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『風の谷のナウシカ』街を捨て書を読もう!

『風の谷のナウシカ』 作:宮崎駿 徳間書店

ワイド版 風の谷のナウシカ7巻セット「トルメキア戦役バージョン」 先日、テレビで宮崎駿の『風の谷のナウシカ』が放送されていて、私も何回目になるかもう分かりませんが、最後までまた見てしまいました。『ナウシカ』は宮崎駿の手がけた映画の中でもインパクトが強く、彼の代表的作品であることは間違いありません。映画版『ナウシカ』の魅力はその世界観・主人公の完璧なまでの人間性・メッセージ性の3つにあると私は思います。私が始めて見たのは中学生くらいだったと思うのですが、とても衝撃を受けたのを覚えています。まず腐海という誰も見たことがない美しくも人間にとって悪夢のような世界観。人間が環境破壊の中で作り出した腐海により、人間は皮肉にもマスクを付けないと毒ガスで死んでしまうという設定は最初見たとき非常に衝撃的でした。そのような腐海のほとりの村「風の谷」で生きる主人公ナウシカの完璧なまでに善き心、美しい心を持ちあわせた人間性には最初見た当時にアニメのキャラクターとはいえ憧れ、惹かれたのを覚えています。滅びの縁にいる人間が、それでも自分たちを地球上の支配者であると思いこみ、残された自然を破壊し、力と憎悪をめぐって争うことを止めない姿には何とも言えない哀しみを感じると共に宮崎駿の環境破壊・戦争に対する強烈なメッセージ性に共感を覚えたものでした。
風の谷のナウシカ この映画は原作の漫画があり、映画と同じく宮崎駿が手がけているのですが、この漫画版『風の谷のナウシカ』は日本漫画史上屈指の名作に仕上がっています。映画版『ナウシカ』しか知らない人は、漫画版『ナウシカ』の世界観・人間の描き方・メッセージ性のあまりの奥深さにびっくりすると思います。そして、一度漫画版『ナウシカ』を読み通したら、映画版『ナウシカ』には物足りなさを感じると思います。(映画版ナウシカも魅力のいっぱい詰まった作品で、私自身は大好きな作品です)

 漫画『風の谷のナウシカ』は1982年からアニメージュという雑誌に連載を開始し、映画制作で何度か連載を中断しながらも連載をし続けて、1994年に完結しました。原作は単行本で7巻まで発行されおり、映画版『ナウシカ』は原作の2巻途中までの話しを大きく改編して、作られた作品となっています。その為に映画と漫画ではストーリーの流れや登場人物の人間像も大きく違っており、両者は全く別の作品と言ってもいいくらい違う作品であります。漫画は映画『ナウシカ』の世界観・人物像・メッセージ性を悉く自ら否定していくようなストーリー展開になっており、映画のナウシカが好きな人が見たらショックを受けると思います。そして、映画版『ナウシカ』を作った監督・宮崎駿自らがその内容を徹底的に否定していくような展開にしていった漫画版『ナウシカ』を読んでいく内に連れて、思想家・宮崎駿の価値観の変遷や葛藤までもが伝わってくる作品となっています。
 漫画版『風の谷のナウシカ』の魅力はその世界観・人間像・メッセージ性の深さです。映画版『ナウシカ』と比較しながら漫画版『ナウシカ』の魅力を紹介していきたいと思うのですが、映画と漫画の一番の違いは「混迷の深さ」です。映画はまだ善と悪という2項図式が明確にあり、ナウシカが善の方向にみんなを引っ張っていくような話しでしたが、漫画の方は善と悪という2項図式が崩れ、善と悪が入り乱れ、混迷した状況の中で話しが進んでいきます。そのため登場人物たちの描かれ方も深みが増しており、それぞれの人物たちが内面に抱える「善と悪」「憎悪と慈悲」「秩序と混沌」が詳細に描かれおり、読み手はどの人物にも人間くささを覚え、共鳴・共感できるような作りになっています。
 特に映画では救世主としてストレートに描かれていたナウシカも漫画では単なる救世主として描かれるのでなく、ナウシカ自身愚かで醜い人間の一人に過ぎない人間として描かれています。最初は風の谷の王の娘としてある意味無垢で自らの正義を信じて進んでいたナウシカも戦争に巻き込まれていく中で、自らの内に潜む虚無や絶望と葛藤する場面が多く出てきます。話しが進むに連れて彼女は無垢なままでいることは許されず、単純に自らの正義を叫ぶことも許されない状況になってきます。そして彼女は周囲の人間の調停をしていく存在へとなっていきます。また彼女の暗い幼少期の母との関係なども描かれ、彼女自身の心に潜む闇と向き合う事にもなります。漫画版では一人の人間として強さと弱さを併せ持ったナウシカの姿を克明に描いています。
 また描かれる世界は映画よりもさらに暴力と憎悪に満ちあふれており、戦争による破壊と暴力の連鎖をこれでもかというくらい徹底的に描写しており、後半になるに連れて陰惨で残酷な場面の連続になります。その描写は安易な希望のかけらのひとつもないほど徹底した憎悪と絶望に満ちたものです。そこには作者・宮崎駿のこの世界に対する絶望がかいま見えます。
 絶望的な世界の中で残されたかすかな希望を見つけようとする主人公ナウシカとその周囲の者たち。ナウシカを中心に最初憎しみあい、殺し合っていた者たちが己の憎悪や殺戮虚しさを知り、自らの内に潜む憎悪を乗り越え、かつて敵だった者たちと何とか和解し、生き延びていこうとする姿。その姿は今現代の世界にとっても非常に大切な姿だと思います。憎悪と暴力の連鎖はどこかで誰かがぐっと我慢して手を引かない限り、ずっと続いていくもの。宮崎駿は漫画版『ナウシカ』で憎悪と暴力の連鎖をどう断ち切ることができるのか、ずっと考えてきたのだろうと思います。絶望の淵の最後の希望。それが憎悪と暴力の連鎖を断ち切るということなのでしょう。漫画版『ナウシカ』では最後の希望が克明に描かれており、それは宮崎駿の希望でもあるのでしょう。
 映画版『ナウシカ』では環境破壊に対するメッセージが叫ばれていましたが、漫画版『ナウシカ』ではもう一歩踏み込んで、人間と他の生命との関係性やこの地球に生きる生命そのものに対する深い考察がなされています。映画版では人間による自然破壊を止めて、自然と共生の道を選ぼうというメッセージが叫ばれていました。しかし漫画版では人間も地球上に生きる一生命体に過ぎないという価値観を下に後半話しが進んでいきます。そして映画では描かれることなかった腐海の秘密が暴かれていきます。その秘密は映画で叫ばれていたメッセージそのものをひっくり返してしまうくらい、大きなものです。その秘密はぜひ原作を読んで自ら確かめてください。その秘密とその秘密に対する主人公ナウシカのとる決断を描く中で、宮崎駿は生命の目的意識性を否定します。全ての生命は目的があって生まれてくるのでなく、ただ生きるために生まれてくるのだという強烈なメッセージがそこには含まれています。そして、残酷で愚かな面をもつ人間でさえ生まれてきた限り、生きなければならないとナウシカ(宮崎駿)は言います。人間が作り出した様々なイデオロギーや価値観をも超えて、一生命体としての人間の存在を肯定する漫画版のラストは混迷する現代世界にあってストレートに力強いメッセージ性を持っています。
 漫画版『ナウシカ』は明確な善悪やイデオロギーや思想そのものが否定され、混沌とした清濁併せのむ世界で生きる命たちが浄化される姿を描いた作品であります。そしてどのような状況であっても生きていくことそのものへのエールと賛歌に満ちた作品です。

