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2006年7月30日 - 2006年8月5日

『座頭市』この映画を見て!

第89回『座頭市』北野武特集6
Zatouiti  今回紹介する映画は北野武監督初の時代劇であり、第60回ベネチア国際映画祭で銀獅子賞を取った『座頭市』です。『座頭市』は勝新太郎の当たり役でかつて何本も映画化された日本を代表する時代劇です。その座頭市をビートたけしの恩人である浅草ロック座のオーナー・齋藤智恵子さんが、たけし主演で映画化したいと希望し、企画を持ち込んだそうです。北野監督は勝新とはまったく違う座頭市になっても構わないという了承を得て主演・脚本・監督を引き受けたそうです。
 ストーリー:「ある宿場町に現れた、金髪頭に朱塗りの杖を持った盲目の按摩・座頭の市。そこで知り合った野菜売りのおうめから、町民を苦しめるヤクザ・銀蔵一家の悪行の数々を聞かされる。銀蔵一家には凄腕の人斬り・服部源之助が用心棒としてついており恐れられていた。その頃、美しい旅芸人の姉妹が過去に殺された両親の復讐のために宿場町に現れる。座頭市はふとしたことから旅芸人の姉妹の復讐に手を貸すことになる。」 
 この映画のストーリー自体は特に目新しいものはなく、時代劇でよく見られる勧善懲悪モノのストーリーです。悪党に苦しめられる農民や両親の敵討ちを目指す旅芸人、病気の妻を抱えた浪人と出てくる人物やストーリーの展開は時代劇では古典的なものです。北野監督はそんな古典的なストーリーに独自のアレンジをいくつも加えて、ユニークかつ多くの人が楽しめるエンターテイメント作品に仕上げてくれました。
 この映画の大きな見所は北野武扮する座頭市の殺陣シーンとラストのタップシーンの二つです。
 まず殺陣シーンですが、とにかく目にも止まらぬ速さで次々と人が斬られていきます。その圧倒的なスピード感は今までの時代劇の殺陣シーンにはないものがあります。また座頭市が圧倒的に強く、あっけなく敵がバタバタ倒れていく姿は見ていて爽快なものがありました。ただ残念な点もあり、切った後の血しぶきや剣自体をCGで表現しているところがあり、見ていて違和感を感じました。
 次に北野監督が時代劇を撮るときに是非入れたかったと言うお祭りのシーン。賛否両論ありましたが、私は見ていて心地よく面白い表現であったと思います。(ただ少し長すぎましたが・・・)この映画は全体的にリズム感をとても大切にしており、農民が畑を耕すシーンや家を建てるシーン、雨が降るシーンなども音楽と効果音を合わせるなどユニークな表現をしていました。タップダンスはその集大成だと思います。
 この映画は時代劇としてのリアリティといったものはあまり気にせず、北野監督のイメージが優先された作りになっています。登場人物は現代語でしゃべりますし、座頭市は金髪ですし、農民の衣装はカラフルですし、ラストはタップダンスですしね。私は時代劇らしくない感覚で時代劇を語ろうとした北野監督の試みをとても気に入ってます。
 ただこの映画で残念だったのは、すこし中盤が長く感じてしまったのと、ガナルカナル・タカのギャグシーンがしつこく感じてしまいました。出来ればもう少しコンパクトにして1時間30分くらいにしたら、もっとよい作品になったと思います。
 この映画はストーリーの面白さというより、座頭市のかっこよさと、リズム感のよさを楽しむ映画です。他の北野作品にはないエンターテイメント性溢れる作品なので、誰が見ても楽しめると思います。(ただし血が苦手な人はお奨めしませんが・・・)

製作年度 2003年
製作国・地域 日本
上映時間 115分
監督 北野武 
原作 子母沢寛 
脚本 北野武 
音楽 鈴木慶一 
出演 ビートたけし 、浅野忠信 、夏川結衣 、大楠道代 、橘大五郎、 岸部一徳、 石倉三郎、柄本明、ガナルカナル・タカ、橘大五郎、大家由祐子

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『ラブ&ポップ』この映画を見て!

