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2006年9月17日 - 2006年9月23日

『紅の豚』この映画を見て!

第113回『紅の豚』
Porcorosso  今回紹介する映画は宮崎監督の個人的趣味が詰め込まれた『紅の豚』です。この映画は元々JALの国際線の機内上映の作品として、30分くらいの短編として制作されていたのですが、宮崎監督の構想が大幅に膨らみ、長編作品として途中から制作されることになりました。この映画は公開当時、日本アニメ映画の興行成績の記録を塗り替えると同時に、その年一番ヒットした邦画となりました。

Miyazaki_note  この映画は月刊「モデルグラフィックス」誌に宮崎監督が連載していたエッセイ漫画「宮崎駿の雑想ノート」の中の「飛行艇時代」を原作にしています。「宮崎駿の雑想ノート」は古今東西の珍しい戦車や戦艦などの兵器とそれを扱う人々の情熱を虚実まじえて描いており、宮崎監督のミリタリー趣味が全開で読む人をとても選ぶ漫画です。「飛行艇時代」は第一次大戦中の飛行艇に対する宮崎監督の思いが込められた作品です。宮崎監督は実家が飛行機関連会社だったこともあり、飛行機には特にこだわりがあり、映画化に当たっても飛行機の描写には随所にこだわったそうです。

 この映画は宮崎作品の中で好き嫌いが分かれる作品でありますが、私はこの作品の持つ清々しさが大好きです。空や海の青の清々しさ、飛行艇が飛ぶシーンの清々しさ、そして登場人物たちの生き様の清々しさ。この映画は見ていてスカッと晴れやかな気持ちにさせてくれます。
 この映画は他の宮崎作品のような深いテーマはないですが、格好良く生きるとはどういうことかを教えてくれる作品です。この映画に出てくる人物は皆すでに自己確立ができており、自分の生き方というものが分かっているので、迷いや不安といったものが見ていて感じられません。迷いや不安をくぐり抜けた大人たちが登場人物なので、見ていて格好良いと同時に、過去にいろいろあったんだろうなと想像することができる奥深いものがあります。

主人公が豚という設定もかなり大胆であり、普通なら豚が主人公なんてと思うのですが、この映画では豚である主人公が格好良く見えるのだから不思議です。戦争に嫌気がさし、あえて豚になる主人公の生き様に痛烈な批判精神を感じます。この映画は見た目の明るさとは裏腹に、世界大恐慌による経済の混乱とイタリアがムッソリーニ率いるファシズム政権の台頭という暗い時代が舞台となっています。ポルコがなぜ人間を捨て、豚になったのか、そこに狂気と不安の蔓延する時代に個人としてどう抗っていくか、監督の強いメッセージが込められていると思います。

 私がこの映画で一番好きなシーンはポルコが天国へ昇るように雲を通り抜け大空へ消えて行く無数の戦闘機を見たことを回想するシーンです。この回想シーンを見るたびに、ポルコの自分だけ生き残ってしまったことに対する自責の念や無数の命が散る戦争の哀しみといったものが伝わってきます。
 この映画のラストはポルコが人間に戻ったのか、豚にもどったのか曖昧なまま終わりますが、私はポルコは豚のままで居続けたのだと思います。それこそが亡くなった戦友に対する彼なりの弔いだと思うので・・・。

 あとこの映画の素晴らしさを語るときに忘れてはいけないのが音楽です。久石譲の音楽はいつものごとく素晴らしいですし、加藤登紀子の主題歌や挿入歌もとても映画とマッチしています。特に加藤登紀子の起用は宮崎監督がこの映画にこめた思いを見事に表していると思います。加藤登紀子が映画の中でパリコミューンの歌「さくらんぼの実る頃」を歌いますが、あの歌は共産主義を目指した革命家たちの歌であり、時代に対抗しようとした人たちのロマンが込められている曲です。その曲を革命家の夫を持ち、彼が獄中にいたときに結婚した加藤登紀子に歌わせたのは、かつて共産主義に傾倒していた宮崎監督の過去に対する複雑な思いが込められています。

 この映画は声優も違和感がなく、キャラクターにあっています。特にポルコを演じる森山周一郎の渋い声は聴いていて格好いいです。ちなみにフランスではポルコの声を『レオン』のジャン・レノが当てているのですが、渋い声がポルコの雰囲気にとてもあっています。DVDに収録されているので、ぜひ聴いてみてください。

 宮崎監督は個人的趣味で作った『紅の豚』に対して、制作後とても後悔したそうです。しかし、私は宮崎作品の中で一番肩の力を抜いて見られる作品であり、宮崎作品の中で一番繰り返し見ている作品です。宮崎監督はもう個人的な映画は作らないと宣言していますが、ぜひ「宮崎駿の雑想ノート」の違うエピソードを映画化して欲しいと願っています。  

製作年度 1992年
製作国・地域 日本
上映時間 91分
監督 宮崎駿 
原作 宮崎駿 
脚本 宮崎駿 
音楽 久石譲 
出演 森山周一郎 、加藤登紀子 、桂三枝 、上條恒彦 、岡村明美 

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『魔女の宅急便』この映画を見て!

