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『千と千尋の神隠し』この映画を見て!

第119回『千と千尋の神隠し』
「トンネルの向こうは、不思議の町でした。」
Spirited_away  今回紹介する映画は国内映画興行記録を全て塗り替える大ヒットとなった宮崎アニメ『千と千尋の神隠し』です。この映画は興行記録だけでなく、世界中で大変高い評価を受け、2002年のベルリン国際映画祭でグランプリである金熊賞をアニメ作品としてはじめて受賞しました。また日本アニメで初のアカデミー長編アニメ賞を受賞して、宮崎アニメを世界中に知らしめました。
私は『もののけ姫』という大変密度の濃い作品を創り上げた宮崎監督の次回作と言うことで公開されるまでは大変期待したものでした。予告編で木村弓が歌う『いつでも何度でも』が流れたときは歌のあまりの美しさに鳥肌が立つほど感動したものでした。また予告編で説明される異世界の温泉街に迷い込んだ10歳の少女の成長を描くという物語にも大変興味を持ち、どんな映画になるのか公開までとても楽しみにしていたものでした。
 公開当時は初日に立ち見が出るほどの満員状態の映画館で見たものでした。映画の内容はさすが宮崎監督らしく2時間という上映時間があっという間に感じられる作品でした。宮崎作品だけあって映像や音楽の美しさはさすがです。飛翔シーンや高低差や上下の動きを活かしたアクションシーンも宮崎作品ならではです。しかし、今までの宮崎作品に比べると、どこかあっさりとしているような印象も受け、インパクトが弱いような気もしました。

 この映画の一番の見所はイマジネーション溢れる映像の数々です。温泉街の奇抜でカラフルな街並み、温泉街に集まる八百万の神々たち、海の上を走る電車、空を飛ぶ白い竜・・・。この作品はストーリーがどうこうと言うより、宮崎駿のイマジネーションが創り出す摩訶不思議な世界を楽しむ作品です。
 特に湯屋の赤を基調にした派手で個性的な外観や内装は観客を圧倒します。監督は日本近代の和洋折衷された建築文化を反映させ、異世界でありながらも、どこか懐かしさが感じらるような美術を目指したそうです。その甲斐あって、観客はまるで夢の世界を彷徨っているような感覚になります。
 また湯屋を取り囲む海の描写も美しく、建物の派手で賑やかな色調と対照的に、どこまで静謐で透きとおるような青は観客の心を落ち着かせます。
 
 久石さんの音楽もカラフルで美しいメロディーが多く、映像の雰囲気とよくあっています。今回はフルオーケストラとエスニックな音を融合させることにこだわったそうです。フルオケで演奏されているのにどこかアジアンテイストな雰囲気が漂う曲の数々は千と千尋の世界観をよく表しています。それと対照的に千尋の心情を語る場面ではピアノをメインにした静かな曲が流れており、印象に残りました。特におにぎりを食べるシーンと海の上を走る電車のシーンで流れるピアノをメインとした曲は、千尋の不安や切なさが伝わってくる名スコアーだと思います。

 ストーリーに関しては宮沢賢治の作品の影響を強く感じました。ストーリーの随所に見られるブラックユーモアの数々は賢治の作品にも見られますし、後半の電車に乗るシーンは宮崎駿版銀河鉄道の夜」といった感じを受けました。また宮沢賢治の作品以外にも「ゲド戦記」や「クラバート」「不思議の国のアリス」など様々な児童文学に影響を受けている場面や設定が多く見られました。
 宮崎監督はこの作品のストーリーを考えるに当たって電車に乗るシーンをクライマックスに持ってきたかったそうです。千尋が異世界で成長することを描くより、異世界で自分の意志で電車に乗って、幻想の世界と現実の世界を全部自分の世界として引き受けていくことを描きたかったそうです。この映画は千尋が変わっていく姿を追った作品でなく、自分の力を信じて一歩踏み出すまでの姿を描いた作品です。
 監督は現代社会に対する様々な風刺やメッセージを映画の随所に込めています。お金で何でも解決しようとする滑稽さ、小さな自我と欲望にこだわり身動きの取れない現代人の悲哀、自然破壊に対する怒り・・・・。この映画はファンタジーでありならが極めてリアルな面を持ち合わせています。カオナシは現代の日本人そのものであり、見ていて胸が痛くなります。
 あと私がこの映画を見て面白いと思ったのは、映画の舞台となる湯屋がどうみてもソープランドであるところです。宮崎監督自身もこの映画の舞台は神様のソープランドであることを認めています。10歳の少女がソープランドという性風俗で働かされるファンタジー映画なんて世界広しといえどもないと思います。宮崎監督はこの映画で現代の少女を取り巻く性風俗の現状を描きたかったとインタビューで答えています。
 (千と千尋の神隠しと性風俗の関係を詳細に解説した記事が下記のサイトで読めます。)
 http://d.hatena.ne.jp/TomoMachi/20040314

