『紅の豚』この映画を見て!
第113回『紅の豚』 今回紹介する映画は宮崎監督の個人的趣味が詰め込まれた『紅の豚』です。この映画は元々JALの国際線の機内上映の作品として、30分くらいの短編として制作されていたのですが、宮崎監督の構想が大幅に膨らみ、長編作品として途中から制作されることになりました。この映画は公開当時、日本アニメ映画の興行成績の記録を塗り替えると同時に、その年一番ヒットした邦画となりました。
この映画は月刊「モデルグラフィックス」誌に宮崎監督が連載していたエッセイ漫画「宮崎駿の雑想ノート」の中の「飛行艇時代」を原作にしています。「宮崎駿の雑想ノート」は古今東西の珍しい戦車や戦艦などの兵器とそれを扱う人々の情熱を虚実まじえて描いており、宮崎監督のミリタリー趣味が全開で読む人をとても選ぶ漫画です。「飛行艇時代」は第一次大戦中の飛行艇に対する宮崎監督の思いが込められた作品です。宮崎監督は実家が飛行機関連会社だったこともあり、飛行機には特にこだわりがあり、映画化に当たっても飛行機の描写には随所にこだわったそうです。
この映画は宮崎作品の中で好き嫌いが分かれる作品でありますが、私はこの作品の持つ清々しさが大好きです。空や海の青の清々しさ、飛行艇が飛ぶシーンの清々しさ、そして登場人物たちの生き様の清々しさ。この映画は見ていてスカッと晴れやかな気持ちにさせてくれます。
この映画は他の宮崎作品のような深いテーマはないですが、格好良く生きるとはどういうことかを教えてくれる作品です。この映画に出てくる人物は皆すでに自己確立ができており、自分の生き方というものが分かっているので、迷いや不安といったものが見ていて感じられません。迷いや不安をくぐり抜けた大人たちが登場人物なので、見ていて格好良いと同時に、過去にいろいろあったんだろうなと想像することができる奥深いものがあります。
主人公が豚という設定もかなり大胆であり、普通なら豚が主人公なんてと思うのですが、この映画では豚である主人公が格好良く見えるのだから不思議です。戦争に嫌気がさし、あえて豚になる主人公の生き様に痛烈な批判精神を感じます。この映画は見た目の明るさとは裏腹に、世界大恐慌による経済の混乱とイタリアがムッソリーニ率いるファシズム政権の台頭という暗い時代が舞台となっています。ポルコがなぜ人間を捨て、豚になったのか、そこに狂気と不安の蔓延する時代に個人としてどう抗っていくか、監督の強いメッセージが込められていると思います。
私がこの映画で一番好きなシーンはポルコが天国へ昇るように雲を通り抜け大空へ消えて行く無数の戦闘機を見たことを回想するシーンです。この回想シーンを見るたびに、ポルコの自分だけ生き残ってしまったことに対する自責の念や無数の命が散る戦争の哀しみといったものが伝わってきます。
この映画のラストはポルコが人間に戻ったのか、豚にもどったのか曖昧なまま終わりますが、私はポルコは豚のままで居続けたのだと思います。それこそが亡くなった戦友に対する彼なりの弔いだと思うので・・・。
あとこの映画の素晴らしさを語るときに忘れてはいけないのが音楽です。久石譲の音楽はいつものごとく素晴らしいですし、加藤登紀子の主題歌や挿入歌もとても映画とマッチしています。特に加藤登紀子の起用は宮崎監督がこの映画にこめた思いを見事に表していると思います。加藤登紀子が映画の中でパリコミューンの歌「さくらんぼの実る頃」を歌いますが、あの歌は共産主義を目指した革命家たちの歌であり、時代に対抗しようとした人たちのロマンが込められている曲です。その曲を革命家の夫を持ち、彼が獄中にいたときに結婚した加藤登紀子に歌わせたのは、かつて共産主義に傾倒していた宮崎監督の過去に対する複雑な思いが込められています。
この映画は声優も違和感がなく、キャラクターにあっています。特にポルコを演じる森山周一郎の渋い声は聴いていて格好いいです。ちなみにフランスではポルコの声を『レオン』のジャン・レノが当てているのですが、渋い声がポルコの雰囲気にとてもあっています。DVDに収録されているので、ぜひ聴いてみてください。
宮崎監督は個人的趣味で作った『紅の豚』に対して、制作後とても後悔したそうです。しかし、私は宮崎作品の中で一番肩の力を抜いて見られる作品であり、宮崎作品の中で一番繰り返し見ている作品です。宮崎監督はもう個人的な映画は作らないと宣言していますが、ぜひ「宮崎駿の雑想ノート」の違うエピソードを映画化して欲しいと願っています。
製作年度 1992年
製作国・地域 日本
上映時間 91分
監督 宮崎駿
原作 宮崎駿
脚本 宮崎駿
音楽 久石譲
出演 森山周一郎 、加藤登紀子 、桂三枝 、上條恒彦 、岡村明美
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