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2006年1月1日 - 2006年1月7日

この映画を見て!「誰も知らない」

第23回「誰も知らない」
見所:子どもたちの演技、セミドキュメンタリータッチの演出
誰も知らない カンヌ映画祭においても柳楽優弥さんが最優秀男優賞を史上最年少で受賞して話題になったこの映画。1988年に実際に起こった「西巣鴨子ども4人置き去り事件」を下敷きに制作された映画です。
 ストーリー:「母一人、子ども四人の母子家庭一家。彼らは住まいを転々としていた。母は水商売をして生計を立てており、子どもたちは学校も行かず、家の中にこもって生活している。家になかなかいない母に代わり、長男の明が家のリーダーとなり、家事や下の弟や妹の面倒を見ていた。ある日、母が「好きな人がいるの」と言って、家を飛び出して、子どもたち四人が置き去りにされる。明は残された子どもだけの家族とその生活を守ろうと懸命に手を尽くす。お金をもらいに父に会いに行ったり、コンビニの残り物をもらったり・・。しかし、明も同世代の友だちがほしくなり、弟や妹の世話の手を抜くようになる。そんな中、悲劇が起こる。」
 この映画は全編セミドキュメンタリーの手法で撮られており、子どもたちの日々の暮らしや表情をとても生々しく捉えることに成功しています。実際にアパートを借りて一年かけて撮影されているので、観客は四季の移り変わりの中での子どもたちの生活や心情の変化の様子を見ることができます。
 この映画の一番の見所は子どもたちの演技です。見ている間、これが演技なのか素なのかよく分からないくらい、子どもの仕草や表情がナチュラルです。その分、見ている側も子どもたちにぐっと感情移入することができます。カンヌで賞を取った柳楽優弥はもちろんのこと 、長女役の北浦愛も思春期にさしかかる少女の気持ちの揺れを巧みに演じています。また次男役の木村飛影は憎めずやんちゃな悪ガキ役を素か演技か分からないほど自然に演じています。そして次女役の清水萌々子はけなげでかわいいの一言です。
 また子どもたちを取り巻く大人たちを演じる役者も素晴らしいです。特に子どもを置き去りにする母親役のYOUはあまりにも自然すぎて、実際にこんな母親いそうだなと思わせる説得力があります。決して子どもたちのことを嫌ったり、憎んだりしているわけでなく、ただ自分の幸せへの誘惑を断ち切れなかった弱い人間の姿を巧みに演じています。子どもへの愛情ももちろんあったけれど、自分への愛情を子どもの犠牲にできない姿は見ていてつらくなります。家を出る前に「私は幸せになってはいけないの」とYOU演じる母親が長男の明に言うシーンは、母親に対する怒りと共に、悲哀を感じました。これはひとえにYOUという役者が演じたからだと思います。
 私はこの映画を見るたびに、日本アニメの傑作「火垂るの墓」を思い出して比較してしまいます。「火垂るの墓」も両親を失った子どもたちが、自分たちの力だけで生き延びる姿を描いてました。私にとって「火垂るの墓」は単なる反戦映画ではなく、子どもたちが理想郷を作ろうとして挫折していく姿を描いた作品だと思っています。大人たちを信用できない子どもたちが自分たちだけで生き延びようとして、結局崩壊させてしまうという哀しみが「火垂るの墓」には描かれています。「誰も知らない」も母に捨てられて、かわいそうな子どもたちのかわいそうな姿を描くより、子どもたちが自分たちだけでどう生き延びていくか知恵を絞る姿に力点を置いて描いています。「誰も知らない」はある意味、現代社会を舞台にした子どもたちのサバイバル映画だと思っています。
 「火垂るの墓」と違い「誰も知らない」はラスト悲劇的なことが起こりますが、子どもたちだけの共同体は崩壊しません。昔に比べて、子どもたちだけでも何とか生き延びられるようになった現代。その現代の中で、人知れず、でも逞しく生きていこうとする子どもたち。子どもとは決して大人になる前の保護すべき弱々しい存在なのではなく、完成された人間であり、ただ社会の垢にまみれていない分、荒々しい魂がむき出しになっている存在であることをこの映画は描いています。
 明日に向かってまた生きていこうとするシーンでこの映画は終わります。もちろんそのラストシーンがハッピーエンドなのかアンハッピーエンドなのかは何とも言えません。 この映画のラストをどう受け止めるか。皆さんも是非見ていただき、この子たちの未来を考えてもらえればと思います。

ちなみにこの映画の挿入曲を歌うタテタカコさんについての私が書いた紹介もあるので、良かったら見てください。

公式サイト:http://www.kore-eda.com/daremoshiranai/

製作年度 2004年
製作国・地域 日本
上映時間 141分
監督 是枝裕和 
脚本 是枝裕和 
音楽 ゴンチチ
挿入歌 タテタカコ「宝石」 
出演 柳楽優弥 、北浦愛 、木村飛影 、清水萌々子 、YOU

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タテタカコのCD

tatetakako  タテタカコというアーティストをみなさんご存じでしょうか?
 私がこのアーティストの存在を知ったのは「誰も知らない」という映画からでした。「誰も知らない」は母親に捨てられた4人の子どもたちが自分たちだけで何とか生き抜こうとする話しで、実話を下にセミドキュメンタリータッチで描いた傑作です。 カンヌ映画祭においても柳楽優弥さんが最優秀男優賞を史上最年少で受賞して話題になりました。この映画の挿入曲「宝石」を作ったのがタテタカコさんです。映画のラスト近くにかかるこの曲は主人公の心情を代弁しているような感じの歌詞であり、ピアノの弾き語りによるタテさんの歌声がとても印象的でした。私はこの歌がとても気になり、映画を見終わった後すぐに彼女のCDを購入してしまいました。
 彼女は長野県出身で、つい最近3枚目のアルバム「稜線の彼方へ」を発表しています。彼女の存在を世に知らしめたのは上にも書いた通り、「誰も知らない」です。映画の監督是枝裕和がソニーのミュージックオーディションのドキュメンタリー番組を制作していたときに、彼女に出会ったことが始まりです。彼女の歌を聴いて気に入り、長野に取材で行き、ライブで歌っていた「宝石」を自分の映画のラストに入れたいと思ったそうです。彼女は映画に「宝石」という曲を提供すると共に、コンビニの店員役で映画デビューもしています。映画の中での彼女は独特な雰囲気を放っていました。
 彼女の歌の魅力はとぎすまされた感性から紡ぎ出される歌詞とピアノの弾き語りによる彼女の透き通った歌声です。
 まず歌詞ですが、歌の内容としては内省的で切なくどこか哀しいものが多いです。自分というものを深く静かに見つめ、己のエゴイズムや弱さを認めつつ、前に向かって進んで行く姿を言葉にしています。人間の普段気づかない(気づきたくない)闇を抉りだし、その闇の中で光をみつけだそうとするけなげな人間たちにエールを送る歌詞を書いています。また郷愁や哀愁を感じさせる歌も多く、一人夕暮れの中に佇むような感覚を覚える歌も多いです。歌詞に使われる言葉はどれもストレートかつ繊細な選び方がされており、聞いていて心地よく、印象に残る言葉が多いです。
 美しく繊細な歌詞を歌う彼女の声もとても魅力的で、時に優しく、時に寂しく、時に力強く声が胸に響いてきます。透きとおっていて、暖かい彼女の歌声が、ピアノ伴奏によるシンプルなメロディーにのって耳に届いてくると、心が洗われるようです。
 今年の秋に彼女のライブに行ったのですが、生で聴く彼女の言葉と声は素晴らしいものでした。聴いていて、自然に涙が出てきました。彼女の姿はとぎすまされた感受性を持ち続けている不器用な少女がそのまま大人になったような感じでした。また今年もライブで彼女 に会いに行きたいなと思っています。
 是非、多くの人に彼女の歌を聴いてほしいなと思っています。

