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2006年6月18日 - 2006年6月24日

『スターウォーズ エピソード3 シスの復讐』この映画を見て!

第75回『スターウォーズ エピソード3 シスの逆襲』
Starwars3_1   今回紹介する映画はスターウォーズシリーズの完結編『シスの逆襲』です。この作品は6部作からなるスターウォーズシリーズの3部作目に当たる作品であり、4部作目から悪役として登場するダースベイダーの過去を描いた作品です。
 私は昔からスターウォーズの大ファンで、旧3部作(4部作目『新たなる希望』から6部作目『ジェダイの復讐』まで)は何回も見たものでした。だから、ルーカスが新3部作を発表すると聞いたときは、とても嬉しく、公開をワクワクしたものでした。旧3部作で悪役だったダースベイダーの過去を描いてきた新3部作ですが、正直1作目『ファントム・オブ・メナス』と2作目『クローンの攻撃』は個人的にとてもがっかりした作品でした。CGを多用した映像はそれなりに迫力がありますし、旧3部作よりストーリーのスケールも大きくはなっています。しかし、旧3部作にあった冒険活劇としての面白さや登場人物たちが織り成すドラマの感動やキャラクターの魅力といったものが新シリーズには感じられませんでした。スターウォーズシリーズの完結編として昨年公開された『シスの逆襲』も旧3部作に比べると質は落ちますが、新シリーズの中では一番面白く、旧3部作のファンにとっては興味のある作品でした。
 『シスの復讐』はエピソード4でオビ・ワンが語っていたクローン戦争が終結に向かい、皇帝が共和国を手中に収めて、アナキンがダークサイドに落ち、ダースベーダーとなるまでを描きます。映画の結末は多くの観客がすでに知っているので、いかにその結末に向かっていくかが注目された作品でした。
 私もどういう理由でアナキンがダースベーダーになったのかとても気になっていたので、3作目には期待していたのですが、いまいち説得力という点では欠けていたかなと思います。パドメを救おうとして皇帝の側に付きますが、いまいちアナキンの心情や葛藤が伝わってこず、あっさりダークサイドに落ちたような印象を受けて拍子抜けしました。これではアナキンが単なる力を過信した自己中心的な男にしか見えません。またパドメも1,2作目とキャラクターが変わっており、弱弱しくて違和感を感じてしまいました。ラストのパドメの死も取ってつけたような話にしか見えませんでした。
 この作品は本来なら正義を信じる者が道を踏み外してしまうという悲劇を描いたドラマチックなストーリーにも関わらず、いまいち設定を活かしきれていないような気がしました。ストーリーはいかに4作目と話しをつなげるかという事といかにファンを満足させる話しにさせるかに終始し、ドラマとしては平板なものになってしまっているのが残念です。あっさりと話しが進みすぎ、観客はキャラクターたちに感情移入が出来ず、見せ場を楽しむだけになってしまっているような気がします。ルーカスは脚本を自分で書かず、誰か他の人に任せたほうがよかったと思います。現に『帝国の逆襲』『ジェダイの復讐』では脚本家を雇って質の高いシナリオを書かせていますしね。
 映像はオープニングからCGを多用した見せ場の連続で、観客は息つく暇がなく、アクションシーンは新3部作の中では一番見ごたえがありました。前半の宇宙での戦いのスケールの大きさはさすがスターウォーズといった感じですし、ラスト30分のオビワン対アナキンとヨーダ対皇帝の対決はすごい迫力と緊張感がありました。特にアナキンとアナキンの対決の最後オビワンがアナキンに「選ばれし者だったのに」と言う悲痛なセリフはとても印象に残りました。オビワンにとって自分の弟子に裏切られたということは、さぞショックだったでしょうね。このシーンを見ると、4作目のデススターでのオビワンとダースベイダーの2度目の師弟対決の意味がまた違って見えてきますね。
 またこの映画は随所に旧3部作へと繋がるシーンが見られ、昔からのファンには嬉しかったです。宇宙船のデザインも旧3部作のデザインに近づいていますし、チューバッカーが出てきたところは嬉しかったです。またラストにエピソード4のオープニングで出てきた宇宙船やタトゥイーンのルークの家が出てきた所は感動しました。これから20年後アナキンの息子ルークが銀河共和国とアナキンを救うべく立ち上がるんだと思うと、心にぐっとくるものがありました。
 しかし、C3POやR2D2をオビワンやダースベイダーはなぜ覚えていないのかなど、旧3部作のストーリーとつながらない部分がいくらかあり、とても気になりました。またあれほど強いヨーダがなぜ急速に老けて、あんなお茶目なヨーダになってしまったのかも不思議でした。
 エピソード3は暗い話しですが、あくまで6部からなる壮大な物語の中盤ですからね、この映画を見た後は旧3部作を見返して、銀河の平和とアナキンの解放を見届けないといけませんよね。
 