第88回『ラブ&ポップ』
Lovepop  今回紹介する映画は『新世紀エヴァンゲリオン』の監督で有名な庵野秀明が初めて手がけた実写映画『ラブ&ポップ』です。この作品は村上龍原作の「ラブ&ポップ トパーズ2」を基にしており、90年代後半社会問題になった女子高校生の援助交際をテーマにしています。庵野監督はこの作品を撮るにあたって、全編デジタルカメラで撮影するという手法を取り話題になりました。
 私がこの作品を始めてみたのは7年前ですが、映画の中身はさておき、デジタルビデオで撮影された映像の持つ独特の軽やかさがとても印象に残りました。庵野監督はデジタルビデオの機動性のよさを駆使して、様々なアングルから撮影をしています。その映像を細かいカット割りでつないで見せる手法は独特な浮遊感やライブ観を観客に与えてくれます。
 ストーリー:「97年夏。高校生の裕美は仲間の知佐、奈緒、千恵子と一緒に水着を買いに渋谷へ出る。裕美はその際に店頭で見かけたトパーズの指輪がどうしても欲しくなる。所持金が足りないので、友達にも協力してもらい、中年オヤジと一緒にカラオケで歌ったり、オタクっぽい青年とレンタルビデオに行ったり、ときには危ない目にも遭いながら、援交で金をもらっていくが・・・。 」
 風俗産業や若者の文化はすぐに変わっていくので、今見るとストーリー自体は少し時代遅れのような感じを受けます。援助交際の問題は一時期マスメディアでも大きく取り上げられましたが、今はすっかり沈静化しました。その為、2006年現在見ると、そんな時代もあったんだなあという印象しかもてないかもしれません。
Lovepop2_1  またこの映画が女子高生の実態や心をどこまで捉えているかというと、おじさんから見た(想像した)女子高生といった感じしか見受けられません。
 私はこの映画を見て、女子高生の姿よりも、彼女たちに寄ってくる男たちの姿の法がとても印象に残りました。いけてない男たちの孤独やはけ口のない欲望に悲哀を感じてしまいました。女子高生を買って説教する親父、女子高生が噛んだフルーツを収集する男、自分を馬鹿にする社会を見返してやろうと高校生とデートする男、ぬいぐるみと話をする凶暴な男。この映画は援助交際をする女子高生よりも出てくる男たちの方が不健全ではないのかと思ってしまいました。
 この映画のラストは「あの素晴らしい愛をもう一度」が流れる中、女子高生4人が下水道を歩くシーンが延々と映し出されます。足が汚物にまみれながらも前に向かって進んでいく姿は、ある意味とても清清しく、都会の醜い欲望という汚物さえも肥やしにして逞しく生きていく女性の力強さとしたたかさを見ていて感じました。エンディングの歌が「あの素晴らしい愛をもう一度」というのも強烈な皮肉を感じてしまいました。純粋さを求める大人たちと、純粋さを否定し清濁併せ呑む若者たち。これは大人たちの若者への願望と、それを拒否する若者たちの姿を見事に捉えたエンディングだと私は思っています。
 この映画は主人公4人よりも脇役に出てくる役者が癖のある人たちぞろいで、見ごたえのある演技をしています。特に浅野忠信と手塚とおる、平田満の3人は強烈な印象を残します。ちなみに仲間由紀恵が主人公の友人という役で出演しており、水着姿を披露しています。
 エヴァンゲリオン完成後に制作されたということもあり、エヴァンゲリオンっぽいシーンや演出も数多く見られます。
 この映画は今見ると古臭く思われるかもしれませんが、その独特な映像表現は面白く、ストーリーも見方を変えるといろいろと考えさせられるところもあります。興味のある方はぜひ見てください。ちなみに庵野監督はこの後『式日』という実写映画をスタジオジブリで撮っており、そちらも独特な作品に仕上がっておりお奨めです。

製作年度 1998年
製作国・地域 日本
上映時間 110分
監督 庵野秀明 
製作総指揮 大月俊倫 
原作 村上龍 
脚本 薩川昭夫 
出演 三輪明日美 、希良梨 、工藤浩乃 、仲間由紀恵 、三石琴乃  、森本レオ、平田満、吹越満、モロ師岡、手塚とおる、渡辺いっけい、浅野忠信、河瀬直美

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『キッズリターン』この映画を見て!

