『アイズ・ワイド・シャット』この映画を見て!
第48回『アイズ・ワイド・シャット』 スタンリー・キューブリック特集6
見所「ニューヨークの街を悶々と彷徨うウブで間抜けなトム・クルーズの姿。ラスト、ニコール・キッドマン演じる妻が夫に放つ一言。」
今回紹介する映画はスタンリー・キューブリック監督の遺作であり、異色作である『アイズ・ワイド・シャット』です。
この映画は制作開始当時から大変話題になった映画でした。まず寡作で知られるキューブリック監督が11年ぶりに放つ新作であるということ。次にトム・クルーズとニコール・キッドマンという当時実際に夫婦だった2人が映画の中でも夫婦役を演じると言うこと。さらに内容が「性」を扱ったものであるということ。これら話題性に富んだ映画であったにも関わらず、キューブリックの秘密主義もあって、制作中には映画に関する何の情報も提供されませんでした。今まで様々なジャンルの映画を斬新な映像と深いテーマ性を持って制作してきたキューブリックだけに、「今度の映画も過激な性描写があるのでは」とか「性に対してどのような価値観を提示してくるのか」などあれこれと憶測が飛び交ったものでした。そして、始めて予告編が公開されたときは、ニコール・キッドマンとトム・クルーズが鏡の前で裸で抱き合うシーンだけの映像が公開されて巷で大反響を呼びました。この予告編は見た観客に「これは本編はもっと過激なシーンがあるのでは」と想像させる力がある映像でした。公開への期待が高まる中、キューブリック自身が映画完成直後に心臓発作で亡くなってしまい、遺作となった『アイズ・ワイド・シャット』には多くの映画ファンが注目したものでした。
しかし実際に映画が公開されると、多くの映画ファンが困惑したものでした。もちろんキューブリックらしい映像美や音楽センスの巧みさは感じられるのですが、他のキューブリック作品に比べてインパクトに欠ける作品でした。私も映画初日にこの映画を見たのですが、見終わった後、「えっ、これだけ」と言った感じで困惑しました。キューブリック監督の映画にしては平凡な出来で、過激な性描写もほとんどなく、ストーリーも退屈なものでした。監督はなぜ今この映画を撮ろうとしたのか、そして観客に何を伝えようとしたのか?、私は見終わった後にとても考え込みました。
ストーリー:「ニューヨークに暮らす開業医のビルは、美しい妻アリスとなに不自由なく幸せな生活を送っていた。ある夜、知人のパーティーに招待され帰宅した彼は、妻からセックスにまつわる衝撃の告白を受ける。夫は妻の一言に動揺しながら、妻に対して激しい嫉妬と妄想を抱くようになる。そして妻への嫉妬と自らの性的欲望を満たそうと夜の街を彷徨う。そんな彼の前に昔の友人が現れ、秘密結社が開く乱交パーティーの存在を教えてくれる。興味本意から彼は倒錯した性の世界へと足を踏み入れていくが・・・。」
この映画は夫婦の性生活の問題を扱った生々しい作品であり、また現実と虚構の世界が入り乱れる不思議な作品でもあります。
まず前者の夫婦の性生活に関する部分ですが、この映画は「家庭が大切だ」「もっと夫婦でコミュニケーション(セックス)しよう」という道徳的な価値観を提示します。自分の妻は自分以外の男に興味はないものだろうと思いこみ安心仕切っている夫。それに対して、「自分も女であり、他の男に性欲を感じてしまうときがある」ことを伝える妻。妻の一言にうろたえる夫の間抜けな姿。その姿が結婚した男が妻という女に対して如何に鈍感であり、安心しきっているかが露呈します。動揺した夫は妻に嫉妬して、家庭の外で自分も性欲を満たそうとします。しかし、逆に危険な目に遭い、やっぱり家庭が一番いいと最後は妻の下に戻ってきます。この映画では夫になった男の妻に対する鈍感さに警鐘を促し、女性に男という生き物の幼稚さと脆さを提示します。映画のラストは危機を逃れた夫が妻と和解して、「良い家庭を作っていこう」と妻に対して声をかけるのですが、それに対して妻が痛烈な一言を夫に放ち映画は幕を閉じます。その一言はこの映画のテーマを見事に表現しており、見終わった後、強烈な印象を残すと思います。