制作年度 2005年
製作国・地域 アメリカ
上映時間 141分
監督 ジョージ・ルーカス 
製作総指揮 ジョージ・ルーカス 
脚本 ジョージ・ルーカス 
音楽 ジョン・ウィリアムズ 
出演 ユアン・マクレガー 、ナタリー・ポートマン 、ヘイデン・クリステンセン 、イアン・マクディアミッド 、サミュエル・L・ジャクソン 

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私の映画遍歴7「スターウォーズ」

私の映画遍歴7「スターウォーズ」スターウォーズ・トリロジー

 私が小学校のときに夢中になった映画というと『スターウォーズ旧3部作』(『新たなる希望』~『ジェダイの復讐』)があります。始めて見たのは小学校低学年の時でした。その時は、あまりの面白さとかっこよさにすぐにスターウォーズの虜になってしまいました。
 当時はルークがジェダイになる姿に大変感動するとメカのかっこよさとリアルな質感に感動し、プラモを買って作ったりしたものでした。また友達と木の棒でライトセーバー戦ごっこをしたりしたものでした。
 スターウォーズの魅力は語ると尽きることがありません。ルークの成長物語を中心としたストーリーの面白さ、キャラクターの魅力、アナログな特撮技術の素晴らしさ、ジョン・ウィリアムスのかっこいい音楽。ここまで何度見ても面白く、深くはまれる映画はなかなかありません。
 まずストーリー面では、「帝国の逆襲」と「ジェダイの復讐」(現在は「ジェダイの帰還」と改題されています。)で繰りひろげられるルークとダースベーダー(アナキン・スカイウォーカー)の父と子のドラマが印象的でした。「帝国の逆襲」のラストに明かされるダースベーダーがルークの父親だという事実は始めてみたときは衝撃を受けたものでした。そして「ジェダイの帰還」のラストで繰りひろげられる父と子の戦いと和解のシーンは子どもながらに興奮し、感動したものでした。またサイドストーリーのレイアとハン・ソロの恋物語も子どもながらにどきどきしたものでした。
 キャラの魅力に関しては、スターウォーズを語る上で外すことは出来ません。ここまでキャラに人気がある映画は他にないと思います。アウトローの魅力に溢れたハン・ソロ、Cー3POとR2-D2のロボットコンビ、毛むくじゃらのチューバッカー、そしてルークの師匠であり、宇宙一のジェダイであったヨーダ。また帝国軍側の冷酷無比な指揮官であり、ルークの父であるダースベイダーの強烈なインパクト、傍役でありながら強い印象を残すボバ・フェット。どのキャラクターもその過去や未来が気になるだけのインパクトと魅力を持っています。
 スターウォーズの魅力を語る上で特撮技術の素晴らしさを外すわけにはいけません。まだCG技術もなかった時代に、ミニチュアとマットペインティングを多用して作り上げた特撮シーンは、CGにはないリアルな質感がありました。もちろん合成技術などは確かに今見ると粗が目立ちますが、新3部作より旧3部作のほうが特撮技術の見せ方やセンスが上手いような気がします。これは当時のルーカスやクリエイターのセンスがよかったのかもしれません。特に旧3部作はメカの造形が素晴らしく、ミレニアムファルコン号やスパーデストロイヤー、XウィングのかっこよさはSF映画史に残るものです。
 あと忘れてはいけないのがジョン・ウィリアムスの音楽。20世紀FOXのロゴが出た後に鳴り響くスターウォーズのテーマ曲はスターウォーズの世界に観客を一気に誘い込みます。ブラスの勇壮な音はスターウォーズのスケールの大きさを音楽で見事に表現しています。また帝国軍のテーマ曲もとてもインパクトがあり、あの曲が流れるとダースベーダーの顔が条件反射のように頭に浮かんできます。彼の音楽なしではスターウォーズの魅力は半減していたと思います。
 スターウォーズ旧3部作は私にとっては思い入れの深い作品ですし、今見てもとても魅力のある作品です。昨年新3部作も『エピソード3』を持って完結し6部作のサーガとして完結しましたが、新3部作(『ファントム・オブ・メナス』から『シスの逆襲』)は旧3部作に比べると質がだいぶ落ちており、あまり面白くありませんでした。特撮技術はCG技術の向上と共に完成度が高くなっていますが、旧3部作にあったストーリーの面白さやキャラの魅力という点に関しては全くだめな作品でした。新3部作はあくまで旧3部作に向けての長い前置きにしか過ぎないという印象しか持ちえませんでした。新3部作はダースベイダー(アナキン・スカイウォーカー)を中心にした作品でしたが、彼に全く共感ができませんでした。これはルーカスの脚本のまずさだと思います。
 最近DVDで旧3部作のボックスセットが発売されましたが、オリジナルにCGでだいぶ手を加えており微妙でした。特に『ジェダイの帰還』のラストの大幅な変更はショックでした。ルーカスとしては今発売されている作品が完全版と位置づけているようですが、昔スターウォーズを見た世代にとって、改変されたDVD版のスターウォーズはもう一つ微妙な感じがします。今年中に映画公開当時のオリジナル版スターウォーズのDVDが発売されるようで今から楽しみです。
 スターウォーズ旧3部作は小学生の頃の私にとっては思い入れの深い作品であり、映画史に残る傑作です。