第112回『魔女の宅急便』
Kiki_2  今回紹介する映画は宮崎駿が思春期を迎えた女性の自立を描いて大ヒットした『魔女の宅急便』です。この映画はオリジナルの作品が多い宮崎監督としては珍しく、角野栄子の同名タイトルの児童文学を基に製作しています。映画は前半の展開は原作と同じなのですが、後半の展開はかなり違っており、ラストの飛行船のシーンなどは宮崎監督の全くのオリジナルです。このラストの派手な展開は冒険活劇を得意とする宮崎監督らしい展開です。ただ作品全体が少女の日常の生活や心情を丁寧に描いている分、ラストだけ突然派手な展開になるの浮いているような感じもして、どうかなとも思ったりもしますが・・・。
 この作品は本来、宮崎監督は制作に回り、新人の監督に任せる予定だったそうです。しかし、宮崎監督がこの映画に対してあまりにも思い入れが強くなり、自分で監督をすることになったようです。宮崎監督はこの映画を作るに当たって、『宮崎アニメのヒロインはトイレにも行かないような非現実的な存在だ』と周囲に言われたことが悔しくて、地に足のついた等身大の女性を描くことにこだわったそうです。この映画の途中でキキがトイレに行くシーンがあるのですが、宮崎監督がこの映画の中でも特にこだわって描いたシーンだそうです。

 この映画は若者の自立への格闘を爽やかに描いた作品であり、仕事が上手くいかず落ち込んだとき等に見ると非常に元気の出る作品です。私も仕事で親元を離れて暮らしてだいぶ時間が経つのですが、キキが見知らぬ街で一人で生活を始めるシーンを見ると、自分が一人で生活を始めたときの不安や孤独といったものを思い出してします。キキが仕事を見つけ、時に傷ついたり挫折したりしながらも、自分の理解者を見つけて支えてもらいながら前に進んでいく姿は、若者の自立とはどういうものかを見事に描いていると思います。ニートと呼ばれる人たちにもこの映画を見て、自立について考えてほしいなと思ったりします。

 私がこの映画で前から疑問に思っていたのは、なぜキキはジジがしゃべたことを理解できなくなったのかということでした。最初はキキの魔法の力が弱ったからと思ったりしたのですが、魔法が戻ったラストシーンでもキキはジジの言葉を理解できないままでした。私はキキが新しい街で自分を支えてくれる仲間を見つけ、相談相手としてジジの支えがいらなくなり、大人としてキキが自立した象徴として、ジジの言葉をキキが理解できなくなった(理解する必要がなくなった)と解釈しています。皆さんはいかがお考えでしょうか?

 この映画ではキキと絵描きの女性ウルスラの声を名探偵コナンでおなじみの高山みなみが一人二役で当てています。宮崎監督はキキの成長した姿をイメージししてウルスラというキャラクターを設定したそうです。さらに言えばパン屋のオソノさんもウルスラのさらに成長した姿をイメージして描いたそうです。そういう意味では、ウルスラやオソノさんは自立した女性の先輩としてキキを支えていく大切な役割をもったキャラクターであり、キキの将来の姿を描いているとも言えます。

 この映画はストーリーの面白さはもちろんのこと、北欧の街をイメージした美術の美しさや宮崎映画には欠かせない久石譲の清々しくちょっぴり切ない音楽、そして主人公の心情を見事に表現したユーミンの主題歌の起用など多くの魅力がつまった作品です。キキの飛翔の描写も独特の浮遊感があり、さすが飛行シーンを撮ったら右に出るものはいない宮崎監督ならではです。

 あと、私はこの映画を見るといつも気になるのが「ニシンパイ」、一体どんな味か気になります。

 優しい気持ちになりたいとき、元気になりたいとき、この映画をぜひ見てください!

製作年度 1989年
製作国・地域 日本
上映時間 112分
監督 宮崎駿 
原作 角野栄子 
脚本 宮崎駿 
音楽 久石譲 
出演 高山みなみ 、佐久間レイ 、戸田恵子 、山口勝平 、加藤治子 

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『となりのトトロ』この映画を見て!

