« 2006年1月29日 - 2006年2月4日 | トップページ | 2006年2月12日 - 2006年2月18日 »

2006年2月5日 - 2006年2月11日

『海からの贈物』街を捨て書を読もう!

『海からの贈り物』 作:アン・モロウ・リンドバーグ 新潮文庫 

海からの贈物 この本はアメリカの女性飛行家で有名飛行家の妻である作者が、離島に滞在して、生きることや幸せについて考えたエッセイ集です。
 いつも家族や社会を養うために、自らの人生を捧げるために費やされてきた女性の人生。そんな女性たちが、一人の人間として、一人の女性として現代の中でどう生きていくかについて、女性の生き方・恋愛・結婚・孤独・現代文明の問題について深い考察がなされています。
 文明が進み、便利な生活を送れるようになり、時間に余裕ができたはずの私たち。しかし物や情報に満ちあふれている現代社会の中で、私たちはいまここにいる自分を見つめるための時間を見失ってしまっていると作者は訴えます。
 

 作者は文明から離れた孤島の何もない小さい小屋に住み、昼間は海に行き、泳いだり貝殻を拾う生活をしながら、自然の中で自分の女性としての生き方を振り返ります。女性は家族や社会を支えるために身を捧げる人生を送ってきた。しかし、そんな女性たちも過酷な生活の中でも自分を見つめる時間をもっていた。しかし現代文明が進み、豊かになるに連れて、時間に余裕ができたはずなのに、自分を振りかえる時間がもてなくなった女性たち。情報や欲望を刺激され踊らせれ、あわただしく生きる女性たち。作者はそんな女性たちに今ここで生きている自分の人生を振り返り、欲望や情報に振り回されない今ここの自分の生活を大切にしなさいと訴えます。
 
 私は男性ですが、この本をよんではっと気づかされる部分が多かったです。特に人間は本質的に孤独であることを書いてある箇所と男女の関係も年を積み重ねるごとに変化していくものであることを書いてある箇所は印象に残りました。
 この本はとてもコンパクトな文章の中に、生きる上での大切なエッセンスがいっぱい詰まっています。ぜひ皆さんも(特に女性の方)読んで見てください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『めぐりあう時間たち』この映画を見て!

第27回『めぐりあう時間たち』
・こんな人にお奨め!「自分の人生に何かしら満たされない漠然とした不安や不満を抱えている女性の方」
めぐりあう時間たち DTSスペシャルエディション (初回限定2枚組)

 この映画は「ダロウェイ夫人」という1冊の本を中心に、3つの時代(1920年代・1950年代・2000年代)でそれぞれ生きる3人の女性の1日を描いた作品です。私はこの映画を劇場で見たのですが、最初見たときは3つの時代の女性の話しが交互に同時進行で語られている中で描き出される時代を超えた女性の孤独と哀しい生き様に胸を打たれたのを覚えます。

ストーリー:「まず1920年代。「ダロウェイ婦人」を書いた女性作家ヴァージニア・ウルフ。彼女は心の病から田舎に夫と引っ越してきた。優しいが、彼女の生き方を決して理解してくれない夫。彼女は田舎暮らしを嫌い、都会に戻りたいと願っていた。彼女は次第に精神的に追い込まれていく。次に1950年代。「ダロウェイ婦人」を読む主婦ローラ。彼女は夫との間に一人息子がいる。彼女は優しいが鈍感な夫との生活にどこか苛立ちや孤独を感じていた。そして夫の誕生日、彼女はある決断をする。最後に2001年。出版社に勤めるクラリッサは恋人の詩人リチャードが有名な賞を受賞したのでパーティを開こうとしている。しかしリチャードはエイズに冒されており、自分の人生に絶望していた。彼を献身的に支える彼女だが、悲劇が訪れる。3つの時代の女性が抱える孤独と苛立ち。女性が一人の人間として生きる姿を描く。」

 この映画は時代こそ違え、自分の人生に孤独や寂しさを抱えながらも、一人の女性として、一人の人間として自分らしく生きていこうと葛藤している女性たちの姿を描いています。その葛藤は見ていてとても胸が苦しくなります。いつも人生において受け身にならざるえない女性たちの苛立ち。人間として生まれてきたのに、どこか自分の人生に手応えを感じられない孤独感。映画では女性たちの苛立ちや孤独感が痛いほど伝わってきます。
 時代や社会が要請する女性像に縛られ、役割を演じないといけない女性たちが、自分の人生を手に入れることがどんなに困難であるか、この映画を見て男性である私は改めて痛感しました。

