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2006年11月

灰谷健次郎の本

 昨日テレビを見ていたら、作家の灰谷健次郎さんが亡くなったという報道があり大変驚いたものでした。灰谷さんは私が中学生から高校生にかけて大変好きだった作家であり、ほととんどの作品を買いそろえていたほどでした。特に『兎の目』と『太陽の子』の2作品は私の人生に大きな影響を与えた作品であり、今までに何十回と読み返しているほどです。
 灰谷さんは1934年に神戸で生まれ、若い頃は貧乏で大変苦労をされたそうです。定時制高校から大阪教育大学に行き、小学校の教師を17年間勤めたものの突然退職してしばらく放浪の旅を続けていました。そして、1974年に『兎の目』で文壇デビューをしました。若い先生と子どもたちの交流する姿を活き活きと描いた『兎の目』は大変話題になりミリオンセラーとなりました。その後も沖縄戦をテーマにした児童文学『太陽の子』を発表。一人の少女の目線から沖縄戦の爪痕を描いた『太陽の子』は前作以上に反響を呼びました。その後も子どもの目線に立った児童文学を数多く手がけると共に、自然破壊や教育問題等にも積極的に発言を行っていました。特に97年の神戸市で起きた連続児童殺傷事件の容疑者少年の顔写真を新潮社刊行の写真週刊誌「フォーカス」が掲載したことを批判し、新潮社から発刊していた自分の全作品の出版契約を解消したことも大変話題になりました。最近ではライフワークとも言える天真爛漫な倫太郎という男の幼年期から青年期までを描く大河小説『天の瞳』を執筆していました。

 灰谷さんの作品の大きな特徴は、読んだ後に優しい気持ちになれるところにあります。彼の作品に登場する人物はほとんどみんな善人ばかりで、読んでいて人間を信じようという気持ちにさせてくれます。(それが文学作品としては深みに欠け、大人なると物足りないところもありますが。)
 また子どもたちの目線に立った作品が多いことも彼の作品の特徴です。子どもたちを決して上から見下さず、同じ人間として対等に向き合おうとする彼の姿勢がどの作品にも反映されており、読者を彼が描く子どもたちの世界にうまく引き込んでくれます。
 
 教育基本法の改正や子どもたちのイジメ・自殺が問題になっている時期に灰谷さんが亡くなるとは日本にとって大きな痛手です。子どもと教育をテーマにした作品を数多く発表していた灰谷さんは、ここ最近の日本の子どもと教育を取り巻く現状をきっと苦々しく思っていたことだと思います。
 灰谷さんが亡くなったことは大変残念ですが、灰谷作品は今だからこそ多くの子どもや親そして教師たちに読んで欲しいと思います。

*私のお薦め灰谷作品ベスト3
Haitani3 3位 『太陽の子』
 神戸の下町を舞台にふうちゃんという一人の女の子の目線から沖縄戦の悲劇を描いたこの作品。沖縄の人たちの苦渋の人生が胸に迫ります。

Photo_6 2位 『私の出会った子どもたち』
 灰谷さんが自らの少年時代・青年時代、そして教師時代の出会いを語るエッセイ。この本を読むと彼の作品がどのようにして生まれたのかが分かります。

Haitani1 1位 『兎の目』
 この作品を読まずに灰谷さんは語れません。子どもたちの躍動感溢れる姿、新米先生の奮闘する姿は教育とは何か、子どもとはどういう存在か深く考えさせられます。

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『トンマッコルへようこそ』この映画を見て!

第131回『トンマッコルへようこそ』
Welcome_to_dongmakgol  今回紹介する作品は昨年に韓国で800万人という記録的観客を動員した反戦ファンタジー映画『トンマッコルへようこそ』です。この作品は元々舞台劇として発表されていたものを映画化したものです。 

 ストーリー:「朝鮮戦争の最中、『トンマッコル』という桃源郷のような村に迷い込んだ3組6人の兵士たち。北の人民兵3人に、南の韓国軍兵士2人、そしてアメリカの連合国軍兵士1人。最初は村の中で敵同士憎みあっていた北と南の兵士たち。しかし、戦争など知らないトンマッコルの純粋な村人たちの姿に影響を受け、いつしかお互いに憎みあうことを止め心の絆を結ぶまでになる。村での牧歌的な生活は戦闘で疲れ果てた兵士たちの心と体を癒し、失われていた人間性を回復させる。しかし、村にも次第に朝鮮戦争の危機が迫ってきていた。そのことを知った6人の兵士たちは村を守るために力を合わせて大きな敵と戦うことを決める。」

 この作品に関しては私の好きな久石譲が音楽を担当していると言うことで、昨年からずっと注目をしていました。日本での公開を楽しみにしながら、韓国で先行発売されたサントラだけは事前に購入して聞いていたものでした。(このサントラは音が悪いです。買うなら今発売されている日本版を買ってくださいね。)久石さんの音楽はまるで宮崎作品を彷彿させるような音楽で、幻想的で心温まる旋律が耳に心地よく、何度も聴いたものでした。音楽を聞けば聞くほど一体この音楽がどのような映像に付いているのかとても気になったものでした。
 韓国公開から1年後、やっと日本でも公開され、私もすぐに劇場に駆けつけ鑑賞しました。最初見たときは久石さんの音楽がどのように使われているかに目が行ってしまったのですが、ファンタジックな映像に久石さんのファンタジックな音楽が見事に融合されていました。なぜ監督が久石さんに音楽を頼んだのかよく分かりました。(監督は昔から久石さんのファンだったようで、自分の作品で久石さんに音楽を担当してもらうのが夢だったようです。)

 私がこの作品で一番印象的なシーンは、農作業や狩りを通していがみ合う兵士たちが仲良くなっていくところです。特に猪の肉を食べるうちに険しい表情だった兵士たちの顔に笑みがこぼれるシーンは、人間の幸せとは何かをハッと気付かされました。美味しいものを食べるという当たり前のことが人間を幸せにしてくれるということをこの映画は教えてくれます。
 
