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2006年4月30日 - 2006年5月6日

『羅生門』この映画を見て!

第68回『羅生門』
羅生門 デラックス版 今回紹介する映画は日本を代表する映画監督・黒澤明の傑作『羅生門』です。この映画は日本映画で初めてヴェネチア映画祭にて金獅子賞、アカデミー賞でも外国映画賞を取るなど世界中の映画関係者・映画ファンにも絶賛された世界に誇れる日本映画です。
 この映画は芥川龍之介の『藪の中』と『羅生門』を基に脚本が書かれています。森の中で起こった一つの事件をめぐり、当事者たちが食い違う証言をしていきます。二転三転する事件の動機やその内容。真実はいったいどうだったのか明確な答えは示されないまま映画は終わります。この映画の面白さは、同じ事件なのに証言者によって事件の内容が違ったものになってしまうところです。どの証言者がいっていることも筋が通っており、いったい何が真実なのか、見ている側は考え込んでしまいます。また証言者たちの話す内容はどれも
人間の醜いエゴや業といったものが浮きぼりになるようなものばかりで、見ている側は人間の負の部分をとても痛感せざるえないと思います。
 この映画、ストーリーだけでなく映像面でもとても素晴らしく、太陽に直接キャメラを向けた画期的撮影や森の中の役者を追う移動カメラによる撮影、そして雨の降りしきる羅生門と印象にのこる映像が多い作品です。また音楽もボレロ風の反復音楽で印象に残ります。 あとこの映画の大きな見所として役者たちの重厚な演技があります。特に三船敏郎のぎらぎらしたエネルギーが感じられる演技と、京マチコの色気と場面によってさまざまな表情を見せる演技は素晴らしいの一言です。
 この映画は戦後すぐに制作されていますが、現代の私たちが見ても面白く、いろいろ考えさせられるところが多いです。ぜひ日本映画を代表する『羅生門』一度は見てみてください!

製作年度 1950年
上映時間 88分
監督 黒澤明
脚本 橋本忍 黒澤明
原作 芥川龍之介
音楽 早坂文雄
出演 森雅之 、千秋実 、三船敏郎 、京マチ子 、志村喬 、千秋実、加東大介、本間文子

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『シュナの旅』街を捨て書を読もう!

Syuna 『シュナの旅』 著:宮崎駿 徳間書店アニメージュ文庫
 今回紹介する本は『風の谷にナウシカ』や『ハウルの動く城』など数々の名作アニメを監督した宮崎駿が80年代に書いた絵物語です。この作品はとても地味な作品で、知っている人も少ないと思いますが、宮崎駿のエッセンスが詰まった傑作です。
 『シュナの旅』はチベットの民話「犬になった王子」に感銘を受けた宮崎駿が、映画化しようとしたものの制作できず、変わりに絵物語として出版された作品です。ストーリーはとてもシンプルで地味なものですが、読み終わったあと、深い感動に包まれます。
ストーリー:「作物の育たない貧しい国の王子シュナは、大地に豊饒をもたらすという金色の種を求め、西へと旅に出る。つらい旅の途中、人間を売り買いする町で商品として売られている姉妹と出会う。彼女らを助けた後、ひとりでたどり着いた「神人の土地」で、金色の種を見つけるが、それと引き換えに彼は記憶を失ってしまう・・・。」
 この作品は荒廃した世界の中で、何とか生き延びようとする人間たちの勇気とたくましさを描いた作品です。そして、どんな絶望の中でも常に希望は存在し、その希望に向かって困難な状況に立ち向かっていく人間の美しさや崇高さを描いた作品でもあります。
 主人公の少年は『もののけ姫』のアシタカのような青年であり、ヒロインのテアはナウシカやシータのようなたくましい少女です。この2人が絶望的な世界で何とか生き延びようと立ち向かう姿は読んでいて、胸を打つものがあります。物語は前半は荒廃した世界の過酷な現実に直面した青年シュナの孤独な戦いを描き、後半はシュナの手により奴隷から解放されたテアのシュナへの献身的な愛が描かれます。物語の後半のテアのシュナへの献身的な愛と、それによって自分を取り戻していくシュナの姿は読んでいてとても感動的です。
 またこの作品は水彩画で全編描かれているのですが、とても美しい色彩です。また描かれる世界も荒廃した世界でありながら、魅力的でもあります。特に物語中盤の神人の土地の絵は、宮崎駿のイメージの豊かさに圧倒されると思います。さらに『もののけ姫』で登場したヤックルそっくりの動物も登場します。
 私はこの作品を読むと今度スタジオジブリで映画化される『ゲド戦記』の原作に宮崎駿がかなり影響を受けていることがよく分かります。ストーリーの展開も主人公の設定も、その世界観もどこか『ゲド戦記』を思い出させるものがあります。もし、この作品が気に入ったなら『ゲド戦記』も読んで欲しいと思います。
 この作品は地味な作品ですが、宮崎駿らしさがとても詰まった作品です。『風の谷のナウシカ』や『もののけ姫』が好きな人は買って損はないと思いますよ!