 この映画は死の匂いが全編漂っています。死への恐怖・おびえ、死への憧れ、死の悲しみ。生きる屍のような生き方をせざるえない人間たちが、生を味あうために死への誘惑にかられる姿は見ていてとても痛々しく、考えさせられるものがあります。生きるために一度死なないといけない人間たち。そこには人生の闇と不条理を感じざるおえません。
 
 またこの映画では、同性愛をほのめかすキスシーンが各年代ごとに挿入されます。2001年のパートではクラリッサは同性愛者で好きな女性と同居していると言う設定ではっきりと同性愛が描かれています。この映画がなぜ同性愛のシーンを入れたのか、私なりに考えたのですが、そこには女性の気持ちを共感できるのは男性ではなく、同じ女性であることを言いたかったのかなと思います。

 この映画の見所は各時代の女性たちを演じた女優たちの演技です。ニコール・キッドマン 、ジュリアン・ムーア 、メリル・ストリープという現代のハリウッドを代表する女優たちが演じているのですが、観客を映画に引き込む素晴らしい演技をしています。特にヴァージニア・ウルフを演じたニコール・キッドマンの演技は見ていて狂気迫るものがあります。特に彼女が田舎から逃げようと駅で列車を待っているときに夫が迎えに来るシーンの演技は素晴らしいので是非皆さんも見てみてください。

 3つの時代の3人の女性の1日の話しというシナリオはとても複雑であるのですが、編集・演出がとても巧みで上手に各時代の場面を切り替えながら観客に話しを見せてくれます。そのおかげで観客は3人の女性が時代を超えて共通して抱える孤独や哀しみに共感しやすくなっています。さらに現代音楽家フィリップ・グラスのもの悲しい反復音楽がいつの時代も変わらない女性の孤独と哀しみを見事に表現しており、この3つの時代の話しを1つの大きな話しにまとめあげています。

この映画は明るく楽しい映画ではありませんが、人生とはどういうものか考えるにはとてもいいきっかけを与えてくれる映画です。ぜひご覧ください。

・受賞歴:アカデミー主演女優賞(ニコール・キッドマン)、ベルリン映画祭銀熊賞女優賞(ニコール・キッドマン 、ジュリアン・ムーア 、メリル・ストリープ)、ゴールデングローブ作品賞・主演女優賞(ニコール・キッドマン)、他多数の映画賞受賞

製作年度 2002年
製作国・地域 アメリカ
上映時間 115分
監督 スティーヴン・ダルドリー 
製作総指揮 マーク・ハッファム 
原作 マイケル・カニンガム 
脚本 デヴィッド・ヘア 
音楽 フィリップ・グラス 
出演 ニコール・キッドマン 、ジュリアン・ムーア 、メリル・ストリープ 、スティーヴン・ディレイン 、ミランダ・リチャードソン 

| | コメント (2) | トラックバック (4)