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『シンドラーのリスト』この映画を見て!

第74回『シンドラーのリスト』
Schndlerslist  今回紹介する映画はスティーブン・スピルバーグの渾身の作品『シンドラーのリスト』です。スピルバーグは82年に原作の映画化権を手にいれ、10年近く構想を練った後、この映画の制作に着手しました。ホロコーストを扱った白黒映画で25億円という莫大な制作費をかけた映画ということで映画会社は撮影をかなり渋ったようですが、監督は自らのギャラを返上してこの映画の制作に挑んだようです。第2次世界大戦におけるホロコーストの実態をセミドキュメンタリータッチで描いた『シンドラーのリスト』は公開されると大反響を呼びました。手持ちカメラを利用した緊迫感あふれる映像、生々しい殺戮シーンは観客にとてもインパクトを与えました。スピルバーグは今まで賞は取れない監督と言われていたのですが、この映画で念願のアカデミー賞を初めて獲ることができました。
 ストーリー:「第二次大戦下のドイツ。実業家シンドラーは軍用ホーロー器工場の経営に乗り出し、ゲットーのユダヤ人たちを働かせた。やがて彼は、ユダヤ人に対する迫害に心を動かされ、彼らを強制収容所送りから救うのだった。」
 私がこの映画を見たのは高校1年生のときでしたが、見たときは大変な衝撃を受けました。人が虫けらのようにあっけなく死んでいくシーンの連続に、人間の命というものが状況しだいで如何に軽くなるかということが分かりショックを受けました。人の命は重いと言われながら、人類の歴史の中でいかに軽く扱われてきたか(そして現在も扱われているか)という現実をこの映画を見て再認識させられました。私はこの映画を見て一番強く感じたのは命の尊さとか戦争の愚かさなどではなく、人間の狂気や暴力性というものでした。人間という生き物が持つ狂気と暴力性が剥き出しになったときの悲劇というものを強く思いました。
 この映画は映像のインパクトが強烈です。陰影のあるモノクロの映像は、当時のドキュメンタリー映像を見ているかのようです。また一部パートカラーのシーンもあるのですが、とても印象的な使われ方をされています。撮影はポーランド出身のヤヌス・カミンスキーが担当しているのですが、この映画の後、監督は彼とコンビを組み、陰影のある独特な映像スタイルを作り上げていきます。(ただ、カミンスキーの映像は娯楽映画には合わないような気がしますが。)
 ストーリーはオスカー・シンドラーが完全無欠のヒューマニストとして描かれるのでなく、酒と女とお金が好きな胡散臭い人間として描かれているところが逆に好感が持てます。根っからの善人でなく、善と悪と両方を持ち合わせた人間が葛藤しながら善に向かおうとする姿に人間の希望が描かれていると思います。ただ映画のラストはあまりにもあざとく、ヒューマニズム色が強くて、個人的にあまり好きではありません。ドキュメンタリータッチで最後まで通して欲しかったです。
 この映画はユダヤ人であるスピルバーグにとっては、自分の同胞たちの苦難の歴史を記すという非常に大きな意味があったと思います。スピルバーグにとって自分がユダヤ人であるということは大きなアイデンティティであり、映画を制作する際も常に意識しているところがあります。スピルバーグの最新作『ミュンヘン』も戦後のユダヤ民族の悲劇を描いた作品でした。
 この映画の描写に関して事実を捏造しているという批判もあります。しかし私はこの映画が描こうとしているテーマや内容に関しては見るべきものが多いと思います。残酷なシーンが数多くあり、気分が重くなる映画ではありますが、人間の狂気や暴力の悲劇というものを考えさせられます。ぜひ一度見てみてください。

製作年度 1993年
製作国・地域 アメリカ
上映時間 195分
監督 スティーヴン・スピルバーグ 
製作総指揮 キャスリーン・ケネディ 
原作 トーマス・キニーリー 
脚本 スティーヴン・ザイリアン 
音楽 ジョン・ウィリアムズ 
出演 リーアム・ニーソン 、ベン・キングズレー 、レイフ・ファインズ 、キャロライン・グッドオール 、ジョナサン・サガール 

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『ソドムの市』この映画を見て!

