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『六月の蛇』この映画を見て!

第47回『六月の蛇』
見所:「美しい青みがかったモノクロ映像。都会の中で繰り広げられる男女の愛と倒錯の世界。」
snake_of_june  今回紹介する映画は第59回ベネツィア国際映画祭審査員特別賞を受賞した日本映画の傑作です。監督は『鉄男』で衝撃的な映画レビューを果たし,肉体をテーマに都会における人間性を問うてきた塚本晋也。彼は、世界中の映画関係者・映画ファンにカルト的人気を誇っています。そんな彼が都会における男女の愛と肉体について考察した映画が『六月の蛇』です。
 この映画は上映時間80分ほどの短い映画ですが、その中身はとても濃く、見応えのある作品に仕上がっています。
映画は青いトーンのモノクロ映像で統一されており、寒々した雰囲気ながらも美しい印象を与えます。この独特な映像は無機質な都会に閉じこめられた人間の孤独感や閉塞感を見る者に与えます。それと同時に映像は人間の肉体の艶めかしい美しさやエロティシズムをしっかりと捉え、見る者を釘付けにします。また映画の後半は塚本晋也らしい異様な狂気の世界が展開されていきます。洗濯機の中に閉じこめられる男女、男の下半身から延びている長くヌメヌメしたホース、不思議な仮面を付けた同じ顔の男たちと悪夢のような映像世界が次々と出てきます。
 ストーリー:「心の電話相談室に務めるりん子。彼女は潔癖症の夫・重彦がいるが、彼は彼女と決してセックスをしようとしなかった。満たされない彼女の肉体と心。ある日、彼女はかつて自殺予告の電話をしてきた男に、自慰行為を隠し撮りされる。それをネタに脅迫を受ける。彼女は写真を取り戻そうと男の要求を次々と呑んでいく。写真は何とか取り戻した彼女は次第に自分の抑圧されていた性的欲望に目覚め始める。そんなある日、夫が男が撮った写真を見てしまう。無機質な都会の中で狂気と倒錯の世界が展開されていく。」
 この映画のストーリーは人間がもつ生々しいエロティシズムと孤独、そして愛について語られていきます。
 他人の悩み事を聞く仕事をしている主人公が抱える孤独や抑圧された欲望。会話もなく、一緒に寝ることもなく、セックスレスな夫との関係に対する不満や抑圧された性欲。そんな彼女の抑圧や欲望が非日常的出来事の乱入により、一気に目覚めてしまう。そんな彼女の姿を通して、前半は無機質な都会に生きる人間の生々しい欲望が示されていきます。しかし、映画は彼女が人間性を取り戻しかけた不幸が襲います。その不幸は夫と肉体的関係を失った妻の悲劇を感じさせます。
 映画の後半は潔癖症の夫に視点が当てられます。家中の汚れた排水溝の掃除ばかりし、自分の体臭を消そうとする夫。そこには生々しい人間の欲望を否定しようとする現代人の姿が描かれます。自分の肉体を意識しなくても生きていける都会、その中で喪失される欲望という名の人間性。この映画は人間性の喪失と復権という現代的課題をテーマとした作品です。
 この映画は塚本監督らしく暴力的な表現が随所に出てきます。主人公りん子を見る男たちの目線による暴力。夫の妻に対する精神的暴力。男の夫に対する痛々しい暴力。この映画は暴力によって、主人公たちが見失いかけた自分の生を取り戻していきます。危機に遭遇することで始めて気付く人間の本質。この映画は暴力を人間性を取り戻す一つの媒体として取りあげています。
 ラストはとても生々しく美しいシーンで終わります。そのシーンでは妻と夫の肉体関係の復活と人間性の復権が描かれます。また、それと同時に無機質な都会に生きる現代人に対して肉体が持つ欲望にアクセスし、生命の歓喜を味わうことの素晴らしさを示してくれます。
  この映画は万人受けする映画ではありませんが、完成度の高い映画です。ぜひ『六月の蛇』を見て抑圧された自分が抱える欲望と向き合い、愛とは何か、肉体とは何か考えてみてください。

製作年度 2002年
製作国・地域 日本
上映時間 77分
監督 塚本晋也 
脚本 塚本晋也 
音楽 石川忠 
出演 黒沢あすか 、神足裕司 、塚本晋也 、寺島進 、田口トモロヲ 

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コメント

始めまして。TB・コメントありがとうございました。塚本さんは人間性の回復の扉として取りあげていますよね。この作品は都会に生きる人間の闇を照らす光みたいな映画ですよね。

投稿: とろとろ | 2006年2月23日 (木) 16時06分

>危機に遭遇することで始めて気付く人間の本質。この映画は暴力を人間性を取り戻す一つの媒体として取りあげています

同感です。
病気や肉親の死など、人は不幸な状態に置かれて初めて気付くことばかり。
暴力はその典型として、監督は肯定的にとりあげていますね。
とても興味深い記事をTBしていただいて嬉しいです。

投稿: マダムクニコ | 2006年2月23日 (木) 11時21分

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