 また私がこの映画で一番ほろっと泣いたシーンは北と南の兵士たちが村の中で初めて出会い、雨の中でいがみ合っているところに村の少女ヨイルが現れ、兵士の顔を布でそっと拭うところです。なぜか見ていて、切なさで胸がいっぱいになってしまいました。

 前半の銃や爆弾など戦争を知らないトンマッコルの村人と兵士たちのちぐはぐなやり取りは、見ていてとても可笑しく、それでいて戦争の愚かさがよく伝わってくる名シーンでした。
 
 この作品は心温まるファンタジー映画のように宣伝されていますが、実際はかなり強いメッセージ性を持った反戦・反米映画です。私も途中まではほのぼのとした癒し系の作品だと思って見ていたのですが、後半から徐々にシリアスな展開となっていきます。あまりにも辛い展開に私も胸が何度も締めつけられました。
 ラストもある意味とても哀しい結末なのですが、なぜか清々しく希望に満ちた仕上がりになっています。兵士たちのラストシーンの笑顔。それは未来への希望が託されていると思います。

 この映画は朝鮮戦争による南北分断の悲劇と南北統合への祈りが込められています。この作品を見ると、大国の思惑や思想に翻弄され、同じ民族が憎みあい、武器を持ち殺し合うことの滑稽さや哀しみが身にしみて分かります。この映画が韓国でなぜ大ヒットしたのか、そこには韓国の人たちの平和と民族統一の願いが背景にあるのでしょう。それに関しては日本人にはピンとこないところがありますが、南北分断には日本の戦前の植民地政策も影響していたりして、決して関係ないわけではありません。それに日本の経済復興は朝鮮戦争のおかげでもあるわけで、日本人も間接的にあの戦争には関わっています。そう考えるとこの映画は日本人にとっても胸の痛む映画です。
 
 私の中でこの映画は今年の映画Best5に入るほど傑作だと思っています。笑って、泣いて、いろいろ考えさせてくれる作品『トンマッコルへようこそ』。ぜひ多くの人に見て欲しいです。
 
製作年度 2005年 
製作国・地域 韓国
上映時間 132分
監督 パク・クァンヒョン 
原作 チャン・ジン 
脚本 チャン・ジン 、パク・クァンヒョン 、キム・ジュン 
音楽 久石譲 
出演 シン・ハギュン 、チョン・ジェヨン 、カン・ヘジョン 、イム・ハリョン 、ソ・ジェギョン 、スティーヴ・テシュラー 、リュ・ドックァン 、チョン・ジェジン 、チョ・ドッキョン 、クォン・オミン 

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『タンポポ』この映画を見て!

第130回『タンポポ』
Tanpopo_1  今回紹介する作品は見た後に無性にラーメンが食べたくなる『タンポポ』です。初監督作品「お葬式」で高い評価を受けた伊丹十三の監督の第2作目に当たるこの作品。伊丹監督は食べ物を素材にすれば実に官能的な映画ができるのではないかと考え、この作品を制作したそうです。伊丹監督はこの作品で100種類以上の食べ物を登場させ、食に関する人間の様々な姿をコミカルに描いていきます。
 伊丹監督はこの作品の脚本を書くとき、様々な食に関するエピソードをどういう風に展開させていけばいいのか悩んだそうです。悩んだあげく、ふと思いついたのが西部劇をベースに話しを展開させることだったそうです。その為、この作品では『シェーン』や『怒りの葡萄』の影響がとても強く感じられる仕上がりになっています。

 ストーリー:「タンクローリーの運転手ゴローとガンは、来々軒というさびれたラーメン屋に偶然立ち寄る。その店はタンポポという女主人が一人で経営していたがラーメンの味は今ひとつだった。タンポポは彼らにラーメンの味がまずいと指摘されてから、街一番のラーメン屋を目指し、ゴローと彼らの仲間の協力を経てラーメン作りに没頭することになる。」
 この映画はラーメン作りの話しをメインにしながらも、それとは無関係な食に関する13の短いエピソードが挿入されています。どれも食に関する人間のこだわりが描かれているのですが、どれも強烈な印象を残すエピソードばかりです。
 
 私がこの映画を初めて見たのは小学生の時でしたが、ラーメンの美味しそうなシーンもさることながら、役所広司のエピソードに釘付けになったのを覚えています。卵黄を口移ししたり、乳房に生クリームをつけてしゃぶったり、生きたエビをお腹に当てて遊んだり、大人の世界の奥深さを小学生ながらに強く感じたものでした。
 また役所広司が生牡蠣を海女の手からほおばるシーンは子どもの時にはその意味がよく分からなかったのですが、大人になって見返して、そのシーンの意味することがようやく分かりました。少女の手から血の付いた牡蠣をほおばる男の意味するところはロストバージンを描いていたのですね。私の中でこの映画以上にエロティシズムを感じさせる映画に未だであったことはありません。
 
 後、私がこの映画を見て強く影響されたのが、ラーメンの食べ方とオムライスの作り方です。
 映画の冒頭で紹介される正しいラーメンの食べ方を見てから、私はラーメンを食べるとき、チャーシューを右後方においてしまします。(見た人は分かると思います)
 またチキンライスの上にふかふかのオムレツを載せ、ナイフを入れると半熟の黄色い卵がどろりと流れ出すオムライスの作り方はとても印象に残り、自分でも何回かその作り方でオムライスを作ったものでした。しかし、どうしてもあのシーンのように上手くできないんですよね。ちなみに、あの映画でオムライスを作るシーンは伊丹監督自らが作っていたそうです!伊丹監督恐るべき才能です。

 この映画、最近DVDを買って久しぶりに見返してみたのですが、出演している役者の豪華さにびっくりしました。山崎努に役所広司に渡辺謙という現在の日本映画を代表する顔ぶれが一つの映画で登場するなど今見るとすごい取り合わせです。また脇役も個性派揃いです。特に歯痛の男を演じる藤田敏八、餅を喉につまらせ掃除機を口に突っ込まれる大滝秀治、死にそうな妻に夕食を作らせる井川比佐志、この3人の演技は脇役ながら強い印象が残りました。