彼女のアルバム紹介
彼女の1枚目のアルバム「そら」。「誰もしらない」挿入曲『宝石』が入ってます。歌詞カードをじっくり読みながら聞いてほしいです。

彼女の2枚目のアルバム「裏界線」。『卑怯者』という歌が胸にぐっと来ます。また『ひまわり』もお薦め。

最新アルバム「稜線の彼方に」。『春風』という曲は涙が自然に溢れてきます。

タテタカコ公式サイト:http://www.tatetakako.net/

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街を捨て書を読もう!「神の子どもたちはみな踊る」

「神の子どもたちはみな踊る」 作:村上春樹 新潮文庫

 1995年に起こった阪神大震災をモチーフに書かれた6本の短編小説です。どの短編も震災に関わった人間の姿を描いているのではなく、震災をメタファーにこの世界で人が生きることの哀しみや慰めが描かれています。
 6つの短編の主人公たちは、繰り返される日常の中で、どこか心が満たされていない毎日を送っています。苦い過去、上手くいかない人間関係、孤独、さみしさ、生きていくということ・・・。そんな主人公たちの前に現れ、彼らを「世界の気づき」に導かせる人間や不思議な出来事。6つの短編を通して、一人の人間をとりまく現実の背後にある闇と希望を読者に提示しています。 
 さらっと読めますが、そこで描かれる世界は深淵です。ぜひ皆さん読んでみてください。
 

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私の映画遍歴5「金田一耕助」

 今日、テレビで稲垣吾郎主演の金田一耕助シリーズ「女王蜂」が放映されていました。金田一耕助シリーズは小学生の時から大好きで、テレビでドラマや映画が放映される度に楽しみに見ていました。
 金田一耕助は日本ミステリー小説界の重鎮・横溝正史が生み出した探偵です。伝統と血縁を重んじる名家。その中の複雑でどろどろした人間関係の因縁が生み出す悲劇的な殺人事件。その事件のトリックとその背後にある人間関係の因縁を解いていく、金田一耕助。 
Inukami 稲垣吾郎版金田一耕助もなかなか良い雰囲気が出てますが、私にとって「金田一耕助」といえば石坂浩二です。私と石坂浩二版金田一耕助との出会いは「犬神家の一族」でした。「犬神家の一族」は記念すべき第一回角川映画であり、監督は名匠・市川崑を起用、出演者も日本映画を代表する豪華なメンバーにより制作されました。私はテレビでこの映画と出会ったのですが、黄色いゴムマスク、菊人形の生首、湖から突き出る足と強烈なインパクトのあるシーンの連続と複雑でどろどろした人間関係に一気に引き込まれてしまいました。
 役者たちの演技も魅力的です。犯人役演じる役者の狂気と悲哀の演技の巧みさには見入ってしまいます。(あの名優がここまでやるかといった感じで、すざましいです。)脇役を演じる俳優たちも名優揃いで、少ない登場シーンながら印象に残ります。そして金田一耕助を演じる石坂浩二ははまり役で、この映画を見たあと、金田一耕助といえば、彼の顔が思い浮かぶほどです。
 映像も戦後間もない田舎の風景をとても美しく捉えており、音楽も印象に残るものでした。また監督の市川崑の演出のセンスもとても素晴らしく、独特なタイトルロール(これはアニメ・新世紀エヴァンゲリオンでも使われています。)・カメラワーク・独特な編集の妙など、この映画の魅力を高めています。
 ストーリーは田舎の名家で起こる遺産相続にからむ連続殺人事件を解いていくという話しですが、人間の業や因縁の恐ろしさと悲しさが描かれています。
 この映画の大成功の後、石坂浩二主演・市川崑監督で4本の作品が取られました。どの作品もどろどろした人間関係の中で起こる凄惨で残酷な殺人が重厚な映像と演技により描かれています。監督のセンスの良さ、俳優たちの重厚な演技、美しくも閉鎖的な田舎の雰囲気を捉えた映像などの魅力に支えられ、どの作品も見応えのあるものになっています。
・4作品の紹介と見所
「悪魔の手鞠歌」:この作品はこのコンビによる最高傑作です。鬼首村で起こる手鞠歌に則った連続殺人事件。その背後にある、残酷で哀しい人間関係。この映画は、横溝正史の描くおどろどろしい田舎の雰囲気をよく捉えています。また単なるミステリーの枠を超えた人間の業や因縁の哀しみが描かれています。役者たちの演技も1級品で、犯人役を演じる女優と犯人を密かに愛する刑事役の若山富三郎の熟練された演技は最高です。
「獄門島」:この作品ほど、美しく残酷な殺人シーンが見られるものはなかなかありません。夏の瀬戸内海に浮かぶ島。俳句に則って行われる見立て連続殺人事件。この映画は緑を基調にした映像がとても美しいです。
「女王蜂」:この作品は今まで犯人役を演じた俳優が一堂に会しています。役者たちの重厚な演技合戦が一番の見所です。ただストーリーや演出面では他の作品に比べるともう一つです。
「病院坂の首縊りの家」:このコンビによる最後の作品。。「病院坂の首縊りの家」と呼ばれる古い館に、人間の生首が風鈴のように吊るされるという猟奇事件。この事件の背後にある哀しい親子関係。哀しいラストシーンは胸にぐっときます。
 
 
市川崑監督はこの後、豊川悦司主演で「八つ墓村」を制作しますが、以前のシリーズに比べると演技にしろ、演出にしろ、あまりぱっとしませんでした。豊川悦司もがんばってましたが、やはり石坂浩二が金田一耕助を演じないと、映画が締まりませんね。他の役者たちも、以前の作品に出演した役者に比べると、レベルが落ちますね。

 石坂浩二主演・市川崑監督のコンビによる5作品はどれも、伝統や血縁に縛られ、自由に生きられない人間たちの悲哀が描かれています。どれも非常に見応えのあるミステリー映画ですので、機会があれば是非見てください。
 