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『ゲド戦記Ⅱ こわれた腕輪』街を捨て書を読もう!

『ゲド戦記Ⅱ こわれた腕輪』著:ル=グウィン 訳:清水真砂子 岩波書店
こわれた腕環―ゲド戦記 2 今回紹介する本はゲド戦記シリーズ第2作目『こわれた腕輪』です。第1作目『影との戦い』はゲドが魔法使いとなり、自らが闇の世界から呼び出したと影と対決をするという話でした。第1作目はゲドが過酷で孤独な冒険をしていく中で、己を見つめ成長していく姿を克明に描き出していました。
 第2作目はそんなゲドは脇役へと回り、テナー(アルハ)という少女が主人公となります。話し自体も第1作目と多少は関連性はあるものの、全く独立した話しとして読むことができます。
 第2作目は古代から存在するアチュアンの墓所とその下にある暗黒の地下迷宮が舞台になります。墓所は代々巫女の手によって守られているのですが、ある日、大巫女が亡くなり、その大巫女の生まれ変わりとして選ばれた幼き少女テナーが墓所に連れてこられます。テナーは自らの名前を奪われ、新しくアルハ(喰われし者)という名前を与えられ、死ぬまで墓所を守るべき者として生きることを強いられることになります。墓所は戒律と儀式で満ちており、時が止まったような世界。アルハはそんな世界で淡々と自らの役割を果たす生活を送っていたのですが、ある日地下迷宮に眠る秘宝「エレス・アクベの腕輪」の片割れを求めてゲドが墓所に現れた時から、彼女は自らの生き方に激しい葛藤を覚えるようになります。
 今回の物語は少女の自立への葛藤をテーマにしています。伝統や習慣に縛られ主体性を奪われた人間が自由を手に入れ主体性を取り戻すまでの内面の不安や葛藤を克明に描いていきます。自由は素晴らしいものであるものの、時に人にとって重荷になることを作者はテナーの葛藤を通して描きます。ラストのラストまでテナーは自由を手に入れることに恐怖を覚えます。自分が自分の人生の主人となることがいかに困難なことであるかを痛感させられます。物語の終盤に作者は自由について読者に次のように語りかけます。

「自由はそれをになおうとする者にとって、実に重い荷物である。勝手の分らない大きな荷物である。それは決して気楽なものではない。自由は与えられるものではなくて、選択すべきものであり、しかもその選択は、必ずしも容易なものではないのだ。」

 また今回の物語ではゲドはテナーを自由へと導く者として読者の前に現れます。ゲドは彼女を墓所の呪縛から解放させようと語りかけ、信頼関係を築いていく姿は感動的です。自立をしていくためには信頼できる他者の助けが必要であることをこの物語はテナーとゲトとの交流を通して描いていきます。

「あんたには知識がある。わたしには術がある。そしてわたしたちふたりの間には・・・・。」男は口ごもった。
「エレス・アクベの環がある。」
「そうだな。しかし、わたしはもうひとつ別のことを考えていた。信頼と呼ぼう。・・・・・そう、たしかにそう呼んでいい。
これはすばらしいものだ。おたがい、ひとりでは弱いけれど、信頼があれば、わたしたちは大丈夫だ。」
 
 第1作目はアースシーの様々な島を舞台に物語が展開され、スケールの大きい話でしたが、今回はアチュアンの墓所と地下迷宮という非常に限定された場所を舞台に物語が展開されます。前作が広い世界を転々と旅するゲドの姿を描く中で、己という存在と向き合う話しだとすれば、今作は閉鎖的な世界で、己を失ったテナーが己を取り戻し、世界の広さを知るまで描いた話しです。前作が自分探しの話しだとすれば、今作は自分探しを始めるまでの話しです。
 『こわれた腕輪』は自分を見失いかけた時に読むと、とても励まされる作品です。ぜひ、皆さまも読んでみてください!
 