私の映画遍歴6『映画音楽の魅力』

 私は小さいときから映画音楽をよく聴いていました。私の父親がオーディオ好きで、家に立派なオーディオ機器があり、映画好きの母がよく映画音楽のレコードをかけて聴いていたので、私も側でよく聴いていました。母がよく聴いていたのは一昔前の映画音楽で、『風と共に去りぬ』『ある愛の詩』などのメロドラマのテーマ曲や『荒野の用心棒』『シェーン』などの西部劇のテーマ曲などが多かったです。私自身は哀愁漂う映画音楽が好きで、エンニオ・モリコーネなどのイタリア西部劇の曲が特にお気に入りで、よく一人でかけて聴いたものでした。そしてテレビなどで映画を見るときも、映画音楽を気にしながら見るようようになり、自分が好きな映画にかかっていた曲のレコードを親にせがんで買ってもらったりしてました。
 そして中学生になったあたりから、自分で映画音楽のサントラを集めるようになりました。私は『ニュー・シネマ・パラダイス』のエンニオ・モリコーネの哀愁漂うメロディーや『スターウォーズ』のジョン・ウィリアムスのハリウッドならではのダイナミックなシンフォニックサウンドが特に好きで、この2人の手がけた映画音楽のサントラを好んで買い集めたものでした。高校生あたりからは宮崎駿や北野武の音楽を手がける久石譲のサントラにはまり、彼が手がけたCDはほとんど買いそろえていきました。
 映画サントラの魅力はもちろん音楽を聴くだけで映画のシーンや感動が再現されるところにあるのですが、映画音楽単体でも完成度が高ければ、スタンダードな名曲として映画をあまり知らなくても聴いて楽しめるところにもあると思います。
 「名作には印象に残る音楽」があると言われているように、映画にとって音楽とは映像の添え物などではなく、重要な映画の一つの骨格です。セリフで語られない主人公の心情を代弁したり、その場の雰囲気を語ったり強調したり、映画のテンポや流れをよくしたり、時には映画のテーマそのものを語ったりと映画の中で音楽の果たす役割はとても大きいです。映画でどのような音楽を、どのような場面で流すかで、その映画の個性や色が出てきます。有名な監督たちはお気に入りの作曲を抱えており、彼らに曲を書いてもらうことで、自分の映画の色を付けてもらっています。(久石譲と宮崎駿、スピルバーグとジョン・ウィリアムス、エリック・セラとリュック・ベッソンと言うように。)また映画によってはクラッシックやポップスの既成曲をうまく映画音楽として取り入れ、映画の完成度を高めている作品もあります。
 良い映画は見終わった後にその映画に流れていた音楽を聴いただけでその映画のシーンや感動が再現されます。きっと皆さんも印象に残っている映画音楽がいくらかあると思います。その映画はきっとあなたにとって名作の映画だと思いますよ。最後に私が音楽が印象に残った作品を10本紹介したいと思います。

・私が特に映画の中で音楽が印象に残った作品ベスト10 

onceワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ
 アメリカのギャング映画なのですが、音楽がとても効果的に使われており、映画全体に漂うノスタルジックな雰囲気を音楽が醸し出しています。イタリアの映画音楽第一人者、エンニオ・モリコーネの最高傑作です。特にパンフルート奏者ザンフィルが奏でる哀愁漂うメロディーが最高にしびれます。『アマポーラ』や『イエスタデイ』などのまた既成曲も効果的に使われております。映画のサントラもとても素晴らしく夜中一人でウィスキーなどを飲みながら聴くと感傷的な気分に浸れます。

天空の城ラピュタ『天空の城ラピュタ』
 宮崎駿の映画はどれも久石譲が手がけており、どの作品も音楽の完成度が高く、見終わった後強い印象を残すのですが、特に『天空の城ラピュタ』は音楽の完成度が素晴らしいです。主題歌『君をのせて』も素敵ですし、映画で流れる曲もメリハリがあり、映像とのシンクロも最高です。(特に中盤のシータ救出シーン!)どの曲もメロディーも美しく、映画のもつ壮大でどこかもの悲しい雰囲気をよく伝えてくれます。

スター・ウォーズ トリロジー リミテッド・エディション (初回限定生産)『スターウォーズ』
 スターウォーズの曲は皆さん知っていると思います。映画のオープニング、あの壮大な曲がかかっただけで、いっぺんにスターウォーズの世界に観客を引き込んでくれます。ダース・ベーダーの曲もとても印象的で、あの曲が流れてくるとダース・ベーダーの顔が浮かんできます。
 ジョン・ウィリアムスは私のお気に入りの作曲家でスピルバーグとのコラボレーションで数々の名ナンバーを作曲しております。彼の映画音楽の魅力は印象的なメロディーとフルオーケストラを使ったダイナミックな音。そんな彼の魅力が一番楽しめるのは『スターウォーズ』だと思います。

2001年宇宙の旅『2001年宇宙の旅』
 この映画は全て既成のクラッシック曲を使っているのですが、その使い方の上手さに最初見たときは衝撃を受けました。近未来の映像にクラッシックがこんなにあうとは!監督の音楽センスは最高です。