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古畑任三郎ファイナルを見て

 今年のお正月は私が好きな古畑任三郎スペシャルが三夜に渡って公開されました。今回はファイナルと銘打って、豪華な俳優が出演したので見られた方も多いと思います。昨日(1月4日)に放映されたイチローが出た回は関東で高視聴率を出したそうです。
 このシリーズ1994年にスタートして、96年、99年と3回シリーズ放映され、その後スペシャルが7回放映されてきました。ダンディであくの強い田村正和演じる警部補・古畑任三郎を相手に、SMAPはじめ毎回豪華な芸能人が犯人役として登場しました。今回の三夜連続スペシャルも石坂浩二、藤原竜也、イチロー、松嶋奈々子と豪華な俳優が顔を揃えています。
 犯人やその犯行が事前に視聴者に見せておき、それを刑事が追い詰めていくスタイルを倒叙形式といい、アメリカや日本でかつて人気を博した「刑事コロンボ」シリーズなどでもとられた形式でした。「古畑任三郎シリーズ」は作り方が「刑事コロンボシリーズ」と似ている部分も多いです。ただ犯人を追い詰める主人公の人物設定が古畑とコロンボではだいぶ違います。古畑はスマートかつダンディな男でコロンボは野暮ったいです。ただ両者とも、頭が切れ、犯人に対して執拗にアプローチをします。
 倒叙形式のミステリーでは、犯人がどういうトリックを仕掛け、それを刑事がどう見抜いていき、相手を追い詰めて自白させるかまでの展開にあります。時には犯人と刑事のスリリングな駆け引き、だましあい、そして、犯人のちょっとしたミスを突いて、追い込んでいく展開に視聴者は満足を覚えていきます。
 さて、今回の古畑任三郎ファイナルの3つの事件はどれも見ごたえのあるものでした。特に第一夜目の石坂浩二と藤原竜也がでた「今、蘇る死」は特に展開が予想外で「やられたー」という感じでした。途中までは見ている側に単独犯の犯行と見せかけておきながら、実はその裏にさらに黒幕がいたという展開。見事に視聴者をミスリードさせてくれました。よく考えるとこんなにうなくいくのかというトリックであるんですが、驚くべき完全犯罪でした。見ている途中までは石坂浩二がこの役でなぜ主演?と思っていたのですが、ラストで一気に納得しました。第二夜目のイチローの回はプロット自体はよくあるパターンでしたが、イチローの存在感が光っていた作品でした。大物は違いますね。ドラマ初主演だと思えませんでした。第三夜目の松嶋奈々子がでた「ラスト・ダンス」。これはよく似たプロットの話を知っていたので、双子という設定から、犯行シーンでトリックが読めてしまいました。ミステリー好きの人はこのトリックは簡単に見破るかもしれません。ただこのトリックは小説より映像の方が見せ方的に向いていますよね。
 
 今回で終止符が打たれるという「古畑任三郎」シリーズ。古畑任三郎のダンディーで、優しく、大胆かつ緻密に相手を追い詰めていく姿は面白かったです。脇役の今泉と西園寺もいい味を出してました。特に今泉は古畑のいい部下ですよね。彼の間抜けな行動がトリック解決の糸口になること多いですからね。私は非常に面白く見ていたので、ぜひ今後も復活してほしいです。

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この映画を見て!「生きる」

第22回「生きる」
見所:死を宣告された人間にとって生きるとは?志村喬の名演技に注目!生きる

 この映画は日本映画史、世界映画史共に名高い映画であり、世界中の映画評論家、関係者から人気のある映画です。監督は黒澤明。日本を代表する映画監督です。黒澤明は世界中の映画制作者のあこがれと影響を与えた人物です。彼は惜しくも1998年に他界されています。彼は生前30本の作品を作っており、「生きる」は黒澤明が一番絶頂期だった1950年代に作った映画です。
 さて「生きる」という映画ですが、この映画のテーマはずばり人間が生きる意味とは何かです。

ストーリー:「市役所に30年勤める男、渡邊勘治。彼は今まで一度も無断欠勤することもなく、お役所勤めをしてきて、今は市民課の課長をしている。そんな彼がある日、自分が胃ガンを患っていることを知る。余命はあと半年から一年。彼は今までの自分の生き方がお役所の事務仕事一辺倒だったことを振り返り、残された人生をどう生きるか悩むことになる。彼には男で一つで育てた息子がいた。しかし自分の家庭を持ち、自分の退職金ばかり当てにしていて、自分の病気のことを伝えられない。孤独な彼は街に出て、いろいろな遊びに繰り出したりする。そんな中、同じ職場の女性に惹かれる。彼女の若く、溢れるエネルギーに触れる中、彼は自分も生きた証がほしかったと気づく。そして、お役所の請願に上がっていた小さな公園を作るために奔走することになる。そして彼は公園が完成した半年後に亡くなる。彼の葬儀に集まるお役所の仲間たち。彼らはなぜ彼が公園作りに奔走したのかを話し合う。その中で見えてくる、官僚組織の縦割り組織、事なかれ主義の虚しさ。そして死を直前に公園作りに自分の生きた証を残す主人公。ラスト、仲間たちは葬儀の席で主人公みたいに生きようと決意するが、結局組織の中で埋没した日々を過ごす。」
 この映画、脚本・役者の演技・演出、どれも素晴らしく見所満載です。脚本に関しては、オープニングの3人称のナレーションの巧みさ、押しつけがましくないセリフ、2部構成の大胆さと、巧みです。演技に関しても主演の志村喬は言うに及ばず脇役の人も良い味を出してます。演出はさすが黒澤明といった感じです。
 この映画が制作されたのは今から50年以上前ですが、2005年現在においても映画の語るメッセージは十分通用するものです。今まで公務員というお役所仕事の中で、与えられた役割を機械的にこなしていた主人公。映画の冒頭で次のようなナレーションがあります。「彼は時間をつぶしているだけだ。彼には生きた時間がない。つまり彼は生きているとはいえないからである」それは生きる屍のような主人公の人生。そんな彼が死の宣告を受けてから、生きることについて悩み、考え始めるのですが、その姿はとても見ていてつらいものです。死を前に始めて自分の生を考えるという哀しみと皮肉。それは同時に見ている側にも普段忘れていた「生きる」とは何かについて考えさせられます。
 もし自分があと半年しか命がなかったから、一体何をするのか?多くの人間は自分が死ぬことなど普段意識せず生きています。過去に比べて、現代多くの人が死から遠ざかった生活を過ごしています。そして繰り返される毎日を生きることの価値や意味を見失ってしまった私たち。生きてきた以上避けて通れない死。死を通して見えてくる生。 この映画は私たちに「生きる」価値というもの、そして人間は「死ぬ」という事実を改めて問うていきます。
 また映画の後半はお役所の同僚が彼の葬儀に集まり、彼の死を悼む場面があります。そこで交わされる内容は彼がなぜお役所の縦割り組織を超えて、公園作りの事業を達成できたのかを延々と話し合います。そして硬直した縦割り組織で事なかれ主義のお役所仕事の限界をみんなで語り合います。生活のために組織に縛られた人間たちの姿は哀れに見えます。主人公のように組織の掟を超えて、生きていこうと思いつつ、現実で敗北する姿。それは現代社会での私たちの生きる姿とだぶって見えてきます。
 私たちもいつか必ず死ぬときがやってきます。死ぬ間際、私たちは自分の生をどう振り返るか、人間らしい満足な生を送ったと言えるのか?この映画を見ると自分の生と死を振り返ることができます。

製作年度 1952年
製作国・地域 日本
上映時間 143分
監督 黒澤明 
脚本 黒澤明 、橋本忍 、小国英雄 
音楽 早坂文雄 
出演 志村喬 、日守新一 、田中春男 、千秋実 、小田切みき 

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この映画を見て!「ゾンビ」(139分・完全版)