 映画のラストが母乳を飲む赤ん坊で終わるのも、人間が初めて口にするのは母親のおっぱいであるという当たり前のことにハッと気付かされます。

 この映画を超える食を扱った映画は世界広といえどもないと思います。子どもにはあまりお勧めできませんが、大人の方にはぜひ見て欲しいグルメ映画です。きっと見終わるとラーメンが食べたくなるでしょう。

 
製作年度 1985年 
製作国・地域 日本
上映時間 115分
監督 伊丹十三 
脚本 伊丹十三 
音楽 村井邦彦 
出演もしくは声の出演 山崎努 、宮本信子 、役所広司 、渡辺謙 、安岡力也 、桜金造 、池内万作 、加藤嘉 、大滝秀治 、黒田福美 、篠井世津子 、洞口依子 、津川雅彦 、村井邦彦 、松本明子 、榎木兵衛 、粟津潔 、大屋隆俊 、瀬山修 、野口元夫 、嵯峨善兵 、成田次穂 、田中明夫 、高橋長英 、加藤賢崇 、橋爪功 、アンドレ・ルコント 、久保晶 、兼松隆 、大島宇三郎 、川島祐介 、都家歌六 、MARIO ABE 、高木均 、二見忠男 、横山あきお 、辻村真人 、高見映 、ギリヤーク尼ヶ崎 、松井範雄 、佐藤昇 、日本合唱協会 、福原秀雄 、北見唯一 、柴田美保子 、南麻衣子 、鈴木美江 、小熊恭子 、伊藤公子 、上田耕一 、大月ウルフ 、大沢健 、藤田敏八 、原泉 、井川比佐志 、三田和代 、中村伸郎 、田武謙三 、林成年 、大友柳太朗 、岡田茉莉子 

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『ララバイSINGER』

中島みゆきのアルバム紹介No.2『ララバイSINGER』
Luluby_singer  中島みゆき約3年ぶりの全曲書き下ろしの新作アルバム『ララバイSINGER』がついに発売されました!今回のアルバムは曲のバラエティに富んでおり、昔からのファンも最近はまったファンも満足させる仕上がりになっています。
 1曲目の『桜らららら』は2分少々の短い曲ですが、ギターの軽やかな音色が耳に心地よいフォークソング調の曲で初期の中島みゆきの曲を彷彿させるような作品です。
 1曲目からシームレスに続く2曲目の『ただ・愛のためにだけ』。この曲は岩崎宏美に提供した曲ですが、1曲目と同じく軽やかに歌い上げています。中島みゆきらしい切なさと力強さが入り混じった恋愛ソングです。
 3曲目はTOKIOに提供した『宙船(そらふね)』。この歌、TOKIOのバージョンとは全く印象が違います。とにかく中島みゆきのドスの利いた声の迫力に圧倒されます。この曲はぜひコンサートで聞いてみたいです。
 4曲目は華原朋美に提供した『あのさよならにさよならを』。3曲目とは正反対の静かな曲で、中島みゆきの優しい歌声が聞く人の心を包みこみます。
 5曲目は工藤静香に提供した『Clavis-鍵- 』。ラテン調のリズムと歌い方がとても印象的です。歌詞は『with』を彷彿させるような内容でした。
 6曲目『水』は抽象的な歌詞が印象的で、夜会の中の1曲といった感じでした。5曲目からシームレスに続くので、5曲目と何らかの繋がりのある曲なのかなと思いました。この曲で歌われる水は一体何を喩えているのでしょう。心?幸せ?絆?あなたの心にとっての水とは何か、いろいろ考えさせられる味わい深い曲です。
 7曲目『あなたでなければ』は吉田拓郎調の曲です。中島みゆきから吉田拓郎にあてた新たな恋文のような印象を受けました。
 8曲目『五月の陽ざし』は遠い過去の切ない思い出を歌った曲です。ノスタルジックな曲調と中島みゆきの暖かい歌声が印象的です。でもなぜ贈り物がドングリだったのかが非常に気になります。
 9曲目『とろ』はタイトルがとてもインパクトのある曲です。『とろ』って何だろうって最初聞いて思いました。しかし、何回か聞いている内にこれって「とろい」ってこと何だって分かりました。とろい自分への苛立ちをコミカルに歌った曲です。
 10曲目『お月さまほしい』はタイトルだけ見てもどんな曲かイメージがつきにくいですが、無力な自分に対する苛立ちと人に対する熱い思いが込められた曲です。つぶやくような声から力強い歌声に変わっていく歌い方は中島みゆきらしい歌い方です。
 11曲目『重き荷を負いて』は今回のアルバムの中でも一番聴き応えのある曲です。歌詞は『地上の星』や『心守歌』に近い感じです。がんばっている人たちへの熱いエールが胸を打つ名曲です。 
 12曲目『ララバイSINGER 』はデビュー曲『アザミ嬢のララバイ』のコール・アンド・レスポンス的な曲として作られたそうです。孤独な時は自分で自分を励ましていけという力強い歌詞が印象的でした。
 
 今回のアルバムは中島みゆきの奥深い声と歌詞と表現がよく分かるアルバムとなっています。中島みゆきファンはもちろんのこと、ビギナーの方にもお薦めできるアルバムです。ぜひ聞いてみてください!

1. 桜らららら 
2. ただ・愛のためにだけ 
3. 宙船(そらふね) 
4. あのさよならにさよならを 
5. Clavis-鍵- 
6. 水 
7. あなたでなければ 
8. 五月の陽ざし 
9. とろ 
10. お月さまほしい 
11. 重き荷を負いて 
12. ララバイSINGER 

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『コーラスライン』この映画を見て!