サウンド・オブ・ミュージック プレミアム・エディションサウンド・オブ・ミュージック
 この映画はミュージカルなので、全編音楽が流れています。私はミュージカルは大好きなのでいろいろな作品を見ますが、この作品ほど名ナンバーが揃っているミュージカルはないと思います。『ドレミの歌』『エーデルワイス』など皆さんが知っている曲、聴いていて楽しめる曲が詰まっています。この映画を見終わると、きっと映画で流れていたナンバーを口ずさみたくなると思います。

dancer_in_dark『ダンサー・イン・ザ・ダーク』
 この映画もミュージカルなのですが、これは『サウンド・オブ・ミュージック』とは対称的な作品です。見終わった後味もとても重いのですが、映画の中で歌われる曲はどれも素晴らしいです。曲を担当しているのはアイスランド出身のロック歌手・ビョークなのですが、彼女の作り出す曲の美しさと彼女の歌声は最高です。映画は暗く賛否両論あると思いますが、音楽は誰が聴いてもぐっと魂にくるものがあります。

ディレクターズカット ブレードランナー 最終版ブレード・ランナー
 これは1980年代の近未来SF映画の代表みたいな作品で、現在までカルト的な熱狂を誇っています。2030年の退廃した未来映像に流れるギリシャの作曲家ヴァンゲリスのシンセサイザーによる機械的でありながら官能的で感情に訴えてくる曲の数々は映像と共に強烈な印象を残します。

アマデウス『アマデウス』
 モーツァルトの死のミステリーを扱ったこの映画。全編に渡り、モーツァルトの名曲が流れます。映画では、モーツァルトがどのようにして数々の名曲を生み出していったかを描く場面があり、一見取っつきにくいように思われるクラッシックに対して、この映画を見ると興味がわくと思います。

ロード・オブ・ザ・リング ― コレクターズ・エディション『ロード・オブ・ザ・リング』
 この映画は世界中で大絶賛、大ヒットをとばしたファンタジー映画ですが、音楽もとても素晴らしです。グラミー賞のサントラ部門3年連続受賞、アカデミー音楽賞2回受賞という高い評価を受けており、完成度の高い映画音楽です。映画が描く中つ国という架空の世界を音楽で素晴らしく表現しております。時にクラシカルな手法、時に民族音楽の手法を取り入れ、壮大なスケールの叙事詩を盛り上げてくれます。また各作品の最後に流れる主題歌もどれも素晴らしいです。

グラン・ブルー/グレート・ブルー完全版

『グランブルー』
 この映画のサントラは高校の時、何回もかけて聴いたものでした。透明感溢れるシンセサウンドは聴いていて心が癒されます。映画を見ていない人でも、この映画のサントラはヒーリングミュージックとして最適です。この映画はこの音楽によって、魅力が一気に増しているように思います。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『風の谷のナウシカ』街を捨て書を読もう!

『風の谷のナウシカ』 作:宮崎駿 徳間書店

ワイド版 風の谷のナウシカ7巻セット「トルメキア戦役バージョン」 先日、テレビで宮崎駿の『風の谷のナウシカ』が放送されていて、私も何回目になるかもう分かりませんが、最後までまた見てしまいました。『ナウシカ』は宮崎駿の手がけた映画の中でもインパクトが強く、彼の代表的作品であることは間違いありません。映画版『ナウシカ』の魅力はその世界観・主人公の完璧なまでの人間性・メッセージ性の3つにあると私は思います。私が始めて見たのは中学生くらいだったと思うのですが、とても衝撃を受けたのを覚えています。まず腐海という誰も見たことがない美しくも人間にとって悪夢のような世界観。人間が環境破壊の中で作り出した腐海により、人間は皮肉にもマスクを付けないと毒ガスで死んでしまうという設定は最初見たとき非常に衝撃的でした。そのような腐海のほとりの村「風の谷」で生きる主人公ナウシカの完璧なまでに善き心、美しい心を持ちあわせた人間性には最初見た当時にアニメのキャラクターとはいえ憧れ、惹かれたのを覚えています。滅びの縁にいる人間が、それでも自分たちを地球上の支配者であると思いこみ、残された自然を破壊し、力と憎悪をめぐって争うことを止めない姿には何とも言えない哀しみを感じると共に宮崎駿の環境破壊・戦争に対する強烈なメッセージ性に共感を覚えたものでした。
風の谷のナウシカ この映画は原作の漫画があり、映画と同じく宮崎駿が手がけているのですが、この漫画版『風の谷のナウシカ』は日本漫画史上屈指の名作に仕上がっています。映画版『ナウシカ』しか知らない人は、漫画版『ナウシカ』の世界観・人間の描き方・メッセージ性のあまりの奥深さにびっくりすると思います。そして、一度漫画版『ナウシカ』を読み通したら、映画版『ナウシカ』には物足りなさを感じると思います。(映画版ナウシカも魅力のいっぱい詰まった作品で、私自身は大好きな作品です)