第21回「ゾンビ」(139分・ディレクターズ・カット版
見所:スーパーマーケットでの攻防戦とまったりとした終末観
ゾンビ 米国劇場公開版 GEORGE A ROMERO’S DAWN OF THE DEAD ZOMBIE

今回紹介する映画「ゾンビ」は私の人生において多大な影響を与えた映画です。以前、同じ監督によって制作された「ランド・オブ・ザ・デッド」を紹介しましたが、今回紹介する「ゾンビ」は彼の最高傑作です。この映画に始めて出会ったのは中学1年生の時。ホラー映画大好きだった私としては、「ゾンビ」という映画がすごいということは聞いていたので、どんなにすごい映画かレンタルして見てみることにしました。その時借りたのはアメリカ公開版だったのですが、見終わった後、衝撃を受けて言葉が出ませんでした。ゾンビが出てくる映画だけあって、グロイシーンが多くあるのですが、そのシーンに衝撃を受けたというより、その世界観に衝撃を受けました。ゾンビによって人間社会が混乱のうちに徐々に崩壊していく様子。倫理と秩序を失った人間たちが暴力と欲望むき出しで生きる姿。死んでも生きているときの記憶からかショッピングセンターに集まってくるゾンビ。ゾンビによって人間が滅ぶのでなく、人間同士が争い自滅していく姿に、虚しさと絶望を激しく感じました。
 ストーリー:「突然蘇った死者に為す術のない人間たち。じりじりとゾンビたちによって人間の生きる場所は包囲されていた。そんな中、放送局に勤めるフランシーンとスティーブンはヘリに乗ってゾンビのいない地域を目指そうとする。フランシーンはスティーブンとの子を妊娠していた。そこにSWATで働くピーターとロジャーも加わる。郊外では悠長に人間によるゾンビ狩りが行われているが、確実にゾンビによって人間は追いつめられていた。彼らは無人のショッピング・モールを見つけて、そこに居座ろうとする。店内のゾンビを死闘の末に追い払い、溢れかえる物の中で生活する。物質的には豊かだが、空虚さと絶望感漂う生活。そんな中、暴走族がショッピングモールに乱入してきて、モール内はスティーブンたち・暴走族・ゾンビの三つ巴の闘いになる。」
 この映画の最大の魅力はショッピング・モールを主人公たちが占拠するシーンです。始めて、この映画を見たときにモールを好き勝手に使って生活する彼らに憧れたものです。そして、自分もゾンビに襲われたら近くのスーパーかデパートに逃げこもうと思ったものです。この映画を見てから、ショッピング・モールに行くたびに、ゾンビに襲われたとき、どうこのモールまで逃げ、店内を占拠するかシュミレーションして遊ぶ癖があります。
 この映画ではショッピングセンターを先進国の消費快楽主義の象徴として映し出しています。死んでも生きているときの癖からショッピングモールに集まってくるゾンビ、世界が崩壊しようとしているにもかかわらず、モールに立てこもり消費を謳歌する主人公たち、通貨が意味をなさなくなっても、金品を求める暴走族。そこにはゾンビも人間も大差なく、むしろ人間の方が醜く感じてしまいます。現代社会で、メディアや企業に煽られて、強迫的にものを買うことを迫られて生きている私たちは、もしかしたらゾンビと変わらない存在なのではないかとこの映画を見るたびに思います。
 またこの映画を見るたびに「人間」と「非人間」との境界線は何かということを考えてしまいます。ゾンビになった人間を物のように扱い虐殺していく姿。仲間がゾンビに変わり果てようとして、殺すべきかどうか躊躇する姿。人間とは何かについていつも考えてしまいます。もしかしたら人間は「仲間」と「非仲間」という境界線で「人間」と「非人間」と分けているのではないかと思います。かつてのドイツでのユダヤ人虐殺。アメリカの大量破壊兵器での虐殺。人間は歴史上、仲間以外は物のように扱ってきたことが何回もあります。この映画で人間がゾンビを虐殺するシーンを見るたびに、現実で人間が人間を虐殺してきた事実を思い出してしまいます。
 (ここからネタバレがあります)
 私はこの映画を見たとき、ラストシーンにとても感銘を受けました。4人の登場人物の内、白人男性は全員死亡して、妊娠した女性と黒人のSWATだけが生き残るシーンはとても印象的でした。アメリカ社会の支配する側にいたマイノリティーは死に、社会の支配される側にいたマジョリティーだけが生き残る姿は何とも皮肉でした。もちろん、この映画のラストもハッピーエンドなのではなく、むしろ絶望感の方が大きいです。ただ絶望的な状況でも少しでも生き延びる方に可能性をかけた姿に感動しました。
ドーン・オブ・ザ・デッド ディレクターズ・カット プレミアム・エディション 2004年に「ゾンビ」のリメイク「ドーン・オブ・ザ・デッド」が公開されました。ストーリーはショッピングモールに立てこもる所以外、大幅に違います。映像的には面白いところが見られましたが、全体的に単なるホラーアクション映画になっており、物足りませんでした。(ただ「ゾンビ」と別物と割り切ればこの映画、爽快で面白いです。)その原因としてはゾンビ対人間という構図で話しが進められて、「ゾンビ」にあった人間対人間の構図や人間に対する皮肉や絶望感があまり描かれなかったところにあると思います。またショッピングモールに立てこもる設定があまり活かされてなかったのも残念でした。

 「ゾンビ」の魅力は人間性を剥奪する人体破壊シーン、じわじわと迫ってくる終末と人間同士の自滅していく姿、政治的・思想的メッセージが込められたストーリーにあります。是非、皆さまもゾンビワールドに足を踏み入れてもらいたいなと思います。

製作年度 1978年
製作国・地域 アメリカ/イタリア
上映時間 139分(ジョージ・A・ロメロ完全版)
監督 ジョージ・A・ロメロ 
脚本 ジョージ・A・ロメロ 
音楽 ゴブリン 、ダリオ・アルジェント 
出演 デヴィッド・エムゲ 、ケン・フォリー 、スコット・H・ライニガー 、ゲイラン・ロス 、トム・サヴィーニ 

「ゾンビ」はさまざまなバージョンが存在します。現在、日本で発売されているDVDはアメリカ公開版(127分)です。他にもプロデューサーのダリオ・アンジェルトが編集と音楽を変えたバージョン(119分)とジョージ・A・ロメロが編集したバージョン(139分)などがあります。これらのバージョンは現在輸入するか、レンタルビデオ店の在庫でしか見れません。再販をお願いします!
ちなみに私は今は廃盤のディレクターズ・カット版DVDを所有しています。