第129回『コーラスライン』
A_chorus_line  今回紹介する映画はブロードウェイの劇場を舞台にコーラスラインのオーディションに参加する若いダンサー達の姿を描いたミュージカル『コーラスライン』です。この映画は元々ブロードウェイの舞台として制作された作品で、マイケル・ベネット原案・振付・演出により1975年に初演されました。舞台版は大変高い評価と人気を得て、ブロードウェイで6136回という上演記録を残しました。この記録は『キャッツ』に続いて史上2番目のロングラン記録を保っています。日本でも1979年から劇団四季が上演をしており、大変高い人気を得ています。
 このミュージカルの大きな特長は劇場のステージという限定された場所で物語が進行する所と舞台を支える無名のバックダンサーたちにスポットを当てた所にあります。ブロードウェイのオーディションの厳しさや様々な人生を辿ってきたダンサーたちの舞台にかける情熱を余すことなく描いたストーリーは今までのミュージカルにはない現実感があります。夢や愛を振りまくミュージカルの舞台裏の厳しい現実。しかし、それでも舞台の魅力に取り憑かれ必死に夢を追う若者たち。その懸命な姿は見る者に深い感動を与えます。
  
 映画版コーラスラインは舞台版を忠実に再現した作品となっており、舞台版と同じく劇場のステージという限定された場所で物語が展開していきます。バックダンサーたちのオーディションを描く作品と言うことでセットや衣装もとても地味です。出演している役者もマイケル・ダグラスを除いて特に有名な役者は出てきません。演出もオーソドックスで、変にカメラワークを凝ったりすることなく、ひたすら若者たちの踊る姿を真正面から撮っています。
 映画の作り自体は特に凝ったところはないのですが、それが逆に舞台を観ているような感覚にさせてくれます。またダンスシーンの迫力は観る者を圧倒します。この映画を観ると踊ることの楽しさや面白さが伝わってきます。
 
 私が特に好きなナンバーは映画の中盤に出てくる『サプライズ・サプライズ』と誰もが知っている名曲『ワン』の2つです。
 『サプライズ・サプライズ』は黒人ダンサー・リチーの踊りに目を奪われます。そのキレとスピードと柔軟性はすごいの一言です。
 ラストに披露される『ワン』はこの映画を知らない人でもどこかで聞いたことがあるほど有名な曲です。その華やかな美しさは過酷な舞台裏のダンサーたちの情熱によって支えられているのかと思うと胸が熱くなります。
 
またマイノリティを中心に据えたストーリーもとても印象に残りました。中国系アメリカ人・プエルトリコ人・ユダヤ人など様々な人種やゲイなど社会の中で抑圧されてきた人たちが、実力さえあれば認められるショービジネス界で生きていこうとする姿はアメリカの内情を見事に描いています。

 この作品はミュージカルが苦手な人でも違和感なく見られる作品だと思います。他のミュジカル映画にはない奥の深いストーリーとダンサーたちの華麗な動きを是非見てみてください! 

製作年度 1985年 
製作国・地域 アメリカ
上映時間 118分
監督 リチャード・アッテンボロー 
脚本 アーノルド・シュルマン 
音楽 マーヴィン・ハムリッシュ 
出演 マイケル・ダグラス 、アリソン・リード 、マイケル・ブレビンズ 、テレンス・マン 、グレッグ・バージ 、ジャスティン・ロス 、キャメロン・イングリッシュ 、ブレイン・サヴェージ 、ヴィッキー・フレデリック 、オードリー・ランダース 、ジャネット・ジョーンズ 、ミシェル・ジョンソン 、カンディ・アレクサンダー 

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『失敗学のすすめ』街を捨て書を読もう!

『失敗学のすすめ』 著:畑村洋太郎 講談社文庫
Hatakemura   失敗って誰でも嫌で、隠したいものですよね。日本ではどうしても失敗というと恥ずかしいものとしてマイナスイメージとして捉えがちです。しかし、「失敗は成功の母」という言葉もあるように失敗は決して悪いことではありません。失敗は成功への近道であり、社会技術の発展のための大きな原動力となります。
 この本は失敗をどのように活かすべきか、そのノウハウが書かれています。著者はもともと東大で機械工学を教えている教授で、機械の設計を行う際に必要な知識や技術をどのように教えるか考える内に失敗の重要性を認識し、失敗学という学問の必要性を感じたそうです。
 著者は失敗を「人間が関わって行うひとつの行為が、はじめに定めた目的を達成できないこと」とまず定義します。その上でさらに「良い失敗」と「悪い失敗」とに分けて考えていくことを提案します。「良い失敗」とは未知との遭遇による人間にとって不可避な失敗であり、「悪い失敗」とはシステムの硬直化やマニュアルに頼りすぎた人間の怠慢による失敗であると著者は説明します。そして、良い失敗の場合は物事の新しい側面を発見することが大切であり、悪い失敗の場合はどう回避していくかを常に考えていくことが大切であると説きます。
 その上で、過去の失敗をどう活かしていくか、そして同じ失敗を繰り返さないためにどうしていくべきか、その対策方法を幾つか提案しています。失敗をどう周囲に伝えていくか、失敗をどう成功へと活かしていくか、そしてどのような組織で失敗が起きやすいのか、著者は様々な実例を挙げて、具体的に解説しています。
 失敗は避けたいものですが、それでもなお失敗してしまった時、その失敗をどう活かしていくか?この本には失敗を肯定的に受け止めるヒントが数多く載っています。

 

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『マクドナルド化する社会』街を捨て書を読もう!

『マクドナルド化する社会』 著:ジョージ リッツア  早稲田大学出版部
Mcdonaldization_of_society   マクドナルドは誰もが知っている有名なハンバーガー店で、日本でも多くの人が一度は行ったことがある店だと思います。マクドナルドは現在121か国にあり、その店舗数は約31,000店舗にも及ぶそうです。マクドナルドは今や世界を席巻するファストフード・レストラン・チェーンです。
 マクドナルドはマクドナルド兄弟がアメリカのカルフォニアで1940年に開業し、スピードと効率化を求めた販売システムが話題になりました。しばらくはカルフォニアだけで営業されていたのですが、1954年に大きな転換点が訪れます。企業家のレイ・クロックがマクドナルドの販売方法に注目し、マクドナルドのシステムをフランチャイズ形式にして、システムそのものを売る商売を始めてはどうかと兄弟に勧めたそうです。その後、クロックがマクドナルドシステム会社を設立。その後、マクドナルド兄弟はクロックに全権利を譲り、クロックがマクドナルドを経営し、世界的なファストフード・レストラン・チェーンに発展させてきました。
 マクドナルドの大きな特徴は徹底的な省力化・効率化を行い、注文後すぐに商品が出てくるようになっている所と、世界中どこの店で食べても基本同じ味が提供されているという所にあります。マクドナルドが生み出した省力化・効率化・品質管理のシステムは今やファストフード業界だけでなく、ビジネスを始め、医療・教育など社会の幅広い分野に影響を与えるまでになっています。

