削除され、一部追加シーンがあります。私は
監督の意向が反映された最終盤がお奨めです。 

製作年度 1982年
製作国・地域 アメリカ/香港
上映時間 116分
監督 リドリー・スコット 
製作総指揮 ハンプトン・ファンチャー 、ブライアン・ケリー 
原作 フィリップ・K・ディック 
脚本 ハンプトン・ファンチャー 、デヴィッド・ウェッブ・ピープルズ 
音楽 ヴァンゲリス 
出演 ハリソン・フォード 、ルトガー・ハウアー 、ショーン・ヤング 、エドワード・ジェームズ・オルモス 、ダリル・ハンナ 

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『ショーン・オブ・ザ・デッド』この映画を見て!

第30回『ショーン・オブ・ザ・デッド』
こんな人にお奨め!「ロメロの『ゾンビ』が好きな人、最近のゾンビ映画が物足りない人ショーン・オブ・ザ・デッド
今回紹介する映画は日本では劇場未公開の傑作ゾンビ映画です。この映画はゾンビ映画好きの私にとっては久しぶりの当たりのゾンビ映画でした。
 ここ何年かゾンビ映画ブームで『バイオハザード』『ドーン・オブ・ザ・デッド』『ランド・オブ・ザ・デッド』など数々のゾンビ映画が公開されましたがどれももう一つでした。その理由として、ゾンビ映画に新しい要素を盛り込もうとしたところにあると思います。ゾンビを走らせたり、知能付けさせたりとしたせいで、ゾンビの魅力が逆に半減してるような気がします。ゾンビはやはり何考えているのか分からず、ゆっくり歩いて、人を襲わないと怖くありませんよね。
そんな中、『ショーン・オブ・ザ・デッド』は久しぶりに正当派のゾンビ映画でした。
 この映画は正統派のゾンビ映画なのですが、基本的にコメディタッチで話しが進んでいくので、怖くはありません。むしろ主人公たちのマイペースさに笑ってしまうくらいです。それでいてゾンビ映画のツボをきちんと押さえており、昔からのゾンビ映画ファンも満足させる出来となっています。もちろんゴアシーンも手を抜かずハードに描写されています。
 ストーリー「ロンドン郊外に住むショーンは彼女がいるにもかかわらず、いつもまったりと脳天気に暮らしていた。ショーンの楽しみは親友のエドとゲームをしたりパブに入り浸ること。そんなある日、ショーンは彼女のリズにあきれられてふられてしまう。何とか彼女とよりをもどしたいショーンだったが、上手くいかずパブでエドと酒を飲んで憂さを晴らしていた。そんな頃、ロンドン各地で死体が蘇り、人を襲う事件が発生。街中がゾンビに覆いつくされようとしていた。しかし、そんなこと全く気づかないショーンとエド。だが彼らもゾンビの襲撃を受け、ようやく事態を知り、家族や恋人の救出に向かうが・・・。」
 この映画はとてもまったりと話しが進んでいきます。ゾンビが街を徘徊していてもなかなか気づかず、襲われてもレコードを投げて退治しようとする姿は見ていて滑稽で笑えます。でもそれでいて、妙にリアリティも感じたりします。実際にもし街にゾンビが溢れてても、多くの人は案外この主人公のような行動を取ったりするのではと思います。世界が危機に陥っているのに、主人公2人がそんなこと全く意に介せずマイペースに行動するところがこの映画の魅力の一つであることは間違いありません。
 ゾンビとの攻防シーンも緊張感漂いながら、どこか抜けている登場人物たちの姿に笑えます。レコードを投げてゾンビを追い払うシーンで、いちいち投げていいレコードか確認するシーンは笑えました。またゾンビのまねをして、ゾンビの中を通り抜けようとしたりするシーンも最高です。また逃げ込んだ先がいつも通っていたパブという設定は、主人公たちの脳天気さがよく表れていて面白かったです。映画全編イギリスらしい皮肉とウエットに富んだユーモアの連続で、見ていてくすくす笑えます。
 それでいて、後半ドラマとしてもきちんと盛り上がりどころがあり、ぐっと胸に来るシーンもあります。ラストはゾンビ映画のセオリーに反してハッピーエンドなのですが、この終わり方が変にリアルでもあり、ユーモアにも富んでいて傑作でした。
 随所に往年のゾンビ映画のオマージュもあり、昔からのゾンビ映画ファンはにたにた笑えるシーンも多数あります。また音楽の選曲がよく、クィーンの曲がとても効果的に使われています。特にラストの歌はこの映画のオチにとても合っていて良かったです。
 この映画が劇場未公開なのはもったいないくらいです。ぜひ皆さんもレンタルでもDVD買ってもどちらでもいいので、この傑作ゾンビ映画を見てみてください。