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街を捨て書を読もう!「指輪物語」

新版 指輪物語 全7巻『指輪物語』 全7巻
 「旅の仲間」 上・下
 「二つの塔」 上・下
 「王の帰還」 上・下
 「追補編」

作:J・R・R・トルーキン 訳:瀬田貞二・田中明子  評論社

 今回紹介する本は映画『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズの原作本であり、その後出てくるファンタジー小説やドラクエなどのロールプレイングゲームにも多大な影響を与えました。世界中に熱狂的なファンのいる「指輪物語」です。「指輪物語」は『ホビットの冒険』という話しの続編として書かれた本です。「ホビットの冒険」は「指輪物語」にも出てくるビルボ・バギンズが魔法使いガンダルフとドワーフ13人を引き連れて「はなれ山」に冒険に行くという話しです。はなれ山でビルボは指輪所持者のゴラム(ゴクリ)と出会い、彼の指輪を奪います。「指輪物語」はビルボがゴラムから取った指輪を巡るお話です。「ロード・オブ・ザ・リング」の所でも書きましたが、「指輪物語」は単なる冒険物語やファンタジー小説とは一線を画します。その理由として、物語の構造と設定の細かさがあります。まず普通の冒険ものやファンタジーものと違い、この物語は後ろ向きな暗い物語です。指輪を手に入れるのではなく、捨てに行くために旅をするというところからして、暗い話しです。またこの物語は様々な種族が去り、人間中心の歴史が到来するまでの一つの時代の終焉を描いた話しでもあります。
 ストーリーは「ロード・オブ・ザ・リング」を見られた方はよく知っていると思いますが、中つ国であまり目立つことのなかった種族ホビットを中心に様々な種族が力を合わせて、悪の王サウロンの復活を阻止するために闘っていくという話しです。さまざまな登場人物たちが希望と絶望、強さと弱さ、善と悪との間で激しく葛藤します。様々な苦難に遭遇しながら、仲間を思いやり、与えられた使命を果たしていく姿は胸を打ちます。物語のクライマックス、フロドが指輪を投げ込もうとする場面はとても印象的です。映画と原作では少しクライマックスの展開が違います。原作の方が、人間たちの無力さや弱さが強調されています。
 基本的に映画と本のストーリーは最初から最後まで大体同じです。(二つの塔のアラゴルンの話しだけは映画は大幅に脚色されてますが・・。)本で大切なところはほとんど映画で映像化されています。ただ原作の方が指輪を捨てに行くまでのプロローグと指輪を捨ててからのエピローグに大変多くのページを費やしてます。サルマンのエピソードも映画と原作は全く違います。そして指輪戦争後のホビットたちがホビット庄に戻った後に原作では事件がおき、それを通してホビットたちの成長ぶりがじっくりと描かれてます。
 原作の方が、より細かく中つ国の歴史が描かれています。それはまるで歴史書を読んでいるかのような感じで、この物語の背景にある中つ国の壮大な歴史が伺え、指輪を巡って起こっていることの意味がよく分かります。
 また話しの合間に詩もたくさん挿入されおり、素敵な詩が多く、緊張感のある物語をほっと一息させてくれます。
 登場人物たちの性格も映画と原作はだいぶ違っています。特にアラゴルンやファラミア、デネソールなどゴンドールに関係する人間は印象が違います。原作はアラゴルンは最初から自分の王の役割意識してます。ファラミアは清廉潔白な人間で、最初からフロドやサムを丁寧に扱います。デネソールも映画みたいに狂った人間でなく、もっと高貴で気高く威厳に満ちています。映画は人間の弱さをかなり強調した作りになっています。
 指輪物語の話しは神話性と寓話性に富んでいて、読者がいろいろ考えたり、想像する余地があります。だから何回読んでも飽きることなく楽しめます。ただ最初はずっと指輪の歴史的背景やホビットの歴史が語られたりするので退屈かもしれません。しかし、そこを乗り切ると、もう読むのを止められなくなると思います。是非、みなさんも中つ国の世界に踏み入れてください。
 

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「ロード・オブ・ザ・リング スペシャル・エクステンデッド・エディション・シリーズ」

この映画を見て!番外編「「ロード・オブ・ザ・リングスペシャル・エクステンデッド・エディション・シリーズ」

21世紀に入って私が一番はまった映画といえば「ロード・オブ・ザ・リング」でした。この映画の紹介はすでにしましたが、今回はDVDの紹介をしたいと思います。 
 現在DVDでは二種類のシリーズが発売されており、劇場版本編と2時間のメイキングがついたコレクターズ・エディションと劇場では未公開のシーンを追加して再編集した本編と6時間以上あるメイキングが付いているスペシャル・エクステンデッド・エディションがあります。値段は倍くらい違いますが、 スペシャル・エクステンデッド・エディションの方が絶対にお買い得な商品です。

ペシャル・エクステンデッド・エディションの追加シーンが多数ある本編は、新しいエピソードの挿入や登場人物の心情や物語の背景などが細かく描かれたシーンが多々あり、ファンの人も、そうでない人も見所満載です。特に原作を知らない人は特別版の本編を見たほうが分かりやすいと思います。 またなぜこのシーンを劇場版で公開しなかったのかと思う所も多々あります。(逆に確かに劇場版ではここはいらないなというシーンもありますが。)例えばボロミアとファラミアとデネソールの3人が出会い、微妙な親子関係が浮き彫りになるところ(「二つの塔 特別版」に収録)や劇場版では無視されたサルマンと蛇の舌の最期(「王の帰還 特別版」に収録)などのシーンがあり、物語を進める上で大切だと思ったのですが劇場版では見られません。まあ劇場版にしろ特別版にしろ時間的制約のある中で、ファンの期待にも応えながら、あの長編をここまで上手く整理して、なおかつ感情を揺さぶる映画にしてくれたので十分満足かなと思います。しかし「王の帰還」のゴンドールのデネソールの描き方、療病院のシーンなどはもう少しなんとかしてほしかったですね。映画版ではローハンに比べるとゴンドールの描写が浅かったのがとても残念です。

 ☆スペシャル・エクステンデッド・エディション版本編の私なりの見所・不満点
「旅の仲間」20分追加されてます。
*見所
・ホビット庄の生活風景。このシーンが増えたことでホビットがどういう種族なのか分かりやすくなっています。
・第二部のヘルム峡谷に応援に来るハルディアのシーンの追加
・フロドとサムが森の中で、灰色港に向かうエルフと出会うシーン。このシーンは中つ国の時代の移り変わりを象徴している大切なシーン。第三部のラストにつながります
ガラドリエル様が旅の仲間に贈り物をあげるシーン。ここは二部、三部の重要な伏線となるシーンです。なぜかボロミアだけ何ももらえません。
・ボロミアの葛藤と苦悩のシーンの追加。
*不満
・特になし
「二つの塔」40分追加されてます。
*見所
・ゴンドール執政一家が勢揃いするシーン。デネソールとボロミア、ファラミアの微妙な関係が描かれていて、第三部のファラミアの行動を理解する上で大切なシーン
・エントのシーンの追加。エントのゆったり生きているところが出ていて好きなシーンです。
・ファラミアの心情や人柄を伝えるシーン。原作と比べて、ミステリアスな雰囲気漂う映画版ファラミアですが、そんなファラミアの本当の人柄(高貴で優しい)を伝えるシーンが増えています。このシーンが増えたことで第二部のラストでファラミアが改心するシーンにぐっと説得力が増してます。
*不満点
・エオウィンのシチューのシーンはいらない。
「王の帰還」50分追加されてます
*見所
・サルマンと蛇の舌の最期。このシーンは劇場版でもカットすべきでなかったと思います。
・ファラミアとデネソールのシーンの追加。なぜファラミアが無謀な作戦に出たかのがより理解できます
・ファラミアとピピンの交流シーン。ここはよいシーンでした。炎からファラミアを救うピピンの心情がよく分かるシーン
*不満点
・メリーとセオデンとの交流をもう少し描いてほしかった。
療病院のシーンは説明不足です。原作を読んだ人以外は、アラゴルンの癒しの手の持つ重大な意味が分からないと思います。
・ファラミアとエオウィンのシーンも中途半端です。描くならもう少し丁寧に描いてほしかった。
・デネソールもパランティアを持っていたことを示唆するシーンがほしかった。
・ホビット庄の帰還から灰色港までのシーンをもっと追加してほしかった。
・ファラミアとエオウィンの結婚シーンも見たかった。(撮影はされたようです。)