 今回紹介する本『マクドナルド化する社会』はマクドナルドを代表とする現代社会の効率化や合理化が現代人に与える問題点を鋭く分析しています。社会学者である著者はマクドナルドのシステムを「効率性」「計算可能性」「予測可能性」「制御」の4つの要素から成り立っていると分析します。
 徹底したマニュアル化やルーチン化、そして人間に頼らない技術の開発。これらにより多くの人間が自律性や創造性を奪われ、システムに対して忠実に動くことだけが求められる脱人間化した現代の社会システム。そんな現代社会の非人間性に対し著者は警鐘を鳴らします。
 もちろん効率化や合理化は現代人に便利さやコストダウンなどの多くの恩恵を与えてきました。今さら効率化や合理化を止めるなどは難しい話しです。
 しかし、このまま効率化や合理化を推し進めることが本当に人間を幸せにするのか?この本は現代社会で生きる私たちに深い問題提起を投げかけています。
 
*内容
第一章 マクドナルド化入門
第二章 マクドナルド化とその先駆者たち
第三章 効率性
第四章 計算可能性
第五章 予測可能性
第六章 制御
第七章 合理性の非合理性
第八章 マクドナルド化の鉄の檻
第九章 マクドナルド化の最先端分野
第十章 マクドナルド化する社会のなかで生きるための実用ガイド
 

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『グーニーズ』この映画を見て!

第128回『グーニーズ』
Goonies  今回紹介する映画は少年の冒険心をくすぐる映画『グーニーズ』です。この映画は開発せまる港町を舞台に、海賊の財宝捜して7人の子どもたちが地下の洞窟で繰り広げる冒険を描いています。制作スタッフはとても豪華で、制作総指揮にスピルバーグ、脚本に『ハリーポッター』シリーズのクリス・コロンバス、監督に『リーサルウェポン』や『スーパーマン』のリチャード・ドナーとハリウッドのヒットメーカーが結集しています。また意外と知られていませんが『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズでサム役を演じたショーン・アスティンが主役を務めています。
 この映画を初めて見たのは小学生の時でしたが、当時は大変はまったものでした。家の近くに財宝が眠っているというストーリーに影響され、私も友だちと近所で宝探しごっこをしたものでした。この映画の素晴らしいところは身近な日常のすぐそばで冒険が繰り広げられてることにあると思います。
 つい先日テレビで放映されているのを見て何十年ぶりかに見返したのですが、懐かしさで胸がいっぱいになってしまいました。特にシンディ・ローパーの主題歌が素晴らしくて、今聞いても心躍るものがありました。
 確かに今見ると如何にもお子様向けな展開が少し退屈だったりしますが、最近の映画にはない夢やロマンが溢れていました。
 私が好きなシーンはオープニングのスピーディーなカーチェイスシーンと中盤のオルガンを使ったハラハラドキドキの仕掛けのシーン、そしてラストの海賊船が海に現れるロマン溢れるシーンの3つです。
 また中盤の井戸のシーンで、主人公の少年マイキーが冒険を続けようと皆を説得するシーンも小さいときは結構ジーンとくるものがありました。
 登場する個性的な子どもたちの姿も大きな魅力です。ドジばかりするけど憎めないチャンク、発明好きのデータ、ニヒルで大人びたマウス、そして勇気と行動力を持った喘息持ちの少年マイキー。映画の中でそれぞれの子どもたちの個性が見事に引き出されていました。
 この映画はぜひ多くの男の子に見てもらいたい作品です。友情・ロマン・勇気の大切さが胸に残る80年代の冒険活劇映画の傑作です。 

製作年度 1985年 
製作国・地域 アメリカ
上映時間 111分
監督 リチャード・ドナー 
製作総指揮 スティーヴン・スピルバーグ 、フランク・マーシャル 、キャスリーン・ケネディ 
脚本 クリス・コロンバス 
音楽 デイヴ・グルーシン 
出演 ショーン・アスティン 、ジョシュ・ブローリン 、ジェフ・B・コーエン 、コリー・フェルドマン 、ケリー・グリーン 、マーサ・プリンプトン 、キー・ホイ・クァン 、ジョン・マツザク 、アン・ラムジー 、ジョー・パントリアーノ 、ロバート・ダヴィ 

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『キャプテンスーパーマケット 死霊のはらわた3』この映画を見て!

第127回『キャプテンスーパーマケット 死霊のはらわた3』
Evildead3_1  今回紹介する作品は80年代を代表するスプラッターホラー『死霊のはらわた』シリーズの完結編『キャプテンスーパーマケット』です。

 『死霊のはらわた』の1作目は低予算映画でしたが、過激なスプラッターシーンが大変話題となりました。2作目は1作目をグレード・アップさせたセルフリメイクの作品となっており、1作目とは打って変わってコメディータッチの作風になりました。そして、3作目である『キャプテンスーパーマケット』は前作の続きでありながら、今までの作品とは全く違うコメディーファンタジー映画になっています。
 その為、今までの作品にあった過激なスプラッター描写を求める人には物足りないかもしれません。しかし、そういう映画が苦手な人に取っては気楽に見られる作品となっており、誰が見ても楽しめる?映画となっています。
 この作品は前作のラストで中世にタイムスリップした主人公アッシュのその後の死闘を描いています。しかし、前作とのつながりはあるようでないような作品であり、この映画だけ見ても充分楽しめる作品となっています。

 監督は今や『スパイダーマン』シリーズでハリウッドのヒットメーカーの仲間入りをしたサム・ライミが担当しています。最近のサム・ライミは誰が見ても安心して楽しめる作品ばから監督していますが、80年代はマニアックでお馬鹿なB級映画を数々監督していました。この作品はそんな80年代のサム・ライミの総決算とも言える仕上がりになっています。