 漫画『風の谷のナウシカ』は1982年からアニメージュという雑誌に連載を開始し、映画制作で何度か連載を中断しながらも連載をし続けて、1994年に完結しました。原作は単行本で7巻まで発行されおり、映画版『ナウシカ』は原作の2巻途中までの話しを大きく改編して、作られた作品となっています。その為に映画と漫画ではストーリーの流れや登場人物の人間像も大きく違っており、両者は全く別の作品と言ってもいいくらい違う作品であります。漫画は映画『ナウシカ』の世界観・人物像・メッセージ性を悉く自ら否定していくようなストーリー展開になっており、映画のナウシカが好きな人が見たらショックを受けると思います。そして、映画版『ナウシカ』を作った監督・宮崎駿自らがその内容を徹底的に否定していくような展開にしていった漫画版『ナウシカ』を読んでいく内に連れて、思想家・宮崎駿の価値観の変遷や葛藤までもが伝わってくる作品となっています。
 漫画版『風の谷のナウシカ』の魅力はその世界観・人間像・メッセージ性の深さです。映画版『ナウシカ』と比較しながら漫画版『ナウシカ』の魅力を紹介していきたいと思うのですが、映画と漫画の一番の違いは「混迷の深さ」です。映画はまだ善と悪という2項図式が明確にあり、ナウシカが善の方向にみんなを引っ張っていくような話しでしたが、漫画の方は善と悪という2項図式が崩れ、善と悪が入り乱れ、混迷した状況の中で話しが進んでいきます。そのため登場人物たちの描かれ方も深みが増しており、それぞれの人物たちが内面に抱える「善と悪」「憎悪と慈悲」「秩序と混沌」が詳細に描かれおり、読み手はどの人物にも人間くささを覚え、共鳴・共感できるような作りになっています。
 特に映画では救世主としてストレートに描かれていたナウシカも漫画では単なる救世主として描かれるのでなく、ナウシカ自身愚かで醜い人間の一人に過ぎない人間として描かれています。最初は風の谷の王の娘としてある意味無垢で自らの正義を信じて進んでいたナウシカも戦争に巻き込まれていく中で、自らの内に潜む虚無や絶望と葛藤する場面が多く出てきます。話しが進むに連れて彼女は無垢なままでいることは許されず、単純に自らの正義を叫ぶことも許されない状況になってきます。そして彼女は周囲の人間の調停をしていく存在へとなっていきます。また彼女の暗い幼少期の母との関係なども描かれ、彼女自身の心に潜む闇と向き合う事にもなります。漫画版では一人の人間として強さと弱さを併せ持ったナウシカの姿を克明に描いています。
 また描かれる世界は映画よりもさらに暴力と憎悪に満ちあふれており、戦争による破壊と暴力の連鎖をこれでもかというくらい徹底的に描写しており、後半になるに連れて陰惨で残酷な場面の連続になります。その描写は安易な希望のかけらのひとつもないほど徹底した憎悪と絶望に満ちたものです。そこには作者・宮崎駿のこの世界に対する絶望がかいま見えます。
 絶望的な世界の中で残されたかすかな希望を見つけようとする主人公ナウシカとその周囲の者たち。ナウシカを中心に最初憎しみあい、殺し合っていた者たちが己の憎悪や殺戮虚しさを知り、自らの内に潜む憎悪を乗り越え、かつて敵だった者たちと何とか和解し、生き延びていこうとする姿。その姿は今現代の世界にとっても非常に大切な姿だと思います。憎悪と暴力の連鎖はどこかで誰かがぐっと我慢して手を引かない限り、ずっと続いていくもの。宮崎駿は漫画版『ナウシカ』で憎悪と暴力の連鎖をどう断ち切ることができるのか、ずっと考えてきたのだろうと思います。絶望の淵の最後の希望。それが憎悪と暴力の連鎖を断ち切るということなのでしょう。漫画版『ナウシカ』では最後の希望が克明に描かれており、それは宮崎駿の希望でもあるのでしょう。
 映画版『ナウシカ』では環境破壊に対するメッセージが叫ばれていましたが、漫画版『ナウシカ』ではもう一歩踏み込んで、人間と他の生命との関係性やこの地球に生きる生命そのものに対する深い考察がなされています。映画版では人間による自然破壊を止めて、自然と共生の道を選ぼうというメッセージが叫ばれていました。しかし漫画版では人間も地球上に生きる一生命体に過ぎないという価値観を下に後半話しが進んでいきます。そして映画では描かれることなかった腐海の秘密が暴かれていきます。その秘密は映画で叫ばれていたメッセージそのものをひっくり返してしまうくらい、大きなものです。その秘密はぜひ原作を読んで自ら確かめてください。その秘密とその秘密に対する主人公ナウシカのとる決断を描く中で、宮崎駿は生命の目的意識性を否定します。全ての生命は目的があって生まれてくるのでなく、ただ生きるために生まれてくるのだという強烈なメッセージがそこには含まれています。そして、残酷で愚かな面をもつ人間でさえ生まれてきた限り、生きなければならないとナウシカ(宮崎駿)は言います。人間が作り出した様々なイデオロギーや価値観をも超えて、一生命体としての人間の存在を肯定する漫画版のラストは混迷する現代世界にあってストレートに力強いメッセージ性を持っています。
 漫画版『ナウシカ』は明確な善悪やイデオロギーや思想そのものが否定され、混沌とした清濁併せのむ世界で生きる命たちが浄化される姿を描いた作品であります。そしてどのような状況であっても生きていくことそのものへのエールと賛歌に満ちた作品です。