 また漫画版『ナウシカ』を読むと、ここ最近宮崎駿が作る映画をとても理解しやすくなります。漫画版『ナウシカ』以降、宮崎駿の作る映画の方向性は明らかに変わってきました。『ナウシカ』以降に宮崎駿が監督した映画として『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』『ハウルの動く城』の3本があります。これらの映画は『ナウシカ』完成以前の『魔女の宅急便』『天空の城ラピュタ』と作風が大きく変わっています。(この作風の変化がよかったかどうかは賛否両論あると思います。私自身ここ最近の作品の混沌さや複雑さも嫌いではないのですが、以前の作品の方がよかったなあと思うときはあります。)
もののけ姫 まず『もののけ姫』は漫画版『風の谷のナウシカ』の思想をコンパクトにまとめた映画です。『もののけ姫』は公開当時大変話題になり大ヒットした映画ですが、ストーリーが複雑で難解であるという感想もよく聞かれました。この映画は漫画版『ナウシカ』を読んでいると、大変分かりやすい映画です。混沌とした世界の中で、自分たちが生き延びるために、さまざまな思想や価値観をもった者たちが争い、滅びの縁に追い込まれるという設定は漫画版ナウシカそのものですし、登場人物たちを単純な善悪の図式の中で区分けして描くのでなく、善と悪・憎悪と優しさなど多様な面をもつ人物として一人一人描かれたのも漫画版ナウシカの影響が強いです。『もののけ姫』のラストの曖昧な終わり方もナウシカのラストを知っている人はあの終わり方しかないと納得すると思います。
千と千尋の神隠し (通常版)

 続いての『千と千尋の神隠し』も明確な悪役の不在、全ての者が浄化されていくストーリー、清濁併せのむ世界観などは『ナウシカ』で宮崎駿が手に入れたものが明確に反映されいると思います。
 そして最新作の『ハウルの動く城』。この作品も明確な悪役が不在してますし、混沌とした世界観、全ての者が浄化されていくストーリー展開などナウシカの影響が伺えます。また戦争シーンなどは漫画版『ナウシカ』の戦争シーンとだぶって見えます。

 漫画版『ナウシカ』は読むのにとても体力・精神力のいる作品ではありますが、その内容はとても素晴らしいです。是非皆さん、漫画版『ナウシカ』は面白いので、まだ読んだことがない人は急いで書店で購入して読んでみてください。その壮大なスケールと深いメッセージに感銘すると思います。

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受信: 2006年2月10日 (金) 16時06分

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