 ストーリー:「スーパーマーケットで働くアッシュは休日に恋人を連れて山小屋に行く。しかし、そこで『死者の書』を拾い、死霊たちを復活させてしまう。恋人がゾンビ化するものの、死霊たちを撃退するアッシュ。しかし異次元空間に吸い込まれて、中世の時代にタイムスリップしてしまう。(ここまでが前作のあらすじ)
 中世にタイムスリップしたアッシュはアーサー王に敵と勘違いされて捕らえらる。アッシュはアーサー王に死霊の徘徊する井戸に落とされてしまうが、怪物たちを倒して実力で脱出を果たす。その後、アッシュはアーサー王に『死者の書』を探して欲しいと依頼される。アッシュも現代へ戻るために『死者の書』が必要だったので、アーサー王と協力して死霊の森へと向かう。途中で死霊と激しい戦いを繰り広げながら、何とか『死者の書』を手に入れるアッシュ。しかし、呪文を間違えてしまい、大量の死霊たちを復活させてしまう。アーサー王と手を組んだアッシュは、死霊軍団との決戦に挑む。」
 
 この作品は下らないけどとても面白い作品です。ストーリーは荒唐無稽でバカバカしいですし、特撮もとてもチープです。主人公アッシュもヘタレで自己中心的で情けないキャラクターで感情移入しにくいです。しかし、この映画は最後まで見る者を惹きつけるだけの力があります。
 この映画の大きな見所は2つあり、1つ目は中盤のアッシュ=ブルース・キャンベルのワンマンショー、2つ目は後半の城での死霊軍団vs人間の激しい攻防戦です。
 1つ目の見所である中盤のシーンはブルース・キャンベルの一人芝居が堪能できます。
アッシュvs小人アッシュ軍団、アッシュvs分裂したアッシュの戦いはもはやギャグとしか言いようがなく、笑いなくして見られません。
 また2つ目の見所である後半の城での攻防戦は、『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズの城の攻防戦を彷彿させるような仕上がりとなっています。(もちろん、スケールや完成度はあちらの方が数倍上ですが・・・。) ストップモーション撮影によるガイコツ兵士たちの動きはぎこちないものの、レイ・ハリーハウゼンの特撮映画を彷彿させます。
映画のラストは劇場版とサム・ライミ監督のオリジナル・バージョンと2種類あるのですが、劇場版はハッピーエンドで、監督版はアンハッピーエンドです。個人的にはどちらもそれぞれ捨てがたいものがあります。現在発売されているDVDでは両方のヴァージョンを見ることが出来ます。

 この映画は頭を空っぽにして、何も考えずに見れば、楽しい一時を過ごすことができます。

製作年度 1993年 
製作国・地域 アメリカ
上映時間 89分
監督 サム・ライミ 
脚本 サム・ライミ 、アイヴァン・ライミ 
音楽 ジョセフ・ロドゥカ 
出演 ブルース・キャンベル 、エンベス・デイヴィッツ 、マーカス・ギルバート 、イアン・アバークロンビー 、リチャード・グローヴ 、ブリジット・フォンダ 、パトリシア・トールマン 、テッド・ライミ 

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『ファイトクラブ』この映画を見て!

第126回『ファイトクラブ』
「ファイトしたことなくて、どれだけ自分の事が分かるっていうんだ?」
Figtclub  今回紹介する映画は暴力と狂気に満ちた世界をスタイリッシュに描いた『ファイトクラブ』です。この映画は公開当時、過激な暴力シーンやメッセージ性、そして予想外のストーリー展開が大変話題になりました。監督は『セブン』や『ゲーム』など独特な映像センスと人間のダークサイドを描くことで定評のデビットフィンチャーが担当。今回もダークでスタイリッシュな映像を創り出しています。また主役にはハリウッドきっての有名スターであるブラッド・ピットと実力俳優として評価の高いエドワード・ノートンを起用。ブラット・ピットのそれまでのイメージを覆すような演技は大変話題を呼びました。またエドワード・ノートンの演技は現代の脆弱な男を見事に表現しており素晴らしいの一言です。
 私は劇場公開当時にこの映画を見たのですが、映像センスの素晴らしさはさることながら、消費文明と物質主義によって心と体を抑圧された現代人を皮肉り、嘲り、覚醒させる内容に私の心は激しく揺さぶられました。
 物質的に充たされた生活を送っても、心が充たされないまま生きている主人公のナレーター。物質に囲まれた空虚な現実によってリアルな生を奪われた主人公がファイトクラブでの男同士が殴り合う中で見つける痛みを伴ったリアルな生の手応え。しかしリアルさを求めれば求めるほど、またリアルさから遠ざかり、狂気と妄想の世界に陥っていくという皮肉。映画の後半にファイトクラブのメンバーたちが過激なテロ行為に走り始めるのは、せっかく暴力を通して個としての生のリアルさを体感した男たちが、再び組織化される中で個を埋没させてしまうアイロニーを見事に描いています。この映画は前半は消費文明と物質主義を皮肉り、後半はそういう現代社会から解放されたいと願う人たちの脆弱さを皮肉る構成の作品となっています。
 また監督はこの映画を「去勢と狂気に関する考察」と語っています。現代を生きる男性が去勢されるまでの姿を描いています。経済的発展と共に多様化複雑化した社会の中でどう生きていったらいいか分からない男たち。女性の社会的進出は男性が今まで持っていた役割を奪われ、会社では組織の歯車として働くことばかりに追われる男たち。そんな男たちが自らの存在を確認するために暴力という名の去勢を行っていく。この映画は男たちの自分探しを描いた作品とも言えます。
 映画の後半は予想外のどんでん返しがあり、初めて見たときはそんなオチだったとは思わず大変衝撃を受けました。映画の前半をよく見てみると、きちんと後半への伏線が貼られています。この映画は1回目見たときと2回目以降見るときでは印象がだいぶ変わると思います。
 あと映画のラストシーン、公開当時は大変衝撃を受け、カタルシスも感じました。しかしこの映画公開から2年後にあのラストシーンが現実になるとは見ていたときは予想もしませんでした。
  この映画は消費社会の中で果てしなく欲望を刺激され続けストレスがたまった現代人の閉塞した状況を一時的に解放させてくれます。ぜひ生き方に迷っている男性はこの映画を見て、自分を解放し、去勢してください。