製作年度 2004年
製作国・地域 イギリス
上映時間 100分
監督 エドガー・ライト 
製作総指揮 ティム・ビーヴァン 、エリック・フェルナー 、アリソン・オーウェン 、ナターシャ・ワートン 、ジェームズ・ウィルソン[製作] 
脚本 サイモン・ペッグ 、エドガー・ライト 
音楽 ダン・マッドフォード 、ピート・ウッドヘッド 
出演 サイモン・ペッグ 、ケイト・アシュフィールド 、ニック・フロスト 、ディラン・モーラン 、ルーシー・デイヴィス 

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『キル・ビル2』この映画を見て!

第29回『キル・ビル2』
こんな人にお奨め!「カンフー映画、マカロニウェスタン、『サンゲリア』を知っている人か、こよなく愛する人」
キル・ビル Vol.2前回に引き続き、『キル・ビル』の続編の紹介です。前作はおもちゃ箱をひっくり返したかのようなハチャメチャな作りとなっていましたが、今作はうって変わって、落ち着いた味わいのハードボイルドな作品に仕上がってます。また前作はタランティーノ が愛する日本映画へのオマージュに溢れる作品となっていましたが、今作は香港映画とイタリア西部劇(マカロニウェスタン)へのオマージュに溢れる作品となっています。
 ストーリーは前作に引き続き、「自分を殺そうとした仲間に復讐しようとする」という話しの続きで、前作の謎がいろいろ解明していきます。前作はアクションを見せる所に力を入れ勢いのあるストーリ展開でしたが、今作はタランティーノらしい会話シーンが随所にあり、じっくりと物語っていくストーリ展開となっています。前回のハチャメチャなアクションシーンやポップでキッチュな映像を期待して見ると肩すかしを喰うかもしれません。今作は前作の続きでありながら、別物の作品として見た方がいいと思います。今回はアクションシーンよりも会話シーンに力が置かれ、映像も落ち着いたハードボイルドな雰囲気の前作と全く印象の違う作品となっています。
 私はラスト30分の主人公ブライドと敵のボスであるビルとの会話がとても印象に残っています。特にビルが語るスーパーマンの話は非常に面白い例え話でなるほどなと感心しました。
 役者もいい演技をしています。特にマイケル・マドセン演じるだめ男は最高でした。何とも情けない死に方も含めて、いい味を出していたとも思います。あと暗殺団のボスを演じるデビット・キャラダインも落ち着いた演技の中に凶暴さを滲ませ印象に残っています。彼の最期はあっけない反面、かっこよかったですね。
 今回も前作に引き続き、様々な映画から引用されているシーンやシチュエーションが多々あります。私が印象的だったのはイタリアゾンビ映画の傑作『サンゲリア』へのオマージュシーン(生き埋めにされたブライドが墓から出てくる所です)と中国でカンフーを習得するシーンです。他にも随所にマカロニウェスタンへの監督のこだわりが感じられるシーンが見られました。
 ここまで1部と2部で印象の違う作品というのも珍しいです。一つの話しであるはずなのに語り口が違うとこんなに印象が変わるのかとびっくりしました。1作目をみて、これちょっと合わないと思った人も2作目は意外にいけるかもしれません。逆に1作目のノリを期待した人は2作目に失望するかもしれません。現在、1部と2部を編集し直して1作の作品にまとめる作業を行っているそうですが、ここまで語り口が違う2作品を1作品にまとめあげると、どんな印象になるのか気になる所です。
 映画好きの人なら『キル・ビル』2部作は一度は見て損はない作品だと思いますよ。

製作年度 2004年
製作国・地域 アメリカ
上映時間 136分
監督 クエンティン・タランティーノ 
脚本 クエンティン・タランティーノ 
音楽 RZA 、ロバート・ロドリゲス 
出演 ユマ・サーマン 、デヴィッド・キャラダイン 、ダリル・ハンナ 、マイケル・マドセン 、ゴードン・リュウ 

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『キル・ビル』この映画を見て!