第111回『となりのトトロ』
Tonari_no_totoro  今回紹介する映画は国民的アニメと言っても過言ではない『となりのトトロ』です。この映画はテレビでも何度でも放映されており、誰しも一度は見たことがあると思います。私も小学生の時からテレビで放映される度に欠かさず見たものでした。個人的にはスケールの大きい『風の谷のナウシカ』や『天空の城ラピュタ』の方が昔はお気に入りだったのですが、大学生になったくらいから『となりのトトロ』の魅力が分かってきました。

 『となりのトトロ』の大きな魅力として、身近な自然の美しさを表現したところにあります。宮崎監督が昭和30年というまだ日本が高度経済成長期に入る前を舞台にしたのも、人間と自然が調和した美しい田園風景がまだ都会近郊にも残っていたからだそうです。この映画の背景を担当したのは男鹿和雄という人なのですが、自然を正直に捉えたいという宮崎監督の意向をくみ取り、草の描き方から土や植物の色まで様々な工夫を凝らしたそうです。また時間の経過も背景で表現しようと、時間ごとに影の描き方や背景の色の彩度を変えるなどしたそうです。監督がこの映画を製作した理由の一つとして、映画を見た子どもたちが身近な自然の美しさに気づき、実際に触れに行って欲しいという思いがあったそうです。監督の子どもたちへの思いが背景の美しさには込められています。

 また、この映画の魅力として、子どもの視点で物語が進んでいくところがあります。サツキとメイという2人の姉妹を主人公に設定し、子ども時代に誰もが持つ好奇心や感性の豊かさや鋭さを見事に表現しており、大人が見ると懐かしく感じ、子どもが見るとワクワクドキドキする話しに仕上がっています。身近な場所を冒険の舞台として、大人には見えない独自の世界を創りあげる子ども時代の素晴らしさや大切さが伝わってきます。
 お母さんが病気で家にいないという設定は宮崎監督の幼少期の体験が基になっているとのことで、母親が家にいない子どもたちの寂しさや不安・苛立ちといったものを映画の中でもリアルに表現しています。私はこの映画を見るといつも家で母親の代わりをしようとするサツキの健気さが切なくて胸が締めつけられます。サツキが病院でお母さんに髪を漉いてもらう場面はサツキと母親の切ない心情が伝わってくる名シーンです。

 トトロというキャラクターは日本で一番有名なアニメキャラクターだと思いますが、映画の中では親しみやすいけど神秘的でもある存在として描かれています。監督は変に人間っぽくしたり、逆にいかにも妖怪といった感じにもしたくなかったそうで、観客が神様と思おうが、もののけと思おうが、それはかまわないと言っています。宮崎監督は日本人が昔から持っていた森に対するアミニズム信仰の象徴としてトトロを描いたそうです。森を信仰の対象として畏怖し、大切にしてきた日本人の姿をトトロという不思議な生き物を通して監督は観客に伝えたかったとのことです。

 久石譲の音楽の素晴らしさもこの映画の大きな魅力の一つです。主題歌の「さんぽ」と「となりのトトロ」はもはや童謡の定番となっていますし、映画の途中で流れる「風の通り道」はシンセによって奏でられる爽やかなメロディーがとても印象的です。

 声優陣も最近のジブリ作品のように話題性でタレントを起用するのでなく、プロの声優を起用しているので、安心して聞くことができます。またコピーライターの糸井重里氏の起用も成功しており、優しいけど、どこか頼りないお父さんを見事に声で表現しています。お父さんがサツキやメイがトトロにあったことを馬鹿にすることなく、共感するセリフを言う場面は素敵だなと思います。

 この映画は何度見ても引き込まれる魅力があります。宮崎監督の子どもや森に対する思いがつまった『となりのトトロ』。きっとこれからも多くの子どもたちに夢や希望を与えることでしょう。

 


製作年度 1988年
製作国・地域 日本
上映時間 88分
監督 宮崎駿 
原作 宮崎駿 
脚本 宮崎駿 
音楽 久石譲 
出演 日高のり子 、坂本千夏 、糸井重里 、島本須美 、北林谷栄

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『ゲド戦記歌集』

お気に入りのCD NO.14『ゲド戦記歌集』
Gedo_song  今回紹介するCDは今年の夏に公開されたスタジオジブリの最新作『ゲド戦記』の挿入曲『テルーの唄』を歌った手嶌葵のファーストアルバムであり、映画のイメージソング集でもある『ゲド戦記歌集』です。
 映画の出来は最悪でしたが、このCDはなかなかの出来です。作詞は映画の監督も務めた宮崎吾郎が全曲手がけているのですが、どの詞もシンプルでありながら力強さや切なさといったものが表現されており、胸に訴えてくるものがあります。ある意味、映画よりもゲドの世界観を表しています。曲もアコースティックな楽器の音色や哀愁漂う素朴なメロディーが印象的で、聞いていて心が落ち着きます。そして、何といっても手島葵の歌声が素晴らしく、透明感溢れる声が私たちの疲れた心を慰めてくれます。彼女の声の魅力を上手く活かしたアルバムだと思います。
 私のお薦めは8曲目の『春の夜に』です。全体的に子守歌のような感じの優しい曲なのですが、間奏で流れるリコーダーの響きがとても印象的で、何度でも聞きたくなる曲です。また映画のエンディングでも流れる『時の歌』も命の儚さや切なさを見事に表現しています。
 彼女が今後どのような曲を歌うのか非常に楽しみです。映画はあまりお薦めできませんがCDはお薦めです、ぜひ買って聞いてみてください。