製作年度 1999年 
製作国・地域 アメリカ
上映時間 139分
監督 デヴィッド・フィンチャー 
原作 チャック・パラニューク 
脚本 ジム・ウールス 
音楽 ザ・ダスト・ブラザーズ 
出演 エドワード・ノートン 、ブラッド・ピット 、ヘレナ・ボナム=カーター 、ミート・ローフ・アディ 、ジャレッド・レトー 、ザック・グルニエ 、ピーター・イアカンジェロ 、デヴィッド・アンドリュース 、リッチモンド・アークエット 、アイオン・ベイリー 

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『父親たちの星条旗』この映画を見て!

第125回『父親たちの星条旗』
「戦争を終わらせた一枚の写真。その真実。」
Flags_of_our_fathers  今回紹介する映画は太平洋戦争においてアメリカにとって最大の激戦地だった硫黄島の戦いを描いた『父親たちの星条旗』です。この映画はハリウッドの戦争映画にはしては珍しく日米双方の視点から硫黄島の戦いを描く2部構成の作品となっており、その第一部として公開されました。第一部はアメリカ軍の兵士の視点から描いています。硫黄島の擂鉢山に星条旗を掲げる6名の兵士を写した有名な戦争写真。その裏側に秘められた無名の兵士たちの人間ドラマと硫黄島の激戦の様子が生々しく描かれます。
 
 この映画の大きな特徴として、他のハリウッドの戦争映画のように戦争を単なる美談として扱っていないところがあります。この映画は戦争で生き残り、国家に英雄として祭り上げられた兵士たちの苦悩や戸惑いといったものを淡々と描き出します。そして国家や戦争という大きな舞台の中で翻弄される兵士たちの哀しみや虚しさといったものを観客に訴えかけます。監督であるクリント・イーストウッドは硫黄島2部作を撮るに当たって次のようなコメントを発表しています。
「自分がこれまで観てきた戦争映画はどちらかが正義でどちらかが悪だと描いていた。しかし、人生も戦争もそういうものではないのだ。」
 このコメントが表すとおり、この映画は戦争が如何に兵士たちの人生に影響を与えるかを淡々と綴った作品です。

 イーストウッド監督は無駄のない簡潔さと感情を押さえた演出に定評があります。この映画でもテーマを前面に押し出したり、変に感情に流されることなく、淡々とした語り口が非常に印象的です。
 話しの展開も巧みで、現在のアメリカ、激戦の硫黄島、戦中戦後のアメリカの3つの時代を縦横無尽に往き来する展開なのですが、時代が移り変わっても兵士たちの心の傷は癒えないということを見事に表現していています。
 
 また彼の映画は現実の嫌な面を真正面から描いたものが多いのです。この映画でもネイティブアメリカンへの差別や戦場で味方によって撃たれる兵士、兵士たちを利用する政治家や経営者、彼氏が英雄となったことで自分もセレブ気取りになった恋人の登場など見たくないシビアな現実がこれでもかと描かれて、気が滅入ってしまいました。
 
 この映画は制作にスピルバーグが関わっており、戦闘シーンは『プライベートライアン』並に生々しく迫力に満ちた仕上がりになっています。湾を埋めつくす何百もの艦船シーンは見ていて壮観ですし、硫黄島に向けて何千発もの砲弾が打ち込まれる場面はその迫力に圧倒されてしまいます。また目も背けたくなるほど結構エグイ描写も多いのですが、その描写が戦争の虚しさや悲しさというものを際だたせていました。どこからともなく飛んでくる銃弾や砲弾。さっきまで喋っていた仲間が次の瞬間には死体となってしまうあっけなさ。死と隣り合わせの兵士の緊張感や恐怖といったものが見ているだけで伝わってきます。この映画を見ると戦争というものが如何に悲惨なものかよく分かると思います。

 私はこの映画を見て、一番印象に残ったのはネイティブアメリカンであるヘイズの人生がとても印象的でした。かつて自分たちを征服した白人の為に兵士として戦いながらも、本国では白人に差別される彼の姿を見るとつらくて胸が締めつけられそうでした。

 映画のラストは涙なしでは見られないほど感動的で美しい場面です。またエンドロールも席を立たずじっつ見ていて欲しいです。この映画は戦争で死んでいった兵士たちへの哀悼の意を讃えた鎮魂歌です。

 12月には硫黄島2部作目の日本側から描いた『硫黄島からの手紙』が公開されます。イーストウッド監督がどのように日本兵を描くのか今から楽しみです。

製作年度 2006年 
製作国・地域 アメリカ
上映時間 132分
監督 クリント・イーストウッド 
原作 ジェームズ・ブラッドリー 、ロン・パワーズ 
脚本 ポール・ハギス 、ウィリアム・ブロイルズ・Jr 
音楽 クリント・イーストウッド 
出演 ライアン・フィリップ 、ジェシー・ブラッドフォード 、アダム・ビーチ 、ジェイミー・ベル 、バリー・ペッパー 、ポール・ウォーカー 、ジョン・ベンジャミン・ヒッキー 、ジョン・スラッテリー 、ロバート・パトリック

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『人生の教科書 よのなかのルール』街を捨て書を読もう!