第28回『キル・ビル』
こんな人にお奨め!「B級映画・子連れ狼・梶芽衣子・深作欣二・三池崇・サニー千葉を知っている人か、こよなく愛する人」キル・ビル Vol.1
 今回紹介する映画は見る人をとても選ぶ映画です。上にも書いたように、B級映画やかなりマニアックな日本映画好きの人が見れば、この映画は最高におもしろ映画です。しかし、年に数回しか映画館で映画を見ない人やゴールデンタイムにテレビで放映される映画しか見たことがない人がこの映画を見ても、はっきり言って面白くないかもしれません。むしろ眉をひそめてしまうかもしれません。
 この映画のストーリーはとてもシンプルで「仲間に裏切られた殺し屋の女が復讐を果たす」というだけのものです。そのようなシンプルなストーリーにも関わらず、2部作で4時間以上の大作になってしまっているのは、監督の映画愛ゆえです。この映画は監督が好きな映画のシチュエーションやシーンを自分で再現したくて作った究極のプライベート映画です。そして、この映画はタランティーノが自分の好きな映画を観客に紹介したカタログ映画みたいなものです。
 はっきり言って、この映画に感動や何かしらのメッセージ性を求めても何の意味もありません。この映画の正しい鑑賞の仕方は「このシーンはこの映画の引用だな」とか「この俳優をここに出すなんて」というような監督の引用やこだわりを見つけてニヤニヤ楽しむことです。この映画をどれだけ深く楽しめるかで自らの映画マニア度が分かります。
 第1部では監督の日本映画に対するリスペクトやこだわりが強く感じられる作りになっています。まず、この映画の全体の構成は梶芽衣子主演の『修羅雪姫』からの引用となっています。また主演のブライドのキャラクター設定には同じく梶芽衣子主演の『女囚さそり』という映画の影響を強く感じさせるものがあります。また過激な暴力シーンは『殺し屋1』や『ゼブラーマン』の三池崇監督の影響が強く感じられますし、青葉屋での日本刀を使った決闘シーンでは『子連れ狼』を監督した三隅研次監督の影響が大きいです。そしてタランティーノ が大好きだったという深作欣二監督に対する敬意やこだわりが随所に感じられます。栗山千明の起用は『バトル・ロワイヤル』からの影響ですし、サニー千葉が出るシーンは『柳生一族の陰謀』への完全にオマージュです。
 第1部はおもちゃ箱をひっくり返したかのようなハチャメチャな作りとなっています。強引だけどパワフルなストーリー展開、変な日本の描写、過激な暴力、クールでポップな音楽の使い方と見所は満載です。監督の演出や音楽センスの素晴らしさが随所で感じられますし、美術に衣装も凝りに凝っていますし、カメラワークや編集も巧みです。
 この映画は見る人をとても選ぶ映画です。誰もが楽しめる映画ではありません。しかし、もっと映画について知りたいという人は見て損はないと思います。この映画を見てから、引用元になっている映画をレンタルビデオで借りてきて見たりするとあなたの映画マニア度もぐっと上がることでしょう。
 では次回「キル・ビル2」のレビューを書きますので、お楽しみに。

製作年度 2003年
製作国・地域 アメリカ
上映時間 113分
監督 クエンティン・タランティーノ 
製作総指揮 E・ベネット・ウォルシュ 、ハーヴェイ・ワインスタイン 、ボブ・ワインスタイン 
脚本 クエンティン・タランティーノ 
音楽 RZA 、ラーズ・ウルリッヒ 
出演 ユマ・サーマン 、デヴィッド・キャラダイン 、ダリル・ハンナ 、ルーシー・リュー 、千葉真一 

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