1. 数え唄 
2. 竜
3. 黄昏 
4. 別の人 
5. 旅人 
6. ナナカマド 
7. 空の終点 
8. 春の夜に 
9. テルーの唄(歌集バージョン) 
10. 時の歌(歌集バージョン) 

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『スターウォーズ エピソード2 クローンの攻撃』

Star_wars_2  今回紹介する映画はスターウォーズの歴史において最も重要な出来事であるクローン戦争を勃発を描いた『スターウォーズ エピソード2 クローンの攻撃』です。1作目から10年後の世界を描いた2作目では青年となったアナキンとアミダラの禁断の恋とパルパティーン(ダーク・シディアス)の陰謀により共和国とジェダイを崩壊に導くクローン戦争が始ままるまでが描かれます。
 私は1作目を劇場で見たときはあまりのつまらなさにがっかりさせられたので、2作目が劇場で公開される時は期待半分不安半分で見に行ったものでした。しかし、見終わったかとの印象はイマイチでした。クローン戦争というスターウォーズサガの中でも非常に大きな出来事が描かれるので、1作目よりは面白かったのですが、完成度でいうと旧3部作には遠く及ばないものでした。出来事を描くのに追われて登場人物の内面を全く描けていないストーリーや演出の稚拙さ、CGを乱用した映像のリアリティのなさ、主人公のアナキンを演じた役者の魅力のなさが非常に目立った作品でした。

 この作品はアナキンとパドメの禁断の恋が映画の前半の見せ場となるのですが、この2人の恋愛シーンがあまりにもベタすぎて失笑してしまいました。草原でいちゃつく姿や暖炉の前で葛藤する姿などはあまりにもお寒い演出でした。その割に2人が惹かれていく過程や葛藤は見ている側に何も伝わってこないし、アナキンは単なるスケベ男にしか見えないし、今回の恋愛シーンはすべてカットしてもよかったのではと思いました。
 またアナキンがダークサイドに落ちる重要な出来事として、母がタスキンレイダーに殺され、その復讐としてアナキンがタスキンレイダーを虐殺する場面もいまいちアナキンの内面の葛藤が伝わってきませんでした。
 それにしてもパドメの警護の任務に当たっていたのに、任務を放棄し、パドメを危機に晒すアナキンはジェダイとして如何なものかと思ってしました。
 
 今回の最大の見せ場であるクローン戦争はさすがの迫力でしたが、CGを多用した映像がなんかゲームの映像を見ているようでリアリティに欠けていました。特に工場でのスーパーマリオのステージみたいなシーンは見ていて退屈でした。またジェダイも意外に弱く、主要人物以外あっさり死んでいくのはショットでしたし、オビ・ワンも意外にヘタレなキャラクターだったのも残念でした。
 
 この作品は1作目ではまだあどけなくかわいい姿だったアナキンが、傲慢でスケベで思慮の足りない嫌な青年となっており、これなら将来、ダース・ベイダーになっても仕方がないかなと思うような人間として描かれているのが残念でした。

 この作品の最大の見所はヨーダの活躍です。なぜヨーダがジェダイの騎士のトップなのか、この映画を見るとよく分かります。クローン軍を陣頭に立って指揮し、いざとなればライトセーバーを機敏に振り回す姿は格好良かったです。ただあのヨーダがなぜ旧3部作であんなに老いぼれてしまったのかが不思議です。
 
 また旧3部作で人気のあるボバ・フェットの過去が描かれ、彼の父であるジャンゴ・フェットも登場したのは昔からのファンには嬉しい限りです。ただジャンゴ・フェットの最期はあっけなかったです。

 この映画の感想を一言で言うと他の人がしているゲームを見ているような感じの映画です。ルーカスが監督と脚本を降りて、他の監督や脚本家に任せたら、もっと面白い作品になったと思います。

製作年度 2002年
製作国・地域 アメリカ
上映時間 142分
監督 ジョージ・ルーカス 
製作総指揮 ジョージ・ルーカス 
脚本 ジョナサン・ヘイルズ 、ジョージ・ルーカス 
音楽 ジョン・ウィリアムズ 
出演 ユアン・マクレガー 、ナタリー・ポートマン 、ヘイデン・クリステンセン 、イアン・マクディアミッド 、ペルニラ・アウグスト 


 

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