『人生の教科書 よのなかのルール』 著:宮台真司・藤原和博 ちくま文庫
Rule  今回紹介する本はブルセラから天皇まで語る気鋭の社会学者・宮台真司とリクルート退社後に民間人初の公立中学校長となり注目を集めた藤原和博が手がけた全く新しい社会の教科書『人生の教科書 よのなかのルール』です。
 この本は「自殺」「少年犯罪」「受託」「仕事と給料」「結婚と離婚」「クローニング」「ドラッグ」等、学校の授業では習うことの出来ない社会のルールがわかりやすく書かれています。この本で語られるテーマ自体は世の中の当たり前のことが多いのですが、知っているようで意外に知らないことが多いことを気付かせてくれます。なぜ人を殺してははいけないのか?なぜドラッグは禁止されているのか?など常識の裏側にある理由をこの本は明快に説明してくれるので読んでいて目から鱗が落ちます。もしこの本を中学生の時に読んでいたら人生大きく変わっていただろうなと思いました。
 著者2人は成熟した社会を支える市民を育成するために作成したそうです。高度経済成長期のように豊かになることが多くの国民にとって目標となっていた時代は終わり、多くの人が社会の中で生きる目標を見失った時代。豊かさの代償として家族や地域という共同体が崩壊した時代。日本の社会は「皆同じ仲間」という横並びの社会から、「皆違う他人」という個別化多様化した社会に変わってきました。そんな多様化・複雑化した社会の中でどう個人としてとして生き抜いていくか、その重要なヒントがこの本には書かれています。 
 最近、教育基本法の改正や高校の履修不足など教育に関する話題が大きく注目されています。この本を読むと現在の日本の教育に足りない部分が何なのかよく分かると思います。
 この本は中学生から大人まで、成熟した社会で生きる多くの人にぜひ読んでほしい人生の教科書です。

*目次
・なぜ人を殺してはいけないのか
・第1部 大人と子どものルール
大人、子ども、その境目はどこに?
少年をとりまく犯罪とルールの関係
あなた自身と犯罪の危ない関係)
・第2部 お金と仕事のルール(大人はなぜ「接待」をするのか
1個のハンバーガーから世界が見える
自分の家から日本が見える
仕事とキャリアを考えると人生が見えてくる)
・第3部 男と女と自殺のルール(性転換をめぐる、男と女としあわせのルール
結婚と離婚と子どもをめぐるルール
自殺から見える社会―ある監察医のつぶやき)
意味なき世界をどう生きるか?

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『ジュラシックパーク』この映画を見て!

第124回『ジュラシックパーク』
Jurassic_park  CGを駆使してリアルな恐竜の姿を描き、観客の度肝を抜いたスピルバーグ監督の『ジュラシックパーク』。この映画は恐竜を荒唐無稽な怪獣としてでなく、太古に存在した生き物として扱っており、恐竜好きな人にはたまらない作品でした。私も小さいときから恐竜好きだったので、初めて映画館で見たときはT-REXやプラキオサウルスがまるで現代に甦ったかのように活き活きと動き回る映像に大変感動したものでした。
この映画はストーリーや人物描写を楽しむ映画でなく、生きている恐竜を見ることや恐竜に襲われる恐怖を楽しむアトラクション型映画です。はっきり言ってしまって、恐竜が出てくるところ以外これと言って見所はありません。ストーリーは粗が多いですし、恐竜が出てくるまでの前半部分はテンポも悪いです。
 しかし恐竜が登場するや否や画面に釘付けになります。特に中盤のT-REXが車を襲うシーンはこの映画最大の見所です。T-REXが近くに迫りながらもなかなか姿を見せないシーンの何とも言えない緊張感、そして現れた後これでもかと容赦なく人間を襲うシーンの圧倒的な迫力。この映画の中でもスピルバーグの演出が最も冴え渡ったシーンです。スピルバーグほど観客を驚かしたり怖がらす演出をさせると上手い監督はハリウッドにいないと思います。この映画は見返してみると恐竜の姿が映るシーンは思ったより少ないのですが、それでも観客を満足させてしまうのはスピルバーグの見せ方の上手さだと思います。特に恐竜が登場するタイミングが絶妙で、常に観客の予想を裏切った登場の仕方をするので強いインパクトが残ります。
  
 この映画は公開当時はまだ珍しかったCGを大胆に取り入れ、誰も見たことに映像を創り出すことに成功しました。この映画以降、ハリウッド映画ではCGを使った映像表現が流行しました。そしてCGの技術はどんどん向上し、最近のハリウッド映画ではCGを使っていない映画を探す方が難しくなりました。この映画は映画史においても映像表現の可能性を広げた歴史的転換点に位置する重要な作品です。
 この映画に登場する恐竜たちは全てCGで描かれているのでなく、アニマトロニクスという実物大のロボット制御の恐竜を使って撮影されているシーンも数多くあります恐竜のアップのシーンはアニマトロニクスで撮影されており、CGにはなかなか出せない質感を与えています。そういう意味では新しい特撮技術と今までの特撮技術が上手く融合した作品だと言えます。 
 また音響面でも世界初のDTSサウンドを取り入れ、恐竜の叫び声や歩く際の地響きなど重低音の効いた迫力のある効果音を生み出すことに成功しました。この映画を家で見るときはぜひホームシアターを整えて見て欲しいと思います。迫力が全く違いますので。
 
 この映画は続編が2作公開され、現在4作目が制作中だそうです。しかし、2作目以降は出てくる恐竜の数は増えたものの、恐竜好きな方にはたまらないと思いますが、映画としての面白さはいまいちです。1作目にあった生きた恐竜が現代に甦る衝撃やロマンといったものが2作目以降にはあまり感じられません。

 『ジュラシックパーク』は恐竜へのロマンと畏怖が感じられ、恐竜好きにはたまらない作品です。また娯楽映画としても子どもから老人まで誰もが楽しめる作品となっています。

製作年度 1993年 
製作国・地域 アメリカ
上映時間 127分
監督 スティーヴン・スピルバーグ 
原作 マイケル・クライトン 
脚本 マイケル・クライトン 、デヴィッド・コープ 
音楽 ジョン・ウィリアムズ 
出演 リチャード・アッテンボロー 、サム・ニール 、ローラ・ダーン 、ジェフ・ゴールドブラム 、アリアナ・リチャーズ 、ジョセフ・マッゼロ 、マーティン・フェレロ 、ボブ・ペック 、ウェイン・ナイト 、サミュエル・L・ジャクソン 、ジェリー・モーレン

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