 また漫画版『ナウシカ』を読むと、ここ最近宮崎駿が作る映画をとても理解しやすくなります。漫画版『ナウシカ』以降、宮崎駿の作る映画の方向性は明らかに変わってきました。『ナウシカ』以降に宮崎駿が監督した映画として『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』『ハウルの動く城』の3本があります。これらの映画は『ナウシカ』完成以前の『魔女の宅急便』『天空の城ラピュタ』と作風が大きく変わっています。(この作風の変化がよかったかどうかは賛否両論あると思います。私自身ここ最近の作品の混沌さや複雑さも嫌いではないのですが、以前の作品の方がよかったなあと思うときはあります。)
もののけ姫 まず『もののけ姫』は漫画版『風の谷のナウシカ』の思想をコンパクトにまとめた映画です。『もののけ姫』は公開当時大変話題になり大ヒットした映画ですが、ストーリーが複雑で難解であるという感想もよく聞かれました。この映画は漫画版『ナウシカ』を読んでいると、大変分かりやすい映画です。混沌とした世界の中で、自分たちが生き延びるために、さまざまな思想や価値観をもった者たちが争い、滅びの縁に追い込まれるという設定は漫画版ナウシカそのものですし、登場人物たちを単純な善悪の図式の中で区分けして描くのでなく、善と悪・憎悪と優しさなど多様な面をもつ人物として一人一人描かれたのも漫画版ナウシカの影響が強いです。『もののけ姫』のラストの曖昧な終わり方もナウシカのラストを知っている人はあの終わり方しかないと納得すると思います。
千と千尋の神隠し (通常版)

 続いての『千と千尋の神隠し』も明確な悪役の不在、全ての者が浄化されていくストーリー、清濁併せのむ世界観などは『ナウシカ』で宮崎駿が手に入れたものが明確に反映されいると思います。
 そして最新作の『ハウルの動く城』。この作品も明確な悪役が不在してますし、混沌とした世界観、全ての者が浄化されていくストーリー展開などナウシカの影響が伺えます。また戦争シーンなどは漫画版『ナウシカ』の戦争シーンとだぶって見えます。

 漫画版『ナウシカ』は読むのにとても体力・精神力のいる作品ではありますが、その内容はとても素晴らしいです。是非皆さん、漫画版『ナウシカ』は面白いので、まだ読んだことがない人は急いで書店で購入して読んでみてください。その壮大なスケールと深いメッセージに感銘すると思います。

| | コメント (0) | トラックバック (3)