 またスペシャル・エクステンデッド・エディションのメイキングは見応え十分です。原作をどう脚色して、撮影準備をして、撮影して、編集して、CGを加え、音響と音楽を付けていったかの過程が全て記録されています。ここまで細かいメイキングはなかなか見られないです。またメイキングを見ると制作関係者一同がいかに、この映画を愛しているのかよく分かります。超大作にもかかわらず、制作現場は誇りを持って、和気藹々と楽しそうに仕事しているんですよね。チームワークの良さと一人一人の情熱とこだわりがこの映画を成功に結びつけたんだと思います。自分のビジョンを持って、7年間という長い期間、大人数のスタッフを統率して一つの方向にまとめていった監督のピーター・ジャクソンは天才だと思います。三部作全てのメイキングを見ると、ある意味本編と同じくらい感動できます。「王の帰還」のメイキングでの撮影終了間際のシーンなど本当にこの映画の現場から離れることが寂しかったんだろうなって伝わってきます。是非、スペシャル・エクステンデッド・エディションを買って見てもらいたいです。

 ☆スペシャル・エクステンデッド・エディション版メイキングの私なりの見所
「旅の仲間」
*見所
・ホビットサイズの撮影方法。古典的な方法からCGまで様々な手法を使っていてびっくり。
・撮影風景。みんなのチームワークの良さが分かり、微笑ましいです。

「二つの塔」
*見所
・ゴラムの撮影方法。まるで現実にいるかのようなゴラム。その制作過程は見物です。
・ヘルム峡谷の撮影風景。あの戦闘シーンの撮影は4ヶ月かかり、どんなに大変だったかよく分かりました。アラゴルン役のヴィゴ・モーテセンは歯が折れても撮影を続行したそうで、役者魂を感じさせます。

「王の帰還」50分追加されてます
*見所
・撮影風景。映画の撮影が終わり、離ればなれになる役者たちの別れのシーン。映画本編なみに感動します。
・ポストプロダクション。映画を完成させるために、ぎりぎりまで編集、CG、音響、音楽が制作されていたことが分かり、制作者たちの妥協しない良いものを創ろうとする制作姿勢に頭が下がります。

公式サイト:http://www.lotr.jp/

 

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この映画を見て!「ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還」

第20回「ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還」
ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還 コレクターズ・エディション いよいよ「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズの紹介も最後になりました。第三部は全編クライマックスであり、感動の連続です。話しはいよいよクライマックスに向けて収束していきます。戦闘はより大きくなり、フロドにも最大の危機が訪れます。絶望一歩手前で登場人物たちは中つ国を守るために与えられた自分たちの使命を果たそうと、全力を尽くします。一作目から比べ成長したそれぞれのキャラクターを見るたびに、胸が熱くなります。特に最初は足手まといにしか見えなかったメリーとピピンが三部作で大きな役割を果たします。その逞しくなった姿をみると、見ている側もその成長ぶりにうれしくなってきます。アラゴルンも王らしい風格を持ってきます。フロドはほんとにぎりぎりの状態で自分の使命を果たそうとしていきます。また第二部から出てきたセオデンやエウオィン、ファラミアなどが抱えていた葛藤や思いが第三部でどうなっていくかも大きな見せ場となっています。
ストーリー:「フロドとサムとゴラムはモルドールのすぐ側までやってくる。ゴラムは指輪を狙い、フロドとサムを引き離そうと悪巧みを企んでいた。その頃、アラゴルン組とメリー・ピピンは再会を果たす。しかし、すぐに二人は離ればなれになる。ピピンはガンダルフとゴンドールに行くことになり、メリーはローハンに残ることになる。ゴンドールは要塞都市ミナス・ティリスを除き、モルドールの悪の軍団に制圧されていた。そしてついに中つ国の運命を左右する最後の戦争がミナス・ティリスで始まろうとしていた。ピピンはボロミアの父であるゴンドール最後の執政デネソールの従者となる。ローハンに残ったアラゴルンにメリー、そしてローハンの騎士たちもミナスティリスを助けるために向かい始める。だがアラゴルンは途中でより多くの兵を集めるためにおぼろ谷に向かう。中つ国の運命をかけた最後の絶望的な闘い。またフロドとサムに訪れる最大の危機。それぞれのものが仲間を守るために、使命を果たしていく姿が描かれる。」
 最初にも書いたように第三部は全編クライマックスで感動の連続です。最初から最後まで感情が揺さぶられるシーンばかりです。前半のゴンドールからローハンに烽火が上がるシーンは見ている側も気分が高揚してきますし、フロドの痛々しさやファラミアと父デネソールの親子の不和のシーンは胸が痛みます。そして中盤から後半にかけてのミナス・ティリス、黒門での闘いのシーンは戦闘シーンのスケールの大きさもさることながら、登場人物たちの仲間への思いが伝わってきて、ぐっと心が揺さぶられます。登場人物たちのそれぞれの思いを前半でしっかり描いているからこそ、激しい戦闘シーンも生えてくるんでしょうね。またこの映画最高の感動シーンといえば滅びの山近く、サムがフロドを抱えて山を登るシーンですね。「指輪の重荷は背負えなくても、あなたを背負うことはできる」とサムがいうシーンは涙なしでは見られません。
 「ロード・オブ・ザ・リング」のストーリーの素晴らしさは超人的なキャラクターが問題を解決していくのでなく、さまざまな仲間たちが思いを一つに支え合って、使命を果たしていくところにあると思います。第三部では特に仲間へのいたわりと友愛が強く伝わってきます。
 (ここからネタバレの内容です)
 第三部は指輪を葬った後のエピローグが少し長いと思われる方もいるかもしれません。しかし、このエピローグはとても大切なものです。フロドがなぜ旅立つのか、確かに映画だけ見るとはっしょっているので意味が分かりにくいかもしれません。(原作にはそこら辺が詳細に書かれているので、興味のある方は読んでみてください)フロドが旅で失ってしまったものや受けた傷の深さはとても大きいんですよね。さらに過酷な冒険ではああったからこそ、旅が終わった喪失感というものも大きいんですよね。だから彼は埋められない喪失を癒すために、この地を去ろうとしたんですね。またより大きな視点でいうと、指輪が葬られるということはハッピーエンドであると同時に、一つの時代の終焉でもあるんですよね。サウロンやオークが滅びましたが、それは同時にエルフたちも去り、人間が中心の世界になっていく変わり目でもあるんですよね。歴史が変わっていくことの哀しみを描いたシーンでもあるんですよね。灰色港の別れのシーンまで(ある程度)きちんと描いた監督はこの物語の本質を良く分かっているし、本当にこの物語を愛しているんだなと思います。そして監督自身もこの映画制作に7年近く携わり、ある意味フロドと同じように旅をして、映画が完成して、その世界から離れることの喪失感や哀しみがあったと思うんですよね。そこら辺の監督の思いを灰色港のシーンにこめたのかなと思います。
 きっとこの映画の魅力にはまった人はエンディングが近づくと、物語が終わり、中つ国との別れが近づくことに喪失感や哀しみを感じるでしょう。