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『アビス 完全版』この映画を見て!

第67回『アビス 完全版』
Abyss  今回紹介する映画は『タイタニック』や『ターミネーター2』で有名なジェームス・キャメロン監督の隠れた名作『アビス』です。この映画はジェームス・キャメロンが高校生のときから暖めていたストーリーを基に制作された海洋SFパニックムービーです。1988年当時としては破格の制作費を投入し3年という歳月をかけて制作された大作映画でした。しかし、劇場公開時は評価も興行収入もいまいちでした。ストーリーやアクションシーンが他のキャメロン映画に比べて地味だったり、地球外知的生命体との遭遇が唐突だったりしたことが当時いまいちだった原因だと思います。しかし、この映画は本来3時間近くあったものを、劇場公開時、重要なシーンを大幅にカットして2時間30分の映画にしており、地球外知的生命体がどういう存在なのかを説明するシーンがカットされています。そのため、劇場公開版見た人は低い評価になってしまった部分があります。
 劇場公開版は夫婦愛を中心に据えたストーリーになっていますが、完全版では夫婦愛に加えて反核・反戦をテーマにストーリーが進行していきます。劇場版では地球外知的生命体は単なる人間の危機を救う友好的な存在でしたが、完全版では地球を核兵器で危機に追いやる人類に対して制裁を加えようとする存在として描かれます。その為、劇場公開版と完全版では映画を見た後の印象がまったく違ったものになります。私も劇場公開版を見たときはいまいちでしたが、完全版を見てから評価が一気に変わりました。ぜひこの映画を見るときは完全版を見て欲しいと思います。
 ストーリー:「海底油田発掘基地の近くで、米軍原子力潜水艦が謎の座礁をした。そこで、救助活動の基地として選ばれたのは海底油田採掘用試作品住居<ディープコア>だった。バッド・ブリッグマンを始めとする9人のクルーのもとに、コフィ大尉が指揮する海軍のダイバー・チームと、ディープコアの設計者リンジーがやって来る。バッドとリンジーは離婚間近の夫婦で、仲は冷え切っていた。クルーたちは潜水艦間の救助に向かうが、そこでクルーの一人が巨大な光る物体と遭遇する。その頃、地上では潜水艦の沈没はソ連の攻撃だと思い込んだアメリカはソ連と臨戦状態になっていた。そして、コフィたちは、バッドたちに無断で原潜から核兵器を回収して、何かを企もうとしていた。そんな折、海上では嵐が近づき、基地を結ぶ連絡ケーブルが切れた挙句、海底居住基地もダメージを受け、クルーからも犠牲が出てしまう。追い詰められた状況の中、未知の知的生命体と遭遇するクルーたち。しかし、深海の気圧の変化で精神をやられたコフィは知的生命体をソ連軍の仕業だと思い込み、核兵器を使い攻撃しようと深海に核兵器を投げ込む。
 この映画はキャメロン監督映画の中では地味な印象を受けますが、夫婦愛を中心にしたストーリーは『タイタニック』よりも遥かに感動的です。特に後半の心臓マッサージのシーンや深海に潜る夫とそれを見守る妻のやり取りは涙なしでは見れません。映像も実際に水中で撮影された深海の閉塞感や美しさを捉えた映像はとてもリアリティがあります。監督は海洋学を大学のとき専攻していたそうで、海底でのシーンのこだわりは半端ではありません。また映画の当時としてはまだまだ開発途上であったCGを効果的に使っています。さらにキャメロン監督の演出もとても冴え渡っており、ダイナミックなアクションシーンはもちろんのこと、人物描写も丁寧に描かれており、アクション映画としても人間ドラマとしてレベルの高い仕上がりになっています。
 この映画は夫婦愛あり、反戦・反核のメッセージあり、深海パニック映画でもあり、SF的な要素が盛りこまれています。その為、3時間近い上映時間もあっという間に過ぎていくと思います。私は『タイタニック』よりもこの映画を高く評価しています。ぜひ『タイタニック』感動した人はこの映画も見てみてください!

製作年度 1993年
製作国・地域 アメリカ
上映時間 171分
監督 ジェームズ・キャメロン 
脚本 ジェームズ・キャメロン 
音楽 アラン・シルヴェストリ 
出演 エド・ハリス 、メアリー・エリザベス・マストラントニオ 、マイケル・ビーン 、キャプテン・キッド・ブリューワー・Jr 、レオ・バーメスター 
 
 
 

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