『リリイ・シュシュのすべて』この映画を見て!
第114回『リリイ・シュシュのすべて 』 今回紹介する映画は地方都市に住む中学生の心の闇を鋭く描き出した異色の青春映画『リリイ・シュシュのすべて 』です。原作・脚本・監督は『スワロウテイル』で有名な岩井俊二が担当。岩井監督はインターネットの掲示板を使い、複数の投稿者になりすまして話しを書き始め、読者にも話しを書き込んでもらうという実験的なスタイルで原作を完成させました。「遺作を選べたら、これにしたい」と述べるほど、岩井監督はこの映画に深く思い入れがあるそうです。
ストーリー:「田園が広がる地方都市。中学生になった蓮見雄一は同じクラスの優等生・星野修介と仲良くなる。しかし、中学2年の夏休み、2人は仲間たちと西表島へ旅行に行ってから2人の関係は崩れていく。旅行中に2度命の危険にさらされた星野は突如凶悪な人間になり、クラスの皆から恐れられるようになる。そして蓮見は星野のいじめの対象になっていく。星野のいじめに苦しむ蓮見は、唯一の慰めとなっていたカリスマ的女性アーティスト“リリイ・シュシュ”のファンサイトを立ち上げ、心情を吐露していくのだったが・・・・。」
私はこの映画を劇場で公開されていたときに見たのですが、映像や音楽の美しさと裏腹にあまりにもリアルで痛々しいストーリー展開に見ていて胸がとても苦しくなりました。映画を見終わった直後はもう2度と見たくないと思っていたのですが、時間が経つとなぜかまた見たくなって何回もレンタルして見返していた自分がいました。この映画はストーリー自体はかなり現実離れしているのですが、そこで描かれる思春期の少年・少女の心情があまりにも生々しく、自分の思春期時代の心情を思い出させてしまう力があります。そのため、見ていると忘れていた自分の思春期の葛藤や苛立ちを思いだし、当時の苦しさや不安、そして当時への懐かしさで胸がいっぱいになります。
この映画はイジメ・援助交際・レイプ・自殺と現代の少年・少女が抱える問題を数多く取りあげています。イジメやレイプのシーンはあまりにも生々しくて見ていて目を背けたくなるほどです。岩井監督は人間のもつ残酷さや汚さといった一面をこの映画ではかなりクローズアップして描いているので、見ていて嫌悪感を抱いてしまいます。それは映画に対する嫌悪感であると同時に、自分の中にある闇に対する嫌悪感です。この映画は思春期という自分や世界に対して一番過敏に反応する世代を主人公にして、人間のもつ救いようのない闇とその闇とどう人は向き合うのかということを徹底的に描いています。
映像と音楽はストーリーと裏腹にとても美しいのですが、それ故にストーリーの残酷さが際だっています。
映像はデジタルビデオカメラで撮影されたそうなのですが、全体的にざらついた透明感があり、リアルでありながらどこか幻想的な映像でした。映画の随所に出てくる田園シーンの緑の美しさは格別ですし、自然光やブレを活かしたドキュメンタリータッチの映像演出もストーリーにリアルさを与えていました。
音楽はドビュッシーのアラベスクなどが地方都市の田園風景の映像ととてもマッチしているのが印象的でした。アラベスクの透明感溢れる美しいピアノの旋律が少年・少女のどろどろした心の闇や残酷なストーリーと対照的で鮮烈な印象を与えてくれました。 また映画の中で主人公たちの心の拠り所としてカリスマ的女性アーティスト“リリイ・シュシュ”と言う人物が登場するのですが、彼女の歌がとても素晴らしく、救いのないストーリーに希望を与えてくれます。“リリイ・シュシュ”という歌手自体は映画の中の架空の人物で、ヴォーカルのSalyuと小林武史、岩井俊二の3人が創り上げたキャラクターなのですが、リリイ・シュシュ名義のアルバム『呼吸』が現実に1枚発表されています。(このCDは私のとてもお気に入りなので、後日に別にじっくり取りあげます。)彼女の歌はどれも優しく、暖かく、でも切なく、冷たくもあり、聴いた後は無性に寂しさを感じながら、なぜか励まされるという不思議な魅力を持っています。映画の中盤に流れる『飛べない翼』とラストに流れる『グライド』は特に映像やストーリーとマッチしており、生と死の切なさと哀しみで胸が溢れかえります。
役者の演技も大変素晴らしく、特に援助交際をさせられる津田を演じた蒼井優は映画初出演ながら圧倒的な存在感があります。特に彼女が空を舞う凧を見上げるシーンは鳥肌が立つほど美しくも哀しいシーンです。
この映画はとても痛い映画です。誰が見ても楽しめる映画ではありません。あまりのつらさに目を背けたくなるかもしれません。しかし、一度はまってしまうと、何回も見たくなる魅力がつまった作品でもあります。誰もが経験する思春期の心の痛みや人間の心の闇を見事に描いています。ぜひ興味のある人は一度見てください!
製作年度 2001年
製作国・地域 日本
上映時間 146分
監督 岩井俊二
原作 岩井俊二
脚本 岩井俊二
音楽 小林武史
出演 市原隼人 、忍成修吾 、蒼井優 、伊藤歩 、勝地涼
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コメント
コメントありがとうございました。確かにこの映画を見ると心がヒリヒリしますよね。忘れていた痛みを思い出させるというか・・。しかし、見終わるとなぜかまた見たくなる作品であるんですよね。
<エーテル>的エネルギーがあるんでしょうね。
投稿: アシタカ | 2006年11月27日 (月) 22時15分
初めまして、達也です。
岩井監督の『リリイ・シュシュのすべて』を
最近観ました。最初に観た後、何だか心にヒリヒリと
する痛みが残り、躊躇したのですが、
昨日再度じっくりと観直して見ました。
色んな発見があったのですが、
この映画は観るものの心に沢山の傷を作るのですが、
再生するエネルギーが観る者にある限り、
心に痛みを伴って<リロード>するのです。
だから、ヒリヒリと痛みながらも、
もう一度観たくなる。<エーテル>的な
エネルギーを感じるのではと、思うのですが・・・。
岩井監督は、確信犯で作ってますよね。
恐るべし、岩井俊二。
P.S トラバさせてくださいね。
投稿: TATSUYA | 2006年11月24日 (金) 03時43分
コメントありがとうございます。この映画を見て私もすぐにリリィのアルバム買いました。あの切なく優しい歌声は虜になりますね
投稿: アシタカ | 2006年9月27日 (水) 22時51分
この作品もさることながら、リリィのアルバム好きです。
トラバありがとうございました。
投稿: pretty_kitten | 2006年9月24日 (日) 12時53分