第87回『キッズリターン』北野武特集5
Kids_return  今回紹介する映画は青春映画の傑作であり、北野武監督の代表作でもある『キッズリターン』です。この映画は北野武がバイク事故で生死の淵をさまよった後に制作された映画で、北野監督の今までの映画とは作風が少し違います。北野監督の作品というと死と暴力の匂いが立ち込めた映画が多く、主人公が死んでいく作品がほとんどです。しかし、この映画は主人公が最後まで生き残ります。それも、生きることに対して何とも積極的な終わり方であり、生きることに対する肯定観に満ちています。これは他の北野作品では見られないものであり、監督の事故による影響が大きく反映されています。
 ストーリー:「シンジとマサルは落ちこぼれの高校生。授業をサボり、いつもぶらぶらしていた。先生からは落ちこぼれと馬鹿にされ、カツアゲばかりしていた。そんなある日、マサルは以前カツアゲした高校生の友人のボクサーにぼこぼこにされる。それ以来マサルはケンカに強くなろうとシンジを誘ってボクシングジムに入る。マサルほど乗り気でなかったシンジだが、ジムで認められたのはシンジの方であった。マサルはショックを受け、ジムを飛び出して、ヤクザの世界へと足を踏み入れる。それぞれの世界でめきめきと頭角を現すシンジとマサル。しかし、彼らは大人社会の醜さと彼ら自身の未熟さを思い知ることになる・・・」
 私は始めてこの映画を見たとき、心がヒリヒリする感じを覚えました。落ちこぼれの2人が何とか這いあがろうとしながら、結局上手くいかない姿は見ていて、とても切ないものがありました。
 この映画が秀逸なところは普通の青春映画にはない主人公たちの挫折していく姿が描かれるところにあると思います。背伸びして大人の世界に足を踏み入れていこうとする2人の足を引っ張る大人の世界の醜さや厳しさ。この映画は社会の醜さや厳しさがリアルに描かれているので、主人公たちが転落していく姿がとても生々しく、胸に迫るものがあります。特にシンジの足を引っ張るモロ師岡演じる林という中年ボクサーの姿は挫折した人間の悲哀と愚かさが見事に表現されていました。
 この映画は主人公2人の話とは別にサイドストーリーで漫才師を目指す2人組みの高校生や喫茶店の娘に恋する高校生の話も描かれています。漫才師を目指す2人組みは最初は馬鹿にされるものの、こつこつ努力して成功するという結末は主人公2人の結末と相反しており、とても印象に残りました。この漫才師のストーリーは北野監督の自伝的な要素も含まれているのでしょう。
 喫茶店の娘に恋する高校生はまじめに努力して結婚までするものの、結局うまくいかないという結末で、一番見ていて、切なくやるせない気持ちになりました。
 自分の人生を切り開こうとしながら、社会の壁や己の未熟さから挫折していく人たちの姿が描かれており、切なさと哀しみに満ちた作品ではありますが、映画のラストはとても清清しく希望に満ち溢れています。挫折した2人が自転車に乗りながら会話するラストシーン。「もう俺たち終わりかな・・・」というシンジの言葉に、マサルが最後に言う言葉はとても力強く、生きることへのポジティブさに満ち溢れています。私はこのラストのマサルの言葉を聞きたいがために何回もこの映画を見直すほどです。(どんな言葉かは是非実際に映画を見て確認してください。)
 