第73回『ソドムの市』
Sodomu 今回紹介する映画は私が今まで見てきた何百本という映画の中で一番衝撃を受けた作品です。マルキ・ド・サドの『ソドム百二十日』を原作に舞台を第二次大戦下に置き換えて映画化されたのですが、その過激な映像とストーリーは今見てもかなりのインパクトがあります。この映画は見る人をとても選びます。小中学生や倫理観や道徳観の強い人は決して見ないほうがいいですし、残酷な描写が苦手な人も見ないほうがいいかもしれません。
 ストーリー:「第2次世界大戦末期、ナチ占領下の北イタリア。ファシストで権力者の公爵・司教・大統領・判事の4人は、自分たちの快楽のために“完璧”な少年少女を街から強制的に集めてくる。秘密の館に連行された美少年・美少女は4人の権力者によって、想像を絶する地獄を体験する。地獄の門・変態地獄・糞尿地獄・血の地獄の4部構成からなる映画史に名を残す問題作。」
 この映画は全編ショッキングで異様なシーンの連続です。レイプ・スカトロ・ソドミー・SM・拷問・虐殺と反倫理的・反道徳的なシーンが次から次へと出てきます。結末も救いようがなく、絶望的です。ここまで観客に後ろめたさと嫌悪感を感じる作品はそうありません。それでいながら、この映画は見ている途中映像から目が全く離せないほど力を持っている作品でもあります。
 この映画は人間の醜さや愚かさ、残酷さを徹底して描きます。この映画を見ると、権力を握った人間たちの傲慢さや愚かさ、力を奪われた人間たちの無力さというものをとても痛感します。この映画はとても過激なシーンの連続でショックを受けますが、よくよく考えると現実の世界では、この映画で描かれている強姦や虐殺・拷問は世界のどこかでいまっも日常的に起こっています。権力に従順になってしまう人間も数多くいます。ただ多くの人はそのような現実をあえて直視しようとはしません。この映画は私たちが見ようとしないこの世界の闇をデフォルメした形で観客に突きつけてくる作品です。
 またこの映画は過激な内容に反して、政治的メッセージが強い作品です。監督のパゾリーニは共産主義者だということもあり、権力に屈した人間たちの悲劇や反権力、反体制といったメッセージがあちこちにこめられた作品でもあります。
 さらに、この映画は人間に対する諦観が感じられます。力を持つと欲望の赴くままに行動する人間という存在。人間が欲望をセーブするために生み出した宗教や道徳・倫理といったものが如何に恣意的で脆弱なものか・・・。この映画は人間という生き物の闇の部分を徹底的に追求した映画です。この映画を見ると、しょせん人間なんてこの世界で大した存在ではないということを認識できると思います。
 この映画はとても残酷な映画ですが、映像・音楽共にとても美しく、芸術的に見るべきところが多い作品でもあります。シンメトリーな構図を多用した映像は人工的な雰囲気が感じられ、人間によって完全に管理された空間での出来事であることを見事に表現しています。モリコーネの音楽もとても美しく、逆に映画のもつ異様な雰囲気を引き立てます。
 またストーリーの割りに映画に流れは淡々としており、役者のオーバーな演技が逆に見る者を冷めさせ、客観的な立場で見られる作品となっています。
 ちなみに監督のパゾリーニはこの映画の公開直後に、映画に出演した少年に悪戯をしようとして顔面を殴られ殺されてしまいました。この映画はさまざまなメッセージ性やテーマがこめられていますが、それは建前に過ぎず、ある意味、パゾリーニの性に対する抑圧された変態願望が表現されただけの映画かもしれません。
 この映画は一度見ると二度と見たくないと思う作品かもしれませんが、一度は見て損はない作品だと思います。決して単なるエログロのB級作品ではありません。ただお食事中には絶対に見てはいけませんよ。

製作年度 1975年
製作国・地域 イタリア
上映時間 118分
監督 ピエル・パオロ・パゾリーニ 
原作 マルキ・ド・サド 
脚本 ピエル・パオロ・パゾリーニ 、セルジオ・チッティ 
音楽 エンニオ・モリコーネ 
出演 パオロ・ボナチェッリ 、ジョルジオ・カタルディ 、カテリーナ・ボラット 、アルド・ヴァレッティ 、ウンベルト・P・クィナヴァル 

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