『シャイニング』この映画を見て!
第41回『シャイニング』 スタンリー・キューブリック特集4
お奨めの人!「本当に怖い映画が見たい人!」
今回紹介する映画はキューブリック監督が手がけたホラー映画『シャイニング』です。この映画はただ怖いだけでなく、とても芸術的美しさに満ちたホラー映画です。
私はキューブリック監督の映画の中でこの作品が一番のお気に入りです。わっと驚かすようなこけおどしな恐怖でなく、ホテルのデザインやカメラワークなど映像そのもので観客に不安感や恐怖感を煽り立てようとする演出。狂気とアイロニーに満ちたストーリー。観客の不安感を増大させる現代音楽。この映画はキューブリック作品の中でも比較的見やすく、それでいてキューブリック監督の魅力が存分に発揮されている映画です。
この映画の一番の見所は映像です。映像は全体的にブルーがかっていて、とても冷たい印象を与えます。オープニングは空撮シーンから始まるのですが、主人公が乗った車をひたすら後ろからカメラで追いかける撮り方はとても不気味です。このオープニングはこれから始まる物語を予兆してとても見事です。またホテルの美術もシンメトリーな構図や赤を多用した独特の色遣いなど生理的に落ち着かないデザインになっていて、観客に不気味な印象を与えてくれます。私はホテルの絨毯の模様が見ていて、とても気持ち悪くなったのを覚えています。またホテルの廊下を三輪車で走り回るシーンも不気味です。後ろからじっと見つめられているようなローアングルのカメラアイ。誰かに常に見られているこの感覚は怖いです。このシーンのためにキューブリック監督は新開発のステディカムという方式を使い撮影したそうです。
また効果音や音楽の使い方もとても効果的です。人の神経を逆なでするような現代音楽の起用は、映像の不気味さをさらに増大させます。また心臓の鼓動の効果音は物語の緊張感を高めますし、広いホールに響くタイプライターの音は主人公たちの孤独を見事に表現しています。
もちろん、この映画はホラー映画だけあって怖いシーンもたくさんあります。惨殺された双児の少女の亡霊、エレベーターからあふれ出る血の洪水、お風呂場の幽霊など見ていて背筋がぞっとする映像です。しかし、一番怖いシーンは主人公ジャックがタイプライターでひたすら打っていた文章を妻が見つけるシーンです。このシーンは書かれた文章の内容もあって、見る者を凍りつかせます。どのような文章かはぜひ映画を見て確認してください。
ストーリー:「作家のジャックは家族と共に雪に閉ざされたロッキー山上の大ホテルに管理人としてやって来た。しかしそのホテルには、前任者が家族を殺し、自殺するという呪われた過去があった。ジャックの一人息子ダニーは超能力をもっており、過去や未来を見通す力があった。彼はホテルの邪悪な力に気づき、自分たち家族の未来に恐怖が襲いかかることを感じていた。そして始まるジャックとその妻ウェンディ、ダニー3人だけのホテルでの生活。彼らの生活はホテルがもつ邪悪な力によって徐々に蝕まれていく。ダニーの前に現れる幽霊たち。ウェンディはホテルに他の誰かが潜んでいるのではと次第に脅え始め、ジャックはホテルの力によって次第に狂い始めていく。」
原作は『グリーンマイル』や『キャリー』の原作も手がけたアメリカホラー小説界の巨匠スティーヴン・キング。彼はキューブリックが監督した『シャイニング』の仕上がりにとても不満をもっており、自分でテレビドラマとしてリメイクしたほどです。なぜキングが映画の出来に不満を持ったのかというと、キングが小説で大切にしていた部分を見事にカットしてしまったからです。原作は家族の微妙な人間関係や登場人物の心理の描写に焦点を置いて、話しが進んでいきます。読者は単なるホラー小説としてだけでなく、人間ドラマとしてもとても読み応えのある内容となっています。ラストは映画とは全く違い、家族とホテルとの対決が描かれます。ラストは怖いシーンの連続でもありますが、家族愛などもしっかり描かれており感動的ですらあります。
それに対して映画は家族の人間関係や心理描写などはあまり描かれずに、ひたすらホテルによって狂わされていく家族の様子が描かれていきます。映画では家族よりもホテルそのものに焦点が当たっています。監督はホテルに来た家族の関係や心理描写よりも邪悪な力に満ちたホテルそのものを描いてます。登場人物たちはホテルに振り回される受け身な存在でしかありません。ここら辺が原作者のキングが気に入らなかった大きな理由だと思います。
映画のラストは原作のラストに比べると曖昧な終わり方をしていますが、映画の方が不気味な余韻を残します。このラストシーンは時間が永遠に止まったままのホテルの魅力に取り憑かれた男の話しだったとも受け取れます。私はこの映画のラストはホテルとジャックにとってはある意味ハッピーエンドだったのかなと思っています。