次に後者の現実と虚構の世界に関する部分ですが、この映画は途中どこまでが現実でどこからが虚構か曖昧な展開になります。夫が妻に嫉妬して家を飛び出した夜に参加した秘密パーティー。そこで恐ろしい目に遭うのですが、これは偶然その場にいて起こった出来事なのか、誰かが裏で計画して意図的に起こさせた出来事なのかが曖昧です。見方によっては、これは最初から仕組まれた出来事であり、夫が上流階級の人間たちに弄ばれていただけなのではないかと捉えることも可能です。(ここからネタバレになります)映画の最初に上流階級のパーティに夫婦で行くシーンがあるのですが、そこで妻が「なぜ自分たちが呼ばれるのか」というセリフを言います。それがこの映画の大きな伏線となっていて、あのパーティーに出ていた上流階級の人間たちが秘密結社のメンバーでもあり、中流階級の夫婦を弄ぼうと仕組んだ罠ではなかったのかとも受け取れます。この映画は一度見終わった後に、夫が巻き込まれた事件自体があのパーティーの時から仕組まれていたのではと思って、もう一度見てみると、全く違う印象を持って映画を見ることが出来ます。
この映画は全体を通して、曖昧さが残る作品です。夫は今まで信じていた妻がどういう人間か分からなくなり、妄想の世界に陥りますし、秘密結社で起きた出来事自体もどこまでが現実でどこからが虚構なのか曖昧です。この映画は曖昧な現実の中で理解しがたい他者と共に生きていくにはどうしたらいいかを示したキューブリックの遺言なのかもしれません。
製作年度 1999年
製作国・地域 アメリカ
上映時間 159分
監督 スタンリー・キューブリック
製作総指揮 ヤン・ハーラン
原作 アルトゥール・シュニッツラー
脚本 スタンリー・キューブリック 、フレデリック・ラファエル
音楽 ジョスリン・プーク
出演 トム・クルーズ 、ニコール・キッドマン 、シドニー・ポラック 、トッド・フィールド 、マリー・リチャードソン
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この記事へのコメントは終了しました。
コメント
何年も前の記事に書き込むのもあれですがコメントします。
長々と語っていますが、全く読み違いですね。
全然分かっていないです。
夫婦の話は、フェイクです。本筋ではないです。
ヒントだけ出しておきます。
「ボヘミアングローブ」
投稿: 通りすがり | 2011年2月 9日 (水) 10時06分
こんばんわ。気合いの入った文章を読んでくださり、嬉しい限りです。この映画は語れば尽きることがなくて、ついつい長文になってしまいます。映画館で見たときは正直退屈でしたが、奥の深い作品です。
投稿: アシタカ | 2006年2月26日 (日) 20時41分
トラックバックありがとうございます。
しかし、すんごい詳しく書いてますな!
気合が伝わってくるかのようです。
投稿: オーヌマ | 2006年2月26日 (日) 01時16分
いつもコメント・TBしていただき、ありがとうございます。この作品は狐につままれたような作品ですよね。全てが曖昧で、まあその分、観客が想像できる余地も大きく。でもこの作品、途中眠くなってしまうんですよね。
投稿: | 2006年2月23日 (木) 15時57分
こんにちは。私もこれは劇場でみました(笑)
でも、ぼんやりとしか理解できませんでした。
一緒に行った友達は、何が言いたかったの??これと聞きました(^o^;
はっきりとは言わないよ、自分で考えなって突き放された気分?の残る映画(笑)
何度も何度も繰り返してみれば、キューブリックの伝えたかったものが見えてくるのでしょうか?(^o^;
こちらからもTBさせていただきます。
投稿: chibisaru | 2006年2月23日 (木) 14時42分