製作国・地域 ニュージーランド/アメリカ
上映時間 203分
監督 ピーター・ジャクソン 
製作総指揮 マーク・オーデスキー 、ボブ・ワインスタイン 、ハーヴェイ・ワインスタイン 、マイケル・リン 、ロバート・シェイ 
原作 J・R・R・トールキン 
脚本 ピーター・ジャクソン 、フラン・ウォルシュ 、フィリッパ・ボウエン 
音楽 ハワード・ショア 
出演 イライジャ・ウッド 、イアン・マッケラン 、ヴィゴ・モーテンセン 、ショーン・アスティン 、リヴ・タイラー 

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この映画を見て!「ロード・オブ・ザ・リング 二つの塔」

ロード・オブ・ザ・リング 二つの塔 コレクターズ・エディション

第19回「ロード・オブ・ザ・リング 二つの塔」
 さて前回に引き続き、「ロード・オブ・ザ・リング 二つの塔」を紹介します。私は三部作の中で、第二部が一番お気に入りです。第一部はどうしても物語の背景やキャラクターたちの説明に時間が割かれいたのですが、第二部は一気に物語の中に入っていけます。第二部は新しいキャラクターも増え、話しも広がっていきます。また第一部の登場人物たちも成長し始め、見ている側も感情移入して応援して見ていけるんですよね。第三部はもう終わりだなという感じがして、この世界をもっと味わいたいと思う私はさみしくなるんですよね。
 どの映画も大体一作目は面白いですけど、二作目・三作目となるにつれて内容もレベルダウンして見てる側も盛り下がることが多いです。(マトリックスとかは作を重ねるごとに特に尻すぼみになっていました。)しかし「ロード・オブ・ザ・リングシリーズ」は二作目、三作目になるごとに内容がレベルアップして、盛り上がっていくという希有な作品です。この映画は三部作まとめて一度に撮影されているので、役者の演技にしろ、演出にしろ、映画の質がどの作品も常に一定のレベルを保っています。
 ストーリー:「前回のラスト、ばらばらになった旅の仲間たち。フロドとサムは滅びの山に向かい旅を続けていた。そしてかつて指輪を所持していたホビットのゴラムに出会う。ゴラムは指輪の影響で姿も変わり果て、指輪を取り戻すことだけに囚われていた。彼らは道案内のためにゴラムを同行させる。しかしボロミアの弟、ファラミアに捕まってしまう。その頃、フロドと間違えられウルクハイに捕まったメリーとピピンは、彼らの手から逃れ、森の中をさまよっていた。彼らは森の中でエントという木の牧者の種族に出会う。またアラゴルン・ギムリ・レゴラスの3人はメリーとピピンを救い出そうと、行方を追っていた。彼らはローハンという国に入り、死んだと思っていたガンダルフと再会する。そして彼らはローハンに迫っている危機を助けることになる。3組に分かれた旅の仲間はそれぞれ与えられた使命を果たそうと奮闘する。彼らはひとまず自分に与えられた使命を果たすが、それはより大きな使命の始まりだった」(第三部に続く)
 今回は登場人物たちが3組に分かれて、物語が進んでいきます。そして彼らはそれぞれに新しいキャラクターと出会い、与えられた使命を果たそうとしていきます。今回は3組に分かれた分、話しが中つ国全体の問題へと大きく広がっていきます。また一部にもまして旅自体も過酷なものとなり、次々と彼らの前に困難が迫ってきます。その旅の中で、一人一人のキャラクターも成長して、自分たちに与えられた使命や役割を受け入れ、果たしていこうとします。一作目では頼りなかったメリーやピピンもうんと成長していきますし、アラゴルンも王としての自分を自覚し始めてきます。見ている側はその姿を見て胸が熱くなります。また新しく登場するローハンの王・セオデンやその姪のエオウィン、ボロミアの弟ファラミアなども、単なる物語を進める駒として描かれるのでなく、自分の役割や生き方を巡って激しく葛藤している姿が描かれており、これが第三部の大きな伏線へとなっています。第二部ではフロドは指輪の影響で精神がどんどん蝕まれていき、見ていてつらくなります。これで第三部まで持つのかいなと心配になってくるくらいです。そこはサムが献身的にサポートをしていくのですが・・・。第二部の一番の英雄はおそらくサムでしょうね。サムがラスト近くで語る言葉はとても感動的です。この物語のテーマをずばり語っています。私の好きな言葉に次のような言葉があります。「思うに希望とは、もともとあるものとも言えぬし、ないものとも言えない。それは地上の道のようなものである。もともと地上には道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ。 」(魯迅『故郷』より)この映画のサムのセリフを聞くたびにこの言葉を思い出すんですよね。

 第二部はいろいろな場所でいろいろな話しが展開されていきますが、一番の目玉は何と言ってもヘルム峡谷の闘い。ここでの300人対10000人の対決はすごいです。その迫力は半端ではありません。映画史に残る戦闘シーンです。4ヶ月かけて撮影されたそうですが、それだけ時間がかかった理由もよく分かります。この戦闘シーンの素晴らしさは戦闘シーンそのものに加え、戦闘が始まるまでの緊張感や不安感をじっくりと描いたところにあると思います。戦闘前にアラゴルンが少年兵と話しを交わす場面はこれから始まる闘いの悲惨さとアラゴルンの決意が感じられて名シーンです。また闘いのラスト、ガンダルフが登場するシーンは鳥肌が立つほど神々しいシーンです。
 またエントたちが活躍するシーンもすごいですね。森を破壊された者たちの怒り、それはもののけ姫やナウシカを連想してしまいます。
 第二部でここまで、完成度の高いものを見せられると、第三部は否が応でも期待してしまいます。

製作年度 2002年
製作国・地域 アメリカ/ニュージーランド
上映時間 179分
監督 ピーター・ジャクソン 
製作総指揮 マーク・オーデスキー 、ボブ・ワインスタイン 、ハーヴェイ・ワインスタイン 、マイケル・リン 、ロバート・シェイ 
原作 J・R・R・トールキン 
脚本 ピーター・ジャクソン 、フラン・ウォルシュ 、フィリッパ・ボウエン 、スティーヴン・シンクレア 
音楽 ハワード・ショア 
出演 イライジャ・ウッド 、イアン・マッケラン 、リヴ・タイラー 、ヴィゴ・モーテンセン 、ショーン・アスティン 