この映画の特徴として、怪奇現象が本当に起こったことなのか、登場人物たちの妄想なのか曖昧に描いているところがあります。この映画の怪奇現象は捉えようによっては、主人公たちの妄想の産物とも受け取ることができます。閉鎖的なホテルの中で次第に狂っていく人間たちの姿を描いたドラマとしても見ることが出来ます。
また、もう一つの特徴として、この映画は恐怖と笑いを紙一重に捉えています。狂っていくジャックの姿は怖いと同時にどこか滑稽です。ジャックが斧を持って、ウェンディとダニーの逃げ込んだ洗面所を襲うシーンはとても怖いシーンにもかかわらず、その姿はどこかユーモア漂ってます。またラストにウェンディがホテルの中で出会う幽霊たちもどこかユーモアがあり、まるでウェンディをからかってるみたいです。極め付きはジャックの死に様。何回見ても間抜けで笑ってしまいます。キューブリックは恐怖と笑いの紙一重をよく分かった上でこの映画を作ったのだと思います。
役者の演技もこの映画は最高です。ジャックを演じたジャック・ニコルソンの演技はすこし過剰すぎる所がありますが、狂っていく様子を本当に狂気迫る演技で見せてくれます。そしてウェンディと役のシェリー・デュヴァル。はっきり言って、彼女の表情は幽霊並みに怖いです。彼女の神経質でヒステリックな演技は、ジャックがウェンディにいらいらしてしまうのを納得させるリアリティがあります。。
映画『シャイニング』はとても不気味で、恐ろしく、それでいて芸術的な価値をもった作品です。またキューブリックの作品の中で一番取っ付きやすい作品でもあります。始めてキューブリックの作品を見る人は、この映画から見ることをお奨めします。冬の寒い夜、皆さんもシャイニングを一度見てみてください。より冬の寒さが身にしみると思います。
最後に一言。この映画はアメリカ公開版と海外公開版と二つのヴァージョンが存在します。アメリカ公開版の方が20分長く、ホテルでの家族の様子が詳細に描かれています。現在DVDで入手できるのは海外版のほうで、アメリカ公開版は絶版となっています。アメリカ公開版が見たい人はレンタルビデオ屋に行くと置いてあるかもしれません。
製作年度 1980年
製作国・地域 イギリス
上映時間 119分 (米国公開版141分)
監督 スタンリー・キューブリック
製作総指揮 ヤン・ハーラン
原作 スティーヴン・キング
脚本 スタンリー・キューブリック 、ダイアン・ジョンソン
音楽 ウェンディ・カーロス 、ベラ・バートック
出演 ジャック・ニコルソン 、シェリー・デュヴァル 、ダニー・ロイド 、スキャットマン・クローザース 、バリー・ネルソン
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コメント
TZK様、コメントありがとうございます。早速、ブログの方を拝見させていただきますね。
投稿: とろとろ | 2009年8月 2日 (日) 00時05分
はじめまして。
「シャイニング」大好きな作品です。
何回みたことか…。
私は119分版も好きです。評判はよろしくありませんが…。
ふと思うことがあって、私もブログで「シャイニング」のことをいろいろ書きましたので、TBを送らせていただきました。
投稿: TZK | 2009年7月31日 (金) 01時16分
こんにちわ。シャイニングは私の中で一番好きなホラー映画であり、キューブリック作品であります。
の映画は幽霊側から見れば喜劇、人間側から見れば悲劇の二重構造の映画だと思います。
映画のクライマックスにおじさんと犬の着ぐるみ来た男性が性交している場面がありますが、怖いような間抜けなような不思議な映像ですが、あれは幽霊側の洒落なんでしょうね。
投稿: アシタカ | 2006年10月25日 (水) 17時35分
アシタカさん、TB、感謝です♪♪♪
>私はホテルの絨毯の模様が見ていて、とても気持ち悪くなったのを覚えています。
多分、明るいBGMが掛かっていて、沢山の従業員や客が歩いていたら、全然恐くないんでしょうけど、
ローアングルで、玩具の車の走る音だけとなると、
途端に無性に恐くなりますね。不思議です。
>またラストにウェンディがホテルの中で出会う幽霊たちもどこかユーモアがあり、まるでウェンディをからかってるみたいです。極め付きはジャックの死に様。何回見ても間抜けで笑ってしまいます。
時々、「何であんな骸骨を??」と思わぬではなし、
ジャックの寄り目な死に顔にも違和感を感じたりもするんですが、
結局、ホテルにとっては喜劇なんですね。
ホテルにとって、人間なんて楽しませてくれる滑稽な道化師に過ぎない。
そう解釈すると、ブラックユーモアが入るのも頷けます。
投稿: カゴメ | 2006年10月24日 (火) 00時33分