 もちろん、この映画は北野作品としての魅力にも満ち溢れています。キタノブルーといわれる北野監督ならではの青みがかった映像はとても印象的ですし、久石譲の手がける音楽もいつもながら素晴らしい仕上がりになっています。特に今回の音楽は若者の持つエネルギーや生きることの切なさや悲しみ、そして生きることへのポジティブさに満ち溢れており、映像とマッチした音楽となっています。個人的には北野作品の中でこの映画の音楽が一番好きです。
 さらに北野監督の演出も冴え渡っており、若い時に誰しもが感じる焦りや不安、孤独、愚かさを見事に映像で表現しています。特にオープニングとエンディングの校庭でぐるぐる回る自転車のショットは、主人公2人の複雑な感情を見事に表現していたと思います。
 この映画はある意味とても冷徹で残酷な青春映画です。しかし、それでいてとても温かみがあり、北野作品の中でも一番誰しもが共感しやすく、感動できる作品だと思います。私としてはぜひ多くの人にこの映画を見てもらい、最後のセリフを聞いて欲しいです。

製作年度 1996年
製作国・地域 日本
上映時間 108分
監督 北野武 
脚本 北野武 
音楽 久石譲 
出演 金子賢 、安藤政信 、森本レオ 、山谷初男 、柏谷享助  、モロ師岡、寺島進、石橋凌、丘みつ子