『美輪明宏全曲集』

お気に入りCD.NO3 『美輪明宏全曲集』 キング・レコード全曲集
 前回ブログで美輪明宏さんの魅力を少しばかり紹介しましたが、前回は美輪さんの本を中心に紹介したので、今回は美輪さんの歌の魅力を紹介したいと思います。
 私が美輪さんの歌の魅力にはまったのは、NHK教育テレビで放映されていた美輪さんのNHK講座「美と愛の法則」で『ヨイトマケの唄』を聴いたときからです。
 『ヨイトマケの唄』は貧しい家庭の中で育った子どもが大きくなり、今はもう亡くなった父母への思いを偲ぶ歌なのですが、私は始めて聴いたとき、その歌の美しさ・力強さに魂をわしづかみにされました。私もいろいろな歌を聴いてきましたが、この歌ほど感情にダイレクトに伝わってくる作品はありませんでした。
 美輪さんは講座の中で、この歌は自分や自分の周囲での実体験を元に作られたようです。この歌は最初はなかなか売れなかったようですが、ふとしたきっかけでテレビで紹介されてから大反響を呼んだそうです。特に炭坑で働く家族からの反響は大きかったそうですしかし、この歌の中に差別的用語があると知識人と称するエセヒューマニストたちに指摘され、それから放送禁止歌に指定されてしまったそうです。
 (それにしてもこの歌の歌詞に差別用語があるので、この歌を差別的だと放送禁止歌に指定した知識人たちとは、一体何様のつもりなんでしょう。言葉の表層的な所だけを見て、これは差別的だと決めつける知識人たちの考えそのものに差別性が含まれていると思いますし、差別語を撲滅しただけでは決して差別はなくならないと私は思います。差別の根はもっと深いものがあると思います。ただ差別されている側がその言葉に不快を感じるならみだりに使うべきではないとは思いますが。)
 この歌は決して差別的な歌ではなく、人間が社会で生きていく厳しさや優しさが美しさに溢れた素晴らしい歌です。歌詞はもちろん素晴らしいのですが、美輪さんの歌い方がまた絶品です。歌の緩急の付け方、腹の底から響いてくる声、感情がこもったというか、当事者の感情が乗り移ったかのような歌い方は、歌詞の素晴らしさを何倍にも引き立てていす。この歌は聴く人の魂を揺さぶる力を持っていると思います。私は是非多くの人にこの歌を聴いて欲しいと思っています。
 私は美輪さんの歌だと『ヨイトマケの唄』以外にお薦めするのは『愛の讃歌』です。この歌はフランスの有名なシャンソン歌手エディット・ピアフが歌っていた曲で、日本では越後吹雪さんが戦後歌って全国的に有名な曲になったのですが、越後吹雪さんの『愛の讃歌』は歌詞が原詩と大幅に違っているようで、それが不満だった美輪さんが原詩を忠実に訳され、自ら歌っているのですが、この美輪さんの『愛の讃歌』はとても素晴らしいです。愛の強靱さや優しさ・美しさが見事に表現されおり、愛の本来持つ力強さが伝わってくる歌になっています。また美輪さんの歌い方が絶品で、愛の繊細さと強さを見事に声で表現しています。フランス語で歌われる時の発音もとても美しいです。
 私は美輪さんのCDは今のところ『美輪明宏全曲集』しかもっていないのですが、このCDは美輪明宏の歌手としての魅力を余すところなく伝えるCDとなっています。上に挙げた「ヨイトマケの唄」や「愛の讃歌」も入っていますし、彼のヒット作「メケ・メケ」や美しい日本語が堪能できる曲、美輪さんの歌手としての力量が分かる曲が多く選曲されており、美輪さんのCDを買うときの最初の1枚にとてもお薦めです。美輪さんは時代に左右されない数少ない本物の歌手だと思います。機会があれば是非一度コンサートに行ってみたいなと思っているこの頃です。

1.ヨイトマケの唄
2.兄弟
3.孤独
4.めぐり逢い
5.うす紫
6.いとしの銀巴里
7.砂山
8.叱られて
9.雪の降る町を
10.メケ・メケ (M'E QUE' M'E QUE')
11.人生の大根役者 (LE CABOTIN)
12.暗い日曜日 (SOMBRE DIMANCHE)
13.群衆
14.愛の讃歌 (HYMNE A L'AMOUR) (原語バージョンセリフ付)
15.花 (すべての人の心に花を)
16.老女優は去りゆく

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2006年1月29日 - 2006年2月4日 | トップページ | 2006年2月12日 - 2006年2月18日 »