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この映画を見て!「ロード・オブ・ザ・リング」

第18回「ロード・オブ・ザ・リング」
ロード・オブ・ザ・リング ― コレクターズ・エディション あけましておめでとうございます。2006年最初のお薦め映画紹介は連続3回シリーズで「ロード・オブ・ザ・リング」3部作を紹介します!
 21世紀に入って、一番私が熱狂した映画というと「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズです。ファンタジー小説の古典とも言われる「指輪物語」を原作にしたこの映画。原作も全3巻で1000ページ以上の超大作ですが、映画も3部作で9時間以上という超大作です。知恵を持つ様々な種族(人間・ホビット・エルフ・ドワーフ)が共存する中つ国という架空の世界を舞台に、邪悪な王が作った一つの指輪をめぐる善と悪との壮大な物語が繰り広げられます。
 ここで原作の紹介を少しさてもらいます。原作はJ・R・R・トルキーンという人が今から50年以上前に書いた作品で、全世界中に熱狂的なファンがいます。原作「指輪物語」は「ホビットの冒険」という児童文学の続編として書かれたものですが、指輪をめぐる冒険や戦争の話しを縦糸に、中つ国の歴史を横糸に壮大な叙事詩が展開していきます。地形、歴史、各種族の生活様式・習慣・言語など細かい所まで丁寧に設定され、記述されており、架空の世界の話しにもかかわらず、具体的な所までイメージでき、何度読んでも発見のある話しです。ぜひ映画を見てはまった人は原作も読んでほしいと思います。映画とはまた違った魅力を味わえると思います。
 さて映画の方に話しを戻します。映画は見るまでは、ピータージャクソンという監督も、出演する俳優も、VFXを担当したWETAという会社もあまり知らなかったので、はっきり言って期待していませんでした。しかし映画館で第1部のオープニング、中つ国の歴史を語るシーンから一気に引き込まれ、見終わるとあまりの出来のすばらしさに感動して、それから何回も映画館に足を運びました。ピーター・ジャクソンは今でこそ有名な監督で新作「キング・コング」など撮っていますが、この映画に出るまではホラー映画の監督というイメージしかありませんでした。才能があったにしろ、ほぼ無名の監督がここまでの作品を作り上げるとは思いませんでした。「ロード・オブ・ザ・リング」が興行・批評とも成功した理由は、「指輪物語」という優れた小説があったということはいうまでもありませんが、中つ国という架空の世界をリアリティーを持って描くことができたこととキャスティングがキャラクターとあっていたこと、そして「友情」「責任」「正義」というシンプルなテーマをストレートに力強く表現していることの3点だと思います。
ストーリー:「中つ国の悪の象徴サウロン。彼はかつて自分の分身ともいえる指輪を作り、世界を手中に治めようとしていた。しかし人間やエルフなどの種族により、サウロンは滅びたかにみえた。だが彼が作り出した指輪に彼の力と魂は残っていた。指輪は人間の手に渡り、行方不明になる。それから何世紀もたった後、指輪はホビットという種族に渡る。サウロンは肉体こそないものの力を取り戻し、彼は完全復活のために指輪を欲していた。ホビットのフロドは叔父からサウロンの指輪を譲り受けるが、賢者ガンダルフによりその指輪の正体を知る。その指輪を葬るにはサウロンが指輪を創った場所、滅びの山の火口に投げ捨てるしかなかった。そこでフロドは庭師であり、友達のサムを引き連れて、指輪をひとまずみんなが集まる裂け谷に届けることになる。旅の途中で友達のホビットメリーとピピンも仲間に加わるが、サウロンの手下も追ってくる。危ないところを人間の王の末裔で今はレンジャーのアラゴルンに助けられるが、フロドは重傷を負ってしまう。何とか裂け谷に着くが、滅びの山に行くという希望のない任務に誰も行きたがろうとしない。そしてフロドは自ら指輪の重荷を携えて行くことを志願する。そして、彼を支えるためにエルフ・ホビット・人間・ドワーフの各種族からなる9人の旅の仲間が結成される。旅の途中、彼らに次々と危機が襲ってくる。そして次々に失われる仲間たち。フロドは仲間をこれ以上危険に晒したくないと一人で旅立つことを決める。しかし、一番の親友サムは決してフロドの側を離れようとしなっかった。(第2部に続く)」
 この映画のストーリーの特徴は、普通の冒険ものと違い、宝を探しに行くのではなく、宝を捨てに行くところにあります。それも主人公が勇者でなく、どちらかというと一番小さく弱そうに見えるホビットであるというところがポイントです。一番小さき者が誰もができないと思ったことを成し遂げなくてはいけないというところが、この物語の良いところだと思います。主人公たちは敵の圧倒的な力を前に為す術がなく、逃げるしかないというかなり絶望的な状況です。そんな状況にも関わらず、「自分が何をできるか」考えて、前に向かって進もうとする主人公たちの姿に私はいつも感動します。
 第1部は旅の仲間の結成から離散までを描いているのですが、テーマはズバリ「友情」と「責任」です。熱い友情と仲間一人一人が持っている責任を果たす姿は胸が熱くなりますね。
 ちなみに私が第1部でお気に入りのキャラクターは人間のボロミアです。人間の国ゴンドールの執政の息子として生まれたボロミア。どこまでも国と民を愛するが故に、指輪の力に惑わさ、一度仲間を裏切りますが、最終的には我を取り戻し、仲間を守る姿はかっこいいです。人間のもつ弱さと強さの両面が良く出ているキャラクターです。(原作よりもかなり魅力的です)
 原作の第一部は多くのページが各種族の歴史や生活習慣などの描写に割かれており、かなりまったりとした展開で進みます。そのため人によっては途中で挫折する人も出ると思います。あの原作の大切な要素を残したまま、ここまでコンパクトに凝縮できたのは素晴らしい脚色だと思います。
 この映画はストーリーも魅力的ですが、架空の国「中つ国」を現実に存在しそうな世界として描いた所にあると思います。まず風景がとても素晴らしいです。全編ニュージーランドで撮影されてますが、ニュージーランドの壮大な自然が、見る人を圧巻させます。またセット、ミニチュア、CGを巧みに使って、細かいディティールまできちんと再現しており、見ている側はすぐにスクリーンの中の世界に入り込めます。美術や衣装も凝りに凝っており、各種族・地域ごとに、武器や衣装が違うところも見ていて、各種族の歴史や風俗が想像できて面白いです。
 音楽もとても素晴らしいです。ただ感動的な曲という訳でなく、トルキーンの世界を音楽で巧みに表現しています。トルキーンが指輪物語で書いた詩や言葉を歌詞に取り入れて、いろいろな場面で効果的に流しています。また第1部では裂け谷の会議でほんの一瞬しか流れない曲が実は第3部のゴンドールという人間の国のメインテーマ曲として使われていたりと細かい伏線が張られています。
 あとキャラクターを演じた俳優がとても役の雰囲気にあっていたことも良かったです。特にガンダルフは原作のイメージにぴったりでした。またドワーフのギムリやエルフのレゴラスもイメージにあってましたね。あと主人公フロド、彼の透き通った目は印象的でした。
 第1部は話しは途中で終わりますが、続きが絶対に見たくなると思います。是非、中つ国の世界に入り込んでみてください。

製作年度 2001年
製作国・地域 アメリカ/ニュージーランド
上映時間 178分
監督 ピーター・ジャクソン 
製作総指揮 マーク・オーデスキー 、ボブ・ワインスタイン 、ハーヴェイ・ワインスタイン 、ソウル・ゼインツ 、マイケル・リン 
原作 J・R・R・トールキン 
脚本 ピーター・ジャクソン 、フラン・ウォルシュ 、フィリッパ・ボウエン 
音楽 ハワード・ショア 
出演 イライジャ・ウッド 、イアン・マッケラン 、リヴ・タイラー 、ヴィゴ・モーテンセン 、ショーン・アスティン 

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