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『ゲド戦記』映画鑑賞日記

Gedo_1  宮崎駿の息子が監督を務めたことや豪華な声優陣で話題のスタジオジブリの最新作『ゲド戦記』がついに今週公開となりました。『ゲド戦記』は『指輪物語』『ナルニア国物語』と並んで世界三大ファンタジー小説の一つといわれている作品であり、世界中に熱狂的なファンのいる作品です。私も原作は4巻まで読んだのですが、緻密に設定された世界観、登場人物たちの細やかな心理描写、作者の思想性が反映された味わいのある文章に大とてもはまりました。その作品をスタジオジブリが手がけるということで、制作が発表された時は私は大変注目したものでした。ただ監督が今までアニメ映画を手がけたことがない宮崎駿の息子である宮崎吾郎が手がけるということにかなり不安も覚えたものでした。予告編を見ると原作の3巻『さいはての島』をベースにしながらも、1巻や4巻の話しも混ざっているようで、どんなストーリーになるのかも心配になったものでした。ただスタジオジブリが手がけているし、主題歌もよかったので、原作と違ってもそれなりに面白い作品になると思っていました。
 そして、実際に劇場に足を運び、映画を見てきたのですが、あまりの出来の悪さに失望してしまいました。映画を見る前にネットでの評価を見るとかなり否定的な感想が多いので心配はしていたのですが、まさにその通りでした。映像・ストーリー・音楽・声優どれも全く駄目で、唯一予告編で流れているテーマソングだけが良い作品でした。
 映像はスタジオジブリが手がけたとは思えないほど作画が雑であり、構図や見せ方も下手くそで、淡々とした描写ばかりで、見ていて全くわくわくしません。またラストのクモの描写はただ気持ちが悪いだけで、見ていて不快でした。映像面では宮崎駿が描いた絵物語『シュナの旅』をかなり参考にしているのですが、なぜ『ゲド戦記』の映画なのに、関係ない作品を参考にしたのか疑問です。ただ単に監督の中で『ゲド戦記』の世界がイメージできなかっただけのような気がして、手抜きな感じがします。『シュナの旅』自体はいいさくひんなのに、こんな中途半端な形で利用されたのが残念です。
 ストーリーは原作とは全く違っています。壮大で奥行きのある原作の話しを、こじんまりとした薄っぺらい話しに改悪しています。生と死や人間の二面性など、現代人にとって考えさせられるテーマを扱ってはいるのですが、そのテーマの描き方が非常に幼稚です。露骨にテーマやメッセージを登場人物たちにセリフで言わせるのですが、ストーリーの展開が幼稚なので、そのようなセリフが上滑りして心に響いてきませんでした。
 また原作を読んだことのない人には舞台となるアースシーという世界がどのような世界なのか、なぜ主人公たちが2つの名前をもっているのかとか、テナーとハイタカの関係、テルーはなぜ○○○だったのか全くわからないと思います。説明すべきところを説明せず、話しが進んでいくので、多くの人が映画に入り込めないと思います。また主人公であるアレンの心理描写がとても中途半端であり、まったく感情移入ができません。彼がなぜ王である父を殺したのか、映画をみてもよく分かりませんでした。また悪役もジブリの作品では普通どこか共感出るところがあったり、魅力があったりするのですが、この映画の悪役は本当に嫌な奴という感じしかしませんでした。
 声優もなぜここまで有名な俳優を起用したのか分かりませんでした。主人公たちみんな単調な口調でしゃべっているので、見ていて眠くなってきました。一番良かったのはクモを演じた田中裕子でした。逆に一番駄目だったのは岡田准一 と手嶌葵の主役2人でした。ゲドを演じた菅原文太は悪くないのですが、原作のゲドとイメージが違うので私はいまひとつでした。あと予告編では大々的に取り上げられていた役者たちが映画の中ではほんの少ししかセリフがなく、なぜこんな役に大物俳優を起用したのか疑問に思いました。最近のアニメ映画では声優でない人が声をあてることが多いですが、いまいちな場合が多いです。アニメを見るときに声をあのタレントがしているから見に行こうって、そんなにみんな思わないような気がします。それよりも役にぴったり合う声優さんに演じて欲しいものです。
 音楽も主題歌は別として印象に残る曲が一つもありませんでしたし、音楽の入れ方がメリハリがなく、ずっと流れていて凡庸な感じを受けました。また『テルーの唄』もせっかく良い歌なのに、あそこまで淡々とした映像の中でただ延々と流れていると今ひとつでした。挿入歌の使い方が下手くそな感じを受けました。 
 今回の映画化は原作者であるル=グウィン自ら宮崎駿に監督して欲しいと言ってオファーしてきたそうですが、きっとこの映画を見たら原作者もがっかりすることでしょう。この映画はベネチア映画祭にも出品するそうですが、こんな作品を出品していいのかと思ってしまいます。この映画は原作を読んでいる人にはそのあまりの出来の悪い改ざんに腹が立つと思いますし、原作を知らない人にはどんな話しなのか全く分からないと思います。監督やプロデューサーが考えるメッセージやテーマを伝えるために原作の中身をここまで変えるのだったら、全くオリジナルのシナリオですればよかったと思います。おそらく監督やプロデューサーはこの映画にそんなに愛着がなかったのだと思います。私の大好きな『ロード・オブ・ザ・リング』も原作をかなり改変していましたが、原作への愛着と敬意が感じられました。しかし、『ゲド戦記』にはそれが感じられません。
 はっきり言って、この作品は原作とは全く別物です。だから原作を知らない人はこの映画をみて、原作もこんなものかと判断しないでください。原作はもっと面白く、もっと奥が深く、もっと味わいがあります。
 この映画はテレビや雑誌などのメディアでは大変持ち上げられていますが、作品の質はかなり悪いです。ただファンタジー映画ブームに乗っかって、話題性だけで宮崎駿の息子に監督させただけの安直な作品にしか思いません。このような作品をスタジオジブリが作ってしまったことに正直ショックを受けました。なぜ素人の監督にこのような大作をまかせたのか、プロデューサーの見識を疑います。
 この映画を見るなら原作をかって読んだほうがいいと思いますし、別に無理に映画館で見る必要はないと思います。

製作年度 2006年
製作国・地域 日本
上映時間 115分
監督 宮崎吾朗 
原作 アーシュラ・K・ル=グウィン 
脚本 宮崎吾朗 、丹羽圭子 
音楽 寺嶋民哉 
出演 菅原文太 岡田准一 、手嶌葵 、田中裕子 、小林薫 、夏川結衣 

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