 この映画のストーリーは省略されているところや説明不足な所が多く、観客の想像に任す部分が大きくなっています。監督は意図的にこのようなストーリーにしたそうです。千尋から見た世界を千尋自身が変えていくことを描くために、千尋が知らなくて良いことは全て省略したそうです。
 ストーリーの流れは起承転結の起承に当たる部分は丁寧に描かれているのに反して、転結はとても駆け足で唐突な展開になっています。(これは『ハウルの動く城』に関してもですが・・・)この映画は監督の当初の構想では3時間くらいの上映時間になるような話しを考えていたようで、それを無理に2時間で収めたそうです。そのためにストーリーの展開が後半強引なものになってしまそうです。カオナシを登場させたのも映画を2時間で収めるために急遽考えついた設定で、本来は湯婆婆と銭婆がもっと登場する作品になっていたようです。
 またそのような制作の裏事情とは別に監督はこの映画やハウルなど最近の宮崎作品はストーリーを語ることよりも自分のイマジネーションをどう表現するかに力点を置いて制作しているような気がします。その為、最近の宮崎映画はストーリーを楽しむというより、夢の世界のような映像そのものを楽しむことが正しい見方だと思います。

製作年度 2001年 
製作国・地域 日本
上映時間 125分
監督 宮崎駿 
製作総指揮 徳間康快 
原作 宮崎駿 
脚本 宮崎駿 
音楽 久石譲 
出演 柊瑠美 、入野自由 、夏木マリ 、内藤剛志 、沢口靖子 、上條恒彦 、小野武彦 、我修院達也 、はやしこば 、神木隆之介 、玉井夕海 、大泉洋 、菅原文太 

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コメント

こんばんわ。コメントありがとうございます。3時間バージョンの作品私も見てみたいです。後半の展開が急ぎ足だったので、もっとゆっくり描かれていたんでしょうかね。
 坊と一緒に電車に揺られているシーンは幻想的で、切なさと美しさに満ちた名シーンですよね。私も大好きなシーンです。

投稿: アシタカ | 2006年10月21日 (土) 22時36分

こんばんは。
湯屋のシーン好きです。カラフルで賑やかでコミカルで・・・。
あの、坊と一緒に電車に揺られているシーンも夢の中にいるようで好きだったなぁ・・・。
三時間ある作品だったらどうなっていたんだろう??何年後かにそういう作品に作り変えて見せてくれないかしら??なんて思いました。

投稿: chibisaru | 2006年10月18日 (水) 18時41分

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» #242 千と千尋の神隠し [風に吹かれて-Blowin' in the Wind-]
監督:宮崎駿 製作:松下武義、氏家齊一郎 、成田豊、 星野康二、植村伴次郎 、相原宏徳 製作総指揮:徳間康快 プロデューサー:鈴木敏夫 原作:宮崎駿 脚色:宮崎駿 音楽:久石譲 音楽プロデューサー:大川正義 歌:木村弓 声優: 柊瑠美(荻野千尋)、入野自由(ハク)、夏木マリ(湯婆婆)(銭婆)、菅原文太(釜爺)、内藤剛志(お父さん)、沢口靖子(お母さん)、上條恒彦(父役)、小野武彦 (兄役)、我修院達也(青蛙)、神木隆之介(坊)、玉井夕海(リン)、大泉洋(番台蛙)、はやし・こば (... [続きを読む]

受信: 2006年10月18日 (水) 18時38分

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受信: 2006年10月19日